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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
序章 踏み出した第一歩
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序章 第八話 迷い込んだ者

「へー、兄ちゃん、ソウヤ・アカツキって言うんだ」

「ああ。そっちは?」

「俺はレント。ていうか兄ちゃん、この『学院』の生徒なのか? スッゲー、超エリートじゃん」

「ってことは君はここの初等部じゃないのか?」


 黒髪赤眼の少年 アカツキが出会ったのは、オレンジ色の髪の子供だった。恐らくアカツキは迷子だろうと睨んでいるが、直接そうと尋ねてはいない。

 こういう年頃の子供は下手な手の差し伸べ方をしてしまうと跳ね除けられてしまうのだ。

 涙ぐんでいたりなどの分かりやすいサインがあるのならば、安心させる必要がある。しかしそうでないのならば、そもそも心を開いてもらわなければならない。


「ていうかいいのか? この串焼き、俺はお金なんて持ってないぞ?」

「いいんだよ。人が贅沢するためには言い訳が必要なのさ。特に後ろ暗い贅沢のためにはね」


 片手で濃厚なタレが絡んだ串焼き肉を弄びながら、パクつく。

 犬歯を突き立てた瞬間に口腔を満たしたのは、暴力的なまでの肉汁とスパイスの利いた香りだ。

 そのまま噛み千切り歯列と口舌で肉を翻弄。最後に嚥下する。

 満足感が、アカツキの胃袋から迸る。

 

「うっまいな…………」

「確かに美味しい……、けど、これ兄ちゃんの言い訳に俺が使われただけなんじゃないのか?」

「はっはっは。まあいいじゃないか」


 真っ当な指摘を笑ってごまかし、彼らは最寄りのベンチに座って肉を食べ進める。

 

「君はどうしてこの街へ? 君は外部からの来たのかい?」

「うん。兄ちゃんたちがここに出稼ぎに来ててさ。仕事があるから、遊んでこいって……。そしたら知らないとこについちまった」

「なるほど」

(《販売者(バイヤー)》の出稼ぎか……))


 基本的にこの『学院都市』の治安は『イグノーテラ』でも屈指に良いものだ。

 いくら《探究者》が『イグノーテラ』においては不死であり、正規品の『幽体投射渡航装置』は痛覚を制限されているといっても、それ以外の脅威は子供たちにとって据え置きである。

 故に『学院』には地球の有力者たちが大量の出資によって警備の施設を、そして彼らが有力な私兵を派遣している。

 無論、この都市の所有者である『統括政府』自体も厳重な警備を行っているため、迷子の子供がそのまま攫われるという危険性は皆無といってよかった。


「その人たちとどこで待ち合わせをするかって聞いているか?」

「ううん。けどまあ、凄い人たちだからそのうち見つけてくれるんじゃないかなって」

「ふむ」


 落ち着いた態度で肉を頬張る子供を観察したアカツキはさしたる事件性も緊急性もないことを確認することができた。

 恐らくこのまま放っておいても、その凄い人たちが迎えに来てくれるのだろう。

 しかしアカツキはその場を離れることが躊躇われたので、串焼き肉を頬張りながら話を続けることにした。


「そういえば君はこの『学院』に入るつもりかい?」

「んー、どうかなぁ。あんまりこの世界に興味ないし」

「へぇ。珍しいな。俺が君ぐらいの年頃は行ってみたくてしょうがなかったけど」


 一世紀前の『白昼夢』から『異世界転移』は行われ、そこから百年かけて『異世界渡航』と呼べるまでの安全性と確実性を確立することができた。

 そのように時代を経るごとにアクセスしやすくなるにつれて、『異世界イグノーテラ』に対する認識も変化していった。

 第三次世界大戦前は、『【ゼノギフト】の出処であり、災厄の原因』。

 大戦終結後の企業統治時代は、『未知の資源と脅威の存在する、未開拓の新天地』。

 そして『統括政府』の統治している今日においては、『人類の希望が眠る新世界』。

 

 その時代の子供たちの認識についても同様だ。

 数十年前は『悪い子はイグノーテラに連れ去られてしまう』などという脅し文句が一般的であったが、今の子供たちからしてみれば専ら憧れの《探究者》が活躍している栄光の舞台といったところだろう。

 これは『イグノーテラ』で行われている、あらゆる制限の取り払われた四年に一度の、真の『ワールド・トーナメント』でのトップ選手の活躍も影響している。

 

「そうなの? ていうか子ども扱いすんなよ」

「悪い悪い。でも『ワールド・トーナメント』とか見ないのか? アンダー15でも視聴率五十パーセント越えじゃなかったけ?」

「見てないなぁ。ぶっちゃけそういうのあんまり興味ないし。ていう『ソーブレ』やってた方が楽しいし」

「お、『ソード・ブレイカー』やってるのか? 俺も俺も」

「マジで! 兄ちゃんのランクは? 俺はミスリル。これでも俺、同級生の中じゃ一番ランク髙いんだぜ」

「俺はアダマンタイトだぜ」

「うっそぉ! 最高ランクじゃん!」

「ホントだぜ。こいつが証拠だ」


 彼は腕輪型の端末を指先で二度叩く。

 するとその腕輪からホログラムが現れ、彼の地球での端末のデータを映し出す。

 この腕輪型の端末の名を[インベントリ]。

 唯一の例外を除いて、全ての《探究者》がその現身(アバター)に内包する局所的特質空間であり、地球と『イグノーテラ』をつなぐ路である。

 この[インベントリ]を通して、地球の情報がこちらでも閲覧可能となる。

 情報端末の通知はもちろん、地球の肉体の便意や尿意、その他肉体の異常事態もアラートとして通知されるのだ。


「うっわ、ホントじゃん。どうやってこんなにランク上げたんだ? チート?」

「んなわけないだろ。普通に侍ビルドで勝ちまくったんだよ」

「兄ちゃん侍ビルドなのか!? 俺もなんだよ!」

「君もか! いいね。見る目あるじゃないか」

「フレコ交換しようぜ!」


 この[インベントリ]はこれまでの説明からも分かる通り、『異世界渡航』の安全性を大きく担保している。そのため基本的に肉体に癒着し、決して取り外すことができないようになっているのだ。

 当然、レント少年の腕にも、それは取り付けられていた。

 彼の提示したホログラムをのぞき込んで、そこに記されているフレンドコードを読もうとした瞬間、横合いから鈴の音が鳴るように美しく、しかし刺々しい声が投げかけられる。


「おやおや、貧乏くさい匂いがすると思うたら、この由緒正しき『学院都市』に平民がおるなぁ」

(うわ……。瑞鳳女学院の連中か……。いやな奴と出会っちまったな……)

 

 そうアカツキが巡らせた思考を、無遠慮な声が遮った。

 その声色には侮蔑が滲み、そのまなざしには嫌悪が浮かび、その笑みは嘲りによって歪んでいる。だというのにその美貌は霞むことない。

 赤い髪に赤い眼の少女は、扇子を口に当て、取り巻きとひそひそと、しかし聞こえよがしに会話をする。

 この『学院都市』においては、様々な『学院』が同じ敷地内に放り込まれている。

 なので、その中でも屈指の歴史を誇り、そして屈指のお嬢様校である瑞鳳女学院の生徒たちとこうして鉢合わせることもある。


「どうやら聞こえていないそうですわ、紅之瀬(クレノセ)様」

「貧しさのあまり我らの高貴な声が聞こえてしまわれなくなったのでしょうか」

「それとも貧しさのあまり我々の高貴な存在そのものが目に入っておられないでしょうか」

「はぁ」


 そしてこのように嫌味を投げかけられるのも当然のように在り得る。

 溜息をつかざるを得ない。

 アカツキにとって正直こんな連中はどうでもいいことこの上ないので、基本的に雑な対応をして相手が引いてくれるまで待つことにしていた。


「悪かったな。気付かなかったよ」

「おや、貧乏人だとその目をくすむようですね アナタのような卑しい身分の者は、この『イグノーテラ』でしか『生』の食材を食することができないのでしょう? それで、美味しかったですか? 平民のアナタ、地球産(ホンモノ)の食材など一生に一度、食べられるかどうかでしょうからね」

「何だよ、アンタ! 兄ちゃんを舐めんなよ! 『ソード・ブレイカー』のランクマで、アダマンタイト級なんだぞ!!」

「何ですか、このみすぼらしい子供は」

「その『ソード・なんちゃら』で高ランクを取ったところで一体何になるというのでしょう」

「ぷろげーまー、とやらに転身するのではないでしょうか。ここにいることが場違いだとようやく気付いたのでしょう


 おほほほほほ! と漫画でもそうは聞かないような高笑いを放つ取り巻きAアンドBウィズC。

 その様子にレントはムッとした顔を、アカツキはあきれ顔をしながら、はたと気づいた。

 どうして取り巻かれている側のクレノセは手にした扇子で顔を隠しているのだろうか。

 そう訝し気な視線を彼女に向けた瞬間、アカツキを紅の眼光が射抜いた。


「ランクがアダマンタイト……? あんたが?」

「そうだけど」

「それは決闘で、それともバトロワで?」

「両方最高ランクだけど」

「…………ビルドは?」


 ここまで聞けばアカツキでも分かる。

 どうやらこの天上天下唯我独尊系お姫様は、『ソード・ブレイカー』のプレイヤーであるらしい。

 最高ランクであるアダマンタイトのプレイヤーは百から二百人程度。

 基本的に同ランク間と試合が行われるので、その百人強のプレイヤーネームとバトルスタイルは覚えていることが大半だ。


「侍ビルドだけど……」

「何刀流……?」

「基本的に刀は一本だけど……」

「クレノセ様……?」


 普段とは違う様子のクレノセに取り巻きーズは不安顔だ。

 しかしそんな友人たちを気に掛ける余裕などないのか、彼女は決定的な一言を口にした。


「…………トワイライト」

「ぬっ!?」

「うちが妖奇姫や」

「ひょっ!?」


 思いっ切り自分のアバターネームを当てられた。

 そして彼女が名乗ったその名前は、幾度となく戦った相手だった。


「…………決着は向こうでつけたる。それまではよう、首を洗って、腕を磨いとていてもらおか」

「お、おう」


 そう言ってツカツカと走り去っていく彼女を眺めながら、アカツキは世の中の狭さに思いを馳せるのだった。

 そんなことをしているせいか、自分の知覚範囲から少年が消え去っていることに気づくのに、一拍以上遅れてしまった。


「どこ行ったんだ? んー、一応迷子センターに届けておくか」

「どうしたんだい、ゲーム仲間が意外な人物で驚いたのかな?」

「うおっ、シャルか。ていうか見てたんなら止めてくれよ」

「嫌だよ。同じ『王族企業』なんだよ。私とあの子の会話でどんな摩擦が起きるか分からないじゃないか」


 本物の太陽によって煌めく銀髪と、蒼穹に劣らぬ深く鮮やかな碧眼の少女がいつの間にかアカツキの傍らに立っていた。


「流石にそこまで短慮じゃないだろう、折場も紅之瀬も」

「トップはね。けどその下はどうか分からない。どんな忖度を働かせるかも」

「大変だな……。なんであれ、愉快な奴も、騒動の火種も、多い街だ」

「おーい、二人とも!」

「ようやくエイトルドが来たな」


 アカツキはどことない不穏さを感じながらも、友人たちとの都市内散策を楽しむのだった。

 それが最後の放課後となるとも知らずに。

 

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