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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
序章 踏み出した第一歩
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序章 第七話 魔術講座と放課後の迷子

「おーい、ソウヤ。授業が始まるよ!」

「あ、悪い悪い。今行く」


 いくらワールド・トーナメント・アンダー15を優勝し、『内気法』を開発しようと、彼は学生だ。

 そして『渡航許可証』を手にしたとしても、いくつかの講習を受け、その試験を合格しなければならない。

 今回はその講習の中でも重要度、人気共に極めて高いモノだ。

 広大な『学院都市』の内のグラウンドに集合した彼らに、一人の教官が授業の開始を宣言する。

 

「よーし、それじゃあ『魔術講座』を始めるぞ! 全員、《魔術》スキルは持っているな。持ってない奴はスキル獲得のための講習があるからそっちに移動してくれ。『闘技講座』を受けてない奴はそっちを優先だ」


 《スキル》とは、『イグノーテラ』での超常能力の根幹である。

 この『イグノーテラ』においては、戦闘のみならず、医療、農耕、畜産、鍛冶、建築、あらゆる分野の技術が《スキル》としてパッケージ化されており、その《スキル》を獲得することによって様々な恩恵を得ることができる。


「さーて、今回は『詠唱破棄』を行っていくぞ! こいつは《魔術》戦闘の基本中の基本だ。そして《詠唱破棄》の《スキル》を獲得していない段階でも『詠唱破棄』を試みることは可能だ」


 無論、《剣術》スキルが無ければ剣が振れないというわけではないし、《建築》スキルが無ければ家を建てられないというわけでもない。

 しかし《スキル》の有無で、その行動そのものに雲泥の差が出ることは想像に難くないだろう。

 故に《スキル》が重視され、それの獲得難度を引き下げて、獲得効率を上げる《ジョブ》が重用されるのだ。


「っと、何でもかんでも解説してちゃ面白くないな。誰かに答えてもらうか。それじゃ、アカツキ!」

「はい」

「どうして《詠唱破棄》のスキルが無い状態で、《詠唱破棄》を試みるのか。そして《詠唱破棄》の戦術的価値を答えてみてくれ」

「はい。その特定の《スキル》が無い状態で特定の行動を試みる理由は、その行動を繰り返すこと自体が《スキル》の獲得条件になっているからです」

「その通りだ。どんな行動も《スキル》が無い状態で行うことだってできる。《魔術》だってそうだ。その術式構成を暗記して、式句を唱えて、魔力を外界に出力する。こうすれば《スキル》が無い状態でも、そして自分の《スキル》の等級が発動しようとしている《魔術》のソレに届かない状態でも、発動することはできる。なぜならこうして技術の反復を繰り返し、熟練度を上げる行為そのものが《スキル》を獲得することにつながるからだ。こういった経験、つまり『実績』づくりは《ジョブ》の獲得にもつながるぞ」


 そう言って教官の男は、掌の火球を生み出す。

 教官が魔力を注げば注ぐほどに、巨大化していく火球を眺めて、生徒たちは感嘆の声を上げる。明らかに一メートルを超えるその《魔術》の等級は最上級と呼べるものだったからだ。

 それを《詠唱破棄》どころか、術式名すら唱えない《無詠唱》で発動している。


「このように、そういった地道な『実績』が最上級職への道だ。それじゃあ、アカツキ、《詠唱破棄》と《無詠唱》の戦術的価値について答えてくれ」

「はい。《詠唱破棄》を行った際は、通常よりも遥かに早く魔術を発動できるために戦闘中の即応力が向上します。《無詠唱》については《詠唱破棄》の利点がより強く発揮できると同時に発動しようとしている《魔術》を限界まで相手に秘匿することができます」

「満点の回答だ。それじゃあ、今からソレを実践してみせよう」


 教官の男は掌からいくつかの火球を生成する。

 手のひらサイズのモノ、頭部程度の大きさ、その二倍程度、そして先ほど生成した一メートル越えのモノ。


「術式名の法則はもちろんみんな知っているな? 《ファイア・ボール》の『ファイア』の部分が属性等級を、『ボール』の部分が術式のタイプを表している。この属性等級は属性と等級ごとに変化していく。術式のタイプはもちろん術式ごとに異なってくる。よく見ておくんだぞ」


 そう言うと教官は、周囲に浮かべた火球の中で最も小さな物を発射する。

 その火球は山なりの軌道を描いて、地面に着弾。そこそこの炎と砂煙を振りまいた。


「今のは《ファイヤ・ボール》だ。《ボール》系統は初級《魔術》の中でも最も単純で習得難易度も低い、言うなればあらゆる魔術の登竜門だな。今回の《詠唱破棄》の練習もこのボール系統でやってもらう。んじゃ、次だ」


 二番目に小さい火球を教官は放つ。

 それは先ほどとは比べ物にならない、まさしく矢のような速度で放たれ、グラウンドに備え付けられた的を粉砕した。


「今のが《フレイム・アロー》だな。《フレイム》は火属性の中級を意味している。《アロー》系統は弾速重視の初級術式だ。この方向性で一つ等級が上がると《ボルト》系統になる」


 次に放たれたのは頭部の倍程度の大きさのモノだ。

 それは、先ほどの《アロー》よりは遅く、《ボール》と同程度の速さで、同じような山なりの軌道を描き、そして着弾。

 しかし広がる爆炎は先ほどの比ではない。

 人間をダース単位で飲み込めるであろう範囲で炎は広がり、大地を嘗め回す。


「今のが《ブレイズ・スフィア》。《ブレイズ》が上級の属性等級で、《スフィア》が中級の範囲魔術だ。今のように上級の属性等級で、中級の範囲魔術を発動することは可能だ。利点としては上級範囲魔術の《ナパーム》よりも魔力消費が少ない点だな。欠点は術式の制御難易度が上がる点だ。術式ってのは要は魔力をそそぐ器であり、銃身だからな。そこに等級以上の魔力を込めれば暴発の危険性は高まる。逆に、中級の属性等級で、上級の術式を発動するってことはできないぞ。《フレイム・ボール》ができたとしても、《ファイヤ・スフィア》ができないみたいにな。これは単純に術式を成立させるだけの魔力が足りないからだ」


 そして教官は、最後に残った一メートル越えの火球を放った。

 それは今までのどんな火球よりも速く飛んで、そして大きく広がり、最後に渦巻いた。

 轟、と唸り声を上げながら大気を喰らって、その身を猛らせる。その熱波は生徒たちに届く寸前で、教官は炎をかき消した。


「これが最上級火属性の《イグニス・トルネイド》だ。さて、今の術式を見て、着弾する前にどうなるか分かった奴はいるかな?」

「はーい! 火球の大きさと弾速である程度推測できますー!」

「その通りだ。じゃあこれは?」


 瞬く間に教官は五つの初級程度大きさの火球を練り上げた。それが全く同じ大きさであることを生徒によく見せつけてから放つ。

 そしてソレは全く同じ速度で、全く同じ山なり軌道を描き、的に着弾する直前でその全貌を露わにした。

 一つは散弾のように広がり、一つは唐突に曲がり、一つはジャイロを描いて大地に突きたち、もう一つは先ほどの《イグニス・トルネイド》と何ら変わらぬ炎の渦巻きを作り出し、そして最後の一つは――。


 ――グラウンドにクレーターを作り出した。

 遅れてやってきた衝撃が生徒たちを襲う直前で、教官が無詠唱で張った風の障壁によって反らされる。


「このように術師当人の実力次第では、限界まで自分の放った《魔術》の正体を隠すことができる。まあ、俺みたいに最上級魔術を初級に偽装するのは、阿保みたいな魔力操作精度が必要になってくるが、それでも等級を一つ偽ったりだとか、弾速をあえて抑える程度なら、そこそこの《魔術師》ならば誰でもやってくることだ。《ファイヤ・ボール》だと思って回避したら、《フレイム・スフィア》だったなんてことになったら、それだけで相当なダメージを喰らう」


 術式の偽装。

 教官の言う通り、これらの技術はそれなり以上に高度でありながら、対人戦においてはこの上なく脅威的な技術である。


「しかしこれらの技術は全て《無詠唱》が前提に成り立っている。その前段階である《詠唱破棄》ができなければ話にならない。というわけで、だ。今回の講習では《詠唱破棄》を中心に、それができた者から《無詠唱》、そして術式の偽装といったふうにランクアップしていく。ちなみに単位に関しては、《詠唱破棄》を取得できた時点で満点をくれてやるから安心してしてくれ」


 生徒は一様に安堵の息を吐く。

 一般的には相当なエリートとして認識されている彼らと言えど、あるいは彼らであるからこそ目の前で行われた高等技術が一朝一夕で成し遂げられるものではないということに気づいたのだろう。


「それじゃあ全員、《ウォーター・ボール》を詠唱ありで発動して、なるべく長時間水球を維持してみてくれ。ことは【ゼノギフト】を使うときに感じる魔力の流れを水球にもしっかり通すこと」


 教官のいうことに従って、各々が水球を生成し始める。

 ある者は間違えてあらぬ方向へ飛ばし、ある者はその場に留めようとした瞬間に水球が弾けて、水びたしになる。

 水球の維持、という一点においても、それができたのは一割にも満たない生徒たちだけだった。


「基本的に中等部じゃ、【ゼノギフト】の反復練習と『イグノーテラ』での座学ばっかりやってきただろう? だから【ゼノギフト】以外で魔力を出力するってことに慣れていないはずだ。こういった魔力などの生体エネルギーの操作精度は、『イグノーテラ』での戦闘技術の根幹を為しているといっていい。水球を維持できるようになったら、形を変えたり小さくしてみたりしてくれ。そうやって魔力を自在に操れるようになったら、《詠唱破棄》も簡単に――」


 教官はソレを目撃した。

 黒髪赤眼の、【ゼノギフト】を失った少年の掌に、ではなく。

 十の指先に水球が出現するのを。

 そしてそれらは繋がり、輪を成していくのを。


「――」


 呼吸すら止め、瞬きすらしない極限レベルの集中状態。

 彼は本来、ただ放たれるだけの掌サイズの水球を、指先にまで縮小し、十も並列発動し、そして融合させ、輪を作る。

 アカツキは自らの魔力を通したその水に複雑に指を通し、そして水の輪を絡めていく。

 あやとりだ。言葉にすれば容易い。しかしどれほどの精度があればそれを為しうるだろうか。


(俺でも無理な芸当だな。教頭クラスでようやくってレベルか)

「シャル、できたぞ」

「それは何なんだい?」

「東何とかタワー」

「?」


 自らの親友に超絶技巧による水遊びを披露しているアカツキの肩を叩く教官。


「アカツキ」

「あ、すいません、遊んでたわけじゃなくて」

「《無詠唱》をしてみろ」

「え」

「今のお前ならできるはずだ。出来たらこの講習の単位ともっと上の講座への推薦をしよう」

「本当ですか! じゃあ、やってみます」


 アカツキは最強を目指しているのだ。

 そのために【ゼノギフト】の代替となり得る戦闘技術はあればあるほどよく、研ぎ澄まされていればいるほど、よい。

 この挑戦を受けないという選択肢は、少年にはなかった。


「ただし、《無詠唱》で、なおかつあの的をぶち抜けれた、だ」


 そう言って教官が指差したのは、ひと際遠い、それこそ二百メートル以上は離れた的だ。

 というかそれより手前の的が全て教官の炎を喰らって木っ端みじんになってしまっていると言える。


「初級魔術射程がだいたい五十メートルぐらい。その四倍以上の距離だ。半端な工夫じゃ、決して届かな――」


 吹っ飛んだ。

 言葉を遮るように木製の的が木っ端みじんになる。

 《アロー》よりも速く、遠く。とても初級と思えないほどの威力だった。しかしアカツキの魔力消費は初級程度。

 

「今のは、《バレット》か……」

「はい。一応これも初級でしたよね」

「ああ……。制御難度は上級並みだがな。ちなみに《ジョブ》は持ってないよな?」

「明日でしたよね。《ジョブ》の習得が解禁されるの。無断で就いたら退学処分でしたよね」

「その通りだ。ちなみにこの術式はどこで?」


 魔術の等級は消費魔力の多寡によって決定される。なぜなら消費魔力と制御難度と魔術の威力と効力は全て比例するからだ。

 その相関から外れた術式が《バレット》系列だ。消費魔力は初級程度でありながら、術式構築難度は上級以上。しかし要求される魔力操作精度にふさわしい、一段上の威力が約束されている。


「学院の図書館に大概の術式構成は載っていたので、それを参考にしました」

「よし! 文句なし! 合格! ただし《スキル》の補助が及ばない魔術行使は暴発の危険性と脅威度が割り増しになるから使用は控えるように!!」


 というわけでアカツキは『魔術講座・初級編』を修了したのであった。



 □



「暇だ…………」


 アカツキは『学院都市』内を歩いていた。

 今日は入っていた講座はこれだけなのだ。|エイトルドとシャルロット《数少ない友人たち》は、未だに魔術講座を受けているので、彼はふらふらと一人で街を出歩くこととなった。

 

「こっちの金はあるにはあるけど、装備品とか消耗品に使ったせいで少ないし。俺も『ギルド』に登録して《冒険者》になるべきだろうな……」


 この街は、『冒険同盟』という大勢力の勢力圏に在る。

 複数の国家の連合からなるその大勢力は、他の『聖人教会』や『協商財団』、『魔術連合』とは異なり、『地球』とも経済圏を接続しており、地球の共通通貨を、『イグノーテラ』での金銭に両替できるのだ。

 無論逆も可能であり、だからこそ『イグノーテラ』での経済活動によって、地球で暮らすということもできる。


 この学院に存在し、今のアカツキの目の前にある飲食店も、そういった『出稼ぎ』に来ている『地球人類』によるものだ。

 『都市』と言うだけあって、こういった店は地球の『居住ドーム(まち)』と大差ないレベルで存在している。そして『地球』のソレでは、絶対に成し得ない違いがある。


「うおぉ……、『生』の食材が、この値段……。『イグノーテラ』は最高だな…………」


 一部の特権階級にしか食すことが許されない、『生』の食材が、庶民が容易に手が届くレベルで提供されているのだ。

 アカツキが『学院都市』への再入学を望んだ理由も、これが最も大きな理由の一つといっても過言ではない。


「ま、今日はお預けだな。明日ジョブを手に入れてから、ゆっくり考えるか。……ん?」


 モノ欲しそうに店舗を眺めていた彼の視界に、一人の少年が目に入る。

 アカツキの半分以下の年齢であろう彼は、不安げに辺りを見回している。


「迷子か。行くか」


 彼は大して迷うことなく、その子供の下に駆け付けた。

 その出会いが何を招くのか、彼はまだ知らない。

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