第三章 第十五話 狼煙の代わりに
そこには白煙が蔓延していた。
といってもキリによる【モノ】ではない。
「いい具合の充満具合だな。火薬も少し混ぜたし、このぐらいでいいだろ」
都市というのは、流通の要であると同時に消費の坩堝でもある。裏を返せば、都市という物には生産機能はないのだ。
故に周辺の農地から、食糧を収集し都市内、ひいては他の生産機能のない重要都市に供給する。
となれば当然、いかなる都市にも大量のソレとソレを貯蔵するための施設が存在する。
「お金は後で払おう」
粉塵爆発。その要足りうる、大量の小麦粉が。
そこにアカツキは『奴』が用意したのであろう火薬と、火属性の[魔晶]を設置し終えた。
今ここに、スラム街直下のカタコンペは文字通りの火薬庫となった。
着火の時はそう遠くはない。
□
『全員、今は退いてくれ!』
『間に合わな、ぎゃっ!』
『逃げろぉ!』
スラム街に集結した子供たち間に構築された【通信網】の間に、キリの撤退を優先させるための声と幾つもの悲鳴が響いていく。
地下への入口に待ち伏せていた子供たちは、地上に広がっていく霧と、地下から昇ってきた煙の中で前後不覚に陥っていた。
それは単に霧が目の前を覆ったからではない。
「敵だ! 敵が来てるぞ!」
「【命刈り取る回転鋸】! 当たった!」「ギャァ!」
「馬鹿野郎! そいつは味方だ!」
「え……」「んなわけないだろ、落ち着っ」
温度色覚にのみに視界を頼った結果、敵の攪乱を受けやすくなったからだ。
元より彼らのスーツにつけられたサーモグラフィはあくまで視覚を補助するための物。遮蔽物越しに体温を感じ取り、敵を早期発見するのが本来の役目だ。
これだけでもある程度の行動は可能だが、戦闘活動を行うには心もとない。
キリを含めた第一班に限って言えば、霧で視界を封じてからの急襲を戦法の一つに組み込む過程でサーモグラフィに限定された状態でも動けるように彼らが訓練したからこそ。
霧に侵されたスラム街の中に、幼子の悲鳴が木霊する。
ある者は見知った声に敵を見誤り、あらぬ方向に攻撃を放ったところにカウンターを喰らい。
ある者は温度色覚からなぜか掻き消えた仲間を攻撃してしまい、パニック状態に陥ったところを知らぬ間に退場させられ。
ある者は至る所に仕掛けられた罠の餌食となって動きが止まったところで、スーツのフィルターを破壊され、低酸素の《空気》を吹きかけられて意識を落とす。
『やばいって、これ!』
『勝ち目がないよ!』
『おかぁさん……!』
彼らは子供だ。
たしかに『教団』の思惑によって、幼少期から戦闘活動を行っている。殺したテラリアンも一人や二人ではない。単純な戦闘能力なら子供である彼らであっても、『イグノーテラ』の平均的な戦闘従事者と遜色ないだろう。
しかしそれは、自身が神に選ばれた者たちという強い自負心と、大人たちの手厚いサポートの下でこそ十全に発揮される。
サポートもなく、視界不良の空間で声による攪乱を受けて、時には味方に攻撃をして、あるいはされてしまう。
そんな異常な空間に置かれた彼らの精神はすぐさま限界に達した。
倒すべき敵は目の前におらず、だというのに一方的にこちらは狩られていくばかり。
彼らの自尊心を支えていた信仰という虚飾は、あっさりと剥がれ落ちた。
そんな年相応の子供たちにできるのは、とにもかくにも背を向けて逃げ出すことだけ。
「これなら問題ない」
《部分憑依》による簡単な操作しかできない鎧と子供たちでも支障なく彼らを刈り取っていくことができる。
殺しはしない。
情けをかけたのではない。そもそも、彼らは殺したとしても、『地球』に帰るだけで死にはしない(心的外傷による後遺症は残るかもしれないが)。
なるべく同時にそして一撃で大量に殺害しなければ、【災異能力者】をおびき寄せるエサ足りえないからだ。
子供たちはこの戦場の主役。そんな彼らが未知の敵戦力によって、一撃で殲滅された。少なくともそう思わせなければ、【災異能力者】が動くべき戦力だと誤認させることはできない。
魔力貯蔵の【ゼノギフト】を持ったセシリーに、アカツキの《魔力操作》によって、大規模かつ繊細な魔術が行使される。
名を《息吹亡き領域》。
大気を構成する気体の比率を変化させ、酸素を排除。
彼らの眼前、半径百メートルの領域が息する全てが死に至る絶死の空間へと変わる。
そこにに山積みされていた、五百を超える子供たちは残らず赤い光へと変わり――。
□
「何だと……」
『瞬影』ロンドは明確に顔をしかめる。
大人たちに共有している【通信網】にあってはならない、知らせが響いたからだ。
『場所はスラム街! 被害総数は五百人以上! 半径百メートル以上の広域を恐らく一撃です!』
『心当たりは。……あったら俺に指令が下ってるか』
『完全な未知の戦力です!』
「あの連中か? ……いやどいつにもそんな気配はなかったな」
『瞬影』ロンドが思い起こすのは、この街にやってきた《至天職》を引き連れた一行。
一目見てもさしたる脅威は感じなかった。
たしかに熟練というべきだが、これほど大規模な攻撃が行えるとも思えない。
だからこそ、子供たち相手のよいカンフル剤となるとして、この都市に招き入れたのだ。
「見誤ったか……」
『どうする? て言いたいけど、こっちは……』
「いい、《至天職》二人だ。お前でも万が一に不覚をとることがあるだろう。俺が向かう。爺さんは速さは大したことないしな」
『いやー、いくら何でも舐めすぎたかな。ここまで粘るとは』
「俺はむしろ作為的なモノを感じるがな」
そう呟き、ロンドは自らの【ゼノギフト】を使用する。
一歩を踏み出す。
それだけで莫大な加速が彼を襲い、しかし何ら表情を歪めることなく次なる一歩を踏み出していく。加速は更なる高みに。
周囲の光景は線の集合体に変わり、その最中でも視界を確保するために《察知者》を発動、複数の知覚方式からなる情報が、次に踏みしめるべき場所を示す。
踏み込みで建物が圧壊し、道路が陥没した。
音を超えたことによる衝撃波がその道筋にまき散らされる。
竜巻が通り過ぎたかのような惨状が、彼の足跡として残される。
(アレか)
【通信網】によって伝えられた地点に佇む影を《望遠眼》で発見。
勢いを殺さず、その全てを拳に乗せるべく、右の手を引き絞る。
十秒足らずでの接敵。
打ち出される拳。
粉々に砕かれる鎧。
幻視した全てが、致命的なズレによって阻まれる。
(なっ!)
胸中で驚きの声を上げたのも無理はない。
なぜならそれほどまでにありえないことだったから。
音を超えるほどの超高速戦闘域で戦闘する者たちにとって、自己の肉体を完全な制御下に置くことは必須。
なぜならば通常の速度域における単なる転倒が、その者にとっての致命傷に成り得るからだ。
その速度域への到達方法が純粋な身体能力の向上による物であれば、それほどのダメージを受けずに済むかもしれないが、『瞬影』は違う。
手足の指先から、髪の毛の一本一本に至るまで完全な認識の下に置いてはずの自身の肉体が、想定外の何かによってズラされる。
無数の歯車によって規則正しく駆動するはずだったそれに、砂粒が紛れ込んだかのような極些少のズレ。
しかしそれが目の前の敵に与えられた瞬間に、決定的な攻撃へと変わる。
「がっぁ!!」
「っラァ!!」
鋼の拳が『瞬影』の頬骨に突き刺さる。
加速の衝撃が両者の肉体を突き抜け、強度に劣るアカツキの鎧、その右手が砕け散る。
しかしそれは、ロンドにダメージがなかったことを意味しない。
空中で体を高速回転させ、その勢いを殺し切ってからの着地。
アカツキからかなり遠く離れた場所に降り立った『瞬影』は何事もなかったかのように、静かに立ち上がる。
しかしその鼻から零れ落ちる物があった。
「……やるじゃあねぇか」
「喜んでくれたようで何よりだよ。他にもあるから楽しんでくれ」
乱暴にハナから滴る物をぬぐった彼の、足元が浮き上がる。
否、大地が吹き飛んだ。
彼の足元にあるのは、地下防空壕の一つ。
少量の火薬と、大量の小麦粉が絶妙に空中に配置されたその空間に設置された『魔晶』が火花を発し。
その直上に立っていた彼ごと吹き飛ばした。
爆炎が立ち昇る。
反撃の狼煙が、そこより炸裂した。




