第三章 第六話 攻狩逆転のために
状況の整理が必要だ。
脳髄が煮え滾るような赫怒の感情を抑え込みながら、アカツキは思考を回す。
現状は確実に防衛側の不利である。
何せ、既に敵勢力の侵入が成功しており、もはやスポーツハンティング感覚で街中を練り歩いているのだ。
こうしている間にも犠牲者は増え続けているのだろう。
それは『神権教団』が十全に動いている限り避けようのない事実だ。
しかし、今ここで闇雲に走り出したのでは状況の解決には繋がらない。
急流に石礫を投げ込んだところで流されるのがオチだ。必要なのは惨状の源流を見つけ出しそこに致命の一撃を叩き込むこと。
そうでなくては、この状況は止まらない。
もし仮に、アカツキが【災異能力者】か、もしくは《至天職》であれば、一個人のパワーリソースで街中の敵兵を順次殲滅していくことによって、この流れを押し留めることができただろう。
だがそれはない物ねだりだ。
「いつだって同じだ。あるモノをかき集めて戦っていく。それに終始する。《部分憑依:念話》」
自らの能力を発動し、仲間たちからの情報を探る。
アカツキのレベルアップに伴い、《部分憑依:念話》も成長した。
おかげで向こう側に意思疎通の意志がなくとも、アカツキ側が求めれば相手側の視界と音を共有できるようになった。
今回断りなくその《スキル》を発動したのは、向こう側が戦闘中であり《念話》によって隙を生じさせてしまうのを防ぐためだ。
それが功を奏した。
『範囲攻撃だ! 範囲攻撃で相手の動きを制限しろ! 無理に当てようとしなくていい!』『ぎゃぁあっ!』『鈍間共が』『速すぎる!』
超速によってあらゆる攻撃と防御をすり抜けて、敵を蹂躙する残像としか呼べない黒い影。
『さっすが! 硬いねぇ! けどオトモの人たちはそうでもないみたいだね』『っ! 全員、退けぇ! こ奴は私が相手どる!』『団長! 左翼半壊です! 内部への侵入者多数!』『ア、ハハハッ! そっちは足手まといを守ることに能力を割いてるせいで、攻性能力はそうでもないみたいだねぇ!』『おのれぇぇ!』
不可視の何かによって軍勢を薙ぎ払い、敵手を国の中枢に送り込む女。
【災異】を冠する者たちが巻き起こす惨状。
しかしそれだけではなかった。
『に、逃げろ! とにかく王城へ!』『さっきの砲撃は何だ!? 他国の戦略級魔術か!?』『見ろよ! 王城は半壊してるんだぜ! 何処に逃げるって言うんだ!?』『じゃあギルドだ! とにかく中心から外れないと!』『ひぃいぃ!』『うちの子供は! うちの子が何処に居るか知りませんか!?』『ガキだからって油断してんじゃねぇ! ボルクスの旦那もそれでやられかけたんだぞ!』『地下だ! 地下水道へ向かえ! 地上は地獄だぞ!』『とにかくありったけの魔法陣を起動しろ! でなけりゃ怪我人は全員死人に代わると思え!』『あの結界を壊さない限り、逃げ場はないぞ!』『結界の要はどこにあるって言うのよ!』『わかんねぇよ!』『お母ぁさん、どこに行ったの……』
絶えぬ悲鳴、響く嘆き、止まらぬ惨劇。
アカツキの思考を幾多の声が埋め尽くす。
湧き上がる怒りを抑えながら、それでも少年の胸の内に確信ができた。
「やはり、大人の教団員の配置に偏りがある……!」
彼の脳裏に映し出された光景、そこから得た紛れもない事実。
『神権教団』の構成員は幅広い年齢層を誇る。これは『神権教団』自体の歴史が古いが故であると同時に、教団内で婚姻関係を結び、その子供たちも自動的に信者となるからでもある。あるいは身寄りのない孤児を洗脳してるということもあるだろう。
そして現在の教団の規模から考えれば、教団内の人的・物的リソースのほぼすべてをこの王都襲撃に注ぎ込んでいるのにもかかわらず、大人の構成員の居場所は限定されている。
王城、王城近郊に存在している王国騎士団本部、冒険者ギルド、そして『聖人教会』聖騎士団ビットー王国本部。
王国内の民衆の避難所足りうる場所にのみ集中的に投入されているのだ。
それ以外の街中を子供たちが数人一組になって、民衆を探している。
有用な戦力を集中させ、相手側の重要拠点を襲撃するというのは作戦としては間違いではないだろう。
『追え! 俺たちの獲物だ!』『あ、ふざけんなよ! 僕たちのだぞ!』『ちょっと、仲間割れなんかしたら先生たちに罰則喰らうわよ』『こ、こいつら強いぞ!』『に、逃げようよ!』『ばっか、だから高ポイントなんだろうが!』
しかしそれを加味したとしても、子供たちの統制がとれてなさすぎる。
彼らを戦力として用立てるのならば、十数人に一人は監督役として大人たちを付けて、都市内を攪乱させるべきだ。
例え子供であろうと、彼らはプロの戦闘集団によって、教育を施され倫理観を麻痺させられ、一人ひとりが唯一無二の【武器】を持っている。
統率さえしてしまえば、この戦局を決定的に傾けることができるだろう。
「奇しくも狩りっていう形容が当たったみたいだな」
そう、彼らは子供たちのレベリングをしているのだ。
一人一人の命にポイントと言う値札を付けて、同じ子供たち競うように狩らせる。
これによって、対抗心と射幸心を煽り、積極的に殺戮を遊戯のように行わせる。
個体の能力によって、獲得ポイントに差をつけているのは、積極的に格上との戦闘を行わせると共に、【ゼノギフト】目覚めたての子供にありがちな幼児的全能感を敗北によって矯正する機会を与えるためだろう。
このビットー王国を狙った理由はいくつかあるだろう。
しかしその陥とし方としてこのような方法を選んだのは、子供たちの英才教育のために他ならない。
次世代の主力となり得る彼らを、より完成度の高い殺戮者とするために。
「要は油断しているんだ、連中は。主力を大人で抑えれば、それで国を落とせると思い上がっている」
少年は駆ける。
為すべきことを為すために。
そのために必要なモノを確保するために。
「だから国を落とすなんて難事に、子供を介入させようなんて考える」
浅はか、と決めつけることはできない。
理由はビットー王国の立地とこの時期にある。
立地面での理由でいうならば『聖人教会』の勢力圏内に位置していながら、『冒険同盟』の勢力圏との接しているという点である。
国で例えるのならば、国境沿いの辺境というべきだろう。
表立って対立しているわけではなく、むしろ五大勢力の中では友好的ともいうべき二つの勢力ではあるが、異なるモノを信奉する集団であることは確かだ。
そしてどちらも一枚岩というわけではない。
『聖蹟』――『聖人教会』の聖書――の解釈によって宗派は分かれ、あるいは同じ宗派であったとしても権力闘争によって他の勢力に手を伸ばそうとするものがいるかもしれない『聖人教会』。
そしてそれ以上に、『クラン』単位、パーティー単位、もっと言えば個人単位で異なる思想を持つ冒険者たちを主力としている『冒険同盟』。
この二つの勢力の中に存在するであろう他の勢力との戦争を望む者たちにとって、『ビットー王国』という場所は火種を起こすに絶好の場所である。
これは四方を山脈で囲まれているがゆえに、他国からの援軍を受け入れづらいという地形的理由だけではない。
反《探究者》であるが故だ。
現状『冒険同盟』に所属している冒険者の九割は《探究者》である。
そうなった要因は様々であるが、どちらにしろ反《探究者》の国に、縁もゆかりもないと国民を助けるために好んで足を踏み入れようという《冒険者》はそうはいないだろう。
何せそんな独断専行をやらかせば、有史においても片手の指で足りるほどの回数しか起きていない『勢力間戦争』の引き金を引いた人間として一生涯汚名を歴史に刻むことになりかねない。
『聖人教会』に所属している《探究者》も同様だ。
国家の存亡の危機ともなれば話は別だろうが、既にそうなっているという情報は王都を囲む【結界】阻まれて届かない。
王都にしか存在しない国家間のホットラインも同じく【結界】によって妨害されている。
そして二つ目の時期的理由によって、そもそも『冒険同盟』及び『聖人教会』内において国家間の移動そのものが極刑に値しかねない罪となっているからだ。
「『厄病龍』が活発化するこの時期、誰もかれもそう簡単には動けない」
百年以上前からその姿が確認され、一騎当千の英傑たちが千を超える回数挑み例外なく敗れた、紛うことなき災厄。
ここ数十年は人間を襲った事例はないが、その暴威はただ在るだけで人々の生活を脅かす類のモノだ。
一度翼を広げれば、それだけで一つの街が病に沈むと呼ばれるほどの致死性と拡散性を誇る疫病を、万が一に広げないために人流そのものが厳しく制限されているのだ。
故に『神権教団』を超えるほどの勢力を抱えた中央都市所属の『九大クラン』などは、万に一つもここにやってくることはあり得ない。
『聖人教会』に所属している《至天職》を代表とする特記戦力も、即座に勢力圏の境界沿いであるこの国に派遣することは厳しいだろう。
単独で一つの都市を落としうる彼らは世界条約において、その移動が制限されているのだ。
言ってしまえばテロリスト集団に過ぎない――少なくとも、現状の『教団』はこのように軽視されている――彼らに、クリスを一人動かせただけでも行幸というべきだろう。
「大方【ゼノギフト】を持っていない人間なんて大した脅威にもならないとたかをくくっているんだろうな」
『神権教団』には、確かに一国を落としうるだけのポテンシャルがある。
そして確実に落としうる場所とタイミングを選んできた。
王都を落とせば、残りの地方など楽に支配できるだろう。
しかしそれを為しうるかはまだ確定していない。
「目にもの見せてやるよ……!」