第三章 第四話 広がる戦場 来たる災異
「押し返せ! この不届き者共を民と王に近寄らせるな! 」
そう気勢を上げるのは、両手に大盾を持ち、全身鎧に身を包んだ大男だ。
彼の怒号にその身を奮い立たせ、狂信者たちを押し留めんと歯を食いしばって立ちふさがる。
場所は王城の敷地を取り囲む城壁。そこに開いた穴に教団員が殺到しているのだ。
否、もはや穴ではなく、広場というべきかもしれない。それほど広範囲にわたって城壁は壁としての機能を失っていた。
それでもなおこの王城が逃げ惑う民衆の避難所足りうるのは、薄緑色の全身鎧に身に包んだ一軍が、狂信者たちを押しとどめているからにほかならない。
城壁すら容易く食い破った二百人近い狂信者たちは、護国の意志を以って立ちふさがる騎士たちの壁を破ることができずにいた。
とりわけ両の手に盾を持った彼の前では、【ゼノギフト】を持った《探究者》たちも木っ端のように吹き飛ばされていく。
それもそのはず。彼はこの国の近衛騎士団の長であり、その座にふさわしき《至天職》でもあるからだ。
先の砲撃を受け流し、王城を半壊程度の被害に抑え、なおかつ死傷者を一人も出さずに済んだのは、彼の働きあっての物だった。
「《痛みを我が身に》!」
唱えた式句によって、その身に無数の傷が刻まれていった。
途端、膝をつきかけていた騎士団員が、その身に気力を迸らせながら立ち上がり、狂信者たちに立ち向かっていく。
一人だけではない。
今にも倒れ伏しそうだった何十もの騎士たちが立ち上がり、血走った眼の狂信者たちにその手に握る長剣を叩き込む。その顔に先ほどまであった苦痛の色はない。
騎士団側の重傷者をダメージを《金剛の護国》の《スキル》で引き受けたのだ。
半死半生のダメージを百人分以上引き受けてしまえば、並みの人間ならば二桁は軽く死んでいるだろう。
しかし決して彼らの長が斃れることはない。その身に宿る圧倒的な生命力と頑強さが、彼を立たせ続ける。
騎士団長が生来持つ自動回復に関連した《アビリティ》群と、後方から飛んでくる《治癒魔術》によってその傷も一分足らずで消え失せるだろう。
それだけではない。
「団長がいる限り! 俺たちが斃れることはあり得ない!」
「切り伏せろ!」
裂帛の気合と共に、狂信者たちの脳天を叩き割っていく騎士団員。
それはダメージを肩代わりされたからだけではない。
自らの長いる限り、決して倒れることはないという信頼と、決して斃れることがあってはならないという覚悟によるモノである。
彼の就く《金剛の護国》は軍などの大集団を守護することに長けている。
防御系統のバフに限定されているが千人以上にその守りを授け、軍団のダメージを引き受けるなど、集団そのものの生存力を向上させることすら可能だ。
今代の《金剛の護国》の率いる軍はアンデッドよりもなお不死であると恐れられるほど防御に長けていた。
「《シールド・ラッシュ》!」
「ごっ!」「げはっ!」「ぐぼっ!」
壁が迫りくる、そう思った直後には教団員たちは叩き潰され、弾き飛ばされ、すり潰される。
激流の中であってもなお揺らがぬ大岩のように彼は立ちふさがり、それに当たる水しぶきのように血と臓物をまき散らして撥ね飛ばされる。
戦車どころか、機動力のある要塞ともいうべき堅牢さは、それだけで敵を押し返していく攻撃力となっていた。
その様に危機感を覚えた、両手に奇妙な意匠をしたダンベルを持った教団員が踊りかかる。
「【パンプ・アップ】!」
鍛え上げられた上腕二頭筋と上腕三頭筋、そして前腕屈筋群が唸りを上げた。
爆発的に膨張した両腕が布を引きちぎり、両腕が露わになる。
蒸気による揺らぎを帯びたソレが、闘技の燐光を纏っていく。
その一撃こそ城壁を突き崩した大本命。
左を引き手に、右を打ち出す。
「《徹拳》!!」
唸る拳は水蒸気の尾を引いて、壁のごとき盾に着弾。
その衝撃が騎士団長を打ち据える、その直前に。
盾に纏った燐光によって、逆転する。
「《痛みは暴虐の下に》!」
腹の底に響くような重低音が、戦場に響いた。
筋骨隆々であった彼は、既にその場になく。
幾つもの家屋をなぎ倒してから、光となって帰っていった。
波打つように広がる沈黙は、両者の間で対極の喧噪に変わっていく。
興奮と動揺だ。
そこにダメ押しをするかの如く、騎士団長は叫んだ。
「こ奴らは取るに足らん! 我ら騎士の誇りにかけて、残らずこの地より駆逐するのだ!!」
『応!!』
一糸乱れぬ返答と共に、騎士団員たちは各々の武器を握る手により一層力を込める。
対して、自軍の中でも相当な猛者が倒れたことによる動揺からか、少しずる狂信者たちは浮足立っていく。
これまで一進一退であった攻防の天秤が、片側へと傾きつつある。
(この程度の敵で終わるのならば、今の俺でも凌ぎきれる……!)
個々の戦闘能力もさることながら、高度な連携によって敵を防衛戦から通さない。
中には状態異常によって相手の動きを止める、あるいは相手の精神に干渉するといった、搦め手に長けた【ゼノギフト】も存在していたが、騎士団長の《付与魔術》によって、それら全てはほとんどの効果が打ち消される。
その守りを突破するモノもあったが、後方に控えた《神官》と団長の手によって、ダメージごと癒される。
個々の騎士団を殺すことによって戦力を削ぐことも、後方にて支援を行う異教の《神官》たちを抹殺することも、要である騎士団長を殺すことも叶わない。
もはやこの騎士団そのものが一個の巨獣であるかの如く、狂信者たちはゆっくりと、しかし着実にすり下ろされていく。
その最中、戦場全体に響く伝令があった。
「宮廷魔術師団、到着いたしました!」
歓喜の滲んだ声に、天秤の傾きは決定的なモノとなる。
それもそのはず。こうして足止めを行われている最中に、範囲魔術を叩き込まれればひとたまりもないということは、その場にいる誰にでも分かることだからだ。
「撃て! 多少の誤射なら構わん!!」
『灼熱よ、渦巻き、敵を滅せ。《ブレイズ・トルネード》』
「暴風よ、灼熱を喰らいて、大火となれ。《劫火を飲む旋風》」
「総員防御態勢!! 《ブレイズ・レジスト:ブリゲート》!!」
上級範囲魔法の斉射。
灼熱の渦が幾つも着弾地点に立ち昇り、そこに風が集結していく。
風は火を飲み、渦巻き、そして一つに。
灼熱は天に向かう龍のように、立ち昇っていく。
数千度の高熱が狂信者たちを飲み干していく。
これぞ、ビットー王国の宮廷魔術師が編み出した合同魔術。
筆頭魔術師である老人の開発した風属性魔術によって、幾多の火属性魔術を飲み込んで作り上げられる、至天の領域に届き得る奥の手である。
この灼熱に呑まれて、生き残れる者など、《至天職》を置いて他におらず。
故にこそ、熔けた石畳の中に半ば埋まりながらも、生き残る過半数の狂信者たちに護国の士たちはその目を見開いた。
「馬鹿な……」
「我らの最大魔術だぞ!?」
悲鳴のような声に対する返事の如く。
楽し気な女の声が場を支配する。
桃色の髪をひとまとめにした女は、【災異能力者】。
『神権教団』の最高戦力の一人である。
「うわー、ごめんごめん。結構ヤバかったみたいだね。怪我している人はいない?」
「『透壁』様!」「『透壁』様だ!」
「さ、速くここの人たちに退場してもらお。でないとあの子たちの獲物が減っちゃうし」
「近衛騎士団を舐めるなよ……!」
地の底から響くような、怒りに満ちた声がその支配を打ち破る。
先の砲撃によるダメージによって、体の芯に食い込むかのような痛みを気迫でねじ伏せ、叫ぶ。
「《我こそ護国の盾である》!! 我が国に仇なす者共は、我ら盾を超えることはないと、その脳天に叩き込んでやる!!」
「うんうん! これぐらい生きがいい方が楽しくやれるよね!」
兜の中で犬歯をむき出しにする男と、口の端を陰惨に歪める女。
《至天》と【災異】の激突が始まった。
□
ところ変わって、冒険者ギルド、ビットー王国本部。
そこには千は超えるであろう冒険者が戦いの傷を癒やしたり戦いに備えたり、その数倍はいるだろう民間人が避難していた。
冒険者という者は縛られない。国境に縛られず、身分に縛られず、種族に縛られない。
能力さえあれば、身一つで何処まででも成り上がることができる。 それは冒険者ギルドの権勢と、その活動理念に裏打ちされたものだった。
冒険者ギルドの総本部こそ中央都市に存在しているが、ギルド自体は四大勢力のどの国のどんな街でも存在している(『保安機構』は『イグノーテラ』での領土を持たないので除外)。
これは冒険者ギルドが、人ではなくモンスターに対応するために設立された機関だからである。
数人で対処できるような初級モンスターの群れに、衛兵や軍人、つまり国家所属の戦力を差し向けるのは効率が悪い(あまりに大規模なモンスターの集落や、強大な『ユニークス』を相手どる際には、出動することもあるが)。
それどころか個々のモンスターの能力を十全に把握できていない場合、その兵士たちを失う恐れすらある。
そんなことになれば、治安は悪化し、他国に侵攻の隙を与えることになりかねない。
バラエティに富んだモンスターに対応するために、よりバラエティに富んだ冒険者が必要とされた。
そんな彼らが人に対して武器を向けることが許される理由はただ一つ。
同じ人々を守る時だけだ。
他国の軍隊が自らが拠点にしている街の住人に理不尽を強いたとき、あるいは貴族などの支配者層が独裁によって民衆を苦しめた時。
そして今回のような狂人によって人々の安寧が脅かされた時だ。
「状況はどうなっていますか!?」
「ロンさん! 王都に来ていたんですね!」
「テッターも来ていますよ。負傷者の治癒を行いながら、話を聞かせてください」
「はい!」
『疾風の剣』がビットー王国に潜入してから一年以上が経ち、故に彼らと顔馴染みの者もこの場には多くいた。
負傷者の治癒に取り掛かりながら、ロンはギルド職員の話に耳を傾けていく。
自身も異常事態に駆け回っていたのだろうことが、彼女の乱れた髪と汚れた受付嬢の制服から見てとれた。
「襲撃者たちは『神権教団』という《探求者》の犯罪組織です。狙いは官民を問わない大虐殺、並びに国家転覆だと思われます」
「民間人の避難状況はどうなってる?」
「現在冒険者ギルドでは五千人以上の民間人を収容しています。ここが養成所としての性質を備えていたことが功を奏しました」
国の首都などの大都市の冒険者ギルドには、冒険者養成所としての役割を持つ。
加入時の学力及び体力テストにおいて一定の成績以下だった場合と、合格者であっても本人が希望した場合には、加齢やケガなどによって引退した元冒険者からの講習が受けられるのだ。
その講習のための設備として屋内運動場やグラウンド、人員として《治癒魔術》を修めた者たちがこの施設には常駐していた。
それらの人員に混ざって、ロンも怪我人を治療していく。
「王都の人口が十万人。ここで収容できるのは一万程度。他に避難場所として有効そうな場所は分かりますか?」
「外敵への防護設備と戦力を有している場所となりますと、聖騎士団の本部か王城のどちらかかと……。それでも市民の八割程度の収容が限度だと思われます」
「都市内の避難所という物は、都市外から来るモンスターに対応するために作られていますからね。都市内に敵が現れたとなると、勝手が違うのでしょう」
まして現状は王都からの出入りが謎の結界によって制限されている。戦うこともままならず、逃げ惑うことしたできない一般人たちにとって、この避難所は死地と化した王都の中に存在する数少ない安息の地と言えた。
「冒険者の皆様は、ここの防衛と逃げ遅れた人の救助の二つに分かれています。聖騎士団も同様の動きを、王城では敵勢力との武力衝突が発生しているため、避難が滞っている模様です」
「わかりました。怪我人の治療が済み次第、私は防衛側に加わります。テッターには救助の方に加わるように言っておきましょう」
「ありがとうございます!」
受付嬢が笑顔を返した途端、轟音が鳴り響いた。
建物そのものが揺れ、内部の人間たちは一様に悲鳴を漏らす。
「敵襲か!?」
「急げ! 入り口から聞こえたぞ!」
「市民をもっと奥へ!」
「私も向かいます。万が一のために、怪我人は動かせる程度の治癒が済んだら、即座に移動させてください」
「は、はい!」
ロンは人混みを駆け抜け、ギルドの入り口へと向かう。
轟音の出どころであろう場所からは激しい戦闘音は聞こえない。
聞こえるのは苦悶の声と肉を叩く音のみ。
もうもうと立ち込める土煙、その中央に立つのは。
「カス共が群れてやがるな。穴蔵に入ったままじゃ、『狩り』ならねえだろうが」
(馬鹿な! こんな短時間でレリアとロンドが突破されたと言うのか!?)
ひどく剣呑な声と共に、【災異】が君臨した。
《至天》なき戦場に。




