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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
序章 踏み出した第一歩
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序章 第五話 霹靂の再演

 ワールド・トーナメント、アンダー15、本選。

 世界中の少年少女たちが己を磨き、情熱を注ぎ、鎬を削る祭典。

 より実践的な異能行使を覚えた彼らの衝突は、一世紀前のメジャースポーツの世界大会にも劣らない人気がある。

 

 彼らより年上の異能力者たちは『イグノーテラ』での活動に軸足を置いており、なおかつ各勢力の軍事機密と言っても過言でもない。そのため、強力な異能力者であればあるほど、表舞台で力を振るう者は少なくなる。

 故にこの大会は、この地球上で行われる最高峰の情熱と熱狂が渦巻く闘争の場となっていた。


 そこに今日、衝撃が駆け抜けた。


「な、速っ……! どうして――」


 それはありうるべかざる光景だった。


「クッソ……! 何で俺の技が悉く……っ! 何で――」


 本選まで勝ち上がってきた少年少女、彼らは例外なく猛者である。

 生半可な大人では太刀打ちできず、この先の成長によって更なる高みに昇る。

 正しく英傑の原石とでもいうべき者たちだ。


「何で、当たらないの……。私の攻撃が……! あり得ない――」


 そんな彼らが、例外なく。


「馬鹿なっ! あり得ん――」


 その衝撃に打ち倒される。


『無能力者のはずなのに!!』


 その衝撃をもたらしたのは既知の者だった。

 そして、既知であるからこそ、二度とあり得る物ではないと分かっていた。

 そのはずだった。


『な、何ということでしょうかっ……!! 前代未聞!! 前代未聞というほかありません!!』


 三年前と何ら変わらぬ姿の実況が、三年前の何倍もの声を張り上げて、その衝撃を語る。


『【ゼノギフト】を持たない人間がこの大会に参加することを禁ずる項目はありません。しかし、それは今大会が万全を期した安全性で行われていることの証明であり、同時に【ゼノギフト】を持たない者では、決してこの大会を勝ち上がることはできないという、残酷な真実の現れでした』


 打って変わって実況の静かな声に、会場の誰もが声を出さずに耳を傾けている。

 その衝撃を目の前にし誰もが絶句しているのだ。


『しかしその真実は、今、この瞬間に覆されました!! 【ゼノギフト】を失った彼によって!! 彼の勝利によって!! しかし私はどこか、このことを運命と感じざるをえません!!』


 会場の中心部に浮かんだホログラムが、一つの事実を告げる。


『三年前、不慮の病によってこの地を去った若き雷光がっ!! 今日、この瞬間に帰ってきたのです!!』


 ソウヤ・アカツキの決勝戦進出を。



 □



「相変わらず、すごい盛り上げっぷりだな」


 ここは選手控室。

 当然、準決勝が終わった後にそこに滞在しているのは、決勝戦に参加する者だけだ。

 家族との会話も面と向かってではなく、ホログラム通話になっている。 

 

『まさか本当に、決勝戦にまで到達するとはね。心底驚いたよ』

「何だ、信じてなかったのか? シャル」


 イカサマや八百長の防止のために、本選参加から完全に外部から隔離され、寝食を過ごすこの控室。

 この場所において唯一外部との接触が可能な手段が、今アカツキが使用しているホログラム通話である。

 会話の内容は全て録音されているなどの措置はとられているが、家族との会話などができるこの通話は、選手たちにとっての精神面での生命線と言えた。


『今でも半信半疑さ。【ゼノギフト】を欠いた状態で、異能力者に挑むなど。海中でヒトとサメが戦うような物だろう?』

「けどここは海中じゃないし、相手も同じヒトだ。勝算はある」

『……必ず勝てる、とは言わないんだね』


 家族もおらず、天涯孤独の彼が喋る相手は親友であり、半ば家族に等しいシャルロットのみだ。

 そんな彼女は表情を曇らせ、少年の言葉から真意を読み取る。


「……あいつは、エイトルドは強くなっている。【ゼノギフト】とか、身体能力とかのうわべだけじゃない。この本選での奴の戦い方を見て、よくわかった。三年前のような直情さがない。精神的に付け入る隙のない以上、純粋な地力で勝負となるだろう」

『確かにね。君とのメッセンジャー代わりにされているからよく見てきたけど、この三年間で落ち着きのような物が出てきた気がするよ』

「厳しい戦いになるだろうな。……学長からも連絡があった。やっぱり『優勝』しないことには異能喪失者の再入学は認められないそうだ」

『聞いたよ。理事会の方もかなりゴネたみたいだけれど、君の論文でようやく認めるに至ったらしい。頑固な年寄りは嫌だね。ところで、その中でもとりわけ頭の中身がカチコチの人間数名がおとなしかったようだけど、君、何かやった?』

「さあ? もう騒ぐ体力もないんじゃないか、何せ年だし」


 そんな軽口を遮るように、無機質なアナウンスが最後の決戦が迫ってきていることを告げる。


『既定の時間となりました。両選手入場してください』

「時間だ」

『いってらっしゃい』

「ああ、優勝してくる」


 少年の言葉に柔らかく微笑み、シャルロットのホログラムは消え去る。

 それを見届けた少年は、静かに歩き出し、静かに扉を開ける。

 

 そして彼は決戦の地へと歩み出した。



 □



 今日彼の命運が決まる。

 周囲を囲むのは、観客たちのホログラム。

 三年前と何ら変わらぬ光景で、その何倍もの歓声と熱量がこのコロシアムを満たしている。


『さあ、ワールド・トーナメント・アンダー15! これより始まるは決勝戦!! 私は心底歓喜してります!! 皆様もそうでしょう!! 三年前の続きが、今日この日に見れるのだから!!』


 取り囲むは幾多の観客

 向かい合うは二人の少年。


『東より来るはァー! ワールド・トーナメント三連覇を達成し、史上初の四連覇に王手をかけた、鋼鉄の鬼人!! エイトルド・バルファロン!!』


 筋骨隆々。

 三年の月日を経て、彼の肉体は更なる高みへと昇っていた。

 大男と言って差し支えない身長、そこに過不足なく詰め込まれた筋肉。

 優れた観察眼を持たずとも、この肉体が彼の努力の結晶だということが感じ取れる。


『そしてぇ!! 舞い戻ってきた青天の霹靂!! ソウヤ・アカツキ!!』


 会場の熱量は一段上の領域へと跳ね上がり、されど二人の間にはただ静寂のみがある。

 

『若き血潮の滾りが今ここに、かつての決着を付けんと!! 雄叫びを上げております!! そして今!! 戦いの幕開けが、刻一刻と迫りくる!!』


 二人の頭上に浮かんだホログラムがカウントダウンを始める。

 五秒を切った瞬間にエイトルドの体表は漆黒へと染まり、随所に生えだした鬼の角めいた殺人的な突起が彼の肉体をあしらっていく。

 それだけではない。

 筋肉が膨張し、一回り大きくなっていくのだ。

 まさに黒鬼。


 対して少年はかつてのように雷光を身に纏うことはない。

 静電気程度の出力すら、今は満足に生み出すことはできない。

 しかし、エイトルドは感じ取っている。

 彼の体に漲る全く別種の力を。

 そして何より、強敵(とも)だからこそ、感じ取れる


『レディィぃィぃいいい!! ファイッッッ!!』


 今度は、倒れ伏すことはしなかった。

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに。

 相手の下に駆けていく。

 



 □


 


 開始から五分が経過してもなお、互いに決定打はなかった。

 彼我の戦力差は如何ほどか。

 ソウヤの『内気法』による身体能力強化は、【小異能力者(ステージ1)】から【奇異能力者(ステージ2)】の境界程度。

 これは彼と同年代の異能力者のソレと比べるならば、平均的よりやや劣る程度の等級と言える。

 逆説的に、同年代において屈指の猛者たちが集まってくるこの《ワールド・トーナメント》の場においては、非常に心もとない等級であった。事実、本選に出場した32名の中に、奇異能力者は数人程度だ。

 

「シッ!!」


 エイトルドの拳が闘技場の石床へと突き刺さり、瓦礫混じりの小爆発が巻き起こる。

 純然たる身体能力によって巻き起こされたソレを食い破るようにして漆黒の拳が突き出された。

 その一撃を皮切りに、更なる拳打がアカツキに殺到。

 しかし一つも彼の肉体に触れることはない。

 

(エイトルドの【鋼鬼なる鋭体(ブラック・トゥース)】は、身体硬化と身体強化の合わさった【内界改変】系。今まで戦ってきた中では一番シンプルな部類だ。だからこそアイツの地力の高さが、そのまま実力へと直結している)


 内界改変、即ち【ゼノギフト】の方向性が異能力者自身に向いている種類であり、その中でも身体能力などの向上はかなりオーソドックスな部類だ。

 逆を言えば、エイトルドは他の参加者が持つ【ゼノギフト】の特異性をシンプルな力と技量でねじ伏せてきたということである。

 そしてアカツキがこれまで勝ち上がるために突いてきた、強い異能に頼っているが故の隙というものが一切存在していないということである。


「おっかねぇ。当たったら即敗北だな」

「よく言う。刀で受けることすらしてねぇ癖に」

 

 今大会において、痛覚はさほど制限されていない。

 ショック死に至るほどの物ならば流石にカットされてしまうが、そうでない物に関してはそのまま素通りだ。

 これは、戦いの臨場感を増すため、というわけではなく、『痛み』がトリガーとなっている【ゼノギフト】も存在するためだ。

 そして今大会における敗北の基準とは、降参か、その痛み(ダメージ)の総量が一定ラインを上回ることによって判断されている。


 ではアカツキは、今大会においてどれだけのダメージを受けたのか。

 

 答えはゼロ。

 本選に出場してから、彼は一撃も、喰らったことはない。

 理由はシンプル。

 一撃でも喰らえば、彼の敗北は確定的な物と成りうるからだ。

 エイトルド・バルファロンは更なる猛撃を行いながら、思考する。

 今もなお、アカツキに一撃すら喰らわせることができない、その理由を。


(異能ってのは千差万別。触れれば即死なんてものすら珍しいだけであるにはある。そんな極端な物を除いたって、対抗手段(【ゼノギフト】)を持たないアカツキには、どれが致命傷に成り得るかも分からない)


『異能とは、個々人に課せられた全く異なる世界法則(ルール)である』

 時に物理法則にすら反する【ゼノギフト】の特異性と、その幅広さを如実に表した一文。

 この言葉は、最も端的に【ゼノギフト】が何たるか示している。

 故にエイトルドは、その推測が正しいと分かっていても、納得できなかった。


(理屈は分かる。その無茶を実現するためにアイツがどんなことをやったかも推測できる。けど可能なのか……? 本選出場者のあらゆる戦闘記録をかき集め、そこからどう成長したかすらも予測しきるなんざ……!)

 

 エイトルドの推測は正しい。

 アカツキがこの決勝戦まで勝ち上がってこれたのは、『内気法』の力や天性の戦闘センスよりも、彼のデータ収集による対策の比重が遥かに大きい。

 

 それでもただ情報をかき集めただけでは、同年代の猛者たちから勝ち上がることはできない。

 そのデータとて、公式戦などの限られた物だ。

 そんな正確性に乏しい情報を、必殺の刃にまで研ぎ澄ましたのが彼の分析と予測。

 プロファイリングの領域にまで達したソレは、本人の隠し通した奥の手も暴き出し、本人すら知り得ない脆弱性をも導き出す。


 しかしエイトルドは一つ勘違いをしている。

 彼がかき集めたのは本選出場者の32名のデータだけではない。

 予選を含めた、万を超える者たち全ての物をかき集めたのだ。

 この三年間、アカツキは、この一瞬の勝利のために、そして再び返り咲くために、ただひたすら鍛え、学んできた。


((こいつは、強くなった……!!))


 お互いの研鑽を、そこに込められた熱量を余すことなく感じ取って。

 激戦の最中、鏡写しのように獰猛な笑みを浮かべる。

 

「本当に良く避けるなぁ。未来視でも手に入れたんじゃないのか?」


 【ゼノギフト】は一人につき一つ。

 子供でも知っている大原則を踏まえれば、これはただの軽口だった。

 呼吸を整え、考察までの時間をひねり出すための雑談は、しかし意外にも肯定される。


「当たらずとも遠からずだな」

「何?」

「と言っても【ゼノギフト】に目覚めたとかじゃないぞ。この三年間、色々と見てきたからか、相手の体の動きが読めるようになったんだ」

「まるっきり未来視じゃないか」

「違う、違う。視線の動き、呼吸の度合い、筋肉の隆起。体が不随意に行っている動きが、俺に『次』を教えてくれるだけだよ。と言っても相手の充分なデータがないと、命を預けられるほどの確度はないけどな」


 彼の言っていることは嘘ではない。

 この三年間で、元よりあった彼の観察眼は、半ば異能の領域に片足を踏み入れていた。

 その情報を聞いて、エイトルドは彼を仕留めるための秘策を練り上げていく。

 そして答えが出る。


「ならば見えていも反応できない速度で、お前を捻り潰す」

「来い」


 黒鬼は石畳を蹴り砕く。

 飛び散った礫はその脚力を如実に表し、莫大な速力がエイトルドを突き動かす。

 瞬く間に彼我の距離はゼロへと迫り、そしてエイトルドは違和感を覚える。


(なぜ正面から?)


 彼の【鋼鬼なる鋭体】は肉体の強化、硬化、そして肥大化である。

 筋肉量の向上によって単純な速度は増しているが、その分小回りは効かない。

 無論それを補うための努力もしているが、それでも拭いがたい機動力の差をついてアカツキは回避を成功させてきた。


 それを捨てて、ただ真っ直ぐとこちらに向かう少年に対し、エイトルドは奥の手を使う決意をする。

 拳の間合いに両者が入る。

 体格が上のエイトルドが先んじて拳を振るい、その拳を刀で反らさんとするアカツキ。

 峰に手を添え、更に受け流すために拳撃に対して斜めに添えてもなお、強烈な擦過音と共に刀がへし折れ、彼の手からもぎ取られる。

 

 しかしその一撃をやり過ごしたということは、鬼の間合いの内側に入ったことを意味する。

 右腕に流れる生命力を集め、渾身の一撃を放たんとする彼の眼前で、他の誰もが想像だにしないことが起きた。


 突如エイトルドの胸部の鋼皮が隆起し、鬼の角めいた突起が彼を迎撃せんとしたためである。

 大気がまとわりついてくるかのような重厚さを持っていると錯覚するほどに、アカツキの思考は加速される。

 相当な速度で突きだされているはず黒い刺突が、ひどくゆったりとアカツキの頭部へと迫っていく。

 アカツキは緩慢な体を叱咤し、強引に上体を捻った。

 電流のように鋭い痛みが腰を走り、それでも刺突のダメージは頬を掠めるだけに留まる。

 ならばあとは、拳を振るうのみ。


『【異界再現――』


 果たしてそれは幻聴か。

 たしかに聞こえた技の名に、エイトルドは凍り付いた。


『――《格闘》《鎧徹し》】!!』

 

 拳が鋼皮に優しく触れる。

 互いに加速しきった思考による、幻覚めいた感触。

 その直後にエイトルドの体内で痛みが爆ぜた。


「げぼぁっ……!」


 その場で崩れ落ちるエイトルドから、宙返りで離れるアカツキ。

 彼が着地してもなお、黒鉄の鬼は跪いたままだった。


「なぜ、《スキル》を……、異世界の技術を、地球で……」

「ただのパチモンだよ。生命力(エネルギー)の流れを真似て、あとは地球にもあったっていう技術で補った。それでも結構な完成度だろう?」


 その質問には答えるまでもない。

 口の端が血で汚れている時点で、その一撃が内臓にまで届いたことは疑いようもない。

 

「ようやくお前にマトモなダメージを喰らわせられたな。ていうかなんだよ、あの棘」

「一族の秘策さ。俺たちは体がデカくなるからな。間合いの内に入られた時のための対策として考えてある」


 そして拳のダメージから立ち上がって、少年を見据える。


「お前の一撃は、俺の敗北に届かなかった。そして、その右腕ではもう打てまい。そして左でもう一度打っても変わらん」


 エイトルドの言う通り、アカツキの右腕は彼に輪をかけて悲惨だった。

 拳の体積は半分まで潰れて縮み、前腕部はちぎれかけ、上腕からは骨が飛び出している。

 血が滴るその様に、悲鳴を上げている観客もいる。


 これはエイトルドの鋼の皮の硬度に、彼の拳が撃ち負けたからだけではない。

 肉体が耐え切れないほどの威力で、アカツキが腕を振るったからでもある。

 どちらにしろ、もう彼の手札ではエイトルドには届かない。

 それ即ち、彼の勝算が尽きたということに他ならない――。


「本当にそうか?」

「何?」


 ――しかし、エイトルドを含めて、会場のほぼすべてが思ったことを、少年は否定する。


「片腕が死に、代償に放った一撃も膝をつかせるのが限度。それで万策が尽きたと思うか」

「他に何が――」

「両足を潰すほどの加速を、残った拳に乗せる。そしてお前の急所を撃ち抜く」


 彼の脳髄を既に莫大な痛みで満ちているはずだ。

 力なく垂れさがった右腕モドキを見れば、どんな人間でも分かるだろう。

 それでも彼の眼光には、気迫が満ちている。

 

 当然だ、エイトルドは認識を改めた。

 超常の、されど日常となった【ゼノギフト(ちから)】を失っても、ここに至るまで進むのを辞めなかったのだから。

 たかだか右腕を失ったからと言って、アカツキが、我が宿敵が止まるわけがない、と。


「それで、俺の勝ちだ」

「――いいだろう。ならば俺は、俺の全霊で。真正面からお前を叩き潰す」


 互いに、呼吸を止める。

 その沈黙に、会場すらも波打ったかのように静けさが蔓延していく。

 瞬きも、息をすることすら忘れてしまうほどの沈黙が、永遠にも思える数秒間、続いたのちに。


 両者は疾走を開始した。

 

 まだアカツキは足を潰していない。

 加速のタイミングをずらすことで、より一撃を確実なものにするためだと推測したエイトルドは、更なる切り札を切る。


 拳の間合いのわずかに外、その段階で彼は拳を振りかぶり始めた。

 粘度を持った大気に包まれたという錯覚に陥るほど加速された意識の中で、アカツキは確かに見た。

 その拳が開いていくのを。

 そして掌底の形をとった手のひらから、黒い棘が生えてくるのを。


 両者の加速、棘の伸び、そして拳の間合いによって、その一撃が自らに到達することを少年は悟った。

 しかしそれだけでは終わらなかった。


 射出(・・)されたのだ。

 黒い棘が。

 これがエイトルドの切り札。

 彼が自力で編み出した唯一の遠距離攻撃手段。

 彼が最後の最後に至るまで隠し通した、アカツキに対するカウンター。

 事前に知っていなければ回避不能である、真正面からの不意打ち。

 青天の霹靂のようなソレを目の前にして。


 少年は笑った。


「――は」


 思考に空白が生まれ、ゆえに目の前からアカツキが消え失せたと黒鬼は誤解した。

 それが単なる跳躍だと理解し、遥か高くに跳んだ彼に視線を向けようと、攻撃姿勢から強引に体を捻って、目にしたのは。


 黒い『何か』だった。

 

 半ば反射で両腕を交差させ、その中心点を貫通したのは。

 エイトルドの放った黒い棘だった。

 それで彼は納得した。同程度の硬度の物体が、これほど攻撃的な形状で、なおかつ一方を遥かに上回る速度で、ぶつかり合ったならば、こうして貫通するのは自明の理。

 両腕を交差させてもなお、その守りを貫いて、胸部に浅く突き刺さったのは納得できる。


 理解不能なのは、なぜ予知したかのように黒い棘が射出されることを予期して、即座に攻撃に転用することができたのか。


 だがその答えを思い至るよりも早く、速く、彼は落ちてくる。

 跳躍によって右脚を、黒い棘を蹴り飛ばすのに左脚を潰した少年は、残る左の拳を構えて落ちてくる。


 だがもう、エイトルドはどうしようもない。

 強引に体を捻ったせいで体勢は崩れ、その状態で黒い棘を防御したせいで、既に床に倒れ伏しているからだ。

 両腕は封じられている。なぜならそうしなければ、心臓にまで到達していたからだ。

 もはや、アカツキの落下点から逃れる術はない。


 

 アカツキの拳が黒い棘の底面に突き刺さり。


 エイトルドの心臓は破壊されかけ、生命保護のゼノギフトによって体力の減少へ変換される。


 それが戦いの終わりだった。

 


 □



 会場内の医務室にて、彼は一息をついた。


「ふう……」


 べったりと汗で張り付いた前髪をかき上げ、ゆったりと息をつく。

 未だに彼の四肢はしびれている。

 と言っても何らかの後遺症が残っているわけではない。

 ひしゃげていた両の手足も、すでに大会専属の治癒系の【他界介入(オザーフォース)】によって既に治癒されている。


 その事が分かっていても彼は控室に備え付けられたベッドから動けなかった。

 そこに電子音が響き渡り、彼は通話の許可を出す。

 

『今、いいか?』

「エイトルドか。どうした?」


 ホログラムに映し出されたのは先ほどまで、死闘を繰り広げていた少年だった。

 既に鬼人化は解かれて、普通の――それでも大男と呼べる体格――の姿に戻っている。


『なぜ分かった? 【棘砲】、あの遠距離攻撃は俺の完全なオリジナルだ。親父ですら、遠距離攻撃は向こうの《スキル》とかに頼ってる。……いや、あの【角鎧】を知らないというのもブラフか』


 彼の問いに、少年は静かに答える。


「両方ともただ推測だよ。【角鎧】、あの棘生やす奴は。バルファロン家は三代続いているからな。拳の間合いの内側への対抗策も持ってそうだと思っただけだ。単純な体術で俺を捉えることができないとなれば、棘生やすしかなくなるだろう? 【棘砲】とかに関しては――』

『関しては?』

「完全な賭けだな。俺の一撃はどうやってもお前にトドメを刺せない。あの時言った四肢を三本賭けての一撃だって、多分耐えきれるだろうって」


 備え付けのベッドから上体を起こして、少年は立ち上がる。


「だからどうしてもお前の【ゼノギフト】を攻撃に流用する必要がある。元々ある棘とかを折ったりすることも考えたけど、確保するまでに両腕が潰れそうだったからな」

『それじゃあ、俺の【棘砲】を予測できた答えになっていないぞ。あれは誰にも見せたことはない。いつか来るお前に叩き込んでやるために、だ』


 その言葉を聞いたアカツキは、軽く笑って。


「単にお前が近接一辺倒で満足するようなタマじゃないと思って、そこに全てを賭けた。何せ俺と同じく、『史上最強』を目指しているんだからな」


 その一言を聞いて、エイトルドもまた、鏡写しのように笑った。


『行ってこい、チャンピオン。もう誰もお前に、ケチを付けたりはしないさ』

「おう、三年前にもらい損ねたトロフィーを、受け取りに行くさ」


 そう言って彼は控室の扉を開けて、歩き出した。

 三年前に途切れたはずの道を、もう一度。



 □



 ワールド・トーナメント・アンダー15。

 優勝者、ソウヤ・アカツキ。


 そして彼の『学院』への再入学が正式に認められた。

お読みいただきありがとうございます。

翌日の二十時から一日一話に切り替えて更新していく予定です。


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