第二章 第二十話 正面からの不意打ち
「よーし、今日はお前に俺が対人戦のイロハの、『イ』の字を教えてやる」
「先生、じゃなくて師匠、対人戦のイロハとは? というか風呂掃除がまだ……」
すうっと細められた目を見て、アカツキは慌てて言い直す。
彼は自分を『センセイ』と呼ばれるのを殊更に嫌うのだ。
この時のアカツキは理由を知らない。この老人に拾われてから、まだ一月も経っていないからだ。
しかし、アカツキは彼を疑ってはおらず、機嫌を損なうようなことをするつもりもない。
「そんなのは後でいいから、こっちに来い」
「はーい」
何せ一呼吸するだけで寿命が縮むほど汚染され切った『廃棄区画』で行き倒れていたアカツキを助け、治療したのはこの男なのだ。
それどころか、日々の食事までこの男に恵んでもらい、今のような知識を授けてくれたりする。
アカツキは彼をそれなりに信用し、食器洗いなどの雑事をすすんでこなしていた。
「それで対人戦のイロハとは何でしょうか? というか戦いというのは、単に自分と相手の実力差で決まるものではないのですか?」
「くっくっくっ、若いねえ。まあまだ十にも達してないお前にはわからなくて当然か」
もったいぶった言い回しだが『師匠』は必ず教えてくれるとアカツキは知っていた。
この人は周囲の人間には怖がられているが、実は非常に面倒見がいい。
あと、人にものを教えるときにとても生き生きとした顔をしている。
「確かに実力差っていうのは、戦いの趨勢を決める最も重要なファクターだ。しかしそんだけで決まるほど戦いとは単純なものじゃねぇ」
「趨勢……、ファクター……」
やけに確信の満ちた目でこちらを見てくるこの人は、アカツキの怪訝そうな表情を無視して言葉を続ける。
ちなみに怪訝そうな顔をしているのは、知らない単語が出てきたからだ。
後で調べよう、と考えるアカツキをよそに『師匠』の話は進んでいく。
「ところで話は変わるが、一番効果的な不意打ちは何だと思う? その一、背後、その二、上、その三、下。理由も合わせて延べな」
「……上、でしょうか。人間の視野は三次元には対応しておらず、なおかつ屋内であれば潜む場所がいくらでもあり、屋外ならば飛行手段さえさればいくらでも状況を整えることができるからです」
「ほーう。いい視点だな。優等生と言い換えてもいいぐらいだ」
なら違うな、とアカツキは考えた。
この人は優等生という言葉を、それなりの能力があるが視野の狭い人間のことを指すときに使う。
はたと思いついて、今一度先生に問う。
「あの、……選択肢の中に答えはあるのですか?」
にい、と音もなく口角が釣りあがった。
そしてひどく楽し気に『師匠』は言葉を続ける。
「それが最良の視点だ。いいか、アカツキ。殺し合いに選択肢というものは、本質的に存在しねぇんだ」
そして、本当に重要な時はひどく真剣な顔をアカツキに見せる。
師匠はとてもいい人だ、アカツキは考えていた。
いい人と呼ばれるのをこの人は嫌うので、あまり口に出すことはないが。
「だが、わざわざ問いかけを出しておいて、答えがねぇのは気に食わんだろう? だから今回はちゃあんと答えがある。それはな『正面から』打て」
「正面?」
彼が思い起こすはあの時の言葉。
彼の対人戦の技巧、その基幹は少年の『師匠』の言葉そのものだ。
「戦いっていうのは選択肢の連続だ。その相手にとって不利な選択をいかに押し付け、逆に自分にとって有利な選択肢を選び取るか。それが戦いの過半と言ってもいい。そして相手にとって最も不利な選択というのは、そもそもソレを認識させないことだ。つまり不意打ち」
「? それじゃあ、なおさら正面から打つべきではないんじゃ?」
「そりゃあ、相手にとって目の前にある選択肢だからな。普通にやるだけじゃだめだ。相手のスペックを真っ向から上回らない限り、防がれる」
この言葉にどれほど助けられてきたことか。
師匠と死別してから、アカツキは多くの人間と戦い続けてきた。
それは仮想空間を舞台としたゲームであったり、『学院』の人間との模擬戦闘であったり、あるいは想像を絶するほどの悪意との戦いであったり。
「アカツキ、相手にとっての想定外は目の前で作り出せ。そんで正面から叩き込め。それを徹底することをお前が覚えたのなら」
――お前は無敗の戦士に成れる。
□
「なっ!?」
驚愕が思考と表情を染め上げる。
その間にも、何の変哲もないはずの剣から聖なる光が溢れていく。
否、光の熱量と衝撃によって、何の変哲もなかったはずの剣の真の姿が露わになっていく。
はげた塗装の内側から現れたのは黄金の輝き。『聖人教会』麾下の者が見間違えるはずのない、[聖具]の輝きだ。
(はぁ!? 聖剣はさっき弾き飛ばしたはず!)
クリスの言う通り、決闘開始時にリーナが持っていた剣は、泥濘に突き刺さったままだ。
ここで話は変わるが、[聖剣]のレプリカというのはありふれている。
幼少期のクリスやリーナも、[聖剣]を模した木剣でよくチャンバラをしたものだ。
そして[聖剣]のレプリカとは、何も子供用の物に留まらない。それこそ実戦でも使えるような、れっきとした切れ味を帯びた剣としてのレプリカも存在する。
単なる冒険者たちのゲン担ぎに過ぎないが、『聖人教会』麾下の人間は逆にそう言ったレプリカを装備することは禁じられてすらいるほどの精巧さを誇るモノもある。
偽の聖剣を弾き飛ばさせ、装備品に対する警戒を解いたところで[聖剣]としての本領を発揮させる。
偽物を用意することは先ほど例に挙げたように、とても容易なことだ。
ではどうやって本物を偽物に仕立て上げたのか。
(ぼ、ボクの《虹彩の魔眼》なら、聖剣に宿る聖属性の魔力を見切ることもできたはず! それをどうやって……!)
その答えに思い至るよりも速く、リーナの聖剣が《烈風の衣》に到達。
そして易々とソレを切り裂いた。
しかしそれはありうるべかざることだ。
《セイクリッド・スラッシュ》とは自らの魔力と活力を聖剣に注ぎ込み、放出させる技。
放たれた光よりも速く、剝き出しの刀身が相手を切り裂くなど。
「な、何で――」
「これが私のッ、切り札!【聖剣纏解】!!」
「《セイクリッド・スラッシュ》を、推進力に!?」
そのありうるべかざることが成立した理由は一つ。
両刃の長剣の片方の刃からのみ、聖なる光を放出したのだ。そしてその噴出によって、リーナの横薙ぎは《烈風の衣》を打ち破るほどの領域に到達。
これでクリスの防御を打ち破り、一太刀を浴びせ、勝利はリーナの手に渡る、
わけではなかった。
「《虹彩の黄:鋼鉄の鱗》!」
一瞬。それがこの付与魔術の発動にかかった時間だった。
著しく機動力を削ぎ、なおかつ術式構成が『生成』に偏っているが故の魔力消費の酷さによって、常時全身展開はほとんどしないこの魔術。
しかし、今回のような緊急回避としての防御手段として、攻撃に当たる瞬間に一部展開する程度ならば問題はなし。むしろこの手札を成立させるために、それ専用に術式構成を簡略化してさえいる。
それだけではない。
《虹彩の青:活水の血》という魔術を戦闘開始直後から発動している。
自身の血液を『変質』させ、極めて高い治癒力を付与する魔術は、手足の欠損や内臓破裂でもない限り、クリスの戦闘続行を可能とし続けるだろう。
自らのみを治癒することができる彼女の《再生魔術》の中でも、最高峰のモノだ。
(この一撃は逃れきれない。威力も高い! けどボクの手札なら耐えきれる。そのうえで反撃をする!! 勝てる!!)
クリスの狙いは正しい。
リーナの一撃は、まさに全身全霊。
推進力として使用している《セイクリッド・スラッシュ》だけでも、ほとんどすでに生体エネルギーは尽きかけている。この一撃を凌がれたら反撃を喰らうまでもなく気を失い、リーナは敗北するだろう。
聖なる光によって押された斬撃がリーナの脇腹に突き刺さり、衣服を切り裂き、鋼皮を砕き、そこで推進力たる聖なる光が尽きた。
(勝て――、?)
肌に食い込む程度の勢いであったが故に、耐えきれることを確信したクリスは。
その瞬間に意識が途切れた。
それがこの決闘の、終幕だった。
□
リーナ・トレイルの【風に乗せて】。
その能力の基本原則は二つ。
自分の生成した気体に、自身の能力を付与すること。
そしてその気体を操ること。
そして【ゼノギフト】の一般的な拡張方法としての【技】の確立に関する難度が、通常の【ゼノギフト】よりも圧倒的に容易くなっている。
リーナが確立した四つの【技】の内、【剣風】と【癒風】はその射程と範囲を拡張させることに重点を置いている。
【剣風】ならば、闘技を風に乗せて遠距離攻撃に。
【癒風】ならば、単体治癒魔術を風に乗せて、範囲回復に。
これによって従来の《スキル》に存在する遠距離斬撃や範囲回復よりも遥かに低コストで、同様の効果が得られるようになった。
当然それを見ていたクリスも、リーナの【ゼノギフト】の本領は『射程の拡張』にあると思い込んでしまった。
否、リーナ自身もそうだった。
アジト襲撃前にアカツキが言った助言が無ければ。
その助言の内一つは『真正面からの不意打ち』
二つ目は『自分の作った【風】に着目すること』
この二つの助言を聞いた彼女は、唯一の勝機が思い浮かんだ。
『ルクスカリバー』の固有能力を当てれば、殺す心配はなく勝利を手にすることができる、と。
しかし、それは至難の業だ。
《聖剣解放:対象停止》の技は、ルクス自身のエネルギーを消費するため、再度放つためには半日のクールタイムは存在する。即ち一度の戦闘で使用できるのは一度まで、ということだ。
その一撃を確実に当てねば次はないというのに、その恐るべき『時間停止』能力を孕んだ光線はあまりに遅い。聖剣の切っ先から放たれるソレは、光線という形を取りながらもはっきりと目に追える速度でしかない。
そしてこのことはクリスも当然既知だ。リーナの先代の担い手の存在も、その者が放った技もはっきりとクリスは見ている。
何せ『ルクスカリバー』は、この世で最も有名であり、聖剣の代名詞ともいうべき至高の一振り、『エクスカリバー』の姉妹剣なのだ。
その最強の聖剣を唯一止めることができる物である。
『聖人教会』という四大勢力の一角であっても、百人はいないであろう武力の頂点たちには、その情報の子細が伝わっている。
万が一敵の手に渡った、もしくは担い手が裏切った際に制圧しなければならないからだ。
《至天職》が最大限の警戒を向けるモノの一撃を、真正面から喰らってくれることを期待するほどリーナは愚かではない。
故に欺かねばならない。
必倒の一撃を当てるために、その一撃を別の何かで覆い尽くさねばならない。
聖剣であること自体を誤魔化すアイデアはすぐに浮かんだ。
アカリに頼み、対アンデッド用の聖銀塗料と[聖剣]のレプリカを譲ってもらった。
気配を隠すのは『内気法』の『気配沈静』だ。これを[ルクスカリバー]にも適用することで、特異な気配を抑えることができた。
《エア・デコイ》に意識を割かせることができたのも、この『気配沈静』のおかげだ。
問題はその次。切っ先を向けて、そこに光が収束していく時点でクリスは固有能力だと気づくだろう。
それを覆す手段は既にリーナは持っていた。
それが最後の【技】である【聖剣纏解】。
刀身の半分から推進剤として《セイクリッド・スラッシュ》を、もう半分から風に付与した《時間停止能力|》《・》を纏わせる。
切っ先から放つのではない。
風に乗せて射程を伸ばすのでもない。
気体にその力を含ませ、刀身に固定する。
クリスには敗北のその瞬間まで、《セイクリッド・スラッシュ》によって剣速がましただけの横薙ぎだと思っていただろう。
これが『勇者の出来損ない』と、嘲笑われてきた少女リーナ・トレイルが、《至天職》たるクリス・エルディムに打ち勝った『正面からの不意打ち』。
その全貌であると同時に。
彼女の能力【風に乗せて】の真骨頂、『【風】を媒介することによる射程そのものを自由自在に変数化することができる』という点を己がモノとしたことの証明である。
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不意打ちのまとめ
烈風の衣で視界不良
『気配沈静』による剣及び本体の隠密
剣の偽装 《聖剣解放》のあれこれ セイクリを推進力に




