序章 第三話 ワールド・トーナメント・アンダー15 予選 前半戦
「さぁ! 遂に始まりました! 若き《探究者》たちの祭典! 子供たちが滾る血潮をぶつける闘争の場! ワールド・トーナメント・アンダー15の開幕です!!」
場所は地球、特設ドーム内。
今回の戦いのためだけに設立されたこのドーム内においては、【構築型ゼノギフト】の力によって死は限りなく遠いものとなっている。
だからこそ、子供たちは並みの銃火器よりも遥かに高い殺傷能力を持った【ゼノギフト】を遠慮なく振り回すことができるのだ。
無論【災異能力者】あるいは出力を底上げすることができる【小分類】を有した【驚異能力者】ならばその【ゼノギフト】を上回りかねないが、その領域に到達することができる十五歳以下など両手の指で足りるほどしか存在していない。
「くっそ……! 何で直前で【ステ4】に上がっちまったんだ! これじゃあ、エイトルド・バルファロンと戦えねぇじゃねえか!」
「しょうがないでしょおう。【位階上昇】ってのは、急にポーンて上がるもんなんだから。それより聞いた? あの噂」
そんな一握りの天才たちは、決勝トーナメントが行われるドーム内のコロシアムのVIP席に居た。
同年代の平均を飛び越えた、大人顔負けの指折りの強者たちだ。
「アカツキも出るんだろ! クッソ! 三年前のリベンジもできたはずだったのに!」
「でも今のアイツは無能力者でしょ? 今のタイチじゃ相手にならないんじゃない?」
「馬鹿言え! それはあいつと戦ったことのない奴が言えるんだよ! アイツはな強いってよりも――」
「怖いんだよ」
「エイトルド!」
「よう。タイチとカッサリアじゃねぇか」
そう言って軽く手を挙げるのはエイトルド・バルファロン。
ワールド・トーナメント・アンダー15、驚異の二連覇を成し遂げ、前代未聞の三連覇に王手をかける少年である。
しかしその体躯は齢十五とは思えぬほどの領域に達している。
三年前から、ただの一日も欠かすことなく鍛錬を積み上げてきたのは、語らずとも分かるだろう。
「そういえば、十四歳以下の前回大会本選出場者は、予選が免除されるんだったわね」
「そんでこっちに来たのか! てっきりオマエまで【位階上昇】しちまったのかと思ったぜ」
「俺も残念だよ。オマエと戦えないなんてな」
二人との会話の通り、【位階】の差は勝敗と必ずしも直結するわけではない。
闘争とは二者間の全身全霊を絞り尽くすことによってなされる者だ。
【ゼノギフト】目覚めたての子供ならまだしも、大人顔負けとすら言われる彼らならば、【ゼノギフト】が自身の武器の一つに過ぎないということは分かっている。
「でもさぁ。ほんとに勝てるの? そりゃ私もあいつとちょっとは戦ったことがあるからその『怖さ』があるって意見も分かるけど。…………無能力者だよ」
武器の一つであるということを弁えているかれらであっても、否。だからこそ思うのだ。
【ゼノギフト】とは、疑いようもなく、最大の武器であると。
「何か『内気法』なんて妙なモノ引っ提げてきたのは分かるけど、それで勝ち抜けるとは思えな…………」
「確かに予選の一ブロック、総勢千人を何の変哲のないコロシアム内に放り込んで戦わせれば、彼の勝ち筋はひどく儚いモノになるだろうね。けど」
「あ、シャルロットちゃんじゃん」
「予選は人工森林内でのバトルロイヤル。彼なら十分勝ち筋がある」
「ホントぉ?」
現れたの銀髪碧眼の少女。
その煌めく美貌の根幹たる、蒼穹めいた瞳を輝かせながら少女は微笑む。
コロシアム上部の巨大ホログラムモニターを手で差しながら。
「見れば分かるさ」
□
「おい! ソウヤ・アカツキ!」
「ん?」
ソウヤ・アカツキは、荒っぽい声の出どころに目を向ける。
彼は今、予選Ⅾブロック会場となる人工森林前の集合場所に来ていた。
規定で持ち込みが許可されている装備品の確認が終わり、後は規定場所への転移と予選開始を待つばかりの、間隙だった。
そんな折に投げかけられた声の出どころにアカツキは目を向けると、怒りに満ちた顔の同世代の少年がいた。
「テメェ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「えぇ……」
いきなりがなり立てる目の前の少年に困惑の声を上げるアカツキ。
無理もない。一度も会話をしたことはない他校の人間だったからだ。
このワールド・トーナメントには、その名の通り世界中の学生が集合する。
四年に一度、十六歳以上の『渡航許可証』さえ持っていればだれでも参加可能の本家本元の『ワールド・トーナメント』ほどではないが、『統括政府』管轄の世界中の『探究者養成学院』から実力自慢の少年少女が大勢やってくる。
「平民のテメェがこの場にいるってこと自体がムカつくのによぉ! どんな汚い手を使ったら無能がこの大会に出場できるんだぁ?」
「この『ワールド・トーナメント・アンダー15』の出場資格は、統括政府傘下の学院の『推薦』だ。そこに在籍している必要はない。そしてその推薦を得る手段は、単に【ゼノギフト】の強力さだけで行われるんじゃない。それ以外の分野、例えば研究においても『推薦』を得ることは可能だ」
「あ”あ”!? そういう話はして――」
「そういう話をしてるんだよ。少なくとも俺はそれ以外の話をお前とするつもりはない。気に食わないってんなら、お前の【ゼノギフト】と拳で黙らせてみろよ」
「チッ! 覚えとけよ!」
吐き捨てるようなセリフと共に、去っていく少年。
その場に佇むアカツキに対して向けられた視線は、先ほどの少年のような怒りや侮蔑の色が浮かんでいる。
【ゼノギフト】は武器の一つだ。
少なくともアカツキはそう考え、そして戦闘巧者であるモノたちは大概がそう考えているだろう。
しかしこの場にいる子供たちにとって、自分が磨き上げてきた【ゼノギフト】は誇りであり、揺るぎない己の芯である。
それを持たぬアカツキに対して、複雑な感情を持つのは無理ないことと言えた。
(むしろああやって面と向かって言ってくれた方がいいな。一部のお貴族様なんか、平民と同じ居住ドームにいることすら拒むなんて輩もいるからなぁ)
複雑な感情を起因させているのは、何も彼が【ゼノギフト】をもっていないからだけではない。
第三次世界大戦の終息後の地球を牛耳ったのはかつての国家たちではなく、インフラを握り、私兵を抱えた『大企業』たちだ。
『財布の中身が人権である』などというとち狂った格言がまかり通るほど、貧富の差と人間の価値が直結したポストアポカリプスの時代だった。
今でこそ『統括政府』によってブラック企業ならぬ、ブラック軍産複合体が解体されたので、遥かにましになった。が、それでもこのような平民――と呼ばれる労働階級――と貴族――と呼ばれる富裕層――の隔意はぬぐい切れてはいない。
『予選開始まであと十分となりました。参加者の皆さんは集合場所に待機した上で、プレートを身に着けてください』
「遂にか」
予選の内容は千人以上の参加者を一つのフィールドに放り込んでのバトルロイヤルである。
このバトルフィールドには幾多の【結界】が張られており、何重にも参加者の命を保護している。
つまり、一切の手加減は必要ないということだ。
『Ⅾブロックの皆さんは、この森林フィールドにおいて戦闘をして頂きます。この予選においては、撃破した参加者に撃破された参加者のポイントが加算されていきます。地道にポイントを積み重ねてもよし。終盤に高ポイント獲得者を狙っても構いません。この予選内において獲得ポイント数において順位が付けられ、上位二名が本選に出場できます』
つまり高ポイントを取りに行ける実力者は、より苛烈な攻撃に晒されるということでもある。
アカツキはそこには当てはまらないだろう。【ゼノギフト】という一点のみを見れば。
『武器の持ち込みは規定の範囲内の威力であればどんな武器でも構いません。もちろん【召喚型】の【ゼノギフト】はご自由に使用してください』
【召喚型】とは【外界作用】に属する小分類のうちの一つだ。
【サイコキネシス】や【パイロキネシス】のようにエネルギーを外界に出力するのではなく、特異な性質を備えた物質や物品を文字通り召喚する能力である。
むしろそれらに対してある程度の公平性を持たせるためにこういった武器の持ち込みが許可されているのだろう。
『敗北条件は戦闘不能になることと、自らリタイアを宣言することです。最初の条件で相手を戦闘不能にした場合のみポイントの移譲が行われます。リタイアした時点でランキングからは除外されます。制限時間は六時間です』
要は生存を必須条件としたうえで、なおかつ高得点を獲得しなければならないのだ。
『【結界】が戦闘不能を判断した時点で自動的に転移が行われます。その転移を妨害することは失格と見なされます。それでは皆さん、予選開始まで一分を切りました。転移の衝撃に備えてください』
カウントダウンが始まった。
アカツキは身に付けた黒く肌に吸い付くようなスーツの調子を確認する。
研究所の面々から餞別として送られた、防刃、防弾機能を有した特殊繊維で編まれた特殊スーツである。
他の学生たちも、太めの実家から金に飽かせた高級装備品を取り寄せているので、これで装備面では互角になった形だ。
『5、4,3,2,1』
「行くか」
『予選、開幕です!』
□
大会開始から、既に二時間、つまり三分の一の時間が経過していた。
「よし、狙うのはソウヤ・アカツキだ」
『いいの? ていうかチーミングってありだっけ?』
「それを禁じる規則はないさ。実際にこれまでの大会にもチームを組んでいた奴は居た。この予選に出場している奴は、必ずしも戦闘に向いている【ゼノギフト】だけじゃないからな」
『それが弱いってことに繋がらないのが、この大会の恐ろしさですよね。それで、どうしてわざわざ無能力者である彼を狙うんですか?』
「簡単だろ。弱肉強食っていう理をあいつに叩き込んでやるのさ」
『ああ、タカキは三年前に本選の一回戦で彼に敗れているんでしたっけ。そのリベンジですか』
『一人で勝てないから頼るって? ださー』
「ちげぇし! そんなんじゃねぇし!」
慌てて否定する彼が通っているのは人工森林の中の獣道だ。
この森は『居住ドーム』の内部にはかつては地球上にそれなり程度にありふれていた森林が再現されている。
その再現度は極めて高く、単なる木々が生えているのではなく、キッチリと幹は苔むし、大地の所々には根がむき出しとなり、大地には落ち葉が敷き詰められている。
「にしてもぜんぜん人と会わないな……。ま、アカツキを包囲するまではそれでいいんだけど。サイト、アカツキの居場所は?」
自身の【ゼノギフト】である【広域念話】に喋りかける。相手は同じ学院に所属している気心知れた索敵系【能力者】である。
しかし、返事はない。
彼は訝しんだ。自身の【テレパス】の効果範囲はこの人工森林を優に覆えるはずだ。だというのに返事がないのはなぜなのか。
彼は気付かなかった。自身の歩き方にも、周囲の音にも十分に彼は注意を払っていた。
しかし、ソレは並外れたバランス能力と脚力によって足指の付け根のみで大地を踏みしめていた。そうすることで接地面が縮小され、音を立てる危険性が減るからだ。
ソレは、自らの足を下ろす先に入念な注意を払っていた。枝を折ってしまったり、コケで滑ってバランスを崩してしたりしてしまえば、自らの存在が気づかれてしまうからだ。
ソレの肉体からは、一切の体温と呼吸が消え去っていた。『内気法』を用いることによって、通常の人体ではありうるべかざる精度と領域の代謝操作が可能だからだ。
だから気づけなかった。
誰一人として気づくことなく、彼の接近を許した。
「おーい! 誰か返事をし、ッ!」
そうして背後から、ゴキリという音と共に首を外され、退場することとなった。
【結界】の保護が無ければ、致命傷となっていただろう。
「やっぱ集団を相手にするなら、隠密と不意打ちに限るな」
ソウヤ・アカツキが三年前のワールド・トーナメント・アンダー15の決勝に進出することができたのは、彼の持つ【ゼノギフト】が強力だったからではない。
彼自身が凶悪だったからだ。
「この調子でガンガン稼いでいきたいところだけど、そう簡単にはいか――」
『保有ポイント百以上の参加者が現れました。居場所が公開されます』
にわかに自身の体から光の柱が立ち上がる。
それ自身には何の影響もない。
ただし、確実に彼の居場所は明らかになっただろう。
本選への切符の居場所が。
「いいねぇ。心底楽しくなってきたじゃないか」
Ⅾブロック予選は、ここから熾烈を極めていくこととなる。