第一章 第七話 見出すは小迷宮
金属鎧への《憑依》。
《憑依》とは生体のみならず、無機物すらも対象に含む。
といっても、石ころへの《憑依》を行えばろくに身動きは取れないので、鎧などの人型を象ったモノへの《憑依》が一般的だ。
リビングアーマーというモンスターも存在しているぐらいである。
アカツキがこれを行ったのは様々な利点を鑑みたが故の行動だ。
即席の背負子に乗ったアカリはスヤスヤと寝息を立て、金属鎧に宿ったアカツキはなるべく揺らさないように慎重に歩く。
『乗り心地はいい感じみたいだな』
『ぐっすりですね』
『よっぽど疲れてたんでしょうね』
その利点とは、隠密性の維持と二手二足での体術を行使するためだ。
街道脇の草むらを進んでいるのは三人と一匹であり、荷馬車は存在しない。
大きすぎるので、アカツキの消臭と消音の魔術の範囲外なのだ。
なので一行を範囲内に魔術の範囲内に収めて、なおかつ幼い少女を背負って歩くために彼女の兄の所有物であろう金属鎧――アカリが言うには、彼女の兄が扱うゴーレムの一種らしい――に宿った。
そして体術の行使。
アカツキ自身のセンスによって、四足の狼であろうが割と問題なく動けているが、やはり一番使い慣れている体は人型である。
これからどんな敵が現れるかどうかわからないので、なるべく二手二足の人型の体が欲しかったためでもある。
本当はこれに刀のような武器が欲しかったが、荷馬車内に特に見当たらず、《剣士》系統の《ジョブ》もないので割り切ることにした。
こうした考えの下、あんな奇行に走ったわけだが、隠密行動の邪魔だからと荷馬車は置いていったわけではない。
行商人用の巨大な[アイテムボックス]にしまっておいたのだ。商人なら質の違いはあっても誰もが持っている物であり、荷馬車はそこにしまわれた。
『それじゃあその手首のブレスレットが《インベントリ》って言うんですね』
『商品とかはここにしまってあるんだろうな』
寝ているアカリを起こさないために、《生霊術師》になったことで獲得した、擬似《部分憑依:念話》へと切り替えた二人の話題は幼い少女の持つ物に移る。
そして今回荷馬車と商品が収納されているのは、《探究者》の証明でもある右手首のブレスレット。
青い宝石がはめ込まれたソレは特殊なアイテムボックスであり、この中に収納されている物は、例え《探究者》の肉体が木っ端みじんになろうとも、無傷なのだ。
種族レベルの向上によって収納空間は拡張されていったりと、他とは類を見ない、肉体の一部のように扱われている物である。
実質的にこれのあるなしで、《探究者》かそうでないかが判断できると言い換えてもいい。
(アカリの兄が幼い妹を連れているのも、二人分のインベントリを商売に使うためだろうしな。それでも足りないから普通のアイテムボックスも持ち歩いているんだろうけど。もしくは単に費用削減か?)
『かなりモンスターが多くなってきましたね』
『ああ。それになんかきな臭い』
『どういった部分に不自然さを?』
『今まで俺の耳と鼻で捉えたモンスターの種類がな……』
そう言ってアカツキはこの周辺にいるモンスターの情報を共有し始めた。
『学院』には『イグノーテラ』の《スキル》や《アビリティ》の情報のみならず、モンスター関連の知識もバッチリ網羅していた。
それらを学ぶこともしっかりとカリキュラムに含まれている。モンスター関連の蔵書も電子図書館内に存在していおり、アカツキが『内気法』を開発しか研究所からもアクセスできた。
そのおかげか、アカツキは難なく嗅いだ臭いや見た足跡と、自分の知識を照らし合わせることができた。
フォレスト・ウルフ。
主に森を生息している狼。
アカツキが現在《憑依》している内の一体であり、高い機動力を持ち群れで行動する。
コブリンが従えていることもある。
アサルト・ボア。
突進限定ならば、同レベル帯で最高峰の速度を誇るイノシシ。
コブリンが貨物の運搬用に飼いならしていることもある。
コブリン。
雑食性でありながら人肉を好物とし、殺した相手の装備を奪い、使いこなすこともある亜人種。
進化した際に最も使用していた武器に適した肉体になることもある。
群れの数が一定数を超えると、集落を作り出す。
そういった集落は発見次第、冒険者による殲滅が推奨されている。
場合によっては、国軍が動員される規模の物も存在し、アカツキたちが今いるビットー王国の国境であるレオスト山脈の麓にもかなり大きな物があるのではないかと噂されている(これは『疾風の剣』の面々からの情報である)。
村にいた冒険者たちもそれが原因ではなないかと推測していたが……。
『やっぱり、そのコブリンの集落のせいなんでしょうか。こんなにモンスターがいるのは』
『その可能性は低いと思うぞ。というかその集落自体ももうなくなっているんじゃないか?』
『どうしてそう思うんですか?』
『これまで挙げたモンスターたちは、コブリンか、コブリンに従えられるモンスターたちだ。けどここら辺にいるモンスターはそいつらだけじゃない』
アーマード・ディグベア。
名前の通り、鎧のような甲殻に覆われている熊。
その一挙手一投足は、そのたぐいまれな膂力と堅牢な甲殻、やすやすと岩壁すら削り取る鋭爪によって、全てが致命傷となり得る。
自ら掘った穴で暮らし、その膂力から重機以上の掘削能力を誇る。
保有魔力量が極めて低く、低減魔術などへの抵抗力が低いが、それでも百五十レベル以下の人間がどれだけ束になっても叶わない存在である(ちなみにこの『イグノーテラ』における戦闘従事者の平均的なレベルが百二十程度)。
コブリンは鎧穴熊の子供を攫ってしつけ、自らの拠点建築のために飼いならすこともあり、コブリンを本能的に警戒、見かけたら積極的に襲いかかる。
エアレイド・ファルコン。
上空の急降下による一撃は、この地域周辺のモンスターの中でも最強の物。
ただし活力が低く、短期決戦型。
この辺りでは唯一鎧穴熊とまともに渡り合えるモンスター。
食欲が非常に旺盛であり、コブリンが大好物。
つまりコブリンの天敵。
『こういったコブリンの天敵たちも、索敵に引っかかった。しかも自分の至近にコブリンがいても無反応だ』
『ソレは……、操られているってことですか?』
『ああ。テイムに特化したコブリンが生まれた可能性も考えたけど、村を襲撃していたコブリンがいただろう? アイツらは多分操られていたんじゃなくて、追われていたんだ』
『確かに指揮官個体の護衛も、私が戦う前なのに結構な手傷を負っていましたね』
『恐らくこのモンスターの大量発生は、レオスト山脈全域のモンスターを『何か』が強引にかき集めたことによって起きたことなんだろう。それの正体は分からないが、手段は精神干渉の部類だろうな』
ビットー王国の国土の一割程度を占めるレオスト山脈。
いくらこの王国が小国であったとしても、それほどの広域にわたって影響を及ぼすことができる者は非常に限られている。
『【ゼノギフト】でいうならば、【驚異能力者】以上だな。やりようでは一軍を相手どれるような【災異能力者】の可能性もある』
『【災異能力者】……』
怯えを浮かべるのも無理はない。
【災異】という呼称が何ら比喩ではないということは、統括政府による管理下にあり、各区画や企業の戦力が睨み合っている地球よりも『イグノーテラ』の人々の方がよく知っているだろう。
彼らの闘争は正しく災害の領域に達し、地形そのものを変えることすらザラだ。
直接戦闘に特化していない者であろうと、その脅威度は変わらない。
『このモンスターたちの傾向からして、《魅了》に類するモノが使われているだろうな。同じ術者に支配下に置かれた者は互いを攻撃しない。そうでない相手であれば本能的に襲いかかる。モンスターの密度が段々と上がっているからな、そろそろ騒動の中心点に着きそうだ』
『了解。警戒を強める』
そう言って締めくくったルクスの言葉に鎧姿のアカツキは頷き、黙々と歩を進めていく。
背丈を超えるほどだった草むらは次第に、灌木へと入れ替わる。
森と呼べるほどの密度ではないが、周囲のモンスターから姿を隠すことはできる程度に生えた木々の中を突き進んでいくと、ひと際開けた場所が目前に差し掛かった。
木々はなく、大地がむき出しになったその場所にあるモノたちに、二人は絶句した。
『なんだ、この数のモンスターは……』
『千以上……? 撤退を推奨』
『それにあの中央の遺跡は、『迷宮』ですよね……』
幾多のモンスターが渦を巻くように大地を闊歩している。
足元に無数の木材が粉々になってまき散らされており、ここに何らかの集落があったなど、一目で悟る者はいないだろう。
あまりの数の足音は地響きとなり、立ち込める獣臭は大気が黄ばんでいると錯覚しかねないほどだ。
そしてその獣たちの群れの中央に鎮座しているのは、滑らかな石材によってくみ上げられた一階建ての建物だ。
華美な装飾もなく、窓もなく、扉もない。
ただぽっかりと開いた入口は、昼間だというのに完全なる無明。
『『疾風の剣』の人たちから、ここら辺に建物があるっていう話はなかったよな?』
『はい。数十年前の廃村の跡地だけがあると伺っています』
『対象物を迷宮と推定』
迷宮。
ダンジョンとも称されるこれは建物の形をしているが建物ではない。
局所的な空間異常である。
とりわけ彼らの目の前にある物は、『小迷宮』と呼称され、突如として現れ、突如として消える。
内部には、その周辺には生息しないモンスターが生息し、殺意に溢れた罠が配置されている。
無論『迷宮』を彩るのはリスクばかりでは無い。
迷宮からは出自不明の、武器、防具、秘薬、他にも様々な摩訶不思議な物が出土する。
時に国宝級のそれらと遜色ない物が手に入ることすらあるほどだ。
そんな冒険者ならば誰もが探索することを夢見る、魅惑の領域の入り口がそこに開かれていた。
しかし。
彼らの顔には強い懸念と疑念が浮かんでいる。
『絶対あの中に原因があるよな……』
『周囲のモンスターは護衛のためのものですよね……』
『《ウィンド・ステルス》でも突破は難しそうだな……。あれはモノに当たると解除されるし』
『私も動くと解けてしまう《エア・ステルス》しか使えません。それも複数人を覆うとなると……』
『目的は偵察。撤退を推奨する。これほどの数は、リーナのキャパシティを大きく超えている』
ルクスの提案に、リーナは震える声で言った。
『本当に、これで十分なんでしょうか……』
『千体規模のモンスターの大群。その統率を取り得る『何か』。これだけでも十分に騎士団を派遣する要因に成り得ると思うぞ』
『でもここで、その『何か』がどういうモノを調べ上げなければ、騎士団の人たちに何か被害が及ぶんじゃ……』
『ふむ、確かに』
彼女の言っていることは正しい。
こういった異常事態においては、状況の正確な情報がモノを言う。
もしこの『統率』がモンスターの大群のみならず、人間を対象にすることができた場合、騎士団を呼び寄せることは相手に利する行為になりかねない。
現状リーナが何の違和感も感じていない以上、その線は薄そうだが。
『となるとあの迷宮に入った方が良さそうだな』
『しかしこれほどの大群をやり過ごす手段も、突破する手段も持ち合わせていない。当機は撤退を推奨する』
「ここは私の出番のようね」
「へ?」
そう言って軽やかに背負子から降り、これまでとは打って変わって大人びた口調で話すのは、一人しかいない。
眠りこけていたはずのアカリだ。
「……君は?」
「私はアカリ・カンバラ。五大勢力の一角、《探究者》に対する警察組織、『保安機構』の一員よ」
そう言って幼子は口から桃色の吐息を吹きつけた。
その吐息が真っ直ぐとその渦巻く獣たちを縦断し、そして。
あたかも地球の聖者が海を開いて道を開けたかの如く、小迷宮への道を作り出した。
「アナタたちもこの異変を解決しに来たのでしょう? でしたら私についてきなさい」
「「は、はい」」
彼らはただ、頷くことしかできなかった。
『インベントリ』
《探究者》に備わった[アイテムボックス]
通常の[アイテムボックス]とは異なり、アクセサリー枠を消費しない。
最大の違いは、《探究者》の《現身》と同様に、完全破壊されたとしても、復元するという点と、その際に収納してあるアイテムは収納されたままという点がある。
これが通常の[アイテムボックス]であれば、破壊された時点で中身を全方位にぶちまける。
これは完全な余談だが、一部の技術者がこの仕様を逆手に、[アイテムボックス]内に大量の毒物を収納、砲弾のように射出。敵の体内で破壊、毒物と急激に体積を増すことによる二重の致死攻撃を考案したが、技術力が足らなかったので頓挫した。