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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
第一章 勇者との邂逅
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第一章 第六話 ガワを被って欺いて。

「メチャクチャ多いな……」

「アカツキさんの《エア・デオドラント》と《エア・サイレンス》がなかったら、すぐにでもモンスターたちに囲まれていましたね……。そう言えばアカツキさん、いつの間に魔術を使えるようになったんですか?」

「もともと術式構成は頭の中に入っていたからな。《魔術師》の《汎用属性魔術》のおかげで大体使えるようになった」

「今までは《スキル》の補助なしで……?」


 村を発ってから数時間が経過し、中天の太陽が照らす草原に一人と一匹の影があった。

 背の高い草むらとまばらに生えた低木によって、彼らの姿は覆い隠されている。 

 しかしそれが覆い隠しているのは彼らだけではない。


 アカツキの耳と鼻で捉えたモンスターの影は、半径二百メートル圏内で限っても百体以上。

 少年が狼の姿を借りながら行使している、消臭及び消音の魔術がなければすぐさまモンスターの群れに取り囲まれていただろう。


「魔術のことは向こうの学院でも色々調べていたからな。おかげですんなりイメージできる。……五十メートル先にコブリン。こっちに向かってくる。下手に動くとバレるからここで待ち伏せて俺が仕留める」

「はい」


 経済的なつながりが深くなったことで、地球と統一された距離の単位で距離を知らせながら少年は、口先に風となった魔力を集める。

 注意深く見据えた方向から、ガサガサという音が近づいてくる。

 目の前の草むらが分かたれ、消音領域圏内に入った瞬間に生成した真空の領域をコブリンの顔に纏わりつかせた。

 悲鳴一つ上げられず、小鬼はもがいた。


(魔力補給も兼ねて、と)


 ぞぶりと牙を首筋に突き立てて、朦朧としたした様子のコブリンから《命力吸収》を行っていく。

 そのまま眠るように死んでいった緑の小鬼は次第に干からび、手足が枯れ木のようになってからようやく地面に倒れ伏すことが許された。


「ごちそうさまでした」

「さっきの魔術は……」

「中級風属性の《ウィンド・バキューム》の劣化版だな。これが一番静かに殺せる」


 初級職の段階で無理に完全再現しても、発動までの時間が延びるだけで魔力消費はさして多くないし、と続けながら干からびたコブリンの肉を貪るアカツキ。

 

『先ほどから消臭と消音の魔術の連続行使をしている。魔力消耗の危険性は?』

「それに関しては問題ない。今みたいな《命力吸収》もちょくちょくしているし、《魔力操作》のスキルのおかげでかなり燃費もいいしな」

「《魔力操作》、ですか……?」


 呆然とした声で問いかける少女に、首をかしげながら少年が問う。


「あれ、一般的なスキルじゃないのか? たしかに向こうでこの名前のスキルは聞かなかったけど、字面的に割とありそうなやつじゃ……」

『真逆』


 ルクスがピカピカと光りながら、彼の推測を否定する。

 それに詳細な解説を挟むのはリーナだ。

 

「基本的に魔力(MP)活力(SP)も同じ生命力から精製される物なんです。魔力が外部(かんきょう)に、活力が内部(たいない)にっていう大雑把な方向性はあっても、本質的には同じものです」

「地球で使う《ゼノギフト》は、【内界改変】だろが、【外界作用】だろうが、魔力を消費するのと同じ感じか」

「はい。そういった生命力から生み出される、エネルギーをより能動的に扱うことができる《スキル》が《魔力操作》なんです」


 アカツキは索敵によって周囲に気を配りつつ、リーナの話に耳を傾ける。


「普通、体内の魔力は自分の意志とは関係なく体内を循環していて、発動した《スキル》に引っ張られる形で様々な効力を発揮するように流れが変わります。けど《魔力操作》と併用すれば……」

「その体内の流れを意図的に歪められる、と。恩恵としては《スキル》の自由度が上がるって感じか?」

「はい。例えば剣術系統の《スキル》を手刀で発動したりだとか、自己強化系の《スキル》の持続時間を減らす代わりに効果を跳ね上げたりだとか、他にもたくさんの応用が可能なんだそうです。魔術系統の《スキル》との併用に至っては、実質的に一つ上の等級に匹敵させるほどの恩恵が得られるみたいなんです!」

「ふーむ。およそ全ての戦闘系スキルを一段上の領域に強化できるのか。だったらなおさら、誰もが習得に躍起になってしかるべきなんじゃないか?」


 それにそんな強力な《スキル》ならもっと有名なんじゃ? と続ける彼に暗い表情のリーナの代わりにルクスが点滅しながら答える。


『要因は習得難易度。《魔力操作》の習得は困難を極める。そのため、半ば失伝している』

「私が《魔力操作》について知っているのも、お父さんが実際に見せてくれたからなんです。もっと詳しいことを調べようと、いろんな人に聞いても、いろんな本を読んでも、ほとんど情報は出てこないんです」

『唯一記述があったのは、街角の古本屋で買った巻物。大陸東方の《至天職》の《仙人》の扱う技術という記述在り』

「私もお父さんに手ほどきしてもらったんですけど、全然習得できなくて……」

「なるほどな……。教えてくれてありがとう」


 過去形で父親のことを語っているところと少女の悲し気な表情から、あまり触れない方がよい話題だと考えた少年は、話題転換の種を周囲の環境に求める。

 だからだろうか。

 自分たちよりも一回りは幼いだろう子供の悲鳴を聞き取れたのは。


「子供が襲われている! 走るから乗ってくれ!」

「は、はい!」


 

 □



「ひぐっ、ぐすっ」

「もう大丈夫だからね」


 泣きじゃくるオレンジ色の髪の幼女と宥めるリーナを尻目に荷馬車の周囲を警戒するアカツキ。

 その足元には無数の死骸が転がっていた。

 しかしその死骸はモンスターばかリで、人間の姿はない。

 そしてその少女の手首に嵌った、水晶玉のあしらわれたブレスレット(インベントリ)が彼女が何者であるかを物語っている。

 

「おに、お兄ちゃんがいなくなっ、なっちゃった」

「大丈夫だよ、もう少ししたら戻ってくると思うからね」


 それもそのはず。

 ここで襲われていたのは《探究者》の兄妹だからである。

 《探究者》が『イグノーテラ』で死んだ際、死体は残らない。

 《探究者》の『イグノーテラ』での肉体は、仮初めのモノであるからだ。

 従来の異世界転移とは異なり、『イグノーテラ』で用意された肉体(アバター)に意識――厳密には精神を内包した幽体の動き――を投射することによって成り立っている。

 そして破損、もしくは消滅した肉体は手首のブレスレットの局所的特質空間によって回収、再構築され、再びの異世界渡航が可能となるのだ。

 これによって異世界転移は異世界『渡航』呼ばれるほどの安全さと気軽さが担保されることとなった。


『この子たちは商売目的で『イグノーテラ』に来ているみたいだな。けどモンスターの大群に翻弄されている内に隣国のゼシリアからこっちに迷い込んでしまったみたいだ』


 統括政府の運営している換金所によって、『イグノーテラ』の共通通貨を地球での金銭に両替することができる。

 それによって、二つの世界は一つの経済圏となり、彼らのような商売目的での渡航もかなりの人々が行っている。


 アンデッドであることがばれないように、自分の霊体のごく一部を憑依させる《部分憑依》によって可能となった、擬似《念話》を通してリーナと会話を行うアカツキ。

 これは《生霊術師》に就いたことで、より柔軟に霊体を操ることができるようになったことによるものである。

 通常の《念話》と異なり、距離制限も魔力消費もない。

 あるいはこれも《魔力操作》の恩恵によるものなんだろうか、とアカツキは思案しながらリーナの会話に応じる。


『この子のお兄さんは大丈夫ですかね?』

『命に関しては問題ないだろう。幽体投射による転移で事故が起きた事例はないし、痛覚もなしに設定できる。アバターの再構築が完了次第、『イグノーテラ』に戻ってこれるだろう。けど一時的な帰還とは違って、再構築(リスポーン)となると『モノリス』が周辺にある市街地にしかも戻ってこれないし……』

『どうかしたんですか?』


 ここで襲われた行商人の兄の身を案じているリーナに、よどみない口調で答えていた少年の言葉が詰まる。

 

『普通、こうやって子供が取り残された場合は、地球の方から幽体投射を強制遮断する物なんだよ。そうしないと子供に何らかの危害が加えられかねないからな。というか本来はこの子自身が緊急ログアウトをするのが一番なんだけど』


 ルクスの問いに答える少年。

 死と痛みと無縁であっても、人の心を害する物はある。

 それに抗う術を待たない子供を保護するための機能も、当然存在する。

 だが今回はそれが発動していない。


『まあ、なんであれ俺たちが保護するのが一番だろうな。この国に《探究者》の滞在は法的に認められていないしな。子供相手に何かをするような人間はいないと思うけど、それでも念のため』

『地球の方から強制遮断が行われるまでは一緒にいたほうがいい、と』

『自主的な帰還を促すのも、この様子じゃ辞めておいた方がいいだろうな。最悪、俺の魔術なら眠るように殺せるから、その点でも保護が一番だろう』


 そうしてある程度の方針を決めるころには少女は泣き止み、こちらを見て不安げな顔色を浮かべている。

 それでも兄との仕事を通じて、人馴れをしているのか、おずおずと頭を下げてくる。


「あの、たすけてくださって、ありがとうございます。私はアカリって言います」

「ううん、気にしないで! それより怪我はない?」

「はい、だいじょうぶです。それで、あの……」

「どうかしたの?」


 地面に膝をついて目を合わせて優し気な調子で先を促すリーナに、意を決した様子でアカリが切り出す。


「お兄ちゃんの荷物をまもってくれませんか? もちろんお礼はします。なので……!」

「もちろん! 私は勇者だから、任せてね」

「わぁ、勇者様なんですか!?」


 打って変わって嬉し気な声を上げる少女。

 《勇者》というジョブは地球においても、大きな意味を持つ。

 『始まりの帰還者』の全てが《勇者》のジョブを持っており、その大半が地球においても英傑と呼ばれるほどの偉業をなしている。

 この事実と《探究者》への憧れを子供のころから強めるために、子供向けのアニメや特撮の大半がそうした《勇者》をモチーフにしているのだ。

 単なる異能力者を主人公にしても、インパクトが薄いという理由もあるが。

 そんな《勇者》の威光にあやかった、勇者グッズ――[聖剣]のレプリカ――などはこの『聖人教会』の勢力圏や地球でも大変売れ筋の商品だったりする。


 そういうわけで《勇者》とは現代の子供たちにとっての『ヒーロー』ともいうべき存在なのだ。

 おかげで先ほどまで泣きじゃくっていた少女の顔にも、輝くような笑顔がある。


『それで、どうしましょうか……? 偵察もしなくちゃいけませんし……』

『何も考えていなかったのね……』

『ふむ……。いくつか質問してみてくれ。それでなんとかなるかもしれない』

『わ、わかりました』


 アカツキの提示した質問はリーナを介して伝えられ、そしてその全てが自分の望んでいた答えであることに少年は満足気にうなずき、荷馬車の物陰に隠れて、こそこそと準備を始める。

 そうこうしている間に突如人影がその荷馬車から現れた。

 反射的に身構えたリーナは、その人影、恐らくこの馬車につまれていたのであろう全身鎧から発せられた声にピシリ、と音が聞こえそうなぐらいに硬直する。


「やあ、アカリちゃん。私はブルー。勇者リーナの使い魔さ」

「お兄ちゃんのゴーレムが、お兄ちゃんがいないのに動いた!」

「えぇ……」

「君と君のお兄さんの荷物を守るために少し貸してもらっているんだ。使わせてもらってもいいかな?」

「すごい! 勇者様はいろんな事ができるんですね! 本物の聖剣も持っているんですか!」

「う、うん……。凄いでしょ?」


 アカリの純真な眼差しに、何とか話を合わせた少女の表情は、かなり引きつっていた。




メートル法。

『異世界渡航』が活発化するにあたって、『イグノーテラ』の各勢力圏で異なっていた度量衡も、地球のソレと統一されることとなった。

ちなみに統一する際は【外界作用】系の【召喚】型の長さを地球で計り、それを『イグノーテラ』のメートル原器に合わせるといった形で行われた。

重さなども地球と同一である。




《魔力操作》

《ステイタス・システム》が蔓延する以前、超古代文明において戦闘の根幹を為していた技術。

今ではその名もその恩恵も忘れ去られつつある。


よほど変な鍛え方をしない限りは芽生えることはない。

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