第一章 第四話 のしかかる重圧
「クゥーン……」
「だ、大丈夫ですか?」
時刻はすっかり夕暮れ。
村人たちの宴会に参加していたアカツキは、ようやくその場を抜け出すことができた。
幸いコブリンたちは村人を殲滅してからこの村を拠点にするつもりだったようで、村の建物や食糧に手は付けられておらず、モンスターの肉体を解体、および焼却した時点で襲撃の後始末はほぼ終わった。
農地などはコブリンに踏み荒らされており、そういった部分の現状復帰はまだかかるだろうが、死者はゼロ名。
窮地を切り抜けた喜びを祝い、戦い抜いてくれた冒険者たちへの感謝を込めて宴が行われたのだった。
宴会といっても酒を飲む大人たちだけでなく、子供たちにも食事が振る舞われていた。
そうした子供たちは、当初は狼姿のアカツキを見て恐れおののいていた。
無理もない。モンスターとは身近な脅威。それも先ほどまで襲われていた者たちの恐怖は計り知れないだろう。
そういった子供たちの恐怖心の緩和を目的に、アカツキは全力でアホな犬っぽい行動をした。
自分の尻尾を追い掛け回したり、あるいは地面をのたうち回るように転がってみたり。
そういった行動は彼の思惑通り恐怖心をやわらげて、想像以上に好奇心を煽ってしまった。
そういった奇行の果てに狼を待ち受けていたのは、子供たちからの全方位攻撃だった。
少年の脳裏によぎるのはつい先ほどまで彼を襲っていた惨劇だ。
撫でる程度で済ましてくれる子供など一人か二人しかいなかった。
頬肉をつまんで引っ張るから始まり、耳も尻尾も引っ張りの餌食となり、耳の穴に指を突っ込んでくる者もいれば、鼻の穴に雑草を突っ込んでくる子まで。
張り手、のしかかり、お馬さんごっこの強要、足払いからの強制お腹撫で撫で。
極め付きにはキンタ――。
ぶるり、とひと際大きく体を震わせて尻尾を股下にしまい込む。
そんな消耗しきった彼に、黄色の髪の少女、リーナが木彫りの皿とその上に乗った肉を差し出してくる。
「お肉食べます?」
「ガウ……」
『かわいそう』
リーナが串から抜いて差し出してくた肉を咀嚼し、トラウマと共に腹の底に落とし込む。
心労のせいか、味が極端に薄い。狼の体の影響もあるだろう。
彼女が子供たちを一喝してくれなかったら、一体どうなっていたことか。
少年に対する警戒心を隠そうともしなかったルクスさえも同情的な声音に変わっていることからも、どれほどの惨事か理解できるだろう。
それでも人が近づいてきたことをリーナに教えて、警戒を促す。
そこにやってきたのは《神官》のロンだった。
「リーナさん。少しよろしいですか? これからの会議に参加していただきたいのですが」
「あ、はい! 分かりました。この子もつれていってよろしいでしょうか。ちょって怯えちゃって」
「構いませんよ。この子も功労者ですから」
そう言ってアカツキたちが入ったのは村の集会所だ。
魔晶の灯りによって照らされたこの場所には、しかし何人もの大人が暗い表情で佇んでいた。
一つの大机とソレを取り囲んだ大人たちだ。
『疾風の剣』の面々と、村の上役――村長や狩人頭など――だ。
今後の村の防衛について話し合うつもりだろう。
アカツキの推測通りに口火は切られた。
「こ、今回のような襲撃は、今までこの村で暮らしてきた俺らが経験したことないようなもんでした。一体何が、原因なのでしょうか」
「考えられるの理由としては二つですね。何らかの『ユニークス』が発生し、そのモノによるものか」
「あ、あのベルポ村みてぇに、近寄ることすらできんくなるんですか!? もしくは『厄病龍』みてぇな!?」
「そうと決まったわけではありません。それは確認された『ユニークス』次第です」
『ユニークス』とは特異な能力を持ったモンスターたちの呼び名である。
厳密には《ステイタス・システム》が該当のモンスターに一定以上の脅威度と特異性を観測した際に認定される。
その戦闘能力はピンからキリまで存在するが、最も弱い『ユニークス』であっても、村一つを潰すのはわけないだろう。
事実『ユニークス』の等級の最下級でも『村落壊滅』級と呼称されている。
「ユニークス以外だと特異な能力を持った人間って可能性もあるね」
「こんなことができるとなると……」
「まあ、《至天職》持ちか、あるいは【ゼノギフト】を持っている《探究者》だろうね」
「《探究者》っていうのは、あの『赤爛雲』みてぇな奴らですか!?」
「あのアンデッドモドキの!?」
「まだそうと決まったわけではありません。落ち着いてください」
自らの生活圏を脅かされた彼らの思考は悪い方へ悪い方へ傾きつつある。
彼らが想像する事態は、自身らの知識の中で最悪の存在によるものかもしれないという恐怖だ。
ビットー王国が反《探究者》国家であることも相まって、その恐怖はかなりのモノになっていた。
そこをその場で最も年老いた、村長と思わしき男が机を叩いて一喝した。
「落ち着かねぇか! そんな連中が目と鼻の先におるっちゅうんならな、儂らはとうに滅んどる!! 今は黙って冒険者の皆様方の話を聞け! お前らの家族の命は、お前らにかかっとるんぞ!」
「も、申し訳ありませんでした、冒険者様」
口々に謝罪を口にする彼らに、冒険者側の代表である《神官》のロンが穏やかな口調で答えた。
「皆様の不安ももっともです。ですがご安心ください。今回は突発的なモンスターの襲撃であったために、いくらか後手に回りましたが、我々が事前に防備を固めておけば、あの程度のモンスターの群れは問題にはなりません。先ほどの三倍の数までならどうとでも迎え撃てます」
「ほ、本当か!」「ありがてぇ!」「これも《聖者》様方の御導きだ!」
「任せてくれ! 俺たちならば今回と同じように、貴方たちを完璧に守り抜いてみせる!」
口々に感謝を述べる彼らに黒髪の大男が体格に見合った大声で答えた。
しかしその中で渋い顔をしているのは先ほどの村人たちを一喝した村長と、『疾風の剣』のまとめ役と思わしき《神官》のロンだ。
「防衛するのには我々と貴方方だけで充分です。いくつかの土壁や堀を《魔術》で作り出し、コブリンの方向を限定すれば、村全域を守るのに支障はないでしょう。しかしそれでは――」
「――原因と思わしき場所への調査ができねぇってことになりますな」
何度モンスターの襲撃があるかは、分からない。
「近隣の村でも同様の襲撃がありました。冒険者たちが全て迎撃し、村の方々への被害はないそうですが、やはり手の空いている者はいません」
「王都から他の冒険者を呼び寄せるっていうのは?」
「既に要請はしています。しかしここ半年間、あまりに冒険者が必要とされる自体が頻発しており、人員の余裕はないようです。ここに派遣するのにも一月はかかるだろうと」
「一ヶ月か……」
重い沈黙だ。
同時多発的に起きたモンスターの襲撃。
同じ規模のものを防ぐだけならば、どうとでもなるだろう。
しかしそれでは原因を究明することはできず、このまま放置をしてしまえば事態は悪化するかもしれない。
「逆に『ユニークス』か、もしくはそれに比肩しうる脅威による者だと判明すれば、ビットー王国の軍を動かすこともできるでしょう」
「となるあと、あの《金剛の護国》様が、駆け付けてくれると!?」
「可能性は高いですね」
「何はともあれ、調査のためには原因と思わしき場所に人を送らねばなりません」
「となると国境付近の荒原地帯かしら。ここら辺の村全てに同程度の襲撃が来ているみたいだし」
場所は分かっている。そこで何らかの脅威の情報を手にすれば、軍を動かせる。
《至天職》などの一個人による超戦力を国境付近に動かす場合には、その国家間の手続きが必要になってくる。しかし現在の王は若くも名君と名高い。隣国ゼシリアは『冒険同盟』の傘下だが、関係は良好。
軍を動かせる可能性は高く、軍さえ動かせれば、この一帯は安全だろう。
「急務ですね。調査のための人員を送ることは」
「…………」
何人かの村人の目線が、リーナに向けられた。
この『ビットー王国』は『聖人教会』の勢力圏に存在している。そんな彼らの信仰対象は神、ではなく、その神によって力を与えられ、偉業を為した人間だ。
当然それは、生まれながらにして万能の《ジョブ》である《勇者》を与えられた彼女にも、向けられている。
信仰を、信用を、信頼を。
見ず知らずの少女へと。
「わ、私が行きます。その調査に」
「……いいのですか?」
「《勇者》様が向かってくれるなら問題ねぇ!」「ありがとございます!」「ありがてぇ!」
ロンの問う口調はひどく丁寧で、少女を気遣うモノだ。
しかしそれに覆いかぶせるように村人たちの感謝の声が連なっていく。
少女も負けじと、声を張り上げて、胸を張った。
「はい。私も《勇者》の端くれですから! それに単なる調査であれば、私でも問題ないと思います!」
「かたじけない!」
「くれぐれも無理しちゃだめよ。危ないと思ったらすぐに引き返すこと」
「従魔用の予備[ケージ]を君に渡しておくよ。これなら君の従魔の万が一にも対応できる」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
そう言って口々にできる限りの支援を申し出てくる冒険者たちに感謝しながら、リーナは頭を下げた。
狼姿のアカツキは、彼女の手が震えていることを見逃さなかった。
□
「ごめんなさい……、アカツキさん!」
今日の寝床として割り当てられた空き家に入った途端、彼女は狼姿のアカツキに向かって頭を下げた。
「何を謝っているんだ?」
しかしアカツキには、どうして彼女が謝罪をしているのかが分からず、少し思考を巡らせる必要があった。
「もしかして、俺の了承を取らずに調査依頼を受けたことか? 気にしないでくれ。あの場所じゃ喋るわけにもいかないだろう?」
「あ、えーとそうじゃなくて……」
『リーナはアナタを巻き込んでしまったことを謝罪している』
「非常に危険な場所なので、アカツキさんに同行していただくわけには……「何を言っているんだ。危険な場所ならなおさら、俺の索敵が必要じゃないのか?」
狼姿で首をかしげる彼に、絶句するリーナ。
代わりに答えたのは『ルクス』である。
『調査が必要な危険地帯。何故同行を当然のことだと捉えている?』
「当たり前だろ。そこを放置していたらまた村の人々に危害が及ぶ可能性がある。それを潰せるのなら行かない手はない。それにリーナの従魔だからな。ここで逃げ出したら君の評価にも響くだろう?」
「ぜ、全然そんなことはないですけど……、本当にいいんですか?」
「もちろん。というかアンデッドとしての暴走の危険性がある以上、付いていくのは必須事項さ」
「ありがとうございます! アカツキさんがいるのならとても心強いです!」
「ここで逃げてちゃ、俺の夢なんて程遠いからな。問題はどうやって、モノリスに近づくかだな……」
『ジョブに就くつもり?』
「そりゃもちろん。戦闘能力の根幹だからな」
《ジョブ》と言っても、地球のような金銭を得るための職業ではない。
この世界における超常能力である《スキル》と《アビリティ》を獲得しやすくする手段であり、能力値を底上げする、いわばこの世界の戦闘能力の根幹こそが《ジョブ》なのだ。
『モンスター避けの対象となっていないことから資格がある可能性は高い。だが』
「まず、モンスターを誰もモノリスに近づけたがらないんだっけ」
モノリスとは人々、厳密には知性あるすべてに《ジョブ》を授ける端末である。
地面からにょっきりと生えた黒い石柱は、あらゆる攻撃を跳ねのけるほどの頑丈さと、ある程度のモンスターたちを退ける力を持っている。
自然と人々は脅威であるモンスターたちを退けるモノリスの周辺に住まい、自らに力と安寧をもたらすこの無機物を敬い始める。
『故に従魔をモノリスに近づけることはマナー違反として忌避される傾向が強い』
五大勢力の一角たる『聖人教会』さえも上回る、世界全土での信仰を獲得していると言ってもいいだろう。
特に組織化もされていないので、その信仰はさほど強固な戦力を生み出すに至ってはいないが。
それでも何となく罰当たり、といった感じで従魔を必要以上に『モノリス』には近づけないというのが、一般的なマナーとなっている。
「んー、何か言い手はない物か……。あ」
「どうかしましたか?」
「明日ちょっと協力して欲しいんだけど、いいかな?」
『どういった手段を? ないとは思うが、強行突破は認められない』
「なに、簡単な話だ」
――可愛いは武器になる。そして可哀想は可愛いんだ。
いきなり訳の分からないことを言う彼に、リーナもルクスも首をかしげるほかなかった。




