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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
第一章 勇者との邂逅
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第一章 第三話 助太刀

「だめだ! 村全体が囲まれている!」

「ならギルドに避難させろ! 戦える奴は武器を持って集まれ!」


 響く男たちの怒号は、村の中心部から。

 それを取り囲んでいるのはモンスターたちの唸り声だ。

 数は百を超えている。

 村人の数はその倍いるがその中で戦力に成り得る者は、村の警護を任されている衛兵と、肉を得るための狩人たちだけ。


 それ以外の女子供はこの村の中で最も頑丈な冒険者ギルドの中で縮こまり、戦力になり得ない《農夫》の男たちはギルドに通じる通路の一つに整列し、震える手で即席のバリケードを支えている。

 マトモに戦えるのが十人程度では、到底その十倍近い数には対応しきれない。

 しかしその村人たちの縋るような眼差しを一身に受ける者たちがいる。

 

「安心してくれ! 俺たち冒険者がいる限り、モンスターを通させはしない!」

「《スピード・ブースト:スクワッド》、《パワー・ブースト:スクワッド》、《ディフェンス・ブースト:スクワッド》。村人を含めた皆さんにあらかたの支援はしました。村の方の治癒に魔力の大半を使ってしまったので戦闘中はあまり回復を期待しないでください。私は村の方を指揮して北を抑えます」

「アタシはギルドの最上階から狙撃しまくるわ。けど抑えが効くのは、無理して二方向だけ。残りはドイルに任せたわよ!」

「ああ! 頼りにしてるぞ! テッター、敵の様子は!」

従魔(カラス)で見た感じでは、四割が小鬼、同じく四割が狼。残りの二割がコブリンの上位種だ。内訳はボブが六、メイジが五、狼に乗ったコブリンライダーが六。鎧熊の幼体に乗ったボブのライダーが三、そいつらを側近にしているのが、コブリンキング」


 重厚な全身鎧に身を包んだリーダー。

 治癒魔術と補助魔術を使いこなす神官。

 身の丈ほどの長杖を担ぐ魔術師。

 幾多の従魔を従えた、テイマー。

 突如現れたモンスターの群れに、多少の怪我人はあれど、一人の死者もなくここまで避難させられたのは彼らの奮闘のおかげであった。

 

「キングと来ましたか。なるべく最優先に狙いたいところですが、手が足りませんね」

「なら俺が……!」

「馬鹿! アンタが抜けたら、守りの手が足りないわ!」

「同感だよ。僕の従魔だけじゃ到底抑えきれない。数匹通せば、それだけで村人はパニックだろうしね」

「かといって、このままじゃあジリ貧……。くっ、何か手は……!」


 響く小鬼たちの雄叫びと粗末な武具を叩く音は幾重にも重なり、一体の巨獣の咆哮を思わせる。

 透き通るように晴れやかな空を汚すように響くそれは、彼らの破滅を告げている。

 もし彼らの一党(パーティ)が万全の状態で真正面からこの百体の群れと戦った場合、かなりの消耗が強いられるが、冒険者たちが誰一人として欠けることなく勝利を手にするだろう。


 だが今回は違う。

 二百人は超えるだろう村人たち、そしてソレを完全に包囲したコブリン。

 建物によって四方からの道路に限定されているとはいえ、各方角のモンスターに対応するために冒険者たちは互いに連携することができない。

 戦闘能力はあれど、戦いを生業をしていない者が十人程度増えたところで、彼らの一番の強みである連携を失ってしまった以上、敗北の確率は極めて高い。


「何より厄介なのは、相手の攻めの気が薄いところですね。大半はレリアさんの魔術の最大射程外から様子をうかがうばかりで、残る例外も我々にプレッシャーを与えるための物でしょう」

「有・効・射・程よ。まあ、この距離だと魔弾が放たれたのを見てからでも、十分回避が間に合うでしょうけどね」

「せめてキングを獲れれば……、他のコブリンも雑兵以下になり下がるというのに……!」

「な、あれは……!」

「どうした、新手か!?」

「いや、人間と、従魔だ!」



 □



「《セイクリッド・スラッシュ》!!」

「ギョァ――」


 断末魔すらもかき消して、聖なる光が小鬼たちの王を消し飛ばす。

 後に残ったのは黒焦げの地面と唖然とした表情の側近たちだけ。

 聖剣を手にした《勇者》のみが、数時間に一度だけ扱うことができる聖なる一撃は、相手の装甲や外皮、能力値の中でも頑強さを示すVITを無視してダメージを与えることができる。

 しかしこの一撃によって、昨晩から回復した魔力の大半を少女は使い切ってしまった。

 踵を返して逃げ出す少女に、並走しながら狼姿のアカツキは指令を下す。


「リーナ、あとはこのまま俺の指示通りに逃げに徹してくれ。《仇討ち》の効果で側近が追いかけてくるだろうが、動きは短調になっているはず。魔力や活力を使わずとも建物を使って細かく視線を切れば十二分に逃げ切れる。他のコブリンとか奴らの騎獣に関しては《仇討ち》の効果範囲外だから、近づかなければ襲ってくる心配はしなくていい」

「わ、わかりました!」


 そう言って駆け出す少女と、それを追うコブリンの上位種を見送りながら戦況を整理するアカツキ。

 包囲網の外、全体の指揮役であるキングは討った。《仇討ち》の効果で、その側近も戦力的にはほぼ無効化。

 となれば、コブリン軍団の最高戦力を完全に封じたということになる。

 それどころか、キングの指揮とバフが消え去った以上、兵たちの戦力は半減したと言っていい。

 後は雑兵を蹴散らし、そのあとに今は村の防衛に戦力を割いている冒険者にコブリンの上位種を殺しに来てもらえばいい。


 そこまで思考した彼は大地を蹴り、四肢をフル稼働させて冒険者たちの援護に回る。


「グラァ!」

「ギュッ!?」

「何だ、あれは!?」

「仲間割れか!?」

「いえ、あの狼は従魔のようです。我々の味方です。決して誤射をせず、一団の前方を集中的に狙ってください」


 一番守りの薄そうな、村人の守っている方角のコブリン部隊の背後に奇襲をかける。

 倒れ伏すのは人の頭骨らしき物を括りつけられた杖を持つコブリンメイジである。

 首に括りつけられた縄から味方と判断した神官らしき冒険者が指示を出し、攻撃をアカツキのいない前衛へと集中させる。


(あれは、ライフルか。『シルバー・ブレッド』社製だな。なら俺は後ろからの攪乱に注力するとしよう)

 

 この部隊の指揮官と思わしきメイジはのバックスタブで気絶。弓持ちのコブリンたちは少年によって攪乱され、村人たちに圧力をかけることができなくなっていく。

 彼らを守る役割の盾持ちコブリンたちは、撃ち合いの必要がなくなった村人たち――弓だけではなく、ライフルを持っている者もいる――の集中砲火によって、一人ずつ数を減らしていく。

 しかしやられてばかりのコブリンではない。

 メイジの護衛らしき剣持ちのコブリン二匹が少年へと切っ先を向ける。


「ギュア!」


 人から奪った物であろう長剣が、彼の鼻先めがけて突き込まれる。

 それを地面に伏せることでやり過ごし、折り曲げた足が蓄えた力で敵の首元に跳んだ。

 村人と、それを指揮しているだろう神官らしき人間から気づかれないように牙に《命力吸収》の力を宿して一撃の威力を高める。


「ギュッ……」

「ギィ!」


 仲間が倒れ伏したのを見て、より気勢を上げる片方のコブリン。

 キングの指揮もメイジの指示もないからか、アーチャーたちの護衛すらも放棄して、狼の姿を借りた少年を追い続ける小鬼を見て、彼は考えを変更する。

 背を向けての全力疾走である。

 

「ギ、ギュア!」


 おもむろに立ち上がったコブリンメイジは、走り去る狼に対して慌てて追撃を命じる。

 訝しみながらも、これ以上村人たちの攻撃に耐え切れないと感じていたコブリンたちはこれ幸いにとアカツキを追いかけていった。

 彼らの指揮官の目がひどく虚ろであるということに気づかずに。

 


  □



「ふう、こんなもんか」


 木々が鬱蒼と生い茂り、村からの視線の通らない場所に無数の死体が転がっている。

 コブリンメイジの不意打ちを受けた小鬼たちだ。

 最初にコブリンメイジを奇襲した際に、アカツキが気絶ですませたのは《憑依》を行うためだったのだ。

 現状で二体までかつ、二者が一定範囲内であれば操作できるのは確認済み。

 一体を自身の体ように動かせる代わりに、もう一体は簡単な指示を受け付けるだけの傀儡になってしまうが、今回の場合は特に問題はなかった。


 後はフォレスト・ウルフ固有の高い機動力によって追手を攪乱しているところを、メイジが風の刃で奇襲。

 予想外の相手と方向からの不意打ちによって、瞬く間に群れは全滅したのだった。

 しかし一匹だと決定打に欠けるということ以外にも、このメイジの体を奪ったのには理由がある。


「《エア・ボール》。ギィ! ……気を抜くとコブリンの声が出るな」


 手元の空間は歪み、その歪みは球体を保っている。

 と言ってもいくつか確認されている空間干渉系の《ゼノギフト》のように、実際に空間が歪んでいるわけではなく、空気が圧縮されることによって光が屈折しているのだ。


「コブリンの体でも、問題ない使用感だ。これなら、《魔術師》に就くための『実績』は充分そうだな」


 地球では魔力を外へと出力する手段は《ゼノギフト》によるものか、[拡張機装]などの特殊な機械を介して行うかの二種類だけだった。

 対してこちらの世界では、手足を振るうような感覚で自身の魔力を外へと出すことができる。

 この属性魔術は、魔術式によって魔力を変質させるという、シンプルながらも明確に魔術と言える物なのだ。

 この世界での遠距離攻撃の代名詞とも言える。


「そろそろ戻るか。もう戦いも終わっているだろうし」



 □



 一人の少女の前に四人の大人が集まっている。

 足元に転がった『小』の領域を脱した鬼たちにトドメを刺しながら、黒髪で重装備の偉丈夫は勢いよく声を出す。


「君が来なかったら俺もこの村の人々も助からなかっただろう! 是非とも礼をさせてくれ!」

「あ、いえ。コブリンの上位種たちを倒してくれてありがとうございます。えーと」


 呆れた、そして慣れた様子で突っ込みを入れるのは、紫の髪に先が尖りつばが広い帽子を被り、黒のローブを纏った、明らかに魔術師と思わしき女性が。


「お礼の前に自己紹介でしょう、全く。こいつはドイル。私たち『疾風の剣』のリーダーよ。それでアタシが、このパーティの紅一点かつ最高火力のレリア」

「治癒及び支援、指揮を担当しているロンです。お怪我はありませんか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そんで残る僕がテイマーのテッター。助太刀ありがとうね」


 冒険者たちから口々に礼を言われているリーナだが、どこか上の空だ。

 

「何か探しているのか?」

「え、と私の従魔がまだ見つかっていなくて……」

「あのフォレスト・ウルフですね。あの子でしたら、群れの一部を引き付けてこの場を離れました。無事だとよいのですが」

「え! そんな……」

「ガウ!」


 サッと顔を青ざめた少女に、背後から灰色の狼が元気よく吠える。

 アカツキである。

 

「無事だったんですね!」

「おお、君がロンのところのコブリンを引き付けてくれた子か。おかげで助かったぞ」


 わしゃわしゃと撫でてくる手にされるがままになりながら、おとなしくお座りの姿勢を取り続ける狼。

 

「この子は君の従魔ですか? まだ登録はしていないようですが」

「はい。確か従魔の登録ってギルドでできるんでしたっけ」

「そうですね。登録の際にいくつかの試験が課されますが、この子ならば問題ないでしょう」

「フォレスト・ウルフかぁ~。ここまで積極的に戦闘を行えるなんてなぁ。よほどテイマーとしての才能があるみたいだね。どうやって群れから抜けさせたんだい?」


 フォレスト・ウルフは非常に臆病な気質である。

 必ず群れで行動し、どれだけ相手が弱くとも五体以上で常に襲いかかり、一匹では決して行動しない。

 木々を足場に縦横無尽に森を駆ける彼らは、しかしその機動力を積極的な攻勢で使うことはほとんどない。

 コブリンたちにも積極的に群れごと服従し、騎馬のように背に乗せることもある。

 もし万が一群れを離れてしまった場合も、その優れた嗅覚と聴覚を活かして徹底的に戦闘を避けるのだ。


 そんなモンスターを明らかにテイマーではない少女が従えているのは不自然だろう。

 だがそんなときのための言い訳も既にアカツキは彼女に教えてある。


「多分この子の群れはとっくに無くなっているんだと思います。私が見つけた時には血塗れだったんです。その傷を治したらこうして懐かれて……」


 フォレスト・ウルフは自分の群れなど所属している集団が全滅した際に、何らかの施しを受けるとそのままソレを与えた相手に服従するのだ。


「なるほど~。となると戦いのセンス自体はこの子生来の物かな」

「『疾風の剣』の方々ー!」

「お、ここの村長さんだ。君たちも来てくれないかい? ここの人たちを安心させてあげなくてはならないんだ」

「あ、はい。わかりました」


 そう返事をして歩き出す少女についていきながら、アカツキは思案する。

 恐らくこの襲撃は意図的な物であるだろうということを。


シルバー・ブレッド社


 ゼノギフトの登場によって、戦略的価値が低下した携行可能な銃火器をイグノーテラに普及させた功労者ならぬ功労社。

 

 この碧球での遠距離攻撃は大雑把に二種類。

 攻撃魔術か、弓矢である。

 もちろん投げナイフなどの投擲物も、それの運用に特化したジョブもあるこの二つと比べれば、いくらか見劣りする。

 そして銃に関しては、ほとんど考慮されることはない。


 理由は主に三つ。

 この世界の人間の膂力と弓の性能、そして銃の威力上限だ。

 

 この世界のあらゆる生命は肉体、筋肉などを基礎にした身体能力と、霊体、ステータスを基礎にした身体能力が存在する。

 特に後者に関しての伸び代は非常に高く、レベルを上げさえすればどこまでも高まっていく。

 地球の大人十人がかりでも、引き絞ることのできないような弓も至極当然のように扱うことができる。

 

 そしてその弓自体もモンスターの素材を用いているため、非常に強力だ。

 地球の合成弓のようにモンスターの腱や骨だけでなく、蜘蛛の糸や龍の髭などを用いることで城壁すら撃ち抜くほどの代物を作り出すことだってできるのだ。


 最後は銃の威力の元となる火薬と弾丸の確保の難しさ。

 ミスリルやオリハルコンなどの希少金属を、何百発も使い捨てれば例えドラゴンを仕留めようとも赤字になってしまう。

 そも、そう言った金属をモンスターの硬い外皮を撃ち抜くほどの威力で撃ち出すためには、手元の銃を粉みじんにするほどの火薬が必要だろう。


 そんなこんなで《銃士》という専用ジョブが存在しているのにも関わらず、銃を扱う者などほとんどおらず、いたとしても古代遺跡で出土したオーパーツ級の物を手にした者だけだった。

 

 十年前の幽体投射の確立によって、地球の企業が碧球に進出するまでは。


「『シルバー・ブレッド』社が開発して、セントレシア大陸西部、各地の村の防衛戦力に格安で配置した銃火器のおかげで、モンスターが村に攻め入ることはかなり少なくなったはずだ」


 銃の利点の一つに、その扱いの簡単さがある。

 この世界でジョブの恩恵を受ければ、半年程度で動く的にも百発百中となるだろう。

 人々の居住地の安全性を飛躍的に向上させた『シルバー・ブレッド』社は、この異世界『イグノーテラ』でも、そして地球でも十指に入るほどの大企業となった。

  

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