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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
序章 踏み出した第一歩
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序章 第十一話 音速の脅威

 軽やかな着地音。

 直後に、ドチャリ、とアカツキの腕が落ちた。

 その場にいた誰も、ろくに反応することはできなかった。

 アカツキでさえ、自らの本能の警鐘に従っただけだ。それが無ければ彼は首を取られていただろう。

 生徒たちの知覚能力を完全に超越した速度。それによる奇襲攻撃。

 端的に言って、今この大通りにいる百人を超える生徒たちは、一人佇むこの男の意思に生殺与奪の権利を握られている。


 何人も、動けなかった。刺すような静寂が彼らを縛り上げ、それによって首を絞められているかのように、呼吸すら怪しくなっていく。

 そしてその生徒たちの中でも、実力者と言って差し支えない十数人はこの超速の男が、自分たちでは手の届かない領域に立っているということが、肌で感じられた。

 【災異能力者(ステージ5)】。人の形をした災害の領域。


「カインド、ミラー、マグネの三人がやられたから来てみれば、まさかお前がここにいるとはな。驚いたぜ」

「いちゃ悪いのかよ」

(わり)いな。極悪非道といってもいい」


 沈黙を破ったのは超速の男だ。

 籠手に包まれた指をアカツキに突きつけながら、言う。


「【ゼノギフト】っていうのは、神の恩寵だ。それを失ったお前は神に見放されたんだよ。そんな人間がどうして存在している?」

「生憎俺は神頼みはしない主義でね。アンタらとは価値観が異なるみたいなんだよ」

「馬鹿が。神とは頼る頼らないなんてちんけなスケールじゃねぇ。神こそが俺たちの運命を定め、俺たちの行く末を決定するんだよ。神とは全知全能にして、人類に試練を課す御方。そしてその神の現身こそが、我らの――「わかった。わかった。アンタが神様のことがだーい好きなのは、よくわかったよ。その上で俺から質問させてくれ」


 アカツキは超速の男の視界に入らないように、手を背後に回した上でハンドサインを出した。

 エイトルドも目線を反らさぬように、視界の端でソレを捉える。


「どうしてアンタらの信奉している神とやらは、世界大戦末期の『教団壊滅作戦』でアンタらの中核戦力をみすみす死なせたんだ? アンタらの神のために随分と身を粉にして働いてきた、立派な連中だったそうじゃないか。一人一人のキルスコアが最低でも十万人越えだっけ?」

「…………」


 打って変わって、超速の男は口を閉じた。

 しかしそれは、周りの生徒たちのように恐怖によって喋れなくなったのではない。

 

「それなのにまんまと当時の国家の最高戦力たちにぶっ殺されちまった。これも試練のつもりか? 今、『教団』って名前のテロリストは誰か? って街中でアンケート調査をしてみたとしよう。誰が思い浮かぶと思う?」

「………………」

「『内なる悪魔教団(スタンド・アローン)』ていうテロ組織だよ。【現界自律(アルタースタンド)】持ちの中でも飛び切りいかれた連中たちの名前さ。アンタらの名前を浮かべるのは……、そうだな。七十代以上のお年寄りなんじゃないのか? ていうか、『内なる悪魔教団』って確か、当時のアンタらの下部組織だったよな。しかも宗派(ほうこうせい)の違いで、途中離脱した」

「…………………………」

「俺が何を言いたいか分かるか? お前たちは時代遅れなんだよ。あるいは」

「………………………………」

「とっくに神とやらに見捨てられているか。もしくはその両方だな」

「小僧ォ!!」


 超速の男が一歩踏み出し、直後に円錐状の水蒸気と、衝撃波となった轟音がやってくる。

 即ちそれは超音速の男が駆けた証明であり。

 

「俺らの生徒に何してやがる?」

「不審者は撃滅!! これに限る!!」


 それでもアカツキたちが無傷なのは、それに対抗しうる強者(きょういん)たちが駆け付けた証左である。

 超音速の拳は、筋骨隆々のジャージ姿の男に受け止められていた。

 超速の男は即座に後方へと飛び退く。

 

「いーい筋肉だ! テロリストなんぞしていなければ、その筋肉に恥じない人生を送れただろうに!!」

「テロリスト相手に何を言っても無駄ですよ」


 そう言って筋骨隆々の男を諭したスーツ姿の男は、【懐中電灯】を構えた。

 【外界作用(アウターエフェクト)】の【召喚型】は、何も武器となり得るものだけを召喚するのではない。

 時に日用品を出現させ、それに理外の【力】を内包させるのだ。


「いいぜ。ようやく歯ごたえのありそうな連中が来やがったな。アンタらの等級は?」

「馬鹿正直にこた「我らは【驚異能力者(ステージ4)】だ!! しかし負けてやるつもりは毛頭ない!!」

「はぁ……」


 巌の如く――脳みそ以外を――鍛え上げられた男に、溜息を吐かざるをえない、刃のように研ぎ澄まされた男。

 しかしそのどちらも、内なる魔力を高ぶらせ、完全な臨戦態勢に入っている。

 超速の男も同様だ。先ほどまでアカツキの挑発に対して浮かべていた青筋はとうになく、その顔は獰猛な戦意によって喜悦に歪んでいる。

 

 一歩、超速の男が踏み出し、直後に掻き消えた。

 アカツキたちは、目で追うことはできなかった。

 ただ妙に間延びした――恐らくあまりに高密度に連続した結果そう聞こえた――金属音の果てに、戦闘を終えた二人と一人が目に入っただけだ。


「いいな。お前たち、なかなかにいい」

「やはり【災異能力者】というのは誰もかれも、規格外だ……」

「ハハッ!! 筋肉が喜んでおる!!」


 口の端から血を流し、衣服の所々が吹き飛び、しかし五体満足にして、未だに戦闘を続行するつもりの二人。

 そして、かすり傷一つない、超速の男。

 彼我の差は歴然だ。むしろ教員同士の高度な連携なければ、同じ【驚異】に至った人間が二人いても瞬殺されていただろう。

 

(これが、【災異能力者(ステージ5)】……!)


 何より恐ろしいのは、超速の男は一切の《スキル》を使用していないということだ。

 先ほどの三人組のように、使用する隙がないということはあの超速から考えればあり得ない。

 この男は、更にギアを上げることができる。

 そうすれば、例え教員たちでも……。


「そこまでにしてもらおう」


 重圧がその場にいる全てを襲いかかる。

 それは何らかの超常能力によるものではない。

 いつの間にかそこに立っていた、老人の脅威度を、全ての者たちが感じ取らずにはいられなかったからだ。


「チッ。来やがったか」

「君のような若者一人か。エイゼリアはどうした」

「馬鹿が。テメェの前にノコノコ現れるわけがねぇだろうが」

「『学院長』!!」


 『統括政府』直属の『学院』。その一角を自らの支配下に置く者。

 大企業(きぞく)たちの子息令嬢を預かるその者は、当然その信頼に足るだけの能力を備えている。無論それは、戦闘能力も例外ではない。


「それで、ここで戦うのかい」

「……いいぜ、退いてやるよ」


 超速の男の前で、虚空が開いた。

 それはオーロラめいた靄であり、ゲート型の【転移】だった。

 

「ただしテメェらに一つ言っておくぜ。そのガキについてだ」


 アカツキを指差した男は口の端を陰惨に歪めて、嗤った。


「こいつは必ず、厄災を招く。そういう罪科を背負ったんだよ」

「君たちの無能力者嫌いは度を越しているね。自らの身を滅ぼすことになったとしてもその憎悪は捨てられないのかい」

「はっ。我らが導主からの伝言だ」

「何かな」

「『いずれこの『デイネイチ』にも、変革の時は来る。それまでの間に自らの罪を数えておくべきだ』だとよ。ま、精々仮初めの安寧と怠惰を貪るがいいさ」


 【虹色の靄】に消えていく男を、その場にいる誰もが追いはしなかった。

 あの【虹色の靄】が特定の者以外は通さないタイプであると、過去の事件から既に判明しているからだ。

 転移を終え、その場にいる誰もが消え去った直後に、その場にいた誰もが安堵の息を吐きだした。


「無事かね」

「あ、はい」

「あの男のいうことは気にする必要はない。ただの戯言だ」

「理解しています、学院長。ですが」

「どうしたんだい」


 先ほどまで超速の男に向かって放たれていた威圧感など幻か何かのように消え去り、柔和な顔を浮かべている学院長にアカツキは懸念を告げた。


「他の生徒の保護者はそうは思わないと思います。あとは、他の『学院』の人々も」

「……君がこの場所で学業が全うできるように、私は全力を尽くそう」


 学院長は否定をしなかった。



 □



「特別休暇ねぇ。ま、体のいい『停学』扱いだろうな。地球の校舎への通学も拒否されちまったし」


 アカツキは『イグノーテラ』の『学院都市』、その外縁部を取り囲む『繫華街』に来ていた。

 今日は平日、その真昼間。いかに『異世界渡航』によって単位を稼ぐことができる高等部の生徒であっても、未だに彼が『渡航許可証』の獲得のために修了すべき講座はいくつもあった。

 しかしそれら全てはストップしている。

 アカツキの存在が『神権教団』によるテロを招いたとして、保護者(貴族)たちの猛反発があり、その圧力によるものだ。


 学院長の尽力もあって――というか被害者である彼が処分を喰らうなど理不尽この上ないことだが――停学といった処分扱いではなく、心身の療養という形での特別休暇となっていた。

 無能力の身でありながら、自身らの子供たちを差し置いて優勝したことによる嫉妬、異能喪失者であることへの蔑み。そういったアカツキに対する悪感情が『教団』の襲撃を契機に噴き出した形であろう。


 今こうして彼が『イグノーテラ』に『渡航』しているのも、地球の自室からだ。

 地球での『校舎』に立ち入ることも、彼は禁止――厳密には『療養』ということになってる――され、『学院』から支給された『投射装置』を用いて、こちらに来ていた。

 下手な車よりも高額な代物を、ポンと提供してくれたのは『学院長』の取り計らいであり、それが無ければ、そもそもこうして『イグノーテラ』に来ることもできていなかっただろう。


 『講習』を終えなければ『渡航許可証』の正式発行はない。

 そして『講習』を受けるために『学院』に通うこともできない。

 手詰まりの状況だ。

 しかしこの状況を打破する手段がないわけでもない。


「こりゃ、『統括政府』も口出ししてるなぁ。シャルもエイトルドも、実家からの支援を申し出てくれたけど、一介の平民のために『八大企業(おうぞく)』同士を衝突させるのもなぁ」


 『八大企業』とは、『統括政府』によって各分野の産業の統括を認められた超巨大企業たちのことだ。

 食料生産、衣服を含めた繊維、製造、医療、IT産業、娯楽、建設、そして清掃の八分野から成り立っている。

 このように定められた理由はシンプル。戦争の防止のためだ。

 

 第三次世界大戦後の『企業統治』時代において、企業間の武力衝突の最も多かった要因は、競合他社とのシェア争いだった。商品を用いた競争ではなく、主にお抱えの私兵と兵器を用いた戦争によって解決を試みのだ。

 結果、恐ろしいほどの一般市民たちが傭兵として、あるいは戦争に巻き込まれて死んでいった。

 そういった民衆たちの怒りと嘆きこそが、今日の『統括政府』の設立の根源的な要因となったのだ。その際にいち早く『統括政府』の前身組織に資金供与などを行った八社が、こうして今日の経済の基幹となっている。


 しかしそういった『敵性(ブラック)企業』ではなかった者たちと言えど、本質的に金銭を獲得し、企業の拡大をしていくことこそが企業の役割。

 シェア争い(物理)が起きる可能性はぬぐいきれない。

 であるのならば、あらかじめ分野ごとに分けて、なおかつ企業間の上下を定めておけばいい。

 八大分野の中には、様々な小分類とソレを担う子会社――と言っても王族企業の傘下である時点で、かなりの大企業――が存在しており、それらに対して王族企業と『統括政府』によって二重の監視体制が敷かれている。


「そしてこのパワーバランスを崩すことは、四度目の世界大戦の火種となりかねない。折場(医療)バルファロン(製造)の二分野の王族が庇えば、俺一人の授業を再開させることはできるだろうが、他の『学院』に通っている王族の抗議は免れないだろうな。面子と自分の傘下の子息令嬢の安全のために」


 地球世界最高峰の教育機関の集合体であるがゆえに、他の王族も当然この『学院都市』に通学している。

 となればもちろん『八大企業』の派閥争いの舞台になるのは必然と言えた。

 『統括政府』と各大企業間の盟約によって、お互いの分野を侵してはならぬことになっている。その禁を破った者は平和への挑戦と捉えられ、その他の企業から、あるいは自らの傘下から総攻撃を喰らって、倒産することは免れないだろう。


 しかし人間の探究心(よくぼう)とは留まること知らず、どうにかしてそのルールと他の大企業を出し抜くか知恵と工夫を凝らしているというのが今の時代と言えた。

 そして今回の一件で、親友たちを通して『王族企業』を動かすとなれば、何らかの摩擦は避けられない。

 

「まあ、事態が動くまで、俺はのんびりしているか。友人もできたことだし」

「おーい、兄ちゃん!」

「お、来たか。んじゃ、遊ぶか」


 広場のベンチに腰かけていた彼の下にやってきたのは、かつて出会った少年 レントだ。

 その手には、『イグノーテラ(こちら)』での遊び道具である、木剣があった。


「今日こそは絶対勝ち越してやっからな!」

「ハハハ。無駄な足掻きを」


 鼻息を荒くする少年にアカツキもノリノリで[インベントリ]から模擬戦用の木剣を取り出し、構える。

 先の見えない特別休暇であっても、退屈することはなさそうだ。

 アカツキは、そう思っていた。

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