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リコメディント・スカイ  作者: ポテッ党
序章 踏み出した第一歩
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序章 第一話 失われたモノ

「人は誰しもよぉ、異なる世界を見てるんじゃぜ、アカツキ」

「? 異世界ってことですか、師匠。それとも【ゼノギフト】があれば、透視とか千里眼ができるってことですか?」


 テレビから流れてくるのは、『イグノーテラ』と地球の学者に名付けられた異世界と、二十二世紀の地球全土を統治している『統括政府』が本格的に協定を結び、『異世界渡航』の確立を宣言しているシーンだ。

 歴史的瞬間だ。

 一世紀前は、病人の戯言と切って捨てられた『異世界』が、ついに誰もが訪れることができるようになったのだから。


「ちげぇさ。いや、こうして二つの世界が繋がることで、よりはっきりとわかるかもしれねぇな」

「?」


 疑問符を浮かべる五、六歳の少年を見て、老人はいつものように講釈を始めた。


「世の中の人間ってのはよぉ、誰もかれもが自分に都合のいい情報(けしき)を求めてる。同じモンを見たってそっからどう感じるかは自由だろう? そういったほんの少しのズレが積み重なって、個々人が全く別の世界を見ることになっちまうのさ」

「みんな違って、みんないいってことですか?」

「くくく、そうだな。そうだといいんだけどなぁ」


 老人は多くは語らなかった。

 この聡い少年ならば、いつかは分かると信じているから。


「【ゼノギフト】っちゅうのも同じだ。神の恩寵だとか、人類の可能性だとか、異世界からの呪いだとか、好きかっていう奴はいるがよ。結局何百年、何千年前からあった、その当たり前の『違い』っていうのが、ちいとばかし極端に出ただけに過ぎねぇのさ」


 そしてそれは正しかった。

 自らが師と仰いだ老人の教えは、これからの人生において常に己の指針となってくれた。


「なあ、アカツキ」

「何ですか、師匠」


 老人は黄金の瞳で彼を見た。

 少年は深紅の瞳で彼を見返した。


「お前はこの世界をどう見て、何を求める?」


 その問いの答えは。

 きっと――。



 □



 模擬刀を握りこんだ少年 ソウヤ・アカツキの手のひらに、汗が滲む。

 黒い髪に深紅の眼の少年が立つのはコロシアム。生命保護の【結界】越しに、周囲を取り囲むのは五万を超える観客のホログラムたち。

 そして、彼の目の前に立っているのは、一人の男。


『さあ! 決勝戦となりました!若き少年少女たちが、熱き血潮をぶつけ合う今大会、ワールド・トーナメント・アンダー15! 決勝にまで登りつめたのは驚くべきことに、十二歳の少年二人であります!』

 

 彼を一言で表すのならば、筋骨隆々。

 齢十二でありながら、並みの大人に比肩しうるほどの体格。

 何よりそこに過不足なく、そして一切の無駄なく詰め込まれた筋肉がひどく暴力的な気配を放っている。

 目の前の年相応の体格の少年、アカツキと同い年と言っても、それを信じる者は誰一人としていないだろう。

 二人がただ拳を、あるいは武器をぶつけて戦うと言えば、勝敗は火を見るよりも明らか。


 しかしそうではないことを彼らは知っている。

 この会場にいる五万を超える人々と、そして中継越しに見ている何億もの人々は。

 彼ら二人のこれまでの戦いを見てきた者達は、皆知っている。


『これは前代未聞であります! 最年少の二人が頂点を争うなど! そして驚くべきはその若さだけではございません!』


 ヒートアップしていく実況とは裏腹に、二人はただ沈黙共にお互いを見据えるのみ。

 

『当然皆さんご存知かと思われますが、今大会は安全上の観点から生命保護の【結界】が【驚異能力者(ステージ4)】によって張られております! あらゆるダメージを身体機能の低下に置き換える形で無効化するこの【ゼノギフト】には、副次効果としてこれまでに受けたダメージを数値化することができるのです! そして、この二人がこの決勝の舞台に上り詰めるまでに受けたダメージは――』


 一呼吸を置いて、実況は更なる大声で驚くべき事実を告げる。


『何と! 両者共に、ゼロ!』


 実況のその言葉に一層ボルテージを上げる観客たち。

 対して、稀代の才覚を持つ二人は静かに言葉を交わし始めた。


「ついにこの時が来たな。アカツキ」

『西より来るはァ! かの『黒血鬼』の血を引いたこの男! 圧倒的な防御力によって、いかなる攻撃にも、彼の体は微塵も揺らがず! エイトルド・バルファロン!!」


「ああ。そうだな、エイトルド」

『東より来るはァ! 雷光を身に纏う、神速の剣士! 圧倒的な速度によって、いかなる攻撃も、彼の体を捉えることはなし! ソウヤ・アカツキ!!』


 会場そのものが鳴動しているかのような歓声を置き去りにして、あたかも台風の目のごとく、二人の間には静寂がある。

 では彼らには、観客たちのような熱狂はないのか。

 

 否。誰よりも熱く煮え滾り、狂おしいほどの渇望を、二人は抱えている。

 

「決めようか。どちらが一番強いのか」

「おう。そんで、どっちが自分のユメに近いのか」


 観客など眼中に非ず。

 彼らが見据えるのは、鏡写しのように同じ願いを掲げた宿敵と、その遥か先にある、年齢も、時代も、種族も、世界の垣根を超えた先にある真の頂点のみ。



 即ち、『史上最強』の座。

 


 二人の頭上に浮かんだホログラムがカウントダウンを始める。


『若き血潮の滾りが、今ここにぶつかり合い、雌雄を決さんと唸りを上げております!! そして今、戦いの火ぶたが切られる!!』


 二人の頭上に浮かんだホログラムがカウントダウンを始める。

 幾多の歓声が一つに折り重なり、誰もが刻一刻と減っていく数字を叫び出す。

 五秒を切った。

 直後にエイトルドの肌は、黒く硬質に変色し、随所に突起物が生み出される。

 全身に殺傷力を帯びた姿はこれまで多くの子供たちを薙ぎ払ってきた物だ。

 

 対して少年は青白い雷光をその身に纏った。

 雷光の蛇が衣服をはい回り、空気とスパークが弾ける音が連続する。

 この状態となった少年の速度域には、これまでの何人も追いつくことはできなかった。

 

 三秒を切る。

 床が波打っているのではないかというほどに、会場内を歓声が木霊し、されどその全ては雑音として二人の少年は頭から消し去っていく。

 思考と眼光を極限まで研ぎ澄まして、見据えるのはただ己の敵のみ。


『レディ――』

 

 一秒を切る。

 今ここに、幼き少年少女の、しかしその中で紛れもない、世界の頂点を決する戦闘が始まる――。


『ファイ!!』

「がはっ……」


 ことはなかった。

 ソウヤ・アカツキが倒れ伏したからだ。


『なっ……!」


 会場の熱狂も、眼前の敵も、世界の注目も置き去りに、ピクリとも動かない彼の体だけが、そこに倒れ伏していた。






 『異世界渡航』という技術が、二つの世界を一つの天地(ほし)として完全接続したのは、アカツキが生まれた時とちょうど同じ、十二年前のことだ。


 始まりはさらにその百年前。不可解で、前代未聞の昏倒事件。

 しかし一つの知識があればそれは荒唐無稽ながらも、むしろありふれたモノと認識されるだろう。

 異世界転移という二十一世紀初頭に流行ったエンタメ作品のジャンル。その小分類の一つに、『クラス転移』というモノだ。

 それが、現実で起きたのだ。

 ただし、子供たちの意識のみを転移の対象として。


 2010年代の終盤、日本のとある場所の、とある高校。そのうちの一クラス四十名に加えて教師二名が突如意識を失った。

 平日の午前中、すなわち授業の真っ最中でありながら、彼らは一人残らず失神。

 何かから逃げ惑うような、何かが暴れまわったかのような教室の荒れ具合から、何らかの有毒ガスが散布された可能性も警察によって調べられたが、一切の痕跡はなかった。

 昏倒した彼らは残らず病院に搬送されたが、そこで恐るべき事実が判明する。


 心臓以外の全てが、停止しているのだ。


 瞳孔は拡大し、脳波はなく、消化も排せつも行われない。

 それどころか採血の針すら通さない、恐るべき頑強さが付与されている。

 これはもはや死ですらない。

 心臓以外の全ての時間が止まったとも言うべき状態だ。

 彼らを診た全ての名医は匙を投げた。

 しかし、いくら心臓以外の全てが止まろうと、彼らの人生は止まらない。


 明日死ぬともしれない我が子にすがりつく親、プライバシーなど知ったことか言わんばかりに彼らの報道を行うマスコミ、無責任な陰謀論を吹聴するネット。

 混迷に満ちた状況に、世界各国のメディアも注目し始めたころに、事態は急展開を迎えた。


 二度目の昏倒事件。


 場所はアメリカのハイスクールだった。

 そして驚くべきことに失神の瞬間の映像すら残されていた。

 突如光り輝く床。

 逃げ出そうとして、見えない何かに阻まれる生徒たち。

 映像が光に満ちた直後には全ては床に倒れ伏す。

 この事件は『白昼夢(デイドリーム)』と名付けられ、世界中の人間が注目し始めた。


 それからだった。堰を切ったかのように『白昼夢』が世界を席巻し始めたのは。

 

 先進国を中心に10万6245人。

 それがこの世界から意識を消失させた者たちの数だった。

 一度床が輝き始めたのならば、その部屋から逃げだす手段はなく、残された映像記録には泣きじゃくりながら両親の名を呼ぶものもいた。

 数十人の十代の若者の集まりを中心に、一つの部屋内にいる者全てが『白昼夢』に巻き込まれる。

 この法則が見つかり、およそ全ての子供たちが通信教育へと切り替わるまで『白昼夢』は続いた。

 

 一年以上、世界各地で続いた昏倒事件は次第になくなり、そのさらに三年後には過去の事件となっていた。

 何せ一切の手がかりがないのだ。

 どれほど多くの研究機関が調べようとも、彼らの体は一切の干渉を受け付けない。

 物理的な物のみならず、放射線やエコーを用いた探査であっても何物も写さない。

 

 『白昼夢』自体もぱったりとなくなってしまった以上、もうどうすることもできない。

 多くの人間の記憶に残り、当事者の心に傷を残しても、いなくなった者の体は残っていても。

 彼らはもうどこにもいないのだ。

 校舎という建物が無くなったという変化のみを残して、いずれ一部のオカルトマニアに語られるだけとなるだろうと思われ始めたころに。


 彼らは帰ってきた。

 その数は五百人程度。

 国籍も、人種も異なる若者たちが突如目覚めたのだ。

 共通しているのは三つ。

 世界最高峰への登頂さえも、散歩道を歩むが如き気楽さでこなす超人的な身体能力。

 最高峰の軍事技術でさえも足元に及ばぬほどの破格の性能を誇りながらも、しかし中世ヨーロッパめいた時代錯誤の、刀剣類に鎧、杖をいつの間にか手にしていたこと。

 そして、いかなる物理法則にも反した規格外の異能、後に【ゼノギフト】と呼称される特異能力。

 

 彼らが開いた会見にて放たれた、『自分たちは異世界に居た』という言葉を笑う者は、その規格外の力を見て瞬く間に消え去った。



 

 それから世界は激変した。




 いくつも理由はあるが、最も大きな要因は【ゼノギフト】が異世界に行ったこともない他の者たちにも芽生え始めたことだろう。

 その規格外の力を受容するのに払った犠牲は、あまりに大きかった。

 百億を超えようとしていた人口は、この一世紀の間で、その五分の一にまで減った。

 母なる地球は環境汚染と核戦争すら行われた第三次世界大戦によって、清浄な大気と海を、かつての『青色』を失ってしまった。


 濁り切った海と空に挟まれ、瓦礫に満ちた大地のほんの隙間に『ドーム』と呼ばれる完全密閉型のアーコロジーを作り上げた。

 残された人類はそこを安住の地とする以外に、地球人類に残された道はなかった。

 人類はあまりに多くの血を流し、地球は汚れてしまった。



 しかし、地球人類の進歩とソレを支えてきた飽くなき探究心は途絶えてはいなかった。

 そしてその飽くなき探究心こそが、『異世界渡航』を現実の技術とした。



 半ば死に体の母なる星から脱却し、『イグノーテラ』と呼称される異世界の地球へと移住するという計画が立てられたのは、これまでの地球人類の進歩を鑑みたのならば、必然というほかないだろう。

 そして始まりの『神隠し』からちょうど百年が経った頃に、異世界への極めて安全な渡航手段が開発された。

 肉体を地球に置いたまま、精神のみを異世界へと飛ばし、異世界での肉体(アバター)を操る。

 異世界へと赴き、より大規模な、それこそ何十億もの人間を『物質的に』飛ばすことのできる手段を探究する彼らは『探究者(シーカー)』と呼ばれるようになった。


 荒廃した地球から逃れることを望み続けた人類の、第一歩。

 それが、未だ色彩溢れる新天地へと踏み出されたのだ。


 それからさらに十二年が経った今日。

 幾多の若者が先人に倣い、新天地への一歩を踏み出す中。



 ソウヤ・アカツキはその一歩目を、これ以上なく踏み外した。



 □



 統括政府直属探究者(シーカー)育成機関。その極東支部。

 通称『学院』。

 世界各地に十六校

 今名を馳せている《探究者》の大半が十六の学院のどれかに在籍していたというのも、半ば必然と言えるだろう。


 そんな若き《探究者》達にとっての最高の環境である学び舎の廊下に独り、静かに闊歩する影があった。

 ソウヤ・アカツキである。

 

 もう少し正確に言うならば、教室から食堂に向かうであろう生徒と、彼ら彼女らの談笑で満ちているはずの廊下に息苦しいまでの静けさが立ち込めているのだ。

 人が居ないことによる静寂ではなく、あまりに多くの人が居ながらも、その全てが固く口を閉ざしていることによって生まれる、重圧の伴った沈黙。

 そうした沈黙を作り出す者達が向ける視線に含まれた感情は主に二つ。

 恐れと侮蔑だ。

 

(まあ、仕方のないことか。今の俺は他の人たちから見れば爆弾みたいなものだし。能力的にも、それ以外でも)

 

 【ゼノギフト】の消失(ロスト)

 発症の確率は一千万分の一。

 人類の総人口が二十億を切った現代においては、たった百と数十人しか罹患者のいない病。

 この恐るべき病は、単に【ゼノギフト】を失っていくわけではない。

 その制御すらも失っていくのだ。

 

 アカツキのチカラは、【雷迅之加速(レビン・ナーブ)】。

 系統は【内界改変(インナーチェンジ)】ということになっている。生体電流の操作及び増幅、放出を可能し、それによって自身の肉体と思考の速度を跳ね上げていた彼の力は、この年齢で既に奇異能力者(ステージ2)の領域に到達している。

 もし暴発でもしようものなら、間違いなく死傷者が出るだろう。

 

(一応抑制用の拡張外装(エクステリア)は付けてるけど、それでも怖いもんは怖いか)

「おい、アカツキ」


 他人事のように現状を再確認していると、立ちふさがった影から声が投げかける。

 筋骨隆々、大人にも引けを取らない体格と、威圧感のある顔立ち。

 エイトルド・バルファロンである。


「よう、チャンピオン。三か月ぶりだな」

「随分ぐっすり昏睡してたみてぇだな。……なあ、マジなのかよ。お前が退学処分なんて。あんなん正当防衛だろう……!」

「落ち着けよ。そりゃ確かに向こうは十人がかりで俺をリンチしに来たけど、俺は無傷で切り抜けて、連中は全員病院送りだ。過剰防衛って言われても仕方ないさ。それに正当かどうかなんて意味の無いことだ」

「どういう意味だよ!」

「俺が病院送りにした連中の中には、理事会の方々のご子息もいらっしゃったみたいだからな。そこら辺から圧力がかかったんだろう。それに無能力者の居場所なんてここにはないさ」

「んな……!」


 絶句するバルファロンを見ながら、アカツキは二人しかいない友人の内の一人である彼の純粋さを眩しく思った。

 基本的にバルファロンは竹を割ったようにシンプルな性格であり、拳を交えたらそいつはダチ、という旧世代の人間を含めてもそうはいないであろう思考回路の持ち主なのだ。

 『平民』であることによってほぼ孤立していたアカツキが、この学院では初めて出来た友人となったのも、そう言った殴り合いのおかげなのだ。

 

「許せねぇ……! マツムラの野郎! 今すぐぶっ飛ば「待て待て、落ち着け。そんなにいきり立つなよ」

「けどよぉ!」

「俺も結構煽ったし」

「それは人として駄目じゃねぇか! いや、暴力ももっと駄目だろうけどよ!」


 至極真っ当な指摘をしてくれる親友に感謝をしながら、アカツキは手にした封筒を掲げて、厳然と言い放つ。


「三年後だ」

「は?」

「学院長と話してね。三年後までに学業面で極めて優秀な功績を残し、なおかつワールド・トーナメントに優勝すれば、再入学が認められることになった。だから」


 一呼吸を置いて、真っ直ぐと指先を自分のライバルへと突きつけ、宣言する。


「【ゼノギフト】のあるなしも、『学院』を追い出されたことも、関係ない。今ある己の全てを使って、自分の理想を求め続ける」


 少年は指先を己が強敵(とも)へと突きつける。




「それが俺たち《探究者(シーカー)》だろう」




 決して変わらぬ友の言葉に、彼は破顔した。


「上等だ。テメェが戻ってくるまでこの座は預かっておいてやるよ! 帰してほしけりゃ力ずくで分捕りに来い!!」

「ははっ。首洗って待ってろよ」

「ああ。またな」


 そう言って確固たる足取りで進むアカツキ。

 廊下を抜け、階段を降り、昇降口を抜けて、門へと向かっていく。

 平素と何ら変わりない、確かな足取りでアカツキは門に到着し、軽くその紅眼を見開いた。


「ここにいたのか」

 豪奢な門に寄りかかる、煌めく銀髪と輝く美貌の少女を見たからだ。


「もうここを発つのかい?」

「ああ。世話になったな。シャル」


 ソウヤの前にいるのは、シャルロット・折場(オリバ)

 エイトルド・バルファロンを強敵(とも)と呼ぶならば、彼女は彼の親友であり、半ば家族ともいうべき存在だった。


「他の連中は見送りにも来ない。今の君にマトモな対応をするのは、教員か。もしくは私やアイツのような変わり者だけだ。それでも、ここは君の母校であり、君にとって生家に等しい場所だ。それでも行くのかい?」


 銀の髪に手櫛を通しながら、端整な顔立ちを不満気に歪めて、少女は少年に再度問う。

 少年の悲惨な生い立ちを知る数少ない人物である少女は、だからこそこの『学院』にどれだけの思い入れがあるのか、知っているのだ。

 その気遣いに穏やかな笑みを浮かべながらも、少年は揺るがない。


「お世話になった人たちへの挨拶周りはもう済んだしな。それにこれ以上ここに居たら、石でも投げられかねない。だからどうってことはないけど、流石に鬱陶しいし」


 【ゼノギフト】の消失は、原因不明の病気と診断されている。

 現状、それが感染したという事例はないが、これからもないということは証明できない。

 そうである以上、将来有望な若者が彼を恐れるのは当然のことだった。


「くだらない連中だ。そんな臆病な人間が、『向こう』に行ったところで何ができるというのだろうね」

「ま、シャルも元気でな」

「【ゼノギフト】の無い状態で、バルファロンに勝ち目はあるのかい?」

「問題ない、お手本は隣の世界にいくらでも転がっているさ」

「……君はいつも、私を置いていくね」

「すぐに戻ってくるさ」

 

 彼は少女に背を向けたまま、『学院』の敷地から一歩を踏み出す。

 振り返って見た少女の表情には、柔らかな微笑みだけがあった。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 ひどく短いやり取りを最後に、彼らは真反対の方向に歩き出した。 

 何が消えようとも、決して消えない渇望を胸に。

 少年は望む未来へと歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。

本日は一時間おきに連続投稿を行っております。

次話は本日の十八時に投稿されます。



内界改変(インナーチェンジ)


【ゼノギフト】の種類において、自己の肉体の性質および機能などを強化、変質することに長けた系統。

ポピュラーなところでは身体能力強化や、獣化などが存在する。

いくつかある系統の中でも、最も遺伝子への影響が強く、自分の子供に似通った能力が受け継がれやすい。





『イグノーテラ』という呼称。


元は《帰還者》たちの主張を一生に伏した学者たちが言った蔑称。


イグノー(無視される) テラ(地球)』という意味と


イグ(馬鹿げた) ノー(ありもしない) テラ(地球)』という意味で呼ばれた。



その蔑称が『ビックバン』と同様に、一般に定着することとなった。




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