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⑦まだらボケの老人

わたしと法結ほうむすの借りている事務所の管理人、大淀川おおよどがわ婦人は、とても世話好きの人だった。


大淀川婦人の知り合いで、近所に住んでいる塚沢幸三つかざわこうぞうという89歳になる老人が、最近認知が進み、いわゆる『まだらボケ』の症状になっているという。


まだらボケとは、認知症状の一つで、専門知識や判断力はしっかりしているにもかかわらず、新しく体験したことを覚えていられなくなる症状。数分前に食事をしたことを忘れてしまっているのに難しい小説を読むことはできる、朝起きた時は着替えが自分でできなかったのに夕方にはできるようになっている、などの行動で家族や周囲の人を戸惑わせることが多い。


高齢だが車を運転し、よくアクセルとブレーキを踏み間違えて、近所の小学生を跳ね飛ばしたりしていた。


塚沢幸三には、塚沢直樹つかざわなおきという長男と、婿養子に出ている大和田譲夢おおわだじょうむという次男がいたが、あまり仲が良くなく、相続の関係でよく揉め事になっていたという。


そんな塚原幸三が、オレオレ詐欺にあったと大騒ぎになった。


お節介な大淀川婦人が、すぐ"名探偵”法結ほうむすのことを話題に出したため、渋々この事件に首を突っ込むことになってしまった。



渡尊わたそんくん、年寄の相手は、なんだか気が進まないのだが」


「そう言うな法結ほうむすくん、私たちだってもうかれこれ165歳くらいにはなるのではないかな」



事件のあらましはこうだ。


ある日の昼頃、塚沢幸三のところに息子の直樹から電話がかかってきて、至急1億円用立ててもらえないかという。1億円くらいの金ならいつでも用意は出来るのだが、息子から直に電話が来ることなど珍しいので、少々慌ててしまったという。


すぐ近くの銀行に行き振り込みの手続きをした。その後ニ、三日連絡はなかったので、少しおかしいなと思っていたが、直樹は忙しいのかなと思っていた。数日後、全くの別件で直樹から電話が入り、詐欺事件であることが発覚したという。



法結ほうむすと私は塚沢家に着き、聞き込みに入る。


「息子さんの声は怪しくはなかったのですか? 本当に本人かどうか疑ったりは?」


「う~ん、声は似ていたようだったし、口癖の『倍返しだ!』も言ってたからなあ」


「どこの銀行で振り込んだんですが? よく一億円も振り込めましたね」


「ああ、いやあ恐らく近くのいなほ銀行だと思うんだが、よく覚えていなんいんだが」


「振り込み先の銀行とかも、証拠になりますが?」


「むむむ、捨ててしまって、無い」



全く話にならない。


すると、法結ほうむすが奇妙なことを聞きだした。



「時に塚沢さん、百と百とを加えると答えはいくらになりますか」


「百八十じゃ」


「それでは二百と二百では」


「さよう、三百六十だろう」


「そんならも一つ伺いますが、十の二倍は何ほどですか」


「それはもちろん十八じゃ」



そのとき、塚原の二人の息子の直樹と大和田譲夢が、口論をしなから入って来た。



譲夢じょうむ! お前がやったんだろう。ここで土下座しろ!」


「ぜ・っ・た・い・に、やーだねー!」


「もしお前がやったんなら、後で倍返しだぞ!」


「こら、二人とも静まれ。お客様じゃ」


「あ…… あなたは?」



私立探偵の法結ほうむす渡尊わたそんです、と自己紹介した。



「法結さん、あの法結さんですかー! いやあいやあ会いたかったあー」


(なんか大げさな喋り方の人だな)


法結ほうむすさんがくれば、もう犯人はああああ、お終いDEATH!」


(歌舞伎みたいな喋り方の人だな)



塚原直樹は画面の正面に立ち、いきなり自分の推理を語り出した。



法結ほうむすさん! この事件はですね、弟の譲夢が起こしたものなんです!」


「はあ、お聞きしましょうか?」


「まず弟なので、私と声は似ています。そして『倍返しだ!』が決め台詞であることも知っている」


「ほう、ほう」


「認知のまだらボケになってしまった父を騙して、1億円をせしめるつもりだったんでしょう」



大和田譲夢が反論した。



「ちーがーうーね! お前こそ、自分で狂言詐欺をやったんじゃねえの?」


「何を言う! 許さんぞ!」


「本人が本人の振りをして電話をし、振り込まれた事も知らないふりをして1億円せしめる、どうよ?」


「自分で自分のオレオレ詐欺をやる奴がどこにいる! 話にならん」



法結ほうむすが二人を押しとどめる。



「まあまあ、お二人とも。私にはもうだいたいこの事件の真相が分かりました」


「えええっ!」



法結ほうむすが語り出す。



   μ   μ   μ



「まず、塚沢幸三さん。あなたの交通事故歴を調べさせてもらったんですが」


「ふァイッ?」


「あなた、わざとアクセルとブレーキを踏み間違えて、小学生を跳ね飛ばしたり、自動車会社を訴えてたりしているでしょう」



塚沢幸三は血相を変えた。



「な、何を言う。訴えるぞ!」


「みなさん、実は塚沢幸三さんは、認知症を起こしてはいません。わざとボケている振りをしているだけです」


「な、なあああにいいいいィィィ!」



大和田が見栄を切った。



「だって実際に、オレオレ詐欺で騙されたり、銀行の振込のこともよく覚えていなかったりしてますよね」


「実はそれも幸三さんの狂言で、実際は振り込みもされていない、と、私はみてます」


「え、え、ええ??」



法結ほうむすは塚沢幸三に向き直った。



「幸三さん、あなたは先ほどの私の質問の中で、計算問題に間違った答えをスラスラとお答えでしたね」


「あ、ああ。それがなにか」


「あなたは、計算問題に答えられず口ごもるのではなく、回答の90%の数値を迷わずにお答えでした。これには、わざと間違えた答えをしているのだが、本当は出来ているんだぞ、というあなたのプライドが垣間見えました」


「……」


「詐欺の証言でも、息子さんの口癖とか、他のことは明確にお答えでしたのに、銀行や振り込みの関係になると、急にあやふやなお答えになっていました」


「ううむう」



塚沢幸三は観念した様に、ため息をもらした。



「さすがは名探偵じゃ、もうボケたふりをしても無駄のようじゃな」


「と、父さん?」


「いかにも、わしはまだ頭脳明晰じゃし、認知など患っておらん」


「父さん、じゃあなぜ狂言詐欺なんかを?」


「裏金つくりか、税金対策とかですか?」



法結ほうむすが聞く。



「ああ、税金対策は半分当たっとるな、じつは相続税対策じゃ」


「相続税……」


「実際は生前分与とか方法はあるんじゃが、この息子たちは争いばかりしてワシの話も聞く耳もたん。詐欺で盗難に遭ったという事にしておけば、その分は国に税金で取られることはないじゃろうからのう」


「なるほど、そちらの節税ですか」


「そんなもの、ぜーーったいワタシが見逃さないわよ~ん♡」



いきなり背後から、オカマの様な男が登場した。



「国税局の黒崎よ~ん♡、なんなら、もういまのうちに税金貰っちゃおうかしらん♡」


「ぜ・っ・た・い・に、やだねっ!」


「やられたらやり返す!」



それでは役者も揃ってきたようなので、私と法結ほうむすは退散することとしよう。



  < 了 > 

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