⑥復讐列車
今夜はハロウイン。
法結ほうむすと私の所にも、三人の中学生がお菓子を貰いに来た。
「Trick or treat ?」
「ああ、お菓子でいいのかな?」
お菓子を貰った後も、三人のうち一人が何か言いたそうな顔をしていた。
「ん~? まだ何か用かな?」
「あの、こちらはもしかしたら、あの有名な私立探偵の法結さんのお宅ではないでしょうか」
はきはきとさわやかな語り口の少年は、丹次郎です、と自己紹介をした。
連れの二人は善一君と伊之介君というそうだ。
「実は…… 法結先生に是非お話をさせて頂きたくて」
「ああ…… 何かな? 恋の悩みとかなら他を当たった方が良いが」
「いえ、実はまだ数日前のことなんですが…….」
丹次郎少年はその不思議な事件を語り出した。
δ δ δ
丹次郎・善一・伊之介の三人は、紅蓮中学校の剣道部に属している。
部活の大会で遅くなり、顧問の富岡先生と、自宅最寄り駅の藤ケ台まで電車で帰って来た時だった。
「ああ? 富岡先生じゃないですか!」
「おお! 連極先生。ずいぶん遅いですね」
連極先生は理科の担当の先生。化学繊維の会社と共同研究をするなど、中学校の教師にはめずらしくアカデミックな人物だ。
「今日は付き合いの会社との打ち合わせで遅くなっちゃいました」
その時、非常を知らせる駅のアナウンスが流れた。
「先ほど、出発いたしましたあ、下り列車は、次の津田中駅で車両の都合により運転を取りやめております。
その関係で上り下りの列車は現在運転を中止しており……」
「なんだ、列車事故か、物騒だな」
「なんとか帰って来れてよかったっすね」
「じゃあ、君たちは気を付けて、自宅まで帰りたまえ」
「はあ~~い」
丹次郎は、気になったので家に帰ってからスマホで検索してみた。
「うん? 電車の中で誰か亡くなったのかな?」
スマホの情報は錯綜していて、あまり要領を得ないものだったが、電車の中で血だらけの死体とか、首を切られた死体とか呟いている人がいた。
翌朝、新聞の三面記事と、朝のニュースショーでその事件が取り上げられていた。
丹次郎たち三人と富岡先生、連極先生が乗っていた列車は藤ケ台で五人が降りた後、次の駅の津田中に向かう途中で、車内で首を切られた死体が発見されていた。
時間が午後10時を過ぎていたためその車内には数名しか乗り合わせておらず、いちばん近くに座っていた人でもその死んだ男とはドアにして二つ分くらい離れていた。
証言では、いきなり首を切られた男から血しぶきが上がるのを見たが、切られた瞬間は見ていなかったと、そして付近には特に怪しい人影はいなかったという事だった。
男の首は鋭利な刃物か、何か物理的な力で切断されたような切断跡であり、凶器も付近からは見つからなかった。
殺された男は、木仏寺という男で、窃盗や痴漢の常習者であったが、親が政治家にコネがあったため、警察で職務質問までされることはあっても、警察に捕まることはなかったという。
「まあ、いわゆる上級国民の家族ってやつだな」
富岡先生は丹次郎からこの事件のことを聞かれた時、吐き捨てるように言った。
マスコミはしばらく『猟奇殺人』ということでこの事件を面白半分に報道していたが、ある時からピタリと何も言わなくなった。
まるでどこからか圧力がかかっているかの様だった。
以上が現在の所の事件のあらましである。
「それで、私たちにこの事件を調べて欲しい、という訳かな」
「あ、いえ調べて欲しいというのはおこがましいんですが、もし少しでも興味がおありでしたらと思いまして」
「そうだな、君たちも自分が乗っていた電車に乗り合わせていた人物が亡くなったと思うと気持ち悪いんだろ。どうせ中学生さんから調査費用なんかはいただく訳にはいかないし、まあもし事件のことで分かったことがあって、君たちに言える範囲のことだったら教えるから。あんまり期待しないで待っていてくれたまえ」
「はあ~~い」
「法結君、それでどうするね」
「そうだな、差し当たりその藤ケ台駅付近を調べてみるのと、もし大岡警部に頼んでその事故車両が見せてもらえるのなら見せてもらおう」
ところが、大岡警部によると、この事件については捜査がストップされ、そのままほとぼりが冷めるまで放置されるらしい。
死亡した木仏寺の素行が悪かった事をマスコミに追及されることを恐れた関係者が、マスコミや警察に圧力を掛けてこれ以上事件を世の中が追及しないように手を打ったらしい。
「それじゃ、車両は見ることができないって訳か……」
それでも、法結が藤ケ台駅のホームの端を調べていると、白い透明な細い糸の切れ端のようなものを見つけた。
「何かな、これは?」
「うーん、糸と言うよりはなにか繊維の切れ端のようだが、こんなに少量では何とも調べ様が無いだろう」
「それこそ、そのアカデミックな連極れんごく先生にでもきいてみるかね、渡尊君」
法結はその他にも、事故車両の報道写真の中に、窓枠の縁にこすれた様な傷がついているとか、藤ケ台駅のホーム先の津田中よりの架線柱にも同じようなこすれたような傷があるとか、そのようなことを気にしていた。
私たちは、丹次郎君たちを通して、中学校の連極先生にアポを取ってもらい、話を聞いてもらうことにした。
δ δ δ
連極先生は、理科室の実験準備室で、われわれを出迎えてくれた。
「やあやあ、いらっしゃいませ。丹次郎君たちからお話は聞いております。まあペパーミント入りの紅茶でもいかがですか?」
しばらくの雑談の後、法結は、例の繊維の切れ端を取り出した。
「ほう、これは……」
連極先生はとても興味深そうに、繊維を手で擦り、手元の顕微鏡でよく観察した後に
「非常に特殊な素材で作られた合成繊維というか、ファイバーですね。透明な素材でとても細いですが、強度は鋼鉄のワイヤーくらいはありそうです」
「それで、先生はその素材に、お心当たりは?」
「う~ん、似たようなものを化学繊維会社と開発しようとはしてますがねえ……」
法結の目がきらりと光る。
「連極先生、たいへん不躾な質問をしても、よろしいですか?」
「ああはい、何でも聞いて下さい」
「先生は、数か月まえに、娘さんを亡くされてますね」
連極先生の顔が悲しみで歪む。
「はい、お恥ずかしい話なんですが、心を病んでしまい、自ら命を絶ってしまいました」
「その原因は、今回の事件の被害者、木仏寺に車内で痴漢をされ、その後もストーカーの様に付き纏われたのが原因なのではないですか」
私は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「おい、ちょっと待てよ法結。君はまさか連極先生を疑っているのか? 先生は丹次郎君たちと、藤ケ台駅で電車を降りているんだぜ」
「いや、ちょっと待ってください渡尊さん」
連極先生は穏やかな表情で、私の言葉を遮った。
「法結さん、それにしてもよくこの繊維を見つけましたね」
「はい、駅のホームのはずれに焼き切れたように落ちていたんですが、見た事もない繊維だったもので」
連極先生は、ペパーミントティーを一口飲み干すと、語り始めた。
「法結さん、渡尊さん、私は残念ながら、今回の事件を起こしたことに、あまり良心の呵責を感じないんです。
法結さんのおっしゃる通り、私の娘はあの木仏寺という男の手にかかって自死に追い込まれたようなものです。この学校にも、もちろんこの学校以外にも被害にあっている女性、女生徒はたくさんいます。それなのになぜか奴は捕まらない。
この国のシステムは疲弊しています。警察・公安もまったく機能していません。
私は奴、木仏寺の行動パターンを、尾行して掴みました。月に一回か二回、決まった曜日に泥酔して電車に乗り込み、電車の中で眠りこけて、津田中の先の駅で降りている。
私は電車内の乗客の状況なども見ながら、慎重に機会を待ちました。コロナ下で乗客の数も以前より減っていて、みんなマスクをしているので、顔を見られる危険も少ない。
私はあの晩、いつものように眠りこけて角のシルバーシートにふんぞり返っている木仏寺を確認し、あまり近くに人がいないのを確認して、犯行を決行しました。
人に見られないように奴の体へ極小の注射針で、身体の自由を奪う化学物質を打ち込んでおいたのち、藤ヶ台駅が近づいたころ、この特性の化学繊維の片方を輪にして奴の首に掛ける。
200mくらい弛ませた反対側の端は、窓の外に垂らしておいて藤が台駅で降りて最寄りの架線柱に縛り付ける。
電車が200mほど走行すると、弛んでいた繊維がピンと張り、奴の首を切断した後繊維は窓から車外に飛び出す。
私は駅で、誰が知り合いに偶然会ったふりをして、不在証明に協力してもらう。
その後繊維は回収。
あの日はたまたま丹次郎君達がいましたが、誰も居なければ顔見知りの駅員にでも見て貰うつもりでした」
連極先生はここまで一気に語ると、大きな嘆息をひとつ漏らした。
「実は私も、膵臓のがんに体を蝕まれていて、あと余命は数ヶ月なんです。娘の仇はもう取れましたし、覚悟は出来ていたんですが、警察もあまり調べに来ないし、報道も全くされなくなっている様でこっちが面食らっていたんですが……」
「上級国民たちは、あまり身内の恥になる様な事を表沙汰にされるのが嫌な様ですね、死んでしまえば厄介払いが出来たくらいにしか思って無いのではないでしょうか」
「そうですか……」
「私達も、ひょんな経緯から事件に首を突っ込んだだけなので、この事を口外するつもりは有りません。警察も捜査を止めてしまってますしね」
「うーん、私は自首すべきなんでしょうか」
「あなたがそうすると言うのならだれにも止められませんが、誰も喜ばないと思いますよ。あなた自身が決めれば良い事かと」
「そうですね」
連極先生は少しあらぬところに視線を置いた後、思い出した様に私達に聞いた。
「法結さんは、どうしてこの事件をお知りになったんですか?」
「ああ、彼等ですよ、丹次郎君でしたっけ」
「ああ、彼等はいい若者ですね、正義感の塊の様な…… ああいう若者に是非将来の日本を背負って行って貰いたいもんですな」
連極先生は眼を細めて言った。
後日私達は丹次郎君達に、今は話せないが、将来必ず事の次第を説明することを約束した。
「なああんだ! つまんねえなあ!」
「いや、なんかそんな恐ろしそうな事、僕は聞かなくて良かったかも……」
「あの、法結さん?」
「うん、何かな」
丹次郎君は法結の耳の側まで行って、小声で尋ねた。
「法結さんたちって、少し『鬼』の臭いがするんですけど、もしかして鬼の仲間ですか?」
法結は苦笑いをして答えた。
「ああ、推理の鬼だからな」
( 了 )