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④ホーリーナイト号事件

年末の中山競馬場を競走馬が駆ける。


12月24日のクリスマスイブの日。その年の中央競馬会の師走のグランプリ、浦馬記念は、史上初めてナイターで開催されることとなった。


浦馬記念とは、かって競馬会では障害レース以外に師走の目玉レースが無かったため、

当時の競馬会理事長であった浦馬頼通(うらまよりみち)の発案によって創設された、

ファン投票によって出走馬が選ばれる夢のレースである。


第一回のレースのあと不慮の死を遂げた浦馬頼通の功績を讃え、このレースは『浦馬記念』と呼ばれるようになった。



そんな時期に、私と法結(ほうむす)は、競走馬のふるさと、冬の北海道・日高に向かったのだった。



「いいのか渡尊(わたそん)君、競馬好きの君のことだ、浦馬記念を観戦したかったのではないかな」


「夜にレースが見れるなんてめったにないチャンスだからな、ただ依頼の仕事とあれば、致し方はないさ」



今回はある男性の依頼により、北海道静河市の優駿スタリオンステ―ションで働く武涼子(たけりょうこ)という女性に、12月24日の夜に手紙を渡してほしいという、ただそれだけの依頼だった。



「その依頼の男性とは、今回の浦馬記念に出走する『ホーリーナイト』号の馬主だった男なんだろう」


「ああ、もともとは静河市出身の画家らしいが、何か曰くがありそうだな、渡尊君」



   ∮   ∮   ∮



粉雪の舞う聖夜の夜であります


ここに、第70回 ファンの夢の祭典『浦馬記念』、各馬堂々の本馬場入場です


出走馬は例年に比べて少なく、八頭で争われます。



ゼッケン番号①番。

一発勝負の逃げに賭けます。絶好の枠順を引き当てました。

ホースヘッド


ゼッケン番号②番

ニュー競馬会の女王です。まさにレジェント。右に見えるは競馬場、左はビール工場です。

メジロユーミン


ゼッケン番号③番

怒らせると怖い、そのままでも十分怖い。怖い怖い、怖い馬です。

ハンシャ


ゼッケン番号④番

殿堂入りの演歌歌手、北三郎の持ち馬です。本日風雪流れ旅から、見事栄冠の『まつり』を掴むのか

サブチャンホワイト


ゼッケン番号⑤番

勝負に行こう‼ 空振りだってあるさ 陽気に行こう‼ 止まない雨はないさ

タイニイバブルス


ゼッケン番号⑥番

聖夜の王者はオレだ! ジャパンカップ1着同着の実力は伊達じゃない

ホーリーナイト


ゼッケン番号⑦番

いやいや聖夜といえば黙っておられません。ひたひたと忍び寄り、ダーゲットの寝首を掻くのか?

イルミネーション


ゼッケン番号⑧番

ファン投票20位ギリギリの選出でしたが、かの上杉謙信も越後から見守っております

ケンチンジル


以上八頭が本コースに散ります!!



  ∮   ∮   ∮



私たち二人は、静河市に着き、武涼子(たけりょうこ)と対面していた。


「あの人、神田天陽(かんだてんよう)は農家の三男に生まれたんだわ。


子供の頃からね、絵を描くのは人一倍好きだったんでないかい。


あの人の絵も、ぼつぼつ知られ始めてた頃にね


騙されてね、馬を買わされたんだわ、競走馬


ウマの絵描いてんなら、馬くらい買えよ、とかなんとか言われて、借金してね


ほとんど競走馬としては活躍するはずのない、あの、抽選馬だっけ、そんなクラスの馬だったのさ



それがさあ、地方競馬で連戦連勝。中央に移っても好成績で


あの人は大金を手にしてね、絵の方も人気馬の馬主の絵ということでマスコミに取り上げられたりしてね


東京に出て行っちまって、毎日銀座の高級バーで過ごす様になったらしいのさ


やはり直ぐに『事業をやろう』とか言われてお金騙し取られたり、お酒飲み過ぎて身体壊したり、まあろくな事は無かったみたいですけどね」



武涼子(たけりょうこ)はここまで語ると、一度大きなため息をついた。



「だからね、私の事なんかとっくに忘れていたんだと思っていましたよ。今更、手紙なんて、ねえ」


「まあそうおっしゃらず。神田天陽(かんだてんようさんもきっと貴方の事をずっと心に掛けていたのでは無いですか?」


「その手紙にきっと書いてありますよ。さあもう直ぐ浦馬記念も始まります。その手紙を開けて読まれてみてはどうですか」


「はあ……」



  ∮   ∮   ∮



高々とファンファーレが鳴り響きました、集合の合図であります。


各馬順調にゲートまで誘導されております。


ゲートイン完了!



さて各馬一斉にきれいなスタートです、出遅れはありません。


すぐに曲線コースに向かって激しい先頭争いですが


やはり内からスルスルっと逃げ馬ホースヘッドが先頭に立ちます


2番手から ケンチンジル、メジロユーミン


聖夜の夜に一番人気となりましたホーリーナイトはここにいます、いい位置です


さらにホーリーナイトをぴったりとマークするようにイルミネーション


さらに一団となってサブチャンホワイト、タイニイバブルス


最後方からは 獲物を狙うように 怖い 怖い ハンシャが目を光らせております。



   ∮   ∮   ∮



武涼子たけりょうこ神田天陽かんだてんようからの手紙を読み始めた。



「この手紙が届く頃には、自分はこの世にはいないかも知れない。


東京に出て行き、怪しげな組織にかかわることになった事は、身から出た錆なので今更後悔はしていない。


ただ君や、自分の周りの人をこれ以上危険に晒す訳にはいかない。


全てはあの男、森阿知もりあち教授と知り合ったことが、破滅の始まりだった」



「何っ! 森阿知もりあちだと!」



法結ほうむすは森阿知の名前を聞き、思わず大声を上げた。



  ∮   ∮   ∮



最後のコーナーを曲がり、いよいよ直線コースに出ます。


先頭逃げ粘るホースヘッドに、いよいよ各馬が襲い掛かっていきます。


いち早くいいコース取りで、早くもホーリーナイトが先頭を、かわしに掛かります。


その横にぴったりとイルミネーション。


さらに実力馬サブチャンホワイト、メジロユーミン、タイニイバブルスらがやって来る。


各騎手の渾身のムチが入る! ここからが力比べだ!


おおっと、ホーリーナイト伸びないか?


サブチャン・ユーミン・バブルスがまとめてやって来たやって来た、これは2018年紅白歌合戦の再来か


サブチャンが出た サブチャンが出た サブチャンが出た


ユーミンも譲らない


タイニイもすごい足で突っ込んで来る!



おおっと! ここで大外からものすごい足で真っ黒になりながら突っ込んで来る一頭がいます


ホーリーだ! ホーリーだ! われらがホーリーナイトだ!


なんとホーリーナイト! いったんは馬群に沈みながら、再度外に持ち出して差し返してきたあああ



これはすごい足です! ホーリーナイト! 聖夜に大爆発だ!



ああああ、内からケンチンジル


内からケンチンジルです



ホーリーナイトも譲らない 譲らない 譲るわけにはいかない!


聖夜の栄冠は誰にも渡さない



しかし内からケンチンジル ケンチンジルだあああ



ケンチンジルです!



一着はケンチンジル


ホーリーナイトは2着、しかし敗れてなお強し!!


3着にはタイニイバブルスが入ったようです!



◇第70回 浦馬記念 結果確定◇


1着 ケンチンジル

2着 ホーリーナイト

3着 タイニイバブルス

4着 メジロユーミン

5着 サブチャンホワイト

6着 ホースヘッド

7着 ハンシャ

8着 イルミネーション



   ∮   ∮   ∮



神田天陽かんだてんようの手紙はまだ続く。


「自分はいつしか、森阿知もりあち教授に財産を乗っ取られ、ホーリーナイト号も奪われ、人格も支配され、教授の手先となって働く様になっていた。


そんな矢先、恐ろしい計画を知ることになった。


12月24日クリスマスの日、中山競馬場に現れるであろう法結探偵と、渡尊博士を殺害しようというのだ。


私の良心が目を覚ました。


恐らく自分は、森阿知もりあち教授にこのまま利用された挙句、用済みになったら消されてしまうかも知れない。


故郷の両親や、涼子、君にもその魔の手は及ぶかも知れない。


そこで、この依頼で法結氏と渡尊氏を東京から遠く離れさせ、合わせて君に今後の危険について知らせ、できれば法結氏と相談出来ると良いのでは無いかと考えた。


故郷を離れても、涼子の事を思わない日は無かった。


道を踏み外した自分をどうか許して欲しい。


法結さんに守ってもらって、身の安全を第一に考えて貰えたら幸いだ。


親愛なる涼子へ」



武涼子たけりょうこは大粒の涙を流しながら、神田天陽かんだてんようからの手紙を読み終えた。


「法結さん、天陽は、もしかすると、既に……」


「今すぐに警視庁の大岡警部に連絡をしていますが、何とも……」



武涼子たけりょうこはその場に泣き崩れた。



  ∮   ∮   ∮



森阿知もりあちとは、いずれ決着をつけねばなるまいな、渡尊君」


「ああ、ただ本庁の大岡警部と道警が上手く連携を取ってくれて、涼子さんも神田家のご両親も、保護下に置いてくれるようになったそうで、良かった」


神田天陽かんだてんようは残念ながら行方不明だ。何か今回はすっきりしない事件だな」


「全くだ、法結君」



法結は何か思うところがありそうな顔をして、



「なあ渡尊、競馬って、なんで一位とか二位とか三位とか、順位を付けなければならないのだろう?」


「ええ? だってそれが競馬だろう」


「馬も思い通りに気持ち良く走らせて、一位だろうがドンケツだろうが、みんな等しく褒め称えてあげられたらいいのにな」



ホーリーナイト号はその後は思うような成績は残せなかったものの、故郷の日高でその余生を穏やかに過ごした。



ホーリーナイト号が大往生した時


武涼子たけりょうこは、神田天陽かんだてんようからの手紙を墓前に供え


もう動かない馬の名に


アルファベット1つ加えて埋めてやった


(HOLY KNIGHT)


聖なる騎士を埋めてやった。



   〈 了 〉

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