③九人の芸能人
須戸財閥の令嬢、須戸麗花から依頼が入った。
須戸麗花の祖父、須戸立覇が亡くなって二年も経ってから、祖父の残したと思われる奇妙な書き置きが見つかったという。
もし遺書の様なものであれば解読して貰えないかというものだった。
法結と私は、須戸財閥の屋敷へ呼ばれて行った。
「ここが須戸財閥のお屋敷かね、案外と質素なものだね法結君」
「須戸財閥は、色々と裏の社会と繋がっているという噂もあるからな。あまり目立つ訳にはいかないのだろう、渡尊君」
須戸麗花の執事、フジオカと言う男に、応接間へ通された。
「こちらで、少々お待ちください」
応接間で待たされている間、法結が呟く。
「渡尊君、見たか? あのフジオカという男。手首から先を見れば大体全身の鍛え方が判る。
スーツで隠されてはいるが、相当なもんだな、戦車でも持ち上げられそうだ」
「戦車を? まさか……」
須戸麗花が華麗に現れた。
「やあやあ噂に聞く名探偵の法結さんと助手の渡尊さんだネッ! ひとつ宜しくお願い致しまーす」
なんだ、意外と軽いお嬢さんだな。
「あ、いや渡尊は助手というわけでは……」
「ま、いいよ法結、助手で結構ですから」
「それで、その遺書のような文書の件なんですが……」
「あ、そうそう。さすが名探偵話が早い。おい、フジオカ、持ってきて!」
透明なセラミックに入った自筆で書かれた書面が持ってこられた。
「これですが」
「うむっ……」
✕津川雅彦 古谷一行
中山美穂
黒木 瞳
坂上 忍
劇団ひとり
長澤まさみ
川島海荷
染谷将太
「なんですかなこれは? 芸能人?」
「何か……大河ドラマでも出来そうなメンバーですな」
法結はセラミックに入ったままのその書面を見て言った。
「この字は、須戸立覇氏の自署に間違いは無いんですね?」
「そうなんですよー、おじいちゃんの自署なんてそれだけで数億円の価値が出ちゃうんで、こうして厳重には保管してるんですが」
「ふむ、渡尊くん、君はどう思う?」
「うーん、やっぱりドラマの配役かなにかに見えるけど。最初の津川雅彦に❌印がついているのは、亡くなったので代役を古谷一行にしたのだろうか」
「ふむふむ」
「あとこれ上から読むとすれば、役者の並び方がちょっと不自然な感じはするね」
「うむ。渡尊君、今日はなかなか鋭いな」
「今日は、は余計だろ!」
「法結さんは、どう思うんですか?」
須戸麗花が興味深そうに聞いた。
「そうですね。まずドラマの俳優とすれば、劇団ひとりはともかく、坂上忍はおかしいでしょう、もう役者はほとんどやっていないでしょうから。
それから中山美穂と長澤まさみの共演というのは微妙ですし、長澤まさみがこの位置に書いてあるのがおかしい。
役者の名前で何かを現わしているのかも知れませんが、例えば頭文字をならべても『ツ(フ)ナクサゲナカソ』とあまり意味をなさないですね」
須戸麗華も私も、頷きながら、フン、フンと法結の解説に聞き入っていた。
「それで、何かわかりそうですか」
「こういう暗号には決まった解読法みたいなものが数種類あるので、それを試してみるのに少々お日にちをいただければと」
「アッ! やっぱり暗号だったんですネッ。面白そう~ ちょうどよかったです、実は何か解決の手助けになればと思って、来週の同じ曜日にこのメンバーをここに呼んで、ディナーパーティーを開こうかと思っていたんです」
さすがの法結も、そして私も耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待って下さい、このメンバーをですか?」
「ハイ、祖父の三回忌にもなるので、メンバーは盛大に、人数はこじんまりと開催しようかと思います。法結さんも渡尊さんも、当然来ていただけますよネッ!」
「はあ、いえあのそれはもちろん」
須戸麗花の勢いに押し切られる様な形で、一週間後のディナーパーティーへの参加を承諾させられてしまった。
私たちは執事のフジオカに見送られて、須戸家を後にした。
「しかし須戸財閥って言うのはバケモンだな、普通スケジュールとか合わせられんだろう」
「法結君、よかったのか? 我々の正体がばれるようなことに……」
「まあ夜だし大丈夫だろう、あのお嬢さんもそんなに悪い事は考えていないようだし」
「君は暗号の解読の目途がもうついているようだね」
「アア、やはり最初の行の『✖津川雅彦 古谷一行』がカギだな。もしヒントだとしたらヒントを出し過ぎだ。しかもこの✖印と『古谷一行』だけは他の部分と筆跡が少し違う様な気がする」
「何っ、では何者かが後から書き足したということか?」
「まあ来週のパーティーの日までには、すべてを明らかにできるだろう」
「期待してるぞ、法結君」
ξ ξ ξ
一週間後、須戸家にて、慎ましくも盛大なパーティーは取り行われた。
須戸家の地下は、巨大な要塞でもあるかの様にたくさんの部屋があり、東京ドームくらいの巨大なパーティー会場もあった。
謎解きは後にして、先ずはパーティーを楽しんで下さいと須戸麗花に言われたので、お言葉に甘える事にした。
古谷一行「やあ! あなたが有名な法結さんですか。私も昔、金田一耕助を演じてたんですよ!」
(いやよく知ってるし、有名だし)
中山美穂「法結さんの大活躍はいつも噂に聞いてますよ、これからも、WAKU WAKU させてよ~♪」
(懐メロの宣伝かっ)
黒木瞳「あ、わたし水谷豊さんと浅見光彦ミステリーシリーズで共演してました」
(は、何か関係ありますか?)
坂上忍「あーあなたが有名な法結さんですか。今度犯罪評論家として『バイキング』に是非出て下さいよ」
(出ねえよ! 昼間だし!)
劇団ひとり「な、なんだか居心地が悪いんで坂上さんとでも絡んでますー」
(あ、そう)
長澤まさみ「コンフィデンスマン、見てくださいね」
(見る、見る)
川島海荷「あの、『怪物くん』に出てませんでした?」
(ギクッ)
染谷将太「わしは母上の愛情を受けられなかったのじゃ、らむ~」
(完全に信長と花丸木入ってるな)
パーティーも終わり、また須戸麗花とフジオカ、法結と私で応接間で暗号の解読となる。
「それではこの暗号文書をもう一度よく見て見ましょう」
✕津川雅彦 古谷一行
中山美穂
黒木 瞳
坂上 忍
劇団ひとり
長澤まさみ
川島海荷
染谷将太
「この暗号を解くカギは、この最初の行、『✕津川雅彦 古谷一行』でした。渡尊わたそん君、この二人の共通点は何かな?」
「さあ、何だろう。大河ドラマで共演していたとか?」
「この二人はね、誕生日が1月2日なんだよ」
「なんだって!」
須戸麗花も思わず、大きく開けた口を両掌で隠した。
「誕生日がカギと分かれば、解読するのはそれほど難しくない。各々の有名人の誕生日を書いて行ってみよう。
1月2日 津川雅彦=古谷一行
3月1日 中山美穂
10月5日 黒木瞳
6月1日 坂上忍
2月2日 劇団ひとり
6月3日 長澤まさみ
3月3日 川島海荷
9月3日 染谷将太
「誕生日の日付けがみんな一桁だな、法結」
「そう、後はこの数字を何かに当てはめてみればいい。これは比較的簡単な五十音表だったな。例えばあ行1番目の2番目の文字は『い』というように」
「い」 1月2日 津川雅彦=古谷一行
「さ」 3月1日 中山美穂
「ん」 10月5日 黒木瞳
「は」 6月1日 坂上忍
「き」 2月2日 劇団ひとり
「ふ」 6月3日 長澤まさみ
「す」 3月3日 川島海荷
「る」 9月3日 染谷将太
「い・さ・ん・は・き・ふ・す・る 遺産は寄付する。どうでしょうか、こんなところで」
「素晴らしい! 素晴らしいですわ、法結さん!」
須戸麗花は感激の声を上げた。
「ところで、麗花お嬢様、少しお伺いしたいことが」
「あら、なんですの?」
フジオカが少し警戒の表情を浮かべた。
「麗花お嬢様は、もうとっくにこの暗号を解かれていたのではないですか?」
須戸麗花は少し照れたような、何とも言えない表情を浮かべた。
「アラ、どうしてですの?」
「この『✕津川雅彦 古谷一行』の件なんですけどね、もし須戸立覇お爺さまが書いたのだとしたら、何も津川雅彦に代役を立てる必要は無かったと思うんですね」
「はあ……」
「津川雅彦さんが亡くなられたのは2年前、まあ時期も微妙なんですが、この遺書を残したい、あるいはそこに好みの有名人を使ったとしても特に津川雅彦さんに代役の古谷一行さんを立てる必要はない、立てる必要があるのは……」
「……」
「そう、麗花お嬢様、あなたです」
「法結さん、変な言い掛かりは止めてください」
フジオカが間に割って入った。
「アア、いいんだよフジオカ。フフッ、さすが吸血鬼、すべてお見通しってわけね」
こんどは私が腰を抜かした。
「な、なぜそれを?」
「渡尊さん、残念ながら私たち裏の世界では有名ですよ、あなたたちが、どういう因果か19世紀後半に吸血鬼になってしまい現在の日本で生き残っている本物のシャーロック・ホームズとワトソン博士であることは」
「…… 知っていて、我々を呼び出したわけですね。我々を試したんですか?」
「いやあ、というかこのお爺ちゃんの遺書を見つけた時、三回忌の時にでも、是非このメンバーを集めたくてね。特にシャーロックホームズと金田一耕助のカップリングなんて、素敵じゃない」
「それで、亡くなってしまっている津川雅彦さんの代わりに、古谷一行さんをお嬢様が書き加えたと」
「そ、それは本当ですか、お嬢様!」
今度はフジオカが大きく動揺した。
「やっぱりバレバレだったね、一度本物のシャーロックホームズと謎解き対決をしてみたかったんだ」
「いやあ、お嬢様もそうとうな知能犯です」
須戸麗花はフジオカの方を向き直り。
「フジオカ、騙してて悪かったな。どうだ、お前も今度大河ドラマでも出てみるか?」
「お嬢様、ご冗談を。今日いらして頂いたお客様たちとは、役者が違います」
最後に須戸麗花はもう一度私たちに深々と頭を下げた。
「すいません、騙すようなことをして。名探偵の頭脳、たっぷりと堪能させていただきました。あなたたち二人の正体は誰にも知られないようにしておくから。今度なにか困ったことがあったら、相談にのるからネッ」
やはりこのお嬢様はただ者ではなかった。
〈 了 〉