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異装少女と終末セカイ紀行  作者: ひなとはな
贋作騎士
7/14

私は貴女の勇者になりたい



「第七皇子よ、白の魔王が生きているというのは本当なのですね?」


 玉座の間にてそう問いかけるのは、ディカテューア帝国の皇后、カイザーリン・ディカデューア。その妖艶な姿から悪女と名高いが、その実、子供想いの心優しき母である。


「は、母上。その、その通りでございます……。私は白の、魔王と対峙しました。心の底を見透かしているようなあの青い瞳が、今もまだ、私を追ってくるのです。あ、ああ、あああああッ!!やめろッ!!こっちを見るなッ!!!ひぃぃッ!!ころ、殺さないでくれぇ……」


 そして巨大な部屋の中央で蹲り、歯をガタガタ揺らしながら、恐怖に怯えているのが、クナップ・ディカデューア。ユキとアーサーの戦いを目の当たりにし、魔王という存在の本当の恐ろしさを知った聡き皇子。正しく恐怖し、栄誉の為に無謀な突貫を行おう、などと考えていない辺り、臆病であることは、時に身を守るという事がよく分かる。


「ご安心なさい。ここには貴方に危害を加えるモノは何もありません。さぁ、愛しき我が子よ。その可愛い顔を母に見せて下さいな」


 皇后はそうして我が子の元へと降りて行き、優しく包み込む。


「それから、黒きアーサー、アナタもよく我が子を守り抜いてくれました。褒美を授けましょう」


 第七皇子を抱きしめる皇后は目線を部屋の隅へと向け、壁に凭れ掛かっている、真っ黒な鎧を身に纏ったアーサーに声を掛ける。




 尚、アーサーと言うのは聖剣に選ばれた者のことを指し、精霊の力を借り受けている為、、補助魔法が熟達している。何故名前で呼ばないのかと言うと、聖剣との契約、即ち精霊との契約の際、真名を精霊に取られるからである。その為、いつからか精霊と契約し、聖剣に選ばれた者のことを「聖剣の使い手(アーサー)」と呼ぶようになった。

――閑話休題――


「褒美、か。ならばもう一度私をあの島に連れて行け。それから神殿に贄を運べ」


 その言葉を聞き、部屋の中には戦慄が走った。兵たちは顔を青くし、体からは冷や汗が絶え間なく溢れ出てくる。一体何に怯えているのか。


そう、それは――





「――それはあのアーサーが言った贄って言葉にだね!」


 時を同じくして石造りの巨城の食堂。食事を終え、余りを片付け、と言う名のユキの亜空間に放り込む作業を終えたユキと私は、堂々とディカテューア帝国を盗み見ていた。因みにどういった原理で盗撮しているのかと言うと……


「鏡面世界を覗き見ているだけさ♪」


 だそうです。


 いったいどんな原理なのか、それを知る上でまず「鏡面世界」の意味を知ってもらいたい。鏡面世界とは、ユキの固有魔法の1つ、空間魔法を拡張した新たな魔法、鏡界魔法を使った諜報技術のこと。鏡界魔法とは、亜空間や、影世界とは似て非なる異質な世界、鏡面世界を司る魔法のこと、ってユキは言ってた!




 ところでー、鏡の中に映る自分と、鏡の前に立つ自分。どちらが本物の自分なのか?という質問をされたとしよう。その時なんて答える?と言ってもまぁ、勿論、誰しも迷うことなく鏡の前に立つ自分こそが本物だというだろう。


――ねぇ、君を映す鏡の中身も同じことを口にしていないかい?


 鏡には昔から悪魔が住み着いていると言われている。合わせ鏡の何番目を見てはいけない――などと言う話を聞いたことがあるのではないだろうか。


 自分と同じようであり、自分とは別物の「何か」を映し出す鏡。そこの主従関係は非常に曖昧。鏡の前の私が主人公なのか、鏡の中の私が主人公なのか、そこに明確な線引きは無い。いや、線引きをすることが出来ないのだ。なので、「行けたら行くね」のように、時と場合によって自分都合に解釈できる。だから主従関係を反転させることは、鏡に映っている限り可能であるということ。寧ろ、明確な線引きをすることで、実像と鏡像の関係に輪郭を与えるため、影響力は増すだろう。例えば、鏡像を主人公に設定し、その鏡像を刺殺したとすれば、完全な影と化した実像は致命傷を避けられない。


 今回なら、本来映像しか見ることが出来ないが、鏡に映る反転した世界を主とユキが設定したことで今見ている鏡の中の世界で話が進んでいることになる。だから、私たちは「音声」という情報も得ることが出来る。なのでこの場合、覗き見には盗聴も含まれているというわけで。兎にも角にも、鏡のある場所には目も、耳もあるので、壁や障子のように厄介な事、此の上ないのだ。


「ふむふむ、贄とはまた物騒な言葉だね」


 そんな背景を知ってか知らずか、私はユキに一抹の恐怖を覚えた。


「そーねー、じっさい物騒なことに変わりわないもの!そしてあのアーサー、便宜上、「黒鎧こくがい」とでも呼ぼうかな?はφであることが今ここに確定したね」


「今ここで?」


「そ、今ここで。黒鎧が言ってたでしょ?贄を神殿に運べって。自分への褒美にだよ?つまりここで言ってる贄は黒鎧自身の為の捧げ物ってこと。そんなことをするのは神か、神の玩具かのどっちかって訳」


「つまり、黒鎧は最高神によって何かしらの欲望を肥大化させられたってこと?」


「多分ね。しかもあの兵士たちの青ざめ具合と、黒鎧と対峙した時の雰囲気からして、おそらく嗜虐的な行動によって欲望を満たしてると思う」


 ユキが黒鎧の欲望の正体を考えていると、私はあっ!と、閃いた拍子に声を出してしまう。


「ほワッ!!ど、どしたの?」


 突然の音に驚くユキ。驚かせてしまい申し訳なく、手を合わせる。


「ごめんごめん!いや、ちょっと思い付いたことがあってさ」


「思い付いたこと?」


「うん。例えば魔法を使うとき、攻撃魔法ならアリストテレスの四元素、補助魔法だと書経の五行説みたいにね、私の元居た世界でも知られている知識があってさ。なんとなく今回もその知識が使えるんじゃないかなーと思って考えていたのですよ」


 ユキは私の説明に耳を傾け「ふむふむ、確かにセカイ共通の知識があってもおかしくないね。寧ろ、そういった働きかけがされている?まーなんにせよ、出典や、発見の経緯、目的が違っていたとしても共通項はありそう!……ところで、ありすとてれすとは本の名前か?」と呟いている。残念。アリストテレスは人の名前である。


「それでね、一つ思い出したの!欲望って言うなれば欲求のことでしょ?そこでさ、マレーって人が考えた39の欲求の中に当てはまるものがあるんじゃないかって。ならどんな欲求か……。嗜虐的な行動ならー、優越欲求、支配欲求、攻撃欲求のどれかじゃない?!という事を思いついて、あっ!っと声を出しました」


「優越欲求、支配欲求、攻撃欲求……。うん、確かに当てはまりそう!流石シグレ!シグレのおかげで対策が立てられそうだよ!」


「……ッさいですかー」


 なんかこんな風に素直に喜ばれると、気恥ずかしい。照れる。慣れてないからねぇ。あぁッ!顔が熱い……






「それで、どうするの?」


 やっとのことで顔の熱が引いた私は、鏡の中をジッと眺めているユキに話しかける。


「ん?どうするって?」


 ユキは鏡からは目を離さずに、反応する。


「あぁ、ごめん。言葉足らずだった。また黒鎧はここに来るんでしょ?ならそれまで黒鎧が来るまで待つか、それとも私たちから攻め込むか」


「――ッ?!」


 今度は鏡から目を離した。こちらを見つめる目は何か信じられないものを見るような目をしてるし……。何か変なこと言ったかな?


「シグレ、今『私たちから攻め込む』って……」


「ん、んふふっ!さすがに気付くかぁ~。ふふっ♪うん、私はユキに付いていくよ」


「ほ、ホント?ホントにいいの?」


「勿論!むしろ今ここで嘘を吐く理由がないでしょ?」


「シグレ……!」




 私は一息ついて、話始める。


「ご飯食べ終わってさ、今日一日を振り返ったの」


「……」


 ユキは静かに耳を傾ける。


「初めはワケが分からなかった。ビルから飛び降りて死んだと思ったら見たことない場所で。身体は痛いし、死んでない事にガッカリしたし、逃げることも許されないのかと思って気が触れそうだった。そしたら目の前には見たことない美少女がいるじゃん。これでも私『自分可愛い』って自負できるくらいには可愛いと思ってたのにさ、自信無くすよねー。もう一周回ってテンション上がったよ」


「///」


 少し頬を赤らめるユキ。


「しかも魔法なんてものがある世界?私の居た世界では異世界転生とかっていうんだけどさ。こーいうのはもっとキラキラした人とか、根っからの善人とか偽善者自称できる人たちがやればいいのに……。それこそチート能力で異世界無双ヒャッハーみたいな」


「……」


「――私は、私はね?ヒトの為に何かをできる気がしない」


「……」


「自分都合で生きてるヒトを五萬と見た。個性を認められず、他人を蹴落とすことでしか自分を守ることが出来ないヒトを見た。そして――」


「……」




「――そして蹴落とされるヒトを見た」


「うん」


「それでも私は平気だった。平気な振りをした」


「うん」


「自分に嘘を吐いて。なんてことないと言い聞かせて。私は、あいつ等が憎かった。憎くて、憎くて、憎くて……。それでも私は嘘を吐いた」




「――こんな()()は大っ嫌いだって」




「今思えば私はただひたすらに憶病だったんだ。人を憎むのが怖かった。誰かを嫌うのが怖かった。社会からはみ出し者の烙印を押された私が、一度人を憎んだら、嫌ったら、この内に秘めた憎悪の感情を誰かに向けたら。きっと私は際限なくヒトを傷つける。私の大切なヒトを傷つける。そんな気がした」


「……」


「だから私はまるで開き直ったかのような嘘を着込んだ。スカートを履いて、リボンを付けて、左ボタンのシャツを着て。髪を伸ばして後ろで結って。明るく気丈に振舞う私は誰よりも理想の私だった」


「……?」


「なんでそんな恰好をするのか?――だってこれが一番私を可愛く見せる方法だから」


「……??」


「なんで世間は好奇の目を向けるのか?――それは世界が悪いから」


「……」


「そうやって嘘ばっか吐いてた私は、到頭大事な人たちにまで嘘を吐いて。演技だったハズなのに、道化の振りだったハズなのに、嘘偽りだってことを忘れて勝手に追い詰められて、勝手に死んで。すっごい滑稽でしょ?」


 ここまで喋って私は自分を嘲る様に笑う。乾いた笑いしか出てこないが、その実、心の中身はスッキリしていた。これは愚かな道化師のお話だから。今こうして思い返して、そして、同じ轍を踏まないようにするために。これは私の決意でもあり、戒めでもある。




「だからもう私は嘘を吐かない!あ、いや、嘘も方便っていうか、吐くべき嘘は吐くけれども……ってそうじゃなくて!私はもう何の柵もない、葵時雨として生きようって決めたの」


 私は両の腕を目一杯に広げる。そして声高らかに問いかける。


「ならばあおいしぐれは何を望むかッ!」


 そしてユキに手を差し出す。ユキは戸惑い気味に私の手をゆっくりと握る。だから私はぎゅっと強くその手を握り返す。握り返したその手は想像の何倍も小さくて。この小さな手で、一体どれだけの想いを拾おうとしていたのか。


「――私は貴女の勇者になりたい」


「……ッ!!」


 途端にユキの顔が強張る。その顔からは初めて不安の色が伺える。


「どう、して?なんで、突然勇者、だなんて……」


「確かにユキは魔法の王だから魔王なのかもしれない。だからと言って、それだけが魔王の定義とは限らない」




 私には一つ引っ掛かっていたことがある。それはクナップさんに向かってユキが零した『ワタシを倒せるくらいの力があればワタシの力無しで戦争なんか勝てるだろうに』という一言。その言葉にクナップさんは顔を真っ赤にして憤慨していたように見えたが、果たしてあの怒りはどの発言に対する怒りなのだろうか?


 今思い返せばあの時、クナップさんはその前の言葉を聞いて怒りを露わにしていた、ような気がする。あの怒りは自分の父親である皇帝のことをユキが嘲笑したからなのではないだろうか。であるならば、あの至極まっとうなユキのツッコミにはなぜ反応しなかったのか。あの一連のやり取りに私は一分の違和感を覚えた。


 そして一つ、仮説を立てた。


 ……もしかして聞こえていないのでは?という仮説を。


 その原因はただ一つ。世界の干渉。


 どうやらこの世界は私の居た世界よりも「定義」というものを重視しているらしい。


『――世界は定義で溢れている。世界は定義の上で成り立っている。定義とは其即ち其の物を規定する全であり皆。森羅万象有形無形の是非を問わず』


 ユキの詠唱にもこんな一文があったくらいだし。であるならば、魔王の定義とは何か。ユキが言う魔王は魔法の王のことの様だが、魔法の王を殺す意義って何だろうか?魔王を殺すことを当たり前の様に思うのは何故だろうか?態々、命を賭してまで殺すほどのものなのかな?超ハイリスク、ノーリターンの仕事なんて誰だってやりたくないのは自明の理だろう。ますます謎は深まるが……その超ハイリスクに見合うような超々ハイリターンがあるのなら?


あの手の権力者が求める報酬。土地や力、そう言ったものだろう。もしかしたら名誉かもしれないが……。ユキの発言から察するに強大な力とかが妥当な線じゃないかと。


 とここまで話してきたが、これらは前提。的外れなことを言ってたら、ここからの仮説もテンで別の方向を向いてしまうのだけれどもね。




「私は魔王って言う存在に対してこんな定義もあるんじゃないかと思うの」


「……」


「――必要悪と絶対悪」


 ユキはだんまりだ。私が握るユキの手は酷く湿っていて、その顔はさっき以上に強張っている。


「だってそうじゃなきゃ可笑しいもん」


「おかしい?」


「うん、ユキはこのお城から滅多に出ることは無いんでしょ?今日みたいに来客が無い限り。つまりユキが自分から宣戦布告することは無いワケだ。だって言うのに、なんでユキはそんなにその命を狙われてるの?」


 私は少しずつ話の核心に触れていく。


「偶然じゃないんでしょ、魔王ユキ。これは必然。そりゃそうだよねー、世界がそう仕向けてるのだから」


「――ッ!!」


「より厳密にはこの世界の最高神なる存在が、ユキを、魔王を殺すように神託でも下したんじゃない?じゃなきゃ辻褄が合わない。ユキを殺して得られる報酬は一体どこの誰が払うのか。ユキの財産、ユキの土地、確かに貴重かもしれないけれど、どうにもこうにもそんなものを欲しがっているようには見えないんだよなぁ。そう、彼らは力が欲しいんでしょ?戦争に勝てる力が。で、そんな目に見えないもの報酬にして支払えるのも、そもそも神託なんかを下せるのも、神様だけでしょ。んでもって、私を助けたのはこの世界とは別の世界から来たことが分かったから。この世界の住民じゃないならきっと神託の影響を受けてないだろう、安全だろうからって助けてくれたんだよね?ついでに私を使って別の世界に行けたら儲けもん♪みたいな。いざとなったら私を殺してどーにかこーにかする予定だったんじゃない?でも残念!今の私は例えユキのお願いでも死んでください、分かりました、とはいかないからね~。一矢報いるくらいはするだろうな~……」


「……」


「――なーんて冗談冗談!いや、確かに殺されたくはないけど。うーん、そんなにコワい顔をしないでよ!どうせ動転してるユキを殺そうったって私にはそんなこと出来ないんだから。少しでも魔力に変化があれば私は氷漬けでしょ?」


「……じゃあ、なんでこんな話をしたのさ」


 ユキの顔は今日一番に陰りを帯びている。俯き垂れる前髪の隙間から覗く碧眼は光なく、目付きだけでヒトを殺しそうだ。


 ま、今ここは私の世界。私の物語の中だからね!その程度じゃー止まらんなぁ。


「それはね、魔王に相対する勇者ってのが何なのかを今一度確認しておきたくて!」


「勇者について?勇者は魔王を殺す存在。キミの言う通り魔王は必要悪で、絶対悪。ワタシはそこにいるだけで罪なんだよ。分かった?だからキミが勇者を名乗るというのなら、今この瞬間からキミはワタシの……」


「敵じゃないよ」


「――ッ!!いや、だからッ!!」


「敵じゃない。だってそれは勇者の定義とは異なるもの」




「…………は?」


 ありゃりゃ?そんなに驚くかな?開いた口が塞がらないとはまた違う、何を言ってるんだ此奴は、みたいな顔だね。ちょっと凹むかも。


「勇者がさ、魔王を殺すための存在だったら、黒鎧は勇者なの?」


「それはそうで――」


「はーい、ちがいまーす。あれは勇者じゃないでーす。あれは唯のアーサーでーす。聖剣に選ばれただけのヒト」


 ユキの回答に被せて答える。


「ならば勇者とは何かッ!そう!勇者とは、人々の希望を一身に受け、人々を導く者のこと、これ以外に答えは無いでしょ?」


 そう、黒鎧は勇者ではない。もしあの黒鎧が勇者ならば、ユキは黒鎧のことを「勇者だ」と認識する筈、認識しなければいけないのだ。それがこの世界におけるルールなのだから。でもあの黒鎧は勇者じゃない。では何が勇者なのか。


 答えはさっきの鏡の中、ディカデューア帝国の玉座の間に飾られていた一枚の絵だ。あの絵には黄金色に輝く剣を掲げる女性とこんな一文が記されていた。


『夜闇を晴らすが勇者に非ず。夜闇を照らす極星となれ』


 夜を朝に変えるのが勇者の仕事じゃない。夜を夜のまま、夜に怯える人々を温かな光で照らし、朝を迎えるまで輝き続ける者のことを勇者と言う。あ、因みにこれはユキが読んでくれたもので、私には異世界言語は読めませんでした!


 ほら、ね?だから黒鎧は勇者じゃない。人々を恐怖させるのは勇者とは言わない。それにー、勇者が「勇気ある者」を意味するなら、必ずしも敵に立ち向かう事だけが勇気ある行動だとは私は思わない。勿論、十二分に凄いことではあるのだが、背中に沢山の命を抱えながら、命を守る盾となり、人々の希望の光で、たとえ瀕死の重傷でも、笑顔で「大丈夫!!」と言えるような、勇気と狂気の持ち主だって、勇者だと私は思う。




「じゃあ……シグレは?」


 どうやらユキにも私の言葉の意味が伝わったみたい。わなわなと肩が震え出した。それでも未だに警戒心を解かないのはきっと何千年の記憶喪失の末、刷り込まれたこの世界の住民に対する不信感故のモノだろう。


 ユキのことを騙し討ちしようとした輩が居ないワケがない。だから私は全てを知ったうえで、明かした上でユキにこの言葉を伝えたいんだ。


「ね、ユキ。私は貴女にこの言葉が届くまで何度でも言うよ」


「うぅ……っ!!くぅっ…!!」


「――私は貴女の勇者になりたい」


「しぐっ、しぐれぇっ」


「私は誰かの希望になんかなりたくない。私はユキだけの希望になりたい。ユキの隣で支えたい。ユキはここ数千年と独りぼっちだった。記憶もなくて、でも自分一人じゃ何も出来ないもどかしさがあって、一度だけ強硬手段をとったみたいだけど……。ここに来る人はみーんな敵。自分の命を狙う敵ばっか」


 ユキの嗚咽は止まらない。今まで何も感じないように我慢し続けて、限界なんて当の昔に越えた悲しみが溢れ出す。


「辛かったね。苦しかったね。寂しかったね。よく、頑張ったね」


 私はユキをギュッと抱きしめ、背中を擦る。


「私はユキの勇者。魔王ユキの勇者、葵時雨だ。……さぁ世界ッ!!これで分かったろ?私はユキの味方。アンタらに止められる筋合いはもう無いッ!!だからさっさとこの鎖を外してくれませんかねぇ!!」


 天井に向かって声を上げると、ユキは驚いたような顔をする。そして私の体の周りを光る鈍色の鎖が囲うように現れ、パリンッと音を立てて割れる。


「ユキ、ちょっと手を貸して?」


「ん?」


 私はユキの手を握り、そして、黒鎧から分離させたユキの魔力を流し込む。


「こ、これって……!!」


「うん、ユキの魔力。黒鎧から私が分離した奴なんだけどさ、どうしてもユキに渡せなくて。そしたらこの鎖が邪魔してることに気付きーの、この鎖からどこぞの神様と同じ、私の嫌いな匂いがしーので、あぁ、これきっとこの世界の神様が妨害してるんだってことに気付いたワケ」


「だからシグレは、勇者とか、魔王とか、信託の話を思いついたってこと?」


「そだね」


 なんだかユキが呆れたような表情でこちらを見る。あれ、もう泣かなくていいの?


「ってそうだ!この鎖を壊したからきっと私も神様的に粛清対象なんだけど!!どうしよっ?!さっきから同居人は全く音沙汰ないし!!ちょ、ユキは少し離れててね。こんなんで貴重な戦力を削ぐわけにはいかない……」




「ふふっ、そんな心配いらないわ♪」


「へ?」


 何か今やけに妖艶な声が聞こえなかった?ってかユキ少し身長伸びた?


「勇者……勇者かぁ。ふふ、シグレ、ありがとう。ユキの、ユキだけの勇者さん♪」


 そう言うとユキはバッと走り出し……私に飛びついた。そしてなんか詠唱を始めたし!!




『裁定の時は来た!汝の罪の名を示せ!!』


『――オイラの罪は『強欲』ッ!』


『おいで、マモン!!宝物庫を開く。七番の鍵を!!』




 そう言うとユキの手にはアンティークな形の鍵が握られており、その握る部分には瑠璃色でⅦと記されており、細かな装飾がとても美しい。そしてその鍵が淡く光ったかと思えば、次の瞬間ユキの手に握られていたのは煌々と光を放つ緋色の剣。


『煌めけッ!此処に示すは我らの想いッ!!気高き焔の魂の輝きを見よッ!!!我が意を示せ!!モミジの聖剣・ッ!!』



 ユキは高らかに剣を掲げる。掲げられた剣からは炎が渦巻き、その炎は私たちを包み込む。なんと驚くことに、この炎、全然熱くない!私が驚き過ぎて固まっていると、炎の壁が蜘蛛の子を散らすように消える。そしてその壁の向こうに現れたのは、どこまでも広がるほのおの荒野。空を覆うは土埃。地面から噴き出る火柱。生命を感じない無機質な世界のようにも見えるが、違う。この世界を構成するのは「想い」だ。とても強い、熱意。まるで熱意をそのまま熱量に換えたような、そんなエネルギーで満ち満ちている。




『論理術式展開――CD番号No.24。……標的設定、マーカー準備!ユキたちを害するもの総て標識せよ!殲滅せよ!属性はほむら。多元術式構成終了』




 ユキが何かを唱える。さっきから周りで魔法陣が浮かんでは消えてを繰り返している。すると突如として空に無数の光矢こうしが現れる。そのすべての狙いがこちらに定められている。――おぉ、これは何という絶望なのだろうか。空の彼方まで埋め尽くす光矢。どこにも逃げ場はない。その全てから神さまの残り香がする。


「ユキ、やっぱこれは厳しいんじゃない?ちょっと数が多すぎるというか……きっとこれ、私たちが死ぬまで続くよ。まだユキだけなら逃げれるでしょ?私も拙い魔法で頑張るからさ……」


「んもー、ちょっとはユキのことを信じてよ!!仲間、なんでしょ?!それに少しは魔王らしいところを見せたいし。この『戻ってきた力』も試してみたいし!」


「え、戻ってきたって……」


「ふふーん!よーく見といてネ♪これが魔王。絶対的な悪の力。万人の希望を打ち破り、そして絶望を与える力!!」


 光矢がキラッと輝いたかと思った次の瞬間、全ての光矢がこちらに向かって飛来する。何万という光の点が次第に大きく、輝きを増して迫ってくる。その恐怖たるや今すぐにでも目を閉じてしまいたいが……。私は目を開き、ユキを信じて立つ。


――あ、もうダメかも……




「ね、ほら、大丈夫でしょ?」


 ユキの背後で、私の背後で、私たちの頭上で体の芯から震えるような衝撃と、耳を塞いでも耳の奥を揺らしてくる地鳴りのような低音と暴力的な爆発音。大地は揺れ、土埃は舞上がり、雲は散った。しかし、私の瞳が写したは絶望のような光矢ではなく、先ほどの魔法陣から飛び出る丹色の光線。その一本一本が自由自在に空を駆け光矢を貫く。


 しかし、相手も諦めない。それもそうだろう。今が一番弱い時なのだから。今仕留めなければ後々の面倒ごとが一つ増えることになる。光矢と光線の衝突による爆発が起きた端から、淡い光が集まり、そして再び光の矢となり降り注ぐ。永遠にも感じられる伸びた時間の衝撃の中で、終わりは唐突に訪れる。


 パタリと光矢の出現が止んだのだ。


 そしてユキは土埃の晴れた空を見上げポツリと溢す。




「もう、ユキは一人じゃない。ひとりぼっちじゃない。隣に誰かがいるのってこんなにも温かいんだね」


「そうだね。とても、とても温かいよ」




「――ねぇ、シグレ?もう一度言ってくれないかしら?」


「ん、お姫様が求めるのであれば、何度でも。ユキ、貴女が魔王なら。勇者が誰かの希望なら。私は魔王ユキ勇者(希望)になりたい」


 ふわりと私はユキに飛びつかれた。うん……やっぱり身長変わってる!!あれ、身長って朝と夜で変わるものだっけ?成長期?んなバカなッ!!


「ユキはねー!」


「ん?」


「シグレのことだーいすきっ!!」


「……ほへ?」


「あはははははっははっ!!ふふふっ!あははっ!」


 そう言ってユキはスキップしながら「さっきの余りのデザートたーべよっ♪」って厨房の方に行ってしまった。


「あれ、いつの間にか食堂に戻ってるし……。ていうかユキさん?!出会って一日しかたってないヒトに告白は流石にまずいと思うんだけどッ?!」


 なんて言う私の叫びは誰の耳にも届かずに消えていった……



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