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異装少女と終末セカイ紀行  作者: ひなとはな
不変魔王
5/14

異世界クッキング



 「……は?」


 私は今唖然としている。


 その元凶はこれ。目の前のこいつだ。


 ――ピチピチッ!!


 まな板の上で飛び跳ね、海水を飛ばしてくるこの魚……魚?!いやー、やっぱ何回見ても私にはこれが魚だとは思えないし、あれが野菜だとも思えない。異世界怖いわぁ……。これ、どうやって調理すればいいんだよぉ。てか食べたくないよぉ……。


 ――話は数刻前に遡る






 私とユキは見事、黒鎧さん含むクナップさん御一行にお帰り頂くことに成功。それから私が寝ていた部屋を通り過ぎ、キッチンに到着。


「じゃじゃーん!ここが我が家のキッチンです!どうよ!!」


「おおー!!凄い!!お店の厨房みたい!!」


 このお城のキッチンは流石の一言。非常に広い。てか広すぎる!!私の部屋何個分だろ?5個くらい入るんじゃないかな?


「昔はね、このキッチンがずーっと賑わってた時代もあったんだよ?沢山の笑い声が聞こえて、誰かが歌って、誰かが踊って。時には喧嘩もしてたけど、ユキはそれを見てるのが好きだったなぁ。……もう、みんないないけどね」


「ユキ……」


 そう話すユキは、目を細め、懐かしむような、大切なものを胸に抱きしめるような。そんな慈愛に満ちた表情で、ついつい見惚れてしまう。寧ろ、心奪われたかも。


「ってごめんごめん!!なんか湿っぽい話をしちゃったね。いやー、シグレが昔の知り合いにそっくりだからさ、ついつい、ね?」


「ううん、もっと沢山、いろんなことを話して欲しいな」


 私はもっとユキの話を聞きたい。この世界にはまだまだ面白いことが溢れていることを私は今日、知ったから。




――少し昔話をしようかな。







 昔から私は頭が良いという自覚はあった。物覚えが良いだけじゃなく、理屈や理論の理解が早かったり、脳内シミュレーションが完璧にできたり。小学生ながら海外の論文をインターネットで調べて読み漁ったこともある。論文だけじゃない。小説も、映画も、なんなら童話なんかも読み漁った。初めて読むそこには未だ知らない世界が広がっていたから。




 ――ある時、ふと後ろを振り返ってみれば、読み倒された世界が五萬と転がっていたよ。


 読む前はキラキラと光っていた世界が、光も、色も失って、それこそゴミの様に転がっていた。どうしてゴミの様に転がってたのかって?それは私も知りたいところなんだけど……。詳しいことはわかんない!


 それでも、私の個人的な感想を言うのなら、本も、論文も、映画も、どれもこれも死んじゃうんだよね。そこに私の見たいものはなかった。


 その事に気付いてから、私は新たな発見を求めることは無くなった。だって、私がその世界を殺してるってことでしょ?


 だから私は普通の生活を送る傍ら、世界的な発見をこの頭でしてみよう!!って考えた。私が私の知らない世界を、私自身に見せつければ良いんだってね。私は嘗てないほど頭を使った。ホントにもう、運動もしてないのに、体重がどんどん減ってったからね!ダイエットには良かったよ。身体にはどちゃくそに悪かったけどね。


 でもね、私の研究は必ず邪魔される。新しい理論を発見しても、新しい公式を導き出しても、何かしらの形で世界が干渉してきた。そのあたりからかな?だんだんとこんな世界なくなればいいとか思い始めたのは。だって私の楽しみがもうないんだもーんって思いながら。


 今思えば酷く自分勝手な話だよねー。何も楽しみをそこから見出さないといけない訳でもなし。私には右手の指の数もいないけど、指を折れるだけ友達はいたんだから。あの頃の私はどうにもこうにも承認欲求がすごかったらしい。こんな私を見て欲しいって心の底から思ってた。世界中の皆に認められたいと本気で思ってた。


 でも、今はもっと面白いことが身の回りに転がっていることを気付いたから。だから、さ……!




「私はもっといろんなことを聞きたいし、話したい!知識が欲しいんじゃない。新しい考え方に触れたいの!」


 「所詮考え方も知識だ」とか思い込んでいた私がこんな事言うなんて、昔の私には想像できないだろうなぁ。


「シグレ……」


 なんかユキがすごいキラキラした目でこっちを見てくる。うっ、私にはその純真な眼差しはきつい!!


「うんっ!うんっ!!いっぱい話す!!よーし!そうなったらユキもご飯を作らないとね!!隣の食堂の机が一杯になるまで作ろっ!今日はご馳走だー!!」


「おぉー!!!!」


 ユキと一緒に声を上げて、両手も上げる。こういうノリも悪くないね。


「それじゃあシグレはどんな料理から作る?」


「うーんそうだなぁ。魚料理とかどう?って、あ……魚あんまり食べない?」


 そういえば今いるこの場所がどんな場所なのか知らない。海が近ければ魚があるかもしれないけど……。内陸の方だとそもそも入手が難しいのでは?


「おさかな……。うーん、多分あった気がする!ちょっと待ってね!」


 そう言ってユキが虚空に手を伸ばした、かと思ったらユキの手が消えた?!


「ちょちょっ!!ユキの手が!!」


 ユキの手が突然見えなくなった!!消えた!!手首から先だけすっぱりと無くなってる!でも不思議な事に断面が見える訳ではない……。何というか白い靄がかかってる。


「んー?あ、これ?これはね、ユキの固有魔法の属性の方。時空間魔法の活用例その1!亜空間収納!」


「時空間魔法に亜空間収納……。いやー、時間と空間の概念ってことは分かるんだけどさ、その実態をイマイチ理解しきれていないんだよね。時空間魔法って何ぞや?」


「そーねー。簡単に言うなら実数と虚数の関係?」


「実数と虚数?」


 実数と言えば有理数、無理数の総称。普段触れる数は殆どが実数。逆に虚数ってのは実数じゃない数。代表的なのが、二乗して―1になる「i」とかかな。


「そそ!今ユキ達が居る世界を実数世界とすると、今ユキが魔法で繋げた空間、異空間とか亜空間とか言われるこっちが虚数世界!シグレは無境界仮説って知ってる?」


 突然振られた突飛な話題。若干頭が置いてけぼりにされかけたけど……。無問題、知識ならある。


「無境界仮説。宇宙の状態を表す波動関数について、その境界条件自体が存在しないことが宇宙の始まりに必要であるとする仮説。宇宙の誕生に、虚時間って言う時間の前後、過去も未来も無い虚数の時間軸を導入したのが特徴的、だったかな?」


 まあ、要するに宇宙の誕生は神秘だよねっ!ってこと。……流石にそれは違うか?時間や距離って言った限界や制限、そう言ったものを考えない。無境界仮説は、ビックバンを波の方程式で解く時に、特異点になると解けないことから、時空の果ては特異点ではなく、滑らかな時空でなければならないとするって言う仮説。


「そ!いやー流石シグレ!知識量はユキより多いんじゃない?ってそんな話じゃなくて!」


 一人で脱線しといて、一人で突っ込んでるよ、この子……かわよ!


「ユキはね、その仮説を拡張させて、今ユキ達が居る世界、空間、時間とは別の、ユキにしか開けれないもう一つの世界を創ったの。それがこの虚数世界!」


 そう言ってユキは私に虚数空間なるものを見せてくれる。その中身は、おおー!ひろー、い?あれ、何も、無くて、何も、見えなくて?あれ、これワタシナニヲミテル……?


……もわーん もわーん もわーん……






「――……ッ!!!」


 ハッと私は顔を逸らし、虚数空間から視線を逸らす。なにこれ?!視界不良なんですけどッ!!チッ、焦点が定まらない!!うっ、視界が歪んで、気持ち悪い……。さらに色彩が全て飛んでるっていうね。モノクロの世界、距離感掴めないってッ!!!


 


 ――っふぅー。よし、まずは落ち着こう。ふぅっと身体の中の空気を吐き出す。そしたら体が空気を欲しがるから、それに従って自然に息を吸う。背筋は伸ばして肺に沢山酸素が入るようにするのがポイント。二、三回繰り返せば……ほらこのとーり、息が整ってきた。視界も良好!


 そうして顔を上げてみれば、そこにはニヤニヤと、悪戯が成功した子供の様な無邪気な笑顔を浮かべるユキが。あ、これ絶対こうなるの知っててやったな?


「ふふ!シグレ、だいじょーぶ?虚無を見るなんて普通出来ないからね!貴重な経験だったでしょ!ま、そもそも虚無は見れないから虚無であって……。正確には、虚無を覗き込んだから、逆に虚無のほうからシグレに干渉して、ゆがんだ認知をさせて。普通ならその時点でメンタルブレイク!な、はずなんだけど。シグレは何とか処理しきったみたいね!」


 虚無、ですか。


 ふむふむ、成程。話でしか聞いたことが無かったけど、何もない事が分かるっていうのがこういうことなのね。何というか、例えるなら、瞼の裏をずっと見てる感じだった。真っ暗ではあるが、黒色ではない。光があるようでない。勿論白でもない。色彩は感じられないが、明暗は微かに感じられるとき、ヒトはこれを何色って言うんだろうね?


「それにしても、シグレが後数秒、目を離すのが遅かったら失明してたかもね~。いやー、危ない危ない……」


「ちょっと待って、それは聞き捨てならないんだけど?!失明って。そんなリスクを背負ってたの?!」


 それは話が違う気がするのだが??


「……どりゃー!!そんなことより今材料取り出したから早く料理しよ!!ユキもうお腹ペコペコ!!」


「そんなこと?!私の目の存亡は「そんなこと」で済まされちゃうの?!てか、あからさまに話逸らさないでよー!!」


 そんな私の叫びを、どこ吹く風で口笛吹かして、次から次へと見たことない食べ物を大きな大きな、私がよゆーで眠れそうな調理台の上に乗せていく。


「お!あったよ!獲れたて新鮮なおさかなさん!」


「……は?」


 そして話は冒頭に戻る――






さっきまでの失明の流れとかはまあ、ぎりっぎりスルー出来ないこともないけど……。流石にこれはスルー出来んわ。


「何この色。この形」


 目の前の魚は色味が可笑しい。蛍光ピンクと蛍光グリーンの魚とか!!しかも見た目も私の知ってる魚じゃないし!!意味の分からないところに眼が付いてたり、口が二つとかって魚もいるし。一見カツオに見えるこいつなんて、一番気味が悪い。口の中身見てみ?




……ヒトの歯並びしてるんよ。


「おかしいでしょっ?!どんな進化の過程でそんな気味の悪い口を手に入れちゃったのカツオ君っ!!」


「シグレはさっきから何を騒いでるの?あ、ユキはスープとか、野菜を使ったものをまずは作るねー」


 そういって手に持ってるのは……


「いや食虫植物かーいっ!!」


 その、ビジュアルはダメだ。流石の多様性を重んじてる私でも厳しいぞよ?


「ん?これ別に食虫植物じゃないよ?」


「え、そーなの?そんなモウセンゴケみたいな見た目してるのに?」


「うん、これは食獣植物だよ?ほら、モウセンゴケより全然大きいでしょ?」


 あっかーん。いや、え、マジ?異世界こーわっ……。私はこの時初めて異世界の洗礼を受けたよ。草が獣を喰らうとは。……ヒトは流石に食べないよね?


「うーんそんなに嫌かな?味は良いし、食べ応えもある!調理方法で、甘くも酸っぱくも、苦くも辛くもできる!万能食材なんだけどなぁ。元気も出るからシグレに食べて欲しかったんだけどなぁ」


 ユキは手に持った名も知らぬ食獣植物を見つめている。心なしか食獣植物もショックを受けてるような……。いやお前は悲しむ側じゃないでしょっ?!でもー……。


「うっ……。た、確かに食わず嫌いは、ダメだよね。うん。多様性多様性、ダイバーシティ……」


 流石にあれほどしょんぼりした顔を見せられると、こちらとしても気が引ける。


「イタダキマス……」


 そういうとユキは顔を上げて、パーッと輝かせたまぶしい笑顔で、心の底から嬉しそうに「ホント?じゃあユキ頑張って料理するからね!!ふんっ!!」っと言って、両手いっぱいに見たことない食材を持って隣の調理スペースに向かう。


 心なしかさっきまで悲しそうにしていた食獣植物もキラキラと輝いてこちらを見つめてるような……。いやだからお前は喜ぶ側じゃないでしょっ?!?!


「まぁ、あの笑顔はプライスレスだよね。私も久しぶりに張り切っちゃおうかなぁーっと!」


 私は袖を捲り、髪を後ろで結い、手を洗って。よし、準備万端!まずはこのヤバイ色味の魚から、いきますっ!


 見た目は奇抜な色をしてるこの子は、見た目こそあれだが、体の構造自体は真鯛に似ている。まずは鱗を取るところから……。


――ガッ!!!!


「……硬ッ!!!!」


 お、恐ろしい硬さ。なにこれ、カチカチじゃん。どうやって捌けと?


「あー、シグレ。マダイは超低温、高圧条件下じゃないと捌けないよ?」


 私が悩んでると隣の調理スペースからユキが教えてくれる。教えて貰っても出来ないんだけどね!!それにこれ、きっと真鯛じゃなくて魔鯛だろうね!!


「じゃあ一緒に料理しよー!!ユキが先生ね!!良いですかシグレさん!!これから異世界クッキングの始まりです!!」


「うぅ……。よろしくお願いしますー……」


 そうして私とユキによる、混沌のお料理教室の幕が上がる――



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