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異装少女と終末セカイ紀行  作者: ひなとはな
不変魔王
2/14

白き魔王との遭逢



 ――ッ!!


 体に走る全身の痛みで目が覚める。頭が痛い。痛い頭を押さえようとした腕が痛い。その腕の痛みに驚いて仰け反ろうとして……腰と背骨が悲鳴をあげた。


「いったいわッ!!!!」


 私も悲鳴をあげた。声を出したせいで、腹部に痛みが走り、悶絶。のたうち回りたい体と、付いてこない体。相反する二つの衝動の結果蹲りながらモゾモゾする。さながら芋虫だ。


「おー!やっと起きた!大丈夫……じゃなさそう。ちょっと待ってね、今魔法を掛けるから」


 そういってパタパタと可愛い足音を奏でながら近づいてくる小さな人影。私は鞭打ちになったであろう首に鞭打って声の主を見る。するとそこには人形のような少女が立っていた。


(うわぁ、可愛い。え、めっちゃ可愛い。何これ可愛い)


 青みがかった銀髪に、宝石のような、碧い瞳は夜空の星々の様に煌めいていて、陶磁器のような白い肌は新雪そのもの。顔立ちはあどけなさが残るモノの、美しさと可愛さを兼ね備えている。


「あー、そんなに見つめられるとちょっと魔法が掛けにくいんだけど……」


 少女は苦い笑みを浮かべながら頬を掻く。


「あぁ!ごめんなさい、じっと見るのはしつれ………ん?魔法?」


 ちょっと待って。この子が可愛すぎるあまりスルーしたけど、何か聞き逃せないことを言ってたよね。魔法??てかそもそも、ここどこだ??目の前の子、明らかに日本人じゃない。でも日本語がペラペラ……。いや、日本じゃないな。今確信したわ。だって窓の外、雪が舞っているもん。流石に初夏の雪は異常気象が過ぎるでしょ。


「ふふふっ、こんにちわ!そしてようこそ、運命と魔法の世界へ!葵時雨あおいしぐれさん♪」


 無邪気に笑い、妖艶に微笑み、手を差し伸べるその様は、この世のものとは思えない魅力を秘めていた。それこそ、目の前の少女がなんで私の名前を知ってるのか気にならないほどに。


「私はユキ。このお城で一人、勇者を待ってる魔王様だよー!ここはシグレの元居た世界とは別の世界。まあ、別世界と言っても、お隣さんなんだけどねー。物理的距離は無限だけど。魔術的な座標ではお隣です!シグレはひょんなこととからこっちの世界に渡ってきちゃったみたいだね。それも、肉体と魂そのままで。本当はこんなことありえないはずなんだけど……」

 

 せっせと机の上にタオルや、桶、飲み物や果物を置きながら色々話してくる。運命と魔法の世界って?魔術的な座標って何だろう。そもそもこれは現実?


「ん、よしっと。それじゃちょっと手を貸して?」


 ちょこんと首を傾け、お願いされる。うーん、喜んで差し出しますとも。私の手を包む少女の手は見た目通り小さくて、私の2/3程度の大きさだ。それにしても少女の手はすごく冷たい。ひんやりしてると言うには冷えすぎな気もするが……


「魔力補助 全細胞活性化 祝福の光をその身に」


『ウェーダー・ゲ・デボーテ』


 少女の手が発光したと思ったら、少女自身も光だし、その光は私の体を包み込むように広がってゆく。全身を包む光は陽だまりのような温もりがあった。なんていうのかな。世界中が私を優してくれるというか、赦してくれるというか……。表現し難い安心感があった。


「ユキちゃん、今のは……」


「ユキでいいよ!ユキもシグレっていうから!」


 光が収まると私の体から痛みは消え去った。すごい、これが魔法か、と月並みな感想しか出てこないのは許して欲しい。だって未知の技術だし。原理とか全く分かんないし。出てくるのは興奮ともとれる感嘆のため息だけ。

 ユキはコップに水を注ぎ私に差し出してくれる。感謝を述べ、コップを受け取り、そして呷る。ゴクゴクと喉を鳴らしながらちょっぴり冷えた水を体に入れる。コップ一杯、一気に飲み干してしまった。気が付かなかったが、相当喉が渇いていたらしい。乾ききった体にグーッと水分が染み渡る。


「ぷはぁー!お水が美味しい!!あ、私を助けてくれてありがとう。私の名前は葵時雨あおいしぐれって言います。なんかユキは知ってるみたいだけど……。日本生まれ日本育ち。両親も日本人の純日本人。な筈なのに、瞳の色は碧いです。兄妹は妹が一人。三つ離れた妹がいるよ。ところでさ、私多分、比喩じゃなく死ぬほど高いところから落ちた筈なんだけど、なんで死なずに異世界に来ちゃってるのか分かる?」


 ユキはうーんと唸りながら


「多分、世界樹の扉に触れたからだと思うなぁ」


「世界樹の扉?」


「うん、さっき言った、魔術的な座標っていうのは世界樹の位置の話なの。世界樹はその世界の根幹で、基礎で、全て。世界を創るときは世界樹から作られる。だから世界樹は世界の中心だし、魔力も世界樹に還っていく。魔力だけじゃなくて魂も……」


 ん?んん?んー。話の内容が全く分からない。世界樹?そんなものがあるなんて知らない。魔力?それも知らない。そもそも世界を創るって何ぞや?すっかり置いてけぼりにされた私に気が付いたユキは、ごめんねと謝りながら説明しなおしてくれた。


「まずは前提から教えるね!」


「あ、よろしくお願いします!ユキ先生!」


「――!」


 少し驚いたようにその双眸を開いたが、すぐにふふっと微笑んで話が始まった。


「惑星、恒星、衛星、その他諸々を含んだ宇宙。これら全てを一纏めにしたものを「世界」と定義します!」


 つまり地球もとある「世界」の中に存在する惑星である。「世界」っていうのは、地球を含む太陽系、それを含む銀河系、それを含くむ銀河団、それを含む超銀河団そしてその先まで、果てがあるのかは知らないが、それら全部を含めて「世界」という、というかな。


「世界は世界樹を中心に創られてて、世界樹は世界の中心にあります!」


 ふむふむ、本当かどうかは一旦置いておいて、確かに最近の研究では宇宙の中心は存在するとかなんとかってあった気がする。とても私たちが想像できる大きさではない超々巨大な恒星で、超銀河団が太陽系における地球のように、その巨大な恒星の引力によって回ってるとか。だとすればそこに世界樹があると?

 確かに現実味はないけど、魔法なんてものを体験してしまった手前、今の私には一蹴できないな。何よりそっちのほうがワクワクするし!


「世界樹は枝を伸ばし、「世界」の各地に芽を出します!多分、シグレの住んでいた星にも生えてたんじゃないかな?世界樹の芽が。で、偶々それに触れちゃった、と」


 んんー、何という偶然!あそこに生えてたの?世界樹の芽が?俄かには信じ難い。てかあのビルの前は空き地だったし。樹どころか草すら生えてなかったよ?


「うーん、でもなぁ。偶々触れちゃったからと言って「世界」の境界を肉体もそのままで超えることなんてできないと思うんだけど……。でもそれ以外考えられないからなぁ」


 なるほど。魔法の世界の住民でも分からないのか。なら、私にはもっと分からないね!死に損なったのは残念だけど、もしかしたらここは天国かもしれないし。


「じゃあ次に魔力について説明します!」


 お、ユキ先生の講義が第二章に突入した。


「この「世界」にも、シグレが元居た「世界」にも、魔力は存在しています!ただし、存在する形は化合物じゃなくてエネルギーとして、です!」


 なんと、光や熱以外にもエネルギーが存在しているとは。魔力って地球人には使えないのかな?


「そして魔力を使った技術が魔法です!そのためには魔力を感じられるようにならないといけないんだけど……。シグレはさっきのが初めての魔力で魔法だったみたいだね。どう?今ならシグレでも魔力を感じられると思うんだけど……」


 目を瞑って自分の身体の内側に意識を集中させて、というユキの指示に従う。


「何か流れてるの感じない?」


 何か、流れてる……。ん!何か、流れてる気がする!イメージとしては血液の流れを感じてるような……。うわぁ、なんだこれ、すっごく気持ち悪い!ゾワゾワする!皮膚の薄皮一枚下をサラサラともザラザラとも、液体とも個体とも言えない何かが流れてる。しかも若干の温度を持っているのが気持ち悪さに拍車をかける!!


「どー?分かった?」


「う、うん。多分。なんかすっごい気持ち悪い……」


「あー、シグレの中の魔力を作る器官がさっき目が覚めたばっかりだからね。まだ体内の魔力量が少ないから違和感を感じるんだと思う。数時間後には慣れるよ!」


 そういうものなのか、と自分を納得させる。確かにさっきよりも全身に魔力が回ってる気がする。体の真ん中の方にも。


「ところでさ、私のいた星だと魔法なんてフィクションでしか出てこなかったんだけど……、もしかしたら存在してたかもしれないってことだよね?」


「シグレの元居た「世界」がどの「世界」なのか分からないから何とも言えないけど、魔法という形じゃなくとも、魔力を使った何かは残ってるはずだよ?」


 なんと!もしかしたらご近所に魔法使いがいたかもしれないのか!!………つまりホグ○ーツは実在したかもしれない?!まじかぁ、あんな世界にもそんなワクワクドキドキが存在していたの?


 それに魔法以外にも、日本には古くから陰陽道だか、陰陽術だかがあったじゃん。あれも一種の魔法なのでは?ということは呪術とかも……?おおっとユキ先生の講義が再開するみたいだ。


「世界樹と魔力についてそれぞれ話したので、最後にその二つの関係性についてお話します!」


 最後は二つの関係性か。「世界」の中心にある世界樹と私たちの体の中にある魔力、直接的な関係はなさそうだけど。


「ズバリ問題です!ユキやシグレの体の中で作られた魔力は、魔法として外の「世界」へ出ていったあと、どうなるでしょうか!」


 魔法として出て行った後?……あぁ、自分の体の中に戻るわけではないのか。だから魔力は「作る」必要がある、と。そんでもって、私の魔力を作る器官が眠ってたっていうのは、魔法といった何かしらの形で魔力を放出していなかったから。体の中に溜まり続けることがないように作られなかったのだと考えられる。

 じゃあ、私たちの体の中を「内の世界」とするなら、「外の世界」でも「内の世界」同様に使わなければ魔力が溜まりすぎてしまう。ふーむ、そこで出てくるのが世界樹、と考えるのが妥当だよねぇ。「世界樹に還る」とか言ってたし。じゃあ、世界樹が魔力を吸収した後は?さっきと同じで使わなければ溜まりすぎてしまう……。


――だから芽を生やした?


 芽を生やすということはいつか何かが開花する、と考えるのが自然だよね。じゃあ、その場所に何が咲いた?地球があって、この惑星が……ある。つまり……


「どんどん宇宙を、「世界」を広げていくために使われる?」


「――!!!」


 ちょっとばかり自信がない。私の中で考えられる最大の考察なんだけど。さて、答え合わせは……およ?ユキがまたまた驚いてる。今度はさっきよりもずっと、いっぱい驚いてる。……ハッ!正解だったのか!!


「うわぁーお。あっははは。いやー、はやー、ほへー。流石としか言いようがないなぁ。なんとなーく、ユキ、なんでシグレが世界樹に触れて「世界」の境界を越えられたのか分かった気がする……」


 そんなに驚かれるとは。いやまあ、言った本人も正解したことに驚いてるからね!


「シグレの言ったことで正解だよー。魔力を作って、外に出し、それを吸収しまた世界を広げる。魔力はエネルギーだからね。星を新たに造るくらいのエネルギーは比較的簡単に集められる」


 つまり超新星爆発は世界樹的に要らなくなった恒星に大量の魔力エネルギーを詰め込んで、大爆発を起こさせ、また新たな星々を造る、ということなのかな。


「そしてその星に生命を宿らせるために、世界樹の細枝を伸ばし、生やす」


「それを繰り返すことでどんどん魔力の回収量を増やし、「世界」を広げる」


 つまり私たちは養分じゃん。あー、いやでも魔法が根付いてないからそんなことないのかな?私の魔力を作る器官眠ってたって言ってたし。


「……ねえ、シグレ?シグレの元居た世界の平均寿命って何年?」


 すると突然ユキが何やら深刻そうな顔をして聞いてくる。急な質問にびっくりしたけど、平均寿命?いったいどうしたというのだろうか。


「うーん、確か80、90だったと思うけど……」


「じゃあシグレ、シグレの傍には魔法を使える、ううん、魔法じゃなくてもいい。魔力を操れる誰かが居たんだね」


「え、なんでそんなことが分かるの?」


「この「世界」の平均寿命は500年から1000年。種族による差はあっても老衰するのにはそれくらいの時間がかかるの」


「そんなに?!すごい長命じゃん!!……でもそれの何が――」


「この「世界」にもね、シグレと全く同じ身体構造をした種族がいるの。その種族の名前はキャンサリーク。彼らの平均寿命は700年前後。ねぇ、シグレの「世界」とこの「世界」なんでこんなに平均寿命が違うと思う?」


 この「世界」と私の居た「世界」。その違いは明確で魔法が使えるか、使えないか……。


――私の魔力を作る器官は眠っていた?

――だから魔力を操れる誰かが居た?

――()()()……?


「それってさ、もしかして本当の本当にあの「世界」は腐ってたってことでいいのかな?」


 語調が強くなる。知りたくもなかった、気付きたくもなかった私の大嫌いな「世界」の反吐がでるような真実。


「……世界樹はね、ほかにも集めているものがあるの。それは魂という名の、想い。「世界」に住む民の想いを集めてる。何といっても想いこそ魔力の大元だからね。想いに力を与えて魔力になり、魔力が形になって魔法になる。魔法っていうのは想いの具現化だっていう学者も多いの」


ならば、ヒトが死んだとき、その身から解き放たれた魔力には故人の人生が刻まれているといっても過言じゃないだろう。


「だから、命あるものが、その命を全うしたとき、その身に宿っていた想いは魔力となって世界樹に、「世界」の中心に還っていく。そしてその想いが再び新たな生命を生み出す力となる」


 そうして亡き人の想いは巡り巡って星を造り、命の礎となる。


『魔力は循環する。山を流れる水の様に。頬を撫でる風の様に。想い巡らせ輪廻する。想い乗せて旅をする』


「これはこの「世界」に伝わる古い伝承の一節でね。「世界」の民の想いは流転するんだって」


「本来は魔力を使うことで循環するのに、私の居た「世界」に魔力を使う何かはなかった。あったとしても神秘として秘匿されていたのかな」


「なのに、シグレのいた「世界」は終わらなかった。破綻していなかった」


 今もなお、何光年先の宇宙では新たな星が生まれている。私たちは魔法を使っていないのに。つまり……


「つまり、シグレの「世界」では本当に「世界」の民を魔力を生み出すだけの道具としてしか見ていなかった」


 地球に住む人間は私のように魔力を作る器官が眠っていない。完全な活動状態にあった。でも、作った魔力を外に出す方法を知らない私たちは、体の中に溜まり続ける魔力をどうにかすることはできず、やがて許容量に達した魔力によって死ぬ。

 爆発四散するわけじゃないだろうけど、それだけ体に負荷がかかってるってことでしょ。小さな亀裂で私たちは死んじゃうんだから。


「………なーるほどねぇ。やっぱり神様なんて碌なヤツが居ないんだ」


 わざとらしくため息をつき、認識を再確認する。うん、ヤツはやっぱり最低最悪な神様なんだな!とっちめてやらんと!


「んーな?シグレってもしかして神様にあったことがあるの?」


 きょとん、とした顔のユキ。あー、ユキが居るの忘れてた。今の独り言は……、そうだよね、そんな反応するよね。いやいや決して怪しいオカルト集団とかってわけじゃなくてね?ただ私はなんか神様に嫌われてるみたいで……


「そっか。実はね、ユキも神様なんだって!」


――へ?


「ユキは何も覚えてないし、ユキのことを覚えてる神様もいないんだけど、ね」


 少し寂しそうな顔で頬を書きながらばつの悪そうに笑うユキ。


「ユキってば神様らしいことなーんにもできないし、ユキがなんの神様なのかも覚えてないから、信じられないかもしれないけど……」


「ふふっ、そんなに心配そうな顔をしないでよ。ユキが神様だっていうのなら私はそれを信じるよ。てか、なんていうのかなぁ。ユキの言うことは無条件で信用しちゃう自分がいるんだよねぇ。じゃなきゃ世界樹の話も、魔力の話もフーン、で一蹴してただろうし」


 ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。おっかしいなぁ。ユキと話していると調子が狂う。何というか、本当に何でも話してしまいそうになる。やっぱそういうところも神様っぽいんだよね。

 当の本人は驚きを隠せないようで、開いた口が塞がらない様な顔をしている。若干ほっぺと、白銀の髪の隙間から除く耳が、薄紅色に染まっているのは気のせいだろうか?


「も、もー!!そんな簡単に信用しちゃダメだよー!!」


 ほっぺを膨らませ、プリプリと怒るユキ、うーんかわいい。



――――



「じゃあ、シグレは神様に憑く黒いモヤモヤを見たことがある?」


 息を整え、落ち着いたユキは、黒いモヤモヤなるものの話を始めた。神様、確かに黒い靄がかかっていた気がするけど、あれってデフォじゃないの?あーでも、夢の中に出てくる度濃くなっていった気がする。


「うん、あるね。見たことあるよ」


「そっか、やっぱそうなんだ」


「ね、あれってさ、ヒトに顔を見せないようにするためにかかってるモノじゃないの?」


「ううん、違うよ。あれは後天的に憑いたモノ。欲望の靄(ニーブ・デ・ブギータ)ってユキは呼んでる。これのせいで神様は……、本当に大切なものが分からなくなっちゃった」


「ニーブ・デ・ブギータ……」


 なんか、その名前を呼ぶと悪寒がする。体の内側からゾワっとして気味が悪い。


「あのさ、シグレ」


 ユキの呼びかけは、何か意を決したような、そんな意思がこもっているのが分かる。


「ん?」


「ユキと一緒にセカイを救いに行かない?」




――世界を救う?


 あー、世界を救うときたかぁ。ニーブ・デ・ブギータ、神様に憑く黒色のモヤモヤ。ユキの口ぶり的に、あれが憑いたせいで神様はおかしくなったみたい。まぁ、私にとって神様なんて質の悪い嫌がらせと、クオリティの低い煽りをしてくる存在という認識だから、まあ、おかしくない神様を想像できないっていうのもあるんだけど。

 でもそんなことより、何よりも、私は――




「嫌だ」


「…………そっかー、やっぱりいやだよね」


 ユキには申し訳ないけど、こればっかりは無理な相談だ。だって、


「うん。だって私、あの「世界」が嫌いになったから自殺なんてしたんだもん」


 私は常々思うことがある。この世は地獄だなんだと言うヒトも多いが、地獄も天国も結局生きてる内にしか感じ得ることのできない世界じゃないか、と。それこそ、痛みを感じて生を実感するのと同じようなものだ。

 私にとっては、あの「世界」は天国でも、地獄でもなかった。生きづらさはあれども、怒りも、悲しみも、喜びも、あの「世界」に対して抱くことはなかった。私があの「世界」に、そしてそこに生きる人々に感じていたのは、哀れみ、憐憫の気持ちだけだった。


 だから私は自殺した。空を飛んだんだ。私は生きながらに死んでいる、と思ったから。


「道徳的な話をするなら、助けられる人を助けないことは咎められる行為だよね。善悪だったら、120%悪だもん」


 まあ、私は模範解答のある道徳なんてものは存在しないと思っていたけど。


「でもさ、本当にみんな助けてほしいのかな?って疑問に思うんだ。皆を見てるとどうにもこうにも息苦しそうで、生き苦しそうだった」


 私は100年の寿命ですら長いと思う。何が楽しくて人々は苦痛に耐えながら長生きしようと思うのか。神様が私たちをどこまで行っても道具としか見ていないことには腹が立つが、100年生きることなく死ねるのはありがたいことなのではないかと思った。


「なんだか、二番煎じの使い古された悪役のセリフだけど、本当に「世界」を救いたいなら、こんな「世界」滅ぼしてしまった方が良いと思う」


 私は「世界」を救ったヒーローになれるかもしれない。

 でも実際、「世界」を救ったことで喜ぶ人間がどれだけいる?「世界」が滅びるなんて夢にも思わず、明日が当たり前の様に来ることを疑わないヒトに、なんの喜びを感じられるだろうか。決して見返りが欲しいわけじゃないけれど、どうせ救うなら明日を希うようなヒトを、「世界」を救いたい。


 今の「世界」には、そんなヒトいるのだろうか。自分を守るために他人を傷つけ、見たくないものから目をそらし、悪意でしか会話のできないようなヒト。私は彼らを愚かだとは思わない。けど、救うに値するヒトだとも思わない。何様のつもりだって感じだけどね。ほら、はみ出し者様の意見だよ。


 この手のネタは何度も脳内シミュレーション済みだ。


――もしも、私の手の上に世界を終わらせるボタンがあったなら。私はどうするのだろうか。


 鶏鳴狗盗な先生方の、あくびが出るほど退屈な授業の中で何度も何度も考えた。




――私は3秒の逡巡の後、ボタンを押すだろう


 その答えが変わることはなかった。


「そっかー。振られちゃった!まぁ、この話は頭の片隅にでも置いておいてよ。もし、万が一、億が一に気が替わったら教えてね!っとそれじゃあ中庭にいこっか!」


「中庭……?」


「うん!シグレも折角なら魔法を使ってみたいでしょ?それに、魔法を覚えたら、世界を救いたくなるかもしれないし!!」


 にヒヒっと悪戯っぽく笑うユキは、見た目相応の子供らしさがあって。あぁ、私もあんな風に笑っていたのかなぁなんて、今まで一度も考えたことないような正体不明のノスタルジックに襲われたり。


「それじゃあ、ついてきてねー!中庭は結界が張ってあるから寒くはないと思うけど、一応そこの椅椅子にコートを掛けといたから」


 しゅっぱーつ!と元気よく、大きな声で、楽し気な足音を鳴らしながらユキは部屋を出て行った。


 

 私はベッドから降り、ショートブーツを履き、暖かそうなダッフルコートに袖を通す。


――私は考える。


 手元に世界を終わらせるボタンがあるのなら。このボタンを押せば世界は滅びる。


 一瞬で、私の生きた記憶も、記録も無くなる。皆の記憶も、記録も何もかも無に帰る。うん、何も変わらない。私は押せる。だってその方が、その方が……。皆、幸せだもの。


「私は何なんだろうなぁ。半端者ここに極まれりって感じ。何もかもが中途半端……」


 誰に聞かせるわけでもなく、私は自嘲気味に溢す。私は一体どこに向かっているのでしょう。

 「世界」が終わると聞いて何とも思わない私は薄情なのか、それともあの「世界」でのうのうと生きている、明日が来ると信じてやまない人間と同じで、明日という存在を漠然と信じているからなのか。


 ユキの魔法で羽の様に軽くなったはずの身体は、酷く重く感じた。重い身体を連れて私は異世界の大地を踏みしめた。

こんにちは、こんばんは。ひなとはなと申します。


この物語はとある事情を抱えた人間「時雨」と、魔王である「ユキ」を筆頭に、何とも個性豊かな仲間たちと共に終わりゆく世界を旅するお話です。彼等彼女等には隠したい秘密が。その秘密とどのように向き合っていくのか、そして、数多の困難を乗り越えた彼等彼女等の待つ未来は一体どんなものなのか。


初投稿なので何卒、温かい目で読んで頂けると幸いです。


それでは、一風変わった冒険譚をお楽しみください。

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