冒険者試験③ ノヴァの実績
どうもノヴァです。今日はとうとう冒険者試験当日ということもあり、うっきうきで試験を受けに来ました。
しかも今回からAランク冒険者が試験官を勤めて、そのAランク冒険者と戦えるとなれば、殊更ワクワクするってもんだ。
なのに……
「あの……今、なんて?」
「不合格と言ったんだ。つまりお前は、Gランク冒険者からスタートだ」
「なんで?」
「理由など単純明快。お前が弱いからだ」
グロリアさんの言葉が、脳裏に焼き付けられる。
まだ戦ってすらいないのに勝手に不合格されて、怒りとか戸惑いとか、なんか色々な感情が渦巻いて混乱している状態だ。
……とりあえず…。
「……サソりん…」
「……………あっ。なに?」
グロリアさんの言葉にはサソりんも驚いていたらしく、彼女もフリーズしていた様子だった。
この感じからして大丈夫だと思うけど、うん。一応ね?一応確認しておこうと思う。今この場において、俺のことを一番知っているサソりんに。
「俺、弱い…?(うるうる)」
「(泣きそう!?)だ、大丈夫よ。ノヴァは強いわよ。きっと何かの間違い」
Aランク冒険者に弱いと言われたのが思いの外ショックだったのか、たぶん今の俺は涙目である。
いやね?俺らしくはないと思うよ。昔から無能だのなんだの言われてきたから、その手の罵詈雑言には慣れてる方よ?
でもさ……Aランク冒険者って、全冒険者にとって憧れの存在なんだよね。そんな人からいきなり弱いとか言われたら、そりゃメンタルにも来るわ!
だから思わずサソりんに慰めてもらってんじゃん!(行き場のない怒り)
「そうだよな、そうだよね?俺頑張って強くなったよね?」
「うんうん。ノヴァは強くなった。というか元から強いわよ?いつもみたいに自信持って」
サソりんがハサミで俺の頭を撫でながら励ましてくれる。
……うん。女の子に撫でられるのは嬉しいけど、ハサミで撫でられるのってちょっと恐怖を覚えるな…。
「アーハハハハハッ!恥ずかしい奴!男の癖に女に慰められてやんの。まぁ弱っちぃ男にはお似合いだな」
レオンさんがなんかムカつくこと言ってるけど、無視だ無視。
サソりんに慰められたおかげで、メンタルが回復したからな。ここからは落ち着いて話し合おうじゃないか。えぇ?
「んっんん!失礼しました。憧れのAランク冒険者にいきなり弱いと言われて、気が動転しちゃいました。それで、なんで俺を弱いと思ったのか、具体的な理由などを聞いても?」
心が落ち着いて来ると自然と苛立ちが湧いてくるが、そこはそれ。
いきなり不合格と言われたからって、変に食って掛かるようなマネをすれば、それこそガチの不合格になりかねないからな。
まずは下手に出て、理由を聞かねば。
「それはお前自身が、よくわかってるはずでは?」
「それがわからないから聞いてるんです。俺は今まで、冒険者になる為に精一杯頑張って来ました。人一倍、いや人二倍は努力してきたつもりです。それなのにちゃんとした試験もせずに不合格だなんて、納得出来ません」
「本気で言ってるのか?……仕方ない、教えてやろう」
グロリアさんは面倒臭いという感情を隠さずに、説明を始める。
まるで「これだから弱者は」とでも言いたげだ。
「本来ならマナー違反となるが、受付嬢が私たちにお前のステータスを見せに来たのだ」
はぁ?あの強そうな受付嬢のお姉さんか?
なに人のステータスを他人に勝手に公開してるんだよ。立派な個人情報だぞ、訴えてやろうか。
「……それで?」
「ある部分を除けば、お前は将来有望だと言える。だが、そのある部分が問題なのだ。……ここまで言えばわかるな?」
ある部分というのは十中八九、俺にスキルが一つも無いことだろう。
【刀剣召喚】みたいな特別なスキルは、どういう訳か鑑定水晶には映らないみたいだから、傍から見ればスキルを持たない無能だ。
だけどそれじゃ、さっきと言ってることと違うくないか?
スキルがある者と無い者では圧倒的に実力差が出やすいが、それでも俺は独自の戦い方を編み出し、剣技だけ見てもアイクとまぁまぁ良い勝負が出来るようにもなった。
アイクの【剣術】のレベルは3、一人前の戦士一歩手前くらいの実力だった。俺の実力だって、トリッキーな戦闘スタイルが無かったとしても十分冒険者としてやっていけるはずだ。
グロリアさんの言うことに納得なんて出来るはずもない。
「グロリアさん。勝手に俺のステータスを見たことに関しては一先ず置いておきます。ですがさっき、自分のことを見る目があるとか言ってませんでしたっけ?なのに不合格なんですか」
「ああそうだ。あのステータスに反して、随分とレベルがおかしかったからな。特別な何かがあるのではと思ったが……やはりそんなことはなかった」
「グロリアの言う通りだ。私から見ても、お前は凡人以下の弱虫にしか見えねぇよ」
カチーン…。さっきからずっと弱い弱いって……いい加減俺の堪忍袋の緒も切れるぞ!?
俺がなんとか激昂を抑えて、どう言葉を返せばいいか考えていると、突如一人の男性が割り込んで来た。
「おいおいおいおいおいっ!さっきから聞いてりゃ、随分と失礼じゃねぇですかい?銀獅子の乙女のお二人…」
そんな言葉と共に、ずんずんと怒りの表情を浮かべながらこちらに向かって来ているのは、なんとワッカさんであった。
ワッカさんはAランク冒険者相手に恐れることなく、ドンと胸を張りながら二人の前に立った。
……いや、ちょっと足震えてるわ…。
「なんだお前?私らに文句でもあんのか?」
「あ、あるに決まってるだろ!大事な後輩がさっきからバカにされてるんだ。先輩として黙ってられるかっ!」
「……お前、ランクと名前は?」
「Dランク冒険者のワッカだ!短い間だが、ノヴァと一緒に魔物と戦ったり、鍛錬を積んだ仲だ」
グロリアさんとレオンさんに睨まれながらも、まるで俺の代わりとでも言うように怒りの感情を露にするワッカさん。
「わ、ワッカさん。別にそんな怒っていただかなくても……」
「いいや怒るね!ノヴァ。お前が一体何をしたのか、まさか忘れちゃいねぇだろうな?」
「え?あー、はい」
「だったらなんでそのことを言わねぇ!?それを言えば一発解決だろうが」
えー。なんか俺、叱られてる?
「あら~。気になりますねぇ。ぜひノヴァ君がしたことを教えてほしいです~」
胡散臭さを感じる笑顔と間延びした声でそう言ったのは、さっきから肩で笑ってばかりだった“天女”のヨナさんだった。
その胡散臭い笑顔に似合わない、随分と透き通ってて綺麗な声ですこと。
「ああ、いいぜ!教えてやるよ。耳の穴をかっぽじってよ~く聞きやがれ!」
あ。ワッカさんが言ってくれるんですね…。
なんだか申し訳ない上に情けないが、そのまま彼に頼ることにした。
俺が言うよりも、ワッカさんが言った方が信じてもらえそうだし。
「護衛の任務でランデムから領都に向かってる最中。俺とノヴァ、そしてそこの蠍の蟲人のサソりんは、三人でとんでもない化け物と戦ったんだ。もう一人冒険者がいたが、ソイツは依頼人と一緒にランデムに引き返してもらった」
「へぇ~。そうなんですかぁ。Dランク冒険者の貴方が、まだ冒険者にすらなっていないお二人と一緒に戦うくらいですから、相当手強い魔物だったんですね~」
「そりゃそうだ。俺だけじゃ、10秒も時間を稼げる気がしなかったからな。なんせ相手は、ワーウルフだったんだからよ!」
ワッカさんがワーウルフの名前を口にすると、周りの冒険者たちが目に見えてザワザワしだした。
銀獅子の乙女の二人も驚愕し、さっきまでニコニコと笑っていたヨナさんからも、笑顔が一瞬だけ消えた。
本当に一瞬だったのですぐに笑顔に戻るが、その笑顔は面白い物を見る、もしくは見つけたような感じだった。
「へぇ~。ワーウルフですかぁ…。確かにBランクモンスター相手では、貴方からすれば化け物同然ですね」
「あぁそうさ。しかもそのワーウルフはスキル持ちで、俺とサソりんの動きを封じたんだ」
「行動封じのスキルだと?レオン。ワーウルフにそのようなスキルはあったか?」
「ねぇはずだ。たぶん特殊個体だったんだろう。スキルの厄介さからして、Aランクモンスターに指定されそうだな……どうやってそんな奴を追い払ったんだ?」
なるほどね。通りで魔物図鑑にあの厄介なスキルが載ってなかった訳だ。
特殊個体っていうのはよく知らないけど、聞いた感じ通常の個体よりも厄介な魔物ってことだろ?
ていうか追い払ったって、倒したとは思ってくれないのね…。まぁ凄い強かったし、本来はもっと大人数でしっかりとヒーラーとかを揃えて討伐に挑む相手だしな。
たった三人で倒したなんて思わないか。
「いいや。追い払ってねぇぜ」
「なに?それはつまり、お前たちがワーウルフを倒したと言うことか?」
「ああ。だがな、その戦いでの功労者は俺でも、サソりんでもねぇ。情けない話だが、途中から俺たちはワーウルフのスキルのせいで何も出来なかったからな」
ぐっと拳を握って、顔に当時の悔しさが滲み出ているワッカさん。
ワッカさん本人は、あの場での自分はほとんど役に立てていなかったと言っていたから、その気持ちは十分伝わってくる。
サソりんもそのことを思い出して、苦い顔をしている。
「そんな中、あんたらがさっきから弱い弱いと罵っているノヴァは、ワーウルフのスキルを無効化して、一人で果敢に立ち向かって行ったんだ」
「あぁ?この弱虫がか?」
レオンさんが訝しげに俺を見てくる。いい加減ぶん殴りたくなってきた…。
「そうだ。今は二本の剣を腰に差してるが、その時は長剣一本でワーウルフと熾烈な戦いを繰り広げたんだ。互いに一歩も譲らない、息を吞む戦いだったのをよく憶えてる。やがてノヴァは、ワーウルフの一瞬の隙を突いて致命傷を負わせることに成功した」
ワッカさんの説明によって、周りの冒険者たちから好奇な視線や、懐疑的な視線を俺に向け始めた。
後者が多いが、それでも俺の強さに興味を抱いてる人も少なくなかった。
そして同様の反応を見せているラウラが、俺に質問してくる。
「ノヴァ、本当か?後輩を想うあまり、あのワッカという男が誇張してる訳じゃないのか?」
「まぁ大体は合ってる。でも、それはサソりんのどむぐっ!?」
サソりんの毒で弱っていたおかげでなんとか戦えたことを言おうとすると、そのサソりんの手で口を塞がれてしまった。
彼女は首を横に振って、黙ってるようにとジェスチャーで伝えてきた。
それだと俺の評価ばかり上がって、サソりんの評価が上がらないけど、良いのだろうか?
「どうだ?これでもまだノヴァが弱いと言い張るか!最終的に俺とサソりんも一緒に戦ったが、結局はほとんどノヴァがワーウルフにダメージを与えた上に、トドメも刺した。そんな奴を訓練生(Gランク)判定とか、見る目が無さ過ぎるぜ。実はあんたら大したことねぇんじゃねぇのか?」
「んだと……おい。言いたいことはわかったが、さすがにそれは聞き捨てならねぇな。口の利き方には気を付けろよ、雑魚が…!」
ワッカさんの言葉にキレたレオンさんが、殺気を込めて睨め付ける。
思わず後ずさるワッカさんだが、それでも言い返した。
「おいおい、図星を突かれたからってその反応はちと大袈裟なんじゃねぇか?悔しかったら、ちゃんとノヴァと戦ってその実力を測れよ。すぐに自分たちの目が悪かったことに気付くことになるからよ」
「……いいだろう。そこまで言われて、このままノヴァをGランクにしてしまっては、私たちの沽券に関わるからな。ノヴァ、準備しろ。私が相手してやる。他の者は離れていろ」
グロリアさんがワッカさんの挑発めいた発言に苛立ちを露にしながら、背中に差していた大剣を引き抜く。
か、片手で軽々と持ってやがる…。見た目通りのパワータイプって感じか。
とにかくこれで、俺もちゃんと試験を受けさせてもらえるってことか。
ワッカさんのおかげだな…。もう足向けて寝れねぇや。
「ワッカさん。ありがとうございます。俺の為に怒ってくれて」
下手したら“Aランク冒険者に嚙み付いた馬鹿”、みたいな感じで周りから見られて、今後の冒険者活動に支障が出るかもしれなかったのに……いや本当に頭が上がらない思いです。
「良いってことよ。お前みたいに才能ある奴が埋もれるなんざ、あって良いはずがないからな。ワーウルフの首を落としたその剣技、しっかりAランク冒険者、ついでに周りの奴らに見せつけてやれ」
「はい!」
ワッカさんに頭を下げて、審判のお婆さんに誘導されて配置に着いた。
グロリアさんの方を見ると、ちょうどヨナさんに話し掛けられていたところだった。
「あの~、まだあの子がいらしてないのですが~…」
「ダルメアのことなら放っておけ。どうせまたお得意の【隠密】と【認識阻害】を使って飲んだくれてるんだろう。遅れて来ることはわかってるんだ、先に始めておいて構わんだろう」
「まぁそれもそうなんですがぁ…。はぁ……本当に困った方ですね」
どうやらヨナさんにも相方がいるらしい。天女のヨナって呼ばれてたから、二つ名的な物だと思ってたけど、パーティ名だったのね。
ていうか、飲んだくれてるって……
「その飲んだくれてる人って、もしかしてエッチな格好した胸が大きいお姉さんのことですか?」
「ぶふっ!……ふふふっ。そ、そうね、確かにダルメアはそんな感じだけど……もしかして、貴方はダルメアを見たの?」
さっきから思ってたけど、ヨナさんってゲラなのかな?なんか棒が転がっただけでも笑いそう。
「はい。ギルドの酒場で、『私の奢りよ~!』って声高々にして酒を飲んでましたけど。あと初対面なのにいきなり夜のお誘いをしてきました。断りましたけど」
「……へぇ~。そうなんですかぁ。確かにそれは、ダルメアですねぇ…」
「おいヨナ。さっさとあっちへ行け。試合を始められないだろ」
「はぁい」
グロリアさんに言われて、冒険者志望者たちと同じ位置まで離れていくヨナさん。
……俺的にはヨナさんと戦いたかったけど、それよりも俺のことを散々弱いと馬鹿にしたグロリアさんを打ち負かしたいという欲が勝っている。許されるならレオンさんも。
難しいだろうけどSランク冒険者を目指している俺からすれば、いずれ越えなきゃいけない壁だ。
意地でも認めさせてやる。俺が……ちゃんと強いってことを。




