強くなる為に⑤ 《復讐の賛歌》の代償
「グルゥ~…」
1匹のコボルトが、サソりんが仕掛けた罠に引き寄せられた。
いや、正確には1匹じゃないな。まだ後ろの方に潜んでる奴らがいる。アイツは所謂、斥候的な役割だろう。
「……ウォゥ」
しばらく罠の場所を嗅ぎ続けると、後ろに合図を送った。
後ろから現れたのはなんと9匹のコボルト……合計で10匹か。異変に気が付いた群れの偵察部隊にしては数が多い。
こいつら全員で一つの群れなのか、それともワーウルフが纏めていた群れが思ったよりも大きいから偵察も多いのか。割と後者の可能性の方が大きそうだな。
サソりんと一緒に隠れながらそんなことを考える。どうもノヴァです。
なぜ奴らがここに集まったのかと言うと、それはサソりんの毒だ。
正確にはその毒の臭い。やすらぎの森と呼ばれるに相応しい澄んだ空気が漂うこの森で、普段しない臭いなんてしたら縄張りにいる獣は警戒するだろう。
その臭いはいつまで経っても消える様子がない。むしろ強くなっている。
そんな臭いの発生源をいつまでも放置していては、いずれ自分たちに害を及ぼすかもしれない。だからこうして向こうから姿を見せる、というものだ。
サソりんの考えた作戦はバッチリ決まってるなぁ。
「それにしても、安全には程遠いな。まだ遠くにコボルトの気配をたくさん感じるぞ」
「全くね。でもそっちの方が嬉しい、でしょ?」
「わかってる~♪んじゃ、サソりんは少し下がっててくれ」
「ええ」
さて、隠れてるのがバレる前に片付けちゃいますか。
サソりんが下がるのを確認した俺は、新しく覚えたスキルを発動。複数指定も出来るらしいから、アイツら全員指定する。
「《復讐の賛歌》!」
そして神託スキル《復讐の賛歌》を発動すると、自分の中からゴッソリ何かが抜けていく感覚を覚えた。
恐らく魔力だ。魔力を多く必要とする魔法を使うと、魔力を注ぐと言うよりも抜き取られる感覚に近いとアリスたちが……と、そこまで考えると同時に目の前が真っ暗になり、何かが頭の中に響いてきた。
『アイツ最近調子に乗ってんな―――』群れの中でも強い方だからって―――』んだよコイツ―――』嚙み殺す―――』俺の肉―――』俺のメスが―――』なんでアイツばかり―――』良いなぁ良いなぁ―――』嫌だ!?殺されたく―――』なんで私が―――』『憎い』
『『『『『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――――――』』』』』
「ばぁああああああああああ!?!?!?なんじゃこりゃーーーーーッ!!!」
俺がそう叫ぶように言うと、いくつもの黒い塊がコボルトたちに向かって飛んでいく光景に変わった。
いきなり響き渡る、誰かを妬み、恨む人たちの声。
一人一人が言い切る前に違う人の声が次々と止まることなく聞こえてきて、頭がおかしくなりそうだ!?
「「「ギャヒィーーーッ!?」」」
そんな悲鳴にハッとなって、コボルトたちを見る。
この世の終わりみたいな顔をしながら、黒い渦みたいなのに包まれて苦しんでいるようだった。
「ひぃーーー!?なんておっかねぇスキルだよ!初めて使う魔法がこれってなんか嫌だな!?」
しばらく黒い渦に包まれて悲鳴を上げていたコボルトたち。やがて解放されると、白目を向いて泡を吹いて倒れる。
そしてそのまま光の粒子となって、爪と牙を十数本残して消え去った。
【コボルト10体から276の経験値を取得】
【次のレベルまで1546】
それなりに強い個体もいたのか、多めに経験値を取得出来たみたいだが、正直今はスキルのことで頭がいっぱいだった。
「……これ。どう使えばいいんだ?」
さっきは気が動転して人って言っちゃったけど、たぶんコボルトたちの怨嗟の声……だよな?
原理はわからないが、ご丁寧に俺にわかりやすく人語に訳して聞かせやがって…。ていうか仲間同士で恨みつらみ多過ぎだろ!
これは確かに説明通り、心が壊れそうだし病みそう!?
例えるなら、不特定多数の人の心の声が聞こえるせいで、心がぐちゃぐちゃになって穴が開いてしまった主人公のように!?(ストーリー性のあるエリスのえっちな本より抜粋)
「ノヴァ!凄いわね今の魔法。コボルトを一掃しちゃうなんて!……ちょっと怖かったけど…」
「あ、ああ。そうだな…。同意見だ」
サソりんが《復讐の賛歌》の威力に興奮しつつも、若干引いた様子で言う。
確かに威力は凄まじい……と思う。正直コボルトたちには肉体的ダメージは見当たらなかったから、よくわからなかったというのが本音。
ただあんな異常とも言える苦しみ方をしたんだ。生半可なダメージじゃないだろう。
しかし…。
「これは、不意打ち用だな…」
コボルトたちに向かって飛んでいった黒い塊。あれあんま速くない…。怨嗟の声にビビッててよく見てなかったけど、俺の全力ダッシュ程度の速さだ。
アリスの《ファイアボール》と競走したら、《ファイアボール》の方が二倍近く早くゴールに辿り着く。だからこれは不意打ち用。真正面からの戦いでは使えないと判断。
もしかして“暗殺向き”っていうのは、このことを揶揄していたのか?
まぁ至近距離なら行けるだろうけど……
「サソりん。俺がスキルを唱えてから、どれくらいで発動した?」
「う~ん。5秒くらいかしら?魔力を煉るのに時間が掛かるタイプっぽいわね」
「てことはやっぱ戦ってる最中には使えねぇか…」
「うん。ソロだとそうかもね。私みたいに前衛張れるパーティーがいないと」
ああ。そうか。パーティー組んでる時は使えるか。
そういえば、そもそも魔法職はソロでやっていけるような職業じゃねぇしな。アリスとエリスだって、前衛にアイクとテツがいないと満足に戦えないし。
「ずっと一人だったから、そういう考えは思いつかなかったなぁ」
「……えっと。元気出して?ほら、私がいるじゃない」
俺がなんとなしに呟くと、なぜかサソりんに頭撫でられて慰められた。尚ハサミ。
いや別にボッチじゃねぇし!自惚れてる訳じゃないけど、村じゃ俺が一人で戦わないと公平じゃなかったからだし!
「そういえばノヴァ。さっき魔法を撃った時、急に声を張り上げてたけど…」
「ああ。それは……」
《復讐の賛歌》を発動した時に聞こえた怨嗟の声を、サソりんに説明した。
するとサソりんは、《復讐の賛歌》がどういう魔法なのか、彼女なりに推察した。
「その、《復讐の賛歌》っていうのは見たところ、《闇魔法》の一種だと思う」
「《闇魔法》?なんか母さんから聞いた気がすんな…。使い手が少ない希少属性だって」
元シスターの母さんは、それなりに魔法に精通していた。
魔法には《火魔法》、《水魔法》、《土魔法》、《雷魔法》の“基本四属性”に加え、《光魔法》と《闇魔法》というものが存在する。
基本四属性は魔法の才能がある奴なら誰でも使える。確か扱うのが苦手な属性でも、初級魔法くらいは使うことが出来るはずだ。
得意な属性なら中級以上はほぼ確実……とか言ってた気がする。小さい頃に聞いた話だから、よく覚えてねぇや。
《光魔法》は教会に勤めている神父やシスターなどの聖職者のみが使える魔法で、神の威光を示す特別な魔法だとかなんとか……なんせ元シスターの母さんだから、この魔法の話だけやたら長くてウンザリした思い出しかない。
まぁとにかく使い手が少ない属性だ。ああ、冒険者の僧侶とかも使えるとか言ってたっけ?回復魔法が光の属性に位置するとかで。
そして《闇魔法》だが……これは《光魔法》よりもさらに使い手が少ない希少属性だ。そのせいでまだまだ謎が多い魔法だそうだ。
ただ現時点でわかってることと言えば……
「ええ。あのドス黒い色は、闇の属性を表す色だっておばあちゃんが言っていたの。闇色、なんて言うらしいわ。魔族に使い手が多いから、魔族が生み出したなんて言う人もいるけど……ノヴァみたいに人間でも使う人はいるしね」
「ふーん」
「でも気を付けて。さっき使ったノヴァはもうわかってると思うけど、《闇魔法》は何かを代償にして発動する、危険な魔法だから」
「だよな~…」
そう。《闇魔法》についてわかってることは、その“代償”なのだ。
《闇魔法》は威力が凄まじい分、使用者に何かしら悪影響を及ぼす危険な魔法らしい。
母さんから聞いたのは、触覚以外の全ての五感を失った人の話を聞いたな。母さんがまだ子どもの時に、そんな老シスターがいたらしい。
光と闇、両方扱える人だったみたいだ。最後はたくさんの人に囲まれて幸せにそうに逝ったとか。周りから愛されてたのがよくわかる。
……触覚しか五感が存在してなかったのに、普通に生活出来てたって話はとても信じらねぇけど。
「俺の場合、その代償が“精神汚染”ってところか?子どもの頃にやったテーブルゲームの、サンチっていうステータスがゴリゴリ削れた気分だし…。今もちょっと気持ち悪いし、頭が痛い」
これはマジで気を付けて使わないとな。
本当、二振り目で貧乏くじを引いた気分だぜ…。
「どうしようもなくなった時……それこそ、ワーウルフみたいな強敵と遭遇した時までは使わないことをオススメするわ」
「そうする。小夜左文字には悪いけど、しばらく普通の短刀として使わせてもらうわ」
俺がそう言うと、小夜左文字の刀身から感じる怪しい光が、薄くなった気がした。
まるで落ち込んでるように見えるが、気のせいだと思うことにしよう。そうしよう…。
《復讐の賛歌》だけで終わる予定じゃなかったのに……長くなってしまったので区切ります。
次回はコボルト狩りを始めて、しばらく経ったところからスタート。




