執念深く、相手の姿と匂いは決して忘れない―――
ランデムでのホノ爺の仕事が終わり、今日はいよいよ領都へと出発する日となった。
昨日は結局、ワッカさんとも模擬戦が出来ずに終わってしまった。彼が腹満杯の状態で、満足に動けないということで。
……夕飯になる頃にはちゃっかり食ってたけど…。まぁ流石に夜中に模擬戦をやる訳にはいかない。近所迷惑だからな。
だけど今日野宿する時に相手をしてくれる約束をした。今からワッカさんと戦うのが楽しみだ。
「―――はい、大丈夫ですよ。お気を付けて」
「ありがとの。待たせたの~。行くぞ」
「「「はい」」」
やすらぎの森がある西とは逆の東門。ホノ爺が手続きを済ませて、門を抜ける。馬車は領都へ向けて、のんびりゆったりと進む。
馬車の中には俺とサソりん。外にはワッカさんとバンさんがいる状態だ。
「……ねぇ」
「ん?どうしたサソりん」
不意にサソりんが訝し気な表情をホノ爺に向けながら、俺に話しかけてくる。
「前から思っていたのだけど、どうしてホノ爺さんは護衛を雇ってるのかしら?彼、ここら辺の魔物程度なら自分で倒すことくらい出来るわよね」
「あー…。気付いてた?」
例の感覚毛って奴か?気配や臭いに敏感な、サソりんのハサミと尻尾から生えてる毛がホノ爺の強さを見抜いたか。
サソりんが一緒に領都まで行くって話になったあの日、ホノ爺は護衛が増えて嬉しいと言っていたが、俺は内心で「護衛が無くても一人でやっていける癖に…」と思っていた。
ホノ爺は元Cランク冒険者の魔法使いだからな。父さんとも何度かパーティーを組んだことがあるらしい。
ちなみに実力はBランクくらいはあるらしい。ランクを上げなかったのは、のんびり冒険者をやっていきたかったからとか。
Bランク冒険者になると難しい依頼が増えることはもちろん、依頼によっては何日も野宿しなければならないらしい。
ホノ爺曰く、程よく忙しくて充実した日々を送れるのがCランクらしいからな。どれだけ冒険者協会側にランクアップをお願いされても、断り続けたとのこと。
「サソりんの言いたいことはわかるよ。ホノ爺は優秀な魔法使いだったらしいからな。でもホノ爺ってさ……もう結構なお爺ちゃんだから…」
確かにホノ爺は強い。前に初級の火魔法である《ファイアーボール》を見せてもらったが、的が一瞬で消し炭になったからな。
だけどホノ爺は言った。どんなにレベルが高くて優秀であろうと、老いには勝てないって。
「ほっほっほ。年は取りたくないものじゃの~」
俺とサソりんの話を聞いていたホノ爺がそう言い、腰をトントンと叩く。
あの通り、ホノ爺は腰が悪い。初級魔法はともかく、中級以上の魔法を使うと腰が悪化してしまうらしい。
だからこうして護衛を雇っている。
……まぁ、Dランクモンスターまでなら初級魔法で蹴散らせるらしいけど…。
「へぇ~。人間って不便なのね。蟲人は死ぬ三日前までは元気だから、よくわからないわ」
「本当に便利だな、蟲人ってのは」
「ふふん」
そうやって雑談を交えながら、馬車は長閑な街道を進む。
見晴らしも良く、道中は魔物に襲われることもなくて、途中でワッカさんとバンさんも周りの警戒をしつつも雑談に混ざることもあった。
今日は特に何事もなく終われそうだ―――そう思った、その時。
「サソりんのハサミって、普段どうやって手入れを……ん?」
「? どうしたの、ノヴァ」
ランデムを出発してから二時間くらい経った頃。何か気配を感じた。
俺はその気配に警戒して、菊一文字に手を掛けながら外の様子を伺う。
「……サソりん。感覚毛に何か気配を感じないか?」
「いいえ。特に何も感じないけど……何か外にいるの?」
「いや、何も見えない…。ワッカさんとバンさんは、周りに何かいるかわかりませんか!」
外を歩いているワッカさんとバンさんにも聞く。しかし……
「え?僕の《気配察知》には何も引っ掛からないけど……ワッカは?何か見えたりする?」
「俺も何も……ていうかお前の《気配察知》でわからないなら、俺にもわかんねぇよ…」
《気配察知》。その名の通り、周りの気配を感じ取ることが出来るスキル。
魔物や盗賊団の奇襲を防いだり、敵の動きをある程度把握することが出来る。
「ほっほっほ。ワシの《サーチ》にも何も引っ掛からんの~。しかしそういう勘のような物はよく当たるものじゃ。警戒は怠らないようにの」
「うん。念の為、俺も外に出て警戒を―――ッ!?」
自分も外で警戒しようと、馬車から降りようとしたその時だった。
俺に対して、明らかな殺気が向けられたのを感じた。
俺は咄嗟に菊一文字を抜いて、横に向かって振る。
次の瞬間、刃が何かとぶつかった。
―――ガギンッ!
「ぐぅッ!?」
しかし俺は馬車から降りようとした不安定な体勢だった為、襲ってきた何かにぶっ飛ばされてしまう。
「ノヴァッ!?」
サソりんの心配する声が聞こえた。
(これブラックゴブリン戦でもあったぞ!?)
あの時とは違い、今回は不意打ちを防ぐことが出来たが。
俺はなんとか体勢を立て直して、足で地面を削りながら着地する。
襲ってきた奴を見ようと前を向くが、見えたのは目前まで迫る鋭利な爪であった。
それを咄嗟に身体を後ろへ仰け反らせるようにして躱し、俺の真上を通り過ぎようとしているソイツを、全力で蹴り上げた。
「ヴォウッ!?」
蹴りは腹に命中し、ソイツは地面を転がっていった。
今度こそ体勢を立て直した俺は、真っ直ぐに相手を見つめる。
ソイツはコボルトと同じ人型の魔物で、顔は犬というよりも獰猛な狼。二本の足で真っ直ぐ立ち上がってこちらを睨み付けてくる。
コボルトよりも背が高く、長く鋭く伸びた爪。口元から覗かせている、その気になればなんでも嚙み砕きそうな牙。
そしてあの黒い体毛に、俺を軽くぶっ飛ばす程の馬鹿力……体毛は所々に赤みがかっているが、魔物辞典に載っている奴と特徴が一致している。
「……ワーウルフ…!」
「グルルルルル…!」
こうして対峙し、さっきの攻防だけでもわかる。コイツは―――ブラックゴブリンよりも、明らかに強い…!
俺はワーウルフの攻撃を受け止めた衝撃の痛みで震える手を何とか抑えながら、菊一文字を構えた。
VSワーウルフ戦。
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