《居合》
ホノ爺の行商ルートは、まずホムラ村の隣町であるランデムを通って、領都へ向かうことになっている。
ランデムではホノ爺が仕事仲間と商品の売買や飲み会をしたり商品の補充などを行う為、三日間滞在するとのこと。
その後、一週間ほど掛けて真っ直ぐ領都へ向かうそうだ。
かなり長い旅路だが、アイテムポーチの中にかなり分厚い辞典が入っていたので、それを読んで暇つぶしが出来る。『魔物辞典・二○二○版』という物だ。
手紙が添えられており、読んでみると母さんからであった。
『その魔物辞典は最新版です。冒険者は魔物の討伐が多い仕事です……これで魔物の知識を深めて、なるべく怪我の無い様にしてください。貴方の無事を祈っています。母より』
息子相手なのに何とも丁寧な手紙でした。
父さんだけでなく、母さんにまでここまで手厚くサポートされては、とことん上を目指すしか無くなってきたな。
……とりあえず、最終目標はSランク冒険者だな!まずは冒険者になるところからけど…。
試験があるらしいし、気を引き締めとかないとな。
ランデムの町には俺のナックルガードとレッグガードと作ってくれた鍛冶師のおっちゃんがいる。
領都の方が質の良い武具を作ってくれそうなもんだが……思えば、あのおっちゃんしかナックルガードとレッグガードを作ってくれなかったなぁ。
他の鍛冶師のおっちゃんとかは全く受けてくれなかった。武器として使うナックルガードとレッグガードなんて、すぐにダメになるからって。
今考えればそれもわかる気がする。確かに防具として使う物を武器として日常的に使ったら、すぐ歪んだりしてダメになりそうだ。
そんな防具は身を守るのに全く適していないだろう。すぐに壊れてしまうのが目に見えている。
しかし……おっちゃんが作ったナックルガードとレッグガードは、ブラックゴブリンに壊されるまでは、壊れるどころか、歪んでダメになる様子なんて全く無かったな。
もしかしなくても、あのおっちゃんって実は結構凄い鍛冶師だったんじゃ…。断られ続けた結果、半ば諦めた状態で依頼したからよく知らない。ちょっとあのおっちゃんについても調べてみるか。
それで実は凄い鍛冶師だったら行ってみよう。ブラックゴブリンの攻撃一発で壊れちまったけど、素材が良ければもっと頑丈な物が作れるはずだ。
そんな予定を立てつつ、今はホムラ村から五時間程進んだ所で休憩中だ。
ランデムまでは一日半の時間が掛かる。適度な休憩は大事だ。
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
「凄いねあの子。あの年でもう《居合》が出来るなんて」
「目で追うのがやっとだな。こりゃ、すげぇ後輩が出来るかもな…」
「僕なんてほとんど見えないや。目の前でやられたら、気付いた時には斬られてそう」
護衛の男性冒険者2人が、俺のやっていることにそんな話をしている。
冒険者ランクはDで、バンとワッカというそうだ。
バンの職業が斥候職の盗賊で、ワッカがタンクやアタッカーを務める戦士を担っている。
現在はもう一人戦士と、魔法使いを募集中だそうです。
ジョブというのはステータスをプラス補正してくれたり、逆にマイナス補正が掛かるという物だ。専用のスキルなども習得出来る。
例えばワッカの戦士なんかは、魔法関連のステータスが下がってしまうが、近接戦に関するステータスが上がる。敵の注意を引きつけたり、威力の高いスキルを中心に覚える。
バンの斥候は素早さが高く、気配に敏感で隠密系やデバフスキルを中心に覚えて、味方を支える縁の下の力持ち的存在。手先が器用な人が多く、罠の解除なんかも得意。
そんな2人に見られながら、俺は《居合》という抜剣―――俺の場合は抜刀か。抜刀すると同時に、高速で相手を攻撃するという技を練習中だ。
刀というのは、大体が菊一文字と同じ様にやや曲線ぎみの形状をしており、鞘からも抜きやすく、そして《居合》の速度が剣より速いと謎の声さんに聞いたら教えてくれた。
たまに教えてくれないこともあるけど、戦闘面に関しては大抵答えてくれるようだ。
「これなら習得出来るだろう!」と思い、休憩開始からずっと《居合》の練習を続けている。しかし……
「くそっ。全っ然習得出来ねぇ……」
《居合》は《天断》と同じく技のカテゴリーなのだが……一向に習得する様子がない。中々良い感じに出来てると思うんだけどなぁ…。
俺が習得する技って、“刀剣絡み”ではなく《天断》の様に“【神託スキル】絡み”の可能性があるな…。スキルも【剣術】とか未だに習得出来てないし。
何度も《居合》の練習をしてるおかげで、速度も上がって来たのに習得する兆しが全く見えない。うーん……まぁ、こういうのは反復練習だ。
ちょっと練習しただけで出来る様になるんじゃ、面白くないだろう。頑張って続けて、《居合》を手に入れよう。
菊一文字の攻撃速度上昇効果もあるけど、まだ技として認められてない時点で戦士のワッカが「目で追うのがやっと」って言ってるんだ。
もし習得出来たら、さぞ強いだろうな。
なので意地でも習得しようと、とにかく《居合》を続けた。
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シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
「す、凄い集中力だね…。しかもどんどん制度が上がってる。ワッカもあれぐらい訓練に励んでくれたら良いのに…」
「いや俺はともかく、あの集中力は異常だろ?もうかれこれ30分は振り続けてるぞ…」
「ほっほっほ。あれがノヴァ君の唯一の武器だからの~。いや、だったの間違いか。まぁ2人共、よく見ておくと良いぞ。きっと良い刺激になる」
一心不乱に《居合》を続ける俺の耳には、ホノ爺たちの声はほとんど入って来ない。
……ただ、この単純作業に慣れてくるとだんだん虚無感を感じてきて、途中から何も考えずに刀を振っていた。集中力だけは途切れないように注意はしてたけど。
それでも飽きまで感じ始め、なんだか頭もボーっとしてきて「いつ習得出来るのかな~」なんて遠い目をしながら考えることすらも無くなった、まさにその時であった。
―――――シャッ!
(ん?今のは……)
考えるのが嫌になり、心が完全に無になったかのような感覚を覚えた瞬間、明らかに刀を振る速度と威力が上がった気がした。
(も、もう一度!感覚を忘れない内に―――)
シュパッ!―――シュパッ!―――シュパッ!
しかし先ほどのような鋭さは微塵も感じない。
恐らく何かしら要因はあったはずだ。なんだ……何が違う?
俺は一度刀を振るのを止めて、さっきの一撃を放った時の感覚を思い出す。
(俺はあの時、何も考えてなかった。というか放棄した…。集中力を維持するのにも限界が来て、それで……あれ?最後はどんな感じだったっけ?)
「おーい。そろそろ休憩は終わりじゃー」
「あ。うん!わかった!」
シュパッ!
最後にもう一度、あの時の感覚になるべく近い感じで《居合》をしたが、あまり変わらなかった。
結局《居合》の習得は出来ずに休憩が終わり、再びランデムへと向かった。
……なんかバンとワッカの様子が少し変な気がしたが、何か悪い物でも食べたのだろうか?
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side バン&ワッカ
「ワッカ。さっき一回だけ、いつ剣を鞘から抜いたのかわからなかったのがあったんだけど……ワッカには見えた?」
「……………全く見えなかった…。一瞬剣が消えたのかと思ったくらいに…」
「僕もそう見えた。あとノヴァ君自身も、なんか一瞬ブレたようにも見えたんけど…」
「ああ……あいつ、一体何者なんだ?」
ワッカは、未だに馬車の中でチャキチャキと小さく抜刀しながら《居合》のイメトレをしているノヴァを見て、畏怖の念を抱いた。
実際の動画を見て参考にしました。
マジで見えません。
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