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序
紆余曲折の末私は兄の最期を見取る事になった。悲しいひとときではなかった。私と兄は声を潜めて話し合い、意味ありげに微笑み合い、計画を練った。私達は、兄亡き後、遺された私がどういう人間になるべきかを子細に取り決め、その為の準備に余念が無かった。この夏に起こった事を書き留めておいたらどうかと提案したのも兄である。それは思い出を記録するという他に、兄亡き後の私が持つべき新しい技能の訓練にもなった。私は日々兄のかたわらに座り、書き、考え、話し合った。時間は溢れるほどたっぷりとあり、しかも私達は、一瞬たりとも飽きるという事が無かった。
そうして兄を見送った後、私は兄の遺した唯一の形見である新しい私を手に入れて、一人で船に乗ったのだ。
今となっては九十年もの昔、私の住む土地は地震と津波で海に沈んだ。水没を免れた僅かな土地に、残された人々は寄り添って国を造り直した。元は一つだったこの国が、南北二国に分かれたのはこの時だった。南を日本、北を風波と言った。風波政府は翌年を風波元年と定めた。