運び屋ポッポ
「はぁ。やっぱり前の依頼受けるんじゃなかった」
馬車の幌の中で寝転びながら、ゆっくりと空の中を流れていく雲を見て愚痴をこぼす。
俺は相棒の馬のマチルダと共に、世界中の国や街を駆け巡りながら、人や物を街から街へと運ぶ運び屋をやっていて、この街アイチェルトにも前の依頼の関係でやって来たのだが、アイチェルトがこの国の最辺境に位置するとはつゆ知らず、この街から他の街に行く依頼がなく動けなくってしまった。
「何でもいいから仕事の依頼が舞い込んで来ねぇかなぁ」
「いい加減に諦めろって。こんな辺境の街じゃいつまで待っても他の街に行く依頼は来ないぞ」
何度目かわからぬ同じ愚痴を呟いていると、もはや顔なじみとなりつつある衛兵隊の男が声をかけてくる。
「強いて言えば他の街に移動する冒険者を送るくらいだが、冒険者はつい最近ボワフォルティヒに見つかった遺跡の調査でしばらく帰って来ないけどな」
「知ってるよそれくらい。その調査に行った冒険者をエプトツィヒから運んで来たのは俺だからな!全く、依頼を受ける前にここが辺境だと知ってればこんな場所に何か来なかったものを」
エプトツィヒで割と付き合いの長い知りあいの冒険者にアイチェルトって言う場所に送って欲しいと言われて、特に他に依頼があるわけでもなかったから、依頼を引き受けたがこんな事になるとは。
あの時のあいつらのふくみがある妙にニヤけた顔の訳をアイチェルトに近づくにつれて知っても時既に遅し。
嫌な予感はしてたが、昔からの腐れ縁な上に金をたんまりと握らされて受けちまったが、戻ってきたらあいつらは一度絞める。
「それ災難だったが、一体いつまでここに居るつもりだ?懐だってそろそろ寂しくなって来ただろ」
「くっ!痛いところをついてくるな。だが依頼が無いんじゃしょうがないだろ」
「冒険者なんだったら、一緒に探索行けばよかったんじゃないか?」
「だから、俺は冒険者じゃなくて運び屋だって。最初に言ったろ」
冒険者というのは、魔獣退治や遺跡群の探索から街の警備や護衛まで色々とやる何でも屋の事だ。その存在にきまりなんてものはなく、一応は冒険者互助組合は存在するものの加盟義務があるわけでもなく、冒険者ってのはそいつが冒険者と名乗れば冒険者と言った存在だ。
そいつらのレベルはピンからキリで盗賊と変わりないような奴から、物語の英雄みたいな奴も居る。その中で名のある冒険者達が各々にギルドを作り後継の育成を行ったり冒険者の管理をしたりしている。
運び屋はそれとは一線を画する運送のエキスパートなのだよ!まあ、運び屋と言っても俺がただそう名乗ってるだけだが。
「そう言えばそんなこと言ってたな。なら、いつまでもここで来ない依頼を待ってるって訳にも探索に行った冒険者が帰ってくるのを待ってるって訳にもいかないだろ?どこか適当な街にでも行ってそこで仕事を探したほうがいいんじゃないか?」
「それもそうだが」
「ここから少し行ったところにエイケスタッドって言うこの辺の中心とでも言える街があるから、そこに行けば仕事もあるだろうよ」
この衛兵、暇つぶしに俺をからかってるだけかと思っていたが案外俺のことを心配してるのか?だとしたら案外いいやつなのかも知れないな。
しかし、エイケスタッドか。エイケスタッドなら途中にも通ったからわかりやすい。確かにあそこならうってつけの仕事もあるんだろうしな。
「確かにここで依頼を待ちつ続けるのも潮時かもな。今日一日待って何もなければ、早朝エイケスタッドに向かうことにするか」
「おう。そうするのがいいと思うぜ。今日どうせいつもどおり何も無いだろうから明日に備えてゆっくりしたりついでに街の観光でもしてくといい。まあ、辺境だから何もないがな。じゃあな」
そういうと衛兵は自身の仕事に戻っていった。そう言えば、最後まで名前を聞かなかったな。ま、いっか。
さてと、エイケスタッドに向かう準備も兼ねて最後にじっくりと観光でもするか。辺境だから何も無いが。
「じゃあ街でも巡るかマチルダ」
荷台から起き上がり、相棒のマチルダに一声かけ跨がり手綱を取る。マチルダはぶるぶると鼻を鳴らして街の中心へ向けて歩き始る。
まずはどこへ向かおうかと言っても本当に何もない辺境の街だからエイケスタッドまでいくぶんの食糧を買いに行くくらいしか無いんだがな。
しかし、この街は食料をよそから頼ってるから農業地帯と違って何でもかんでも値段が高くてかなわない。
―――ぐぅぅううう……。
そう言えば、今日はまだ何も食ってないから腹が空いたな。ここは買い物の前にそこらへんの飯屋で腹ごしらえでもしてから買い物するか。予定もないし時間はたくさんあるからな。
いや、この街に飯屋は無いから俺の泊まってる宿屋で腹ごしらえするか。宿屋自体もこの街には一軒しかないが。
「宿屋ってのはどうしてどこもかしこも変な名前をつけるんだ?」
朝出た自分が泊まってる宿屋の看板に書かれている荒くれゴブリン亭と言う看板を見てふとそう思った。いや、そんなことはどうでもいいか。
それより重要なのはこの荒くれゴブリン亭がこの街の唯一の酒場であり、飯屋であり、宿屋って事だ。正確に言えば酒場主体のつまみも出してついでに泊まることも出来るって感じの場所だが。
だから、夜になると街の連中が酒を呑んだくれて喧嘩騒ぎになる。あ、だから荒くれゴブリン亭か。
「らっしゃい!あ、運び屋のあんちゃんじゃねぇかちょうどいいところに来た!」
「一体何がちょうどいいのかさっぱりだが、こっちは腹が減ってんだ何か頼む。あと、マチルダの分もよろしくな!」
「あいよ!ちょうどそこに俺が食おうと思ってたポリッジがそこにあるからそれでよけりゃすぐに出せるぜ」
「もうちょっとマシなものは無いのか。マシなものは」
「って言ってもこんな時間に来るような客はお前くらいだし、そもそもこんな辺境じゃまともな食料すら無いよう状態だしなぁ。塩漬けのニシンならあるぜ」
「ああ!わかったわかったよ。それで構わないから。ところで、そこの少女はどうしたんだ?」
塩漬けのニシンはもう沢山だからな。
店主に塩漬けのニシンを押し付けられる前に話を切り上げ席に座り、昼食を急かせる。
そのとき、ふいに隣のテーブルに目をやるとこの店には場違いな少女が一人座っていた。
少女は貴族然とした様相で、北の出の特徴の透き通るような白い肌の持ち主で神話から出てきた妖精のような出で立ちの少女だった。
「それを今から、話そうと思ってたわけよ!」
馬小屋に居るマチルダに乾草を与え、自分が食べようと思っていたポリッジを持ってきて俺のテーブルへと置いた店主は俺の目の前に座ると話を切り出してきた。
「その少女だが一言で言えば、さっぱりわからん。だが、どうやらどこかに行きたいらしくてな、そういや適任者が居るじゃねぇかって思い出してお前を待ってたってわけよ」
「ってことは待ちに待った仕事ってわけか!そいつぁいい。で、儲かるんだろうな?」
「この守銭奴め。そんな調子だから前の依頼も金握らされてこんな場所に来ちまったってずっと愚痴ってたじゃなねぇか。学習能力ゼロなのか?」
「それはそれ。これはこれ。で、儲かるの儲からないの?」
「俺が知るわけねぇだろ!報酬についてだったら依頼主に聞けばいいだろ。そこに居るわけだしな。とにかく!仕事がなくて街を出るに出れず困ってたんだから、ちょうどいい機会じゃねぇか。例え報酬が安くても少なくとも次の街に金を貰って行けるんだからよ」
そう行って店主は少女の方をちらっと見る。
ようやく俺にも運が向いて来たか?エイケスタッドに旅立とうと思った矢先に依頼人が現れるんだからな。これは最早この依頼人の依頼を受けろという天啓では?
まあ、普通に実情として俺に受ける以外の選択肢は無いわけだが。
「たしかにそれもそのとおりだな。ところで、俺ももう随分とこの街に居るがこんな少女見かけたこと無いがこの少女って街の住人なのか?」
「いや、この少女は街の住人じゃねぇ。こんな辺境の野郎どもしか居ないむさ苦しい街にこんな少女が居たら話題になってるだろ。だから街の外から来たと思うんだが、街の警備があれだからなぁ」
確かに街の警備があのサボりぐせのある衛兵じゃ少女がどこから来たかどうかなんてわかるはずがない。
「確かに街の警備があれだと無理もないか。ところで行き先とか聞いてるのか?」
「それがどうも要領を得なくてな。どこに行きたいのかさっぱりなんだ」
「ちょ、それはいくらなんでも無責任すぎやしないか」
「仕事探してたんだからちょうどいいだろ!お前向けだし!じゃ俺はこれで」
「おい!逃げんなよ店主!」
そう話を聞くと急にこの少女が得体の知れないものの様に思えてき、ついさっき美しいと思った容貌が酷く恐ろしいものに感じられて来る。
店主はと言えば、一人でそそくさと店の奥へと逃げていった。
ごちゃごちゃ考えていても仕方ない!金が手に入れば関係ないのだ。それに折り合わなければ断って当初の予定通りエイケスタッドに向かえばいいだけだ。
そう決心し、さして美味くもないポリッジを腹へとかきこみ、空になった皿をテーブルへ置くと、少女のテーブルへと向かい少女の目の前に座り話を切り出す。
「お前が依頼主か?」
「あなたが僕の依頼を受けてくれる冒険者ですか」
話してみればますますどこかの貴族のお嬢様といった印象を受ける。
ただ、一つだけ気に食わない事がある。
「依頼を受けるかどうかは内容と金額次第だが、その前に一つ言っておく事がある。俺は冒険者じゃなくて運び屋だ。ここだけは間違えるな」
「そうなんですか?人から依頼を受ける人はみんな冒険者かと思ってました」
「確かにそう言えるかもしれねぇが、俺は運び屋だ。人や物を他の街に届ける人間だ。で、依頼は?」
「そうだったんですか、それはすいません。ちょっと僕、世間に疎くて」
「いや、次から気をつけてくれればいい。まあ、次があるのかは知らんが。それで依頼の内容は?」
「僕をある場所まで運んで欲しいんです」
「まあ、それが運び屋の仕事だから構わねぇがある場所って?」
「それが……それがわからないんです」
「はぁ?わからないところに運べるわけないだろ。冷やかしなら帰ってくれ」
「そうじゃないんです!その場所に行けばわかるんです!ただ、その場所がどこかわからないし、それにここがどこだかもわからなくてそれで……」
少女はそう言いながら俺の事をじっと見つめる。その瞳は不安で揺れていた。
大方、どっかの貴族のお嬢様かなんかで家出かなにかしてきたが、不安になって帰ろうと思ったが帰り道がわからなくてこの街もどこだかさっぱりって言った感じか?
それなら自分の街の名前くらい知ってそうなものだが……どうにもやばい依頼に思えてくる。
「俺も次の街に行くための資金と仕事が必要なのは確かだが、どこに行きたいのか定かじゃない依頼を受けるわけには……」
「お金……お金があれば受けてくれるんですよね!」
少女はそういうと、かばんから小包を出してそれをテーブルにひっくり返した。
「な、何だこの大金!?ぜ、全部アウリス金貨だと!?ば、馬鹿な!何だこの金貨がこんなに大量にこれだけの金があれば一国の王にいやそれどころの話じゃないぞ!」
少女が小包をひっくり返すとじゃらじゃらと音を立てて金貨が出てきてテーブルを覆い尽くしてしまった。
しかも、その全てがアウリス金貨だった。
この世に流通する金貨は数多あれど、三大金貨と呼ばれる金貨が存在する。
まず1つめがドゥカッタ金貨と呼ばれる権威ある世界標準金貨だ。
ヴェネルタ商人共和国が発行し、純金保有率が最も安定している金貨で、各国毎に金貨はあるが国家間の取引ではすべてドゥカッタによる支払いが基本となる。
次にソルディウス金貨で偉大なる金貨と呼ばれる。
その昔、権威を誇った帝国が作った金貨でこの金貨を得るために戦ったものが多かったことから別名兵士の金貨と呼ばれる。
そして最後にアウリス金貨だ。最古の金貨と呼ばれるこの金貨は混沌が世界を覆い尽くす前のものという伝説から最古の金貨と呼ばれている。
その金の保有率は99.9%で現代の技術では絶対に不可能と言われているところからも最古の金貨としての裏付けと言える。
そしてこれらの金貨の交換比率は1アウリス=4ソルディウス=64ドゥカッタだ。
ドゥカッタ金貨一枚だけでも大金なのにそれがアウリスでこんなにもあるとはどういうことだ!?
これだけの金貨をどうやってこの少女は?それにこのだけの金貨を今まで持ってたのか?もの凄い重さになるぞ……ますます得体の知れないさが深まっていく……だが
「面白い……面白い!これだけ金貨があるなら引き受けようじゃないか!どこへたりとも連れてってやるよ!」
「ホントですか!じゃあこの金貨はすべて差し上げます」
「あ~あ。また金に目がくらんで厄介な依頼引き受けてるじゃなねぇか。全く学習能力ゼロだな」
どこからか同じ轍を踏む人間を蔑む声がするが気にしない。
たとえどんな依頼だろうともこんだけの金があれば俺の唯一の生き甲斐を達成するのも早くなるってものだ。
「何だ店主?この金は俺のものだぞ!一枚もやらんからな!はっ!?まさか誰かに告げ口するつもりか!」
「そんなあぶねえ金欲しくねぇし誰にも言わねぇよ。正直言えば今すぐこの娘を追い出して見なかったことにしたいし関わりたくない。だから、一つ忠告しとくぞ。これはやばいからな」
「それがどうした?」
俺は声のトーンを落としてそう店主に振り向きながらいう。
「後悔するぞってことだよ」
「別に構わないね。俺はそれでいい。さあまだ話の途中だ部外者は店の奥に引っ込んでてくれ」
そう言って店主を追い返して少女の方を向く。
「それで、依頼は引き受けるが何か場所の手がかりとかないのか?」
「手がかり……手がかりですか?こんなのでよければありますけど」
そう言われて、少女から手渡されたのは見たことのない奇妙な見た目をしたペンダントだった。
「ん~なんだこれ?確かに特徴的な見た目だから手がかりになるかも知れないが、これだけではさっぱりだな」
「どれちょっと貸して見ろ」
奥に引っ込んだはずの店主がいつの間に俺の後ろに居て、俺からペンダントを奪ってジロジロと眺める。
「何だ店主関わりたくなかったんじゃないのか?」
「お前たちを早くここから追い返す為だ。少しの協力はやぶさかでもない」
「それで、何かわかったか?」
「いや、さっぱりだ。だが、これは見覚えがあるな」
「ほんとか!店主!で、場所はどこなんだ」
「いや、これだけじゃさっぱりだな」
「そこが重要なんだろ店主!全く……なら、当初の予定通りエイケスタッドに依頼主も連れてそこで考えるとするか。あんたもそれでいいか?」
「そうだ!エイケスタッドだ!」
俺が当初の予定通りに事をすすめる確認を依頼主の少女にすると突然店主がなにかひらめいたようで叫んだ。
「エイケスタッド?それがこのペンダントと何か関係があるのか?」
「最近ボワフォルティヒで遺跡が見つかっただろ?それで何かと冒険者やら物資を運ぶキャラバンやらが来たが、そいつらの中の一人にこれと同じようなペンダントを付けた奴が居たんでな」
「なるほどな。この街に来るには必ずエイケスタッドに寄らねば来られない。そいつがこの街に来たってことはエイケスタッドに寄ってたのは間違いなさそうだ。なら、そこで情報収集すればこの依頼主の目的地もわかるって事か」
「そういうわけよ!」
「じゃあ、エイケスタッドに向かうってことでいいか?」
「はい!僕はそれで構いません!」
「よし決まりだな!じゃあさっさと出てってくれ」
「はぁ……こんな薄情な店主ほっといてとっとと行くか。えぇっと……」
そう言えば名前を聞いてなかった。なんて言えばいいんだ?てか、名前聞けばいいのか。
「リトって言います。これからよろしくお願いします。えっと」
「ポッポだよろしくな。リト」
「はい!ポッポさん」
そうして俺はリトと握手を交わす。今にして思えばこれが全ての始まりであった。
「あ、そうだ店主。食料売ってくれ」
「何で俺が食料売らなきゃならねぇんだよ」
「金ならあるから」
「いや、その金は受け取りたくねぇ」
「大丈夫だってこれは俺自身の金だから」
俺はそう言ってリベレ銀貨を3枚取り出して店主に差し出した。
「というわけでエイケスタッドまで行く分の食料売ってくれ」
「チッしょうがねぇな。ニシンの塩漬けしかないかが我慢しろよ」
「おい店主!ちょうどいい機会だからって厄介なもん押し付けて来るんじゃねぇよ!3リベレも貰っといて!もういい加減食べ飽きたんだよそれ!」
「しょうがねぇだろ!?よそから食糧を頼ってるからこういう保存食しかここにはねぇんだよ!それにここじゃこれでも適正価格だ!少しおまけしてやってるくらい何だからよ!」
「そういう事言うんだったらニシンだけじゃなくて腸詰めとか豚の燻製もよこしやがれ!行くぞリト!」
ニシンの塩漬けばかり俺の馬車に積み込む店主を尻目に奥にある腸詰めをぶんどってリトに声をかけ一目散へとマチルダと馬車がある裏の馬小屋までと急ぐ。
「は、はい!」
「あ、そりゃ俺が密かに楽しみにしてた奴じゃねぇか待ちやがれ!」
追ってくる店主から逃げながらマチルダに急いで跨る
「リト!早くしろ!このままだと店主に捕まるぞ」
「は、はい!」
「俺の腸詰めぇぇぇえええ!」
「ニシンばっか詰め込むから悪いんだろ。じゃあな」
そう言ってマチルダを門までと一目散に走らせてエイケスタッドへと旅立った。
「ふぅこれで店主も追って来られまい」
段々と小さくなって行くアイチェルトを振り向きながらそう言った。
「エイケスタッドまではこの街道を進んで行けば二三日で着く。と言っても今日はそこまで進めないがな。ここ最近日が短くなってるからな」
肌に時たま当たる風が冷たく、冬の気配を感じる。もうしばらくすると雪も降ってくるだろう。
「って言うことは野宿ですか?」
「まあ、そうなるだろうな。無理に強行軍をしてもいいが、いくら街道があると言ってももう少しすれば辺りは森になるからな。魔獣や野盗の類が出ないとも限らない。だから強行はおすすめ出来ないがどうしてもと言うのなら俺は依頼主であるリトに従うが」
「いえ、別に野宿で構いません」
「じゃあそれで決まりだな。この先に俺も来るときに利用した、この街道を利用する人間の為のちょっとした休息所がある。今日はそこについたら野営の準備をしよう」
それからは会話は特になかった。まあ、いつもの事だが。
大抵、依頼主と俺は初対面で他人同士だからな。よほどの事がなければ途中で会話も途切れる。
それよりも早いところ休息所につかないと何もない薄暗い森の中で夜を越すことになる。
「ここが休息所ですか?」
薄暗い森の中の頼りない街道を進んでいると、途中で森が途切れぽっつりと開けた休息所が現れる。
そこで馬車を止めると、リトがそう聞いてきた。
「そうだ。何もないただ少しばかり切り開いた場所だが水辺が近いからな。歩きの人間にも水は重要だがそれ以上に馬に水が必要だからな。ここに休息所が自然と作られたわけだ」
リトに説明をする間に馬車からマチルダを離し池のそばへと連れて留めておく。
「そうなんですか」
そう返事を返して何やら辺りを興味深げにみるリトをおいておいて、俺は焚き木を集める。
焚き木を集め終わると適当な場所で焚き木火を付けて、馬車から鍋を取り出し池の水を汲むと火の上に鍋を置く。
「食事にするか。と言ってもほとんどニシンしかないけどな」
ちらりと木箱に大量に入った塩漬けのニシンを見てそういう。
「僕はそれだけでも構いませんけど」
「俺はもう食い飽きたんだよなこれ。ゴブリン亭に居た時は事ある事にこれを出されてまいったぜ。てなわけでこの腸詰めをスープにしちまおうってわけだ」
そう言ってゴブリンの店主から奪って来た腸詰めを出す。
「それに、こういう職をしてるもんだから他にも野菜類はいくつかあるからな」
豆や玉ねぎやキャベツなどの野菜を腰に備えてある短刀で切り分け鍋の中へ放り込み腸詰めも切り分け鍋に放りグツグツと煮込む。
「食事の後はリトは寝るといい。俺は見張りと火の番も兼ねてこのまま起きてるから」
いい感じに煮え立って来たスープをよそいリトに渡して自身も食べ始めるとそう言った。
「いいんですか?それに寝なくて大丈夫ですか?」
「これくらいなれてるから心配すんなって。それに休息所って言っても森の中だし何があるかわからんからな。いつ何が起きても対応出来るようにしとかなくちゃな」
「そうですか。ならお言葉に甘えたいと思います」
「ああ、そうしとけ。ん?」
そう話していると奥の茂みから誰かの視線を感じて振り向いた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
だが、そこには誰も居らずスープを食べ終えてリトが眠りにつき夜明けまで警戒していたが、何も起きずに夜が明けた。
不穏な事はそれくらいしか起きずに旅の道中は何もなく、無事にエイケスタッドへと辿り着いた。
「さてと、まずはこの金を使える金にしないとな。前の自分の金は全部ゴブリンの店主に渡しちまったからなぁ」
「アウリス金貨のままじゃダメなんですか?」
「ダメって事はないが、アウリスってだけで余計な注目を集める。それは避けたいからな。だから、両替商で両替する。ただ、普通の両替商で両替しても結局問題になる。だから闇の両替商で両替しなくちゃいけないんだが……うまいことこの街に居るかどうかがなぁ」
お目当ての両替商がこの街に居るかどうかが問題だが、これだけの規模の街だ。裏路地に行けば一人や二人すぐに見つかるだろ。
だが、そこにリトを連れてくのも危険なんだが。まあ、なるようになるしかないか!
「この先、危険だから俺の手握って離すなよ」
「は、はい」
全く、どの街でもこういった場所はあるのは嫌なことだ。こういった裏路地は辛気臭いし、街の闇の部分で誰も関わろうとしないものが押し込められてるからな。
しっかし、両替商が居る気配がないな。裏路地にある酒場もそれっぽい感じが見受けられない。
ん?
「ど、どうしたんですか」
俺が突然に足を止めた事でリトが驚いて声をかけてくる。
「いや、久しぶりにこれを見たと思ってな」
俺はそう言って足を止めた眼の前にある看板を指差してそういう。とは言っても本来看板に書かれて居る方ではなく、その横に小さく書いてある方を指差した。
知らない人が見れば、経年劣化によるただの傷跡に見えるだろうが、確かにそれは渾然とそこに書かれていた。
「血誓盟ですか?それがどうしたんですか」
「リト、お前これが読めるのか?」
「はい。ただ、血誓盟が何を意味するのかわかりませんけど」
一体全体何なんだリトはますますわからなくなっていく。
確かにこれは血誓盟と書かれて居る。しかし、これはこの国の文字では無いしだからと言って他の国の文字でもない。これは現存しない文字なんだ。
俺もたまたま知ったこの文字をあっさり読めるとはどうなってる?
まあ、いい。血誓盟とあるならここがかの有名な組織に通じるのは間違いねぇ。ここに知り合いが居る可能性も高い。
「意味は特にねぇよ。だが、ここにお目当ての人物が居るのは間違いなさそうだ入るぞ」
古ぼけたドアを開けて中に入る
「らっしゃい。酒ならまた夜来てくれ。それともその手を繋いでる嬢ちゃんとお楽しみか?なら、いいところを紹介してやるからそっちへ行ってくれ」
ドアを開けて中に入ると初老の男性がそう気だるげに答える。
その顔を忘れるはずがない。かつて俺を色々と助けてくれた恩人だ。
「じいさん俺の顔を忘れちまったか?血の誓いを教えてくれたのはどこの誰だっけ」
「何だポッポじゃねぇか。そんな別嬪さん連れてきてどうした?」
「単純だよ。依頼だよ依頼」
「依頼だ?そりゃいいがおめぇ金を払えるんか?高く付くぞ」
「それがな払えるんだよ。分け合ってその方法は言えんが、話を聞くってんだったら話してやるよ。だが、話を聞いた瞬間じいさんは依頼を受けたってことだ」
「はぁ。いいだろ中入んな」
そう言って店の奥へと入っていく。店の奥には地下へと続く階段があり、その先には頑丈な鉄扉が構えていた。
「ところでじいさんあの街からここにいつ越してきたんだ?」
「あ?まあ、随分と前だが。前の街が混沌に敗れたからな」
「そうだったのか」
「それよりいい加減まともな職についたらどうだ?」
「この期に及んでまだ脅しか?闇社会との関わりをたてって?大丈夫だってそれを知っててここに来ている」
俺がそういうと老人はやれやれと行った感じで頑丈な錠前を外して扉を開ける。
「で、金は?」
「おいおい、そう急ぐなよ。って言ってもそんな大したことじゃねぇ。ちょっと大金があるからそれを両替して欲しいってだけだ」
「そのちょっとがここではちょっとじゃないのはお前がよく知ってるんじゃないのか?表では両替出来ないやばい金。だからここに来た違うか?」
「まあ、そうだが。こういう面倒な詮索の仕合は今日は勘弁だ。長旅で腹が減ってるからなさっさと表で食事がしたい。そうだな……端的に言えばアウリス金貨がある。それを使える金にしてくれ」
「アウリス金貨か。なるほどいいだろ。ただし、レートは1アウリスあたり3ソルディウスだ」
「おいおい、待て待て。そのレートはあまりにも横暴じゃねぇか?」
「そう思うなら他へ行け。アウリスだと表でいらぬ関心をかって使いにくいというより、使えないからここに来たんじゃろ?それは裏でも一緒だ。アウリスを他でさばけると思うなら行けばいい」
「なるほど。交渉は受け付けないと。なら、それでいい。じゃあこれを頼む。ただし、この情報が他に漏れ出たらお前の命はないと思え」
俺はそう言ってかばんから金貨を一握りしてテーブルへと差し出す。軽く30枚はあるだろう。
それを見てはじめて老人の笑みが引きつったものへと変わった。ふっこれで一杯食わしてやったぜ。
「お、おい。そんな額だとは聞いてないぞ!」
「言ってないからな。交渉は受け付けないんだろ?交渉さえしてれば結果は違っただろうが、こっちもこんだけの量を捌くのは表でも裏でも無理だからな。それと再度言うが情報が漏れ出たら殺す」
「くっ!わかった。私もプロだ。ちゃんと両替してやるよ。くそっ!この街で隠居生活をはじめてから腕が鈍ったか!この程度も見抜けんとは!」
「腕が鈍ったから隠居してるんじゃねぇのか?」
「抜かせ!今に見ておれまだまだ若い奴には負けんからな」
そう言って老人は奥の棚から小袋を持ってくる。
「ほれ、30枚だったからな1440ドゥカッタだ。しっかり受け取れ」
じいさんから受け取った金貨を一枚一枚数えてちゃんと言われた数があるか確認して受け取った。
「全く……またアウリスが出るとはな」
「またって?」
じいさんが金貨を受け取るときに呟いた一言を聞き返すとしまったといった表情をする。
「一体なんのことかの?」
「トボけても無駄だぜ。今、またって言っただろまたって」
「くっ!仕方がない。どうせ街中で噂になってる話じゃ。ボワフォルティヒでアウリスが出るってな」
「ふ~ん。興味ないや。ところでじいさんとある場所を探してるんだが、これに関連する場所を知らないか?」
俺はついでとばかりにこのエイケスタッドに来た目的である、リトの行きたい場所の手がかりであるペンダントをじいさんに見せる。
じいさんはペンダントを見るや険しい顔になった。
「お前、このペンダントの存在を忘れたのか?昔教えただろ」
「言ってたか?じいさんの授業は話が長くて覚えてないな」
「この戯け!なら、改めて教えてやるがこれは魔術師協会の会員の証だ」
「そういうことか……」
「一体どういうことなんですか?」
「いや、リトには関係ないことだ。だが、これである程度場所はわかったぞ」
「そう楽観的な話じゃないぞ。協会に行っても無意味じゃろうな。それよりもボワフォルティヒだろうな」
じいさんの口から全く思っても居なかった地名が出てきて驚いた。
「一体どういうことだ!?」
「どういうことじゃろう?最近物忘れが激しくてのぉ」
「足元見やがって。いくら払えば教えてくれるんだ」
「1アウリス分で思い出せる気がするのぉ」
じいさんのその言葉に苛立ちを覚えつつ、アウリス金貨を投げ渡す。
「アウリスで差し渡して来るとは……やはりか。お前とんでもない事に巻き込まれるぞ?」
「いいからさっさと教えろって」
「このアウリスとペンダント、そこの少女に関係することだろ?魔術師協会の人間がボワフォルティヒに行ったこれは知ってたか?」
そう言えばゴブリンの店主がこのペンダントと同じのをした人間を見たって言ってたな。あれは協会の人間だったってわけか。
「ああ」
「そのボワフォルティヒに行ったわけだが、どうやらそこに協会として知られたくない事実があるらしい。その確認の為に遣わされたようじゃな。でだ。そこの少女が協会の証とアウリスを持ち込んだ。どうも出来すぎてるとは思わんか?まるでボワフォルティヒから来たと言わんばかりではないか」
「なるほどな。だからボワフォルティヒって言ったわけだ」
「だが、行けばほぼ確実に何らかに巻き込まれるぞ」
「忠告ありがとうよ。だが、仕事何でな」
そう言ってじいさんの元をさりリトを連れて表通りへと戻ってきた。
「いいんですか?」
「一体何がだ?」
「その、危険なんじゃないかって……」
「何だじいさんの話し気にしてんのか?心配すんなって。危険も承知で俺は依頼を受けてるんだからな。それより、思いがけぬところで情報も手に入ったわけだし、アイチェルトに戻る前に飯でも食って行こうぜ」
不安そうな表情をしているリトの手を引っ張って飯屋を探す。さてと、どっか飯の食える場所はっと……ん?
「荒くれオーク亭……これってまさか、まさかだよな?」
まさか、こういうシリーズなのだろうか?いや、そんな馬鹿なこんなネーミングセンスしてる奴がアイチェルト以外にも居るだと!?
「とりあえず、ここに入ってみるか」
「そ、そうですね。僕はポッポさんが良いならどこでもいいですよ」
ゴブリン亭のイメージのせいで無駄にニシンを押し付けられるイメージが強くてなんとも入りずらいが、他に店を探すのも手間だし意を決してここに入ってみるか。
「らっしゃい!食事にするかそれとも泊まりか?泊まりなら一泊18デニアだ」
店に入ってみるとゴブリン亭とは違って居たって普通の宿屋といった様相だった。
「いや、すぐに旅立つつもりだから食事だけで大丈夫だ」
「あいよ!食事ならこっちのテーブルにどうぞ」
案内されたのは日差しが心地よく入ってくる窓際の席だった。
「それで、お客さん何にします?」
「そうだな……しばらくの間肉を食べてないから肉を食いたいな」
「肉ですか……?それは困ったな。今この店には肉がほとんどおいてないもんで。ニシンならありますけど?」
ここもニシンか……もうあれは食い飽きたのだ。
「肉はないのか肉は。もうニシンは食い飽きたんだ!ここはこの地域の中心部何だろ!」
「と言われましてもね。収穫期はもう少し先ですし、中心部と言っても混沌のすぐ近くの辺境ですからね……」
「別に僕はニシンでも構いませんけど」
「お連れさんもこう言ってることですしどうでしょ?」
「うぐぐ!仕方ない。肉は諦めるが、金に糸目は付けないから頼むからニシン以外で頼む」
「わかりました。では、そのように」
そういうと店主は厨房へと消えていった。
食事を待つ間、会話がなく重苦しい微妙な空気が俺たちの間に流れていた。リトは相変わらず思いつめた表情をしており、何か言うべきかどうかを迷って居るような感じだった。
「おまたせしました!」
その空気を打ち破ったのは、料理を持ってやって来た店主だった。
「何だ。肉があるんじゃないか」
店主が持ってきたのは寸胴の鍋に入った塩漬けにされた豚肉と野菜を煮込だスープと日持ちするようにカチカチに焼き硬められたパンだった。
「そりゃ貴重だがあるにはあるからな。だがその分値ははるがな」
「少しでもマシなものが食えるんだったら、値段なんて気にしないさ」
「そうか。ならゆっくり楽しめよ」
店主が鍋をおいて、奥の方に帰っていくのをみて、食事に手を付ける。
久しぶりに食べるニシン以外のまともな食事は、豚の臭みが長く保存していたせいなのかキツく、保存の為に使われているその大量の塩のせいで塩辛いが、あのエグいニシンに比べれば天と地と差で、肉と相まって口の中に時折入る野菜のほのかな甘味が五臓六腑に染み渡る。
カチカチに焼き硬められ、とても噛んで食べる事が出来ないであろうパンもスープに浸しふやけるまで柔らかくしてから口へ運び食べるとなんとも美味く感じられる。
しばらく食事に夢中になっていたが、ある程度満足したところで手を休めてリトの方を見てみると、相変わらず不安気な表情をしており、食事にも全く手をつけていない状態だった。
「どうした?口に合わないか?」
アイチェルトから今までニシンで構わないと言う割には全く手を付けず、休息所で一度作ったスープにも全く手を付けないず、今も全くといっていいほど手を付けていないリトを見て、そもそも口に合わないのではと思い聞いてみる。
確かに今出てきたスープはあのニシンに比べればマシだが、それでも上等なものとは言い難い。貴族のお嬢様の様なリトだ。本当に貴族のお嬢様だとしたら、世界を目まぐるしく駆け巡って食事など二の次な俺と違い、こういった食事に慣れて居ないことを想定しとくべきだった。
「いえ、そういうわけじゃ……」
「と言う割には全然食べて無いようだが、一体どうした?」
そう聞くとまたリトは言うべきかどうかを迷うような表情をする。そこから食事前と同じ様な重苦しい空気が俺たちの間に流れ始める。
「どうすればいいのかわからないんです」
その沈黙を破ったのは今度は店主ではなくリトだった。そこから徐々にリトは口を開き始めた。
「どうすればいいかわからないって言うと?」
「僕、何であの街に居るかわからないって言ったじゃないですか。でも、本当は違うんです。気づいたらあの街に居て、何でここに居るのかここがどこなのか全くわからなくて。それだけじゃなくて自分の名前と自分が住んでた場所の事以外の記憶があやふやで思い出せないんです」
「それで、覚えている場所に行きたいと?」
「はい……そこに行けば誰か知ってる人が居て、他の事も思い出せるんじゃないかって思って。ただ、さっき聞いた事でどうすればいいかわからなくなって。このまま忘れてた方が幸せ何じゃないかってそれに……」
「それに?」
「こんな素性のわからない僕に関わってたらポッポさんが危ない目に合うんじゃないかって」
「はぁ……なるほどな」
そう言ってリトの頭に手を伸ばして、くしゃくしゃとその頭をやや乱暴に撫でる。
「え?え?」
リトは困惑した様子だった。
「安心しろって危険なんて覚悟の上だし、リトの事を迷惑だとも思っちゃいない。あの依頼金には俺の命も含まれてるしな。それから記憶があやふやな事なんて気にすんな。この辺は混沌に近くて瘴気が強い。長く瘴気に当たり続ければそんな風に記憶がごっちゃになったりするもんだよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんだよ。ほら、さっさと食ってアイチェルトにとんぼ返りするぞ」
話を切り上げて、食事を再開する。思いがけずリトの謎の一端を知ってしまい食事の味がわからなくなってしまった。だが、それは関係ない。俺はただ依頼をこなすだけだ。
口に物を詰め込んでスープで胃に一気に流し込んで食事を平らげる。
「ふぅ……食事も済んだ事だし、門の近くの馬小屋に戻ってマチルダに乗ってアイチェルトに戻るか」
「そうですね。だけど、食糧とか大丈夫なんですか?」
「あのニシンが大量に残ってるからな……さてと、店主金額は幾らだ」
「6リベレほどですかね」
クッ!6リベレもするのか。帝国の帝都に行けばその値段でもっとマシな物を食えるのに。だが、仕方ないかこんな辺境じゃな。それに金はあるしな。
「じゃあ6リベレ釣りを頼む」
「はぁ。1ドゥカッタですか。少しお待ちを」
そう言って店主は奥から6リベレを持ってくる。それを受け取って店の外へと歩いていく。
「じゃあな店主」
「はい。また何かあったらぜひ立ち寄ってください」
「ああ、機会があればそうするよ。あ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「何でしょうか?」
「アイチェルトに荒くれゴブリン亭ってのがあったんだが知りあいか?」
「あいつ家を飛び出したと思ったら、そんなところで立派にやってたんだな……お客さん教えてくれてありがとう。また今度よってくれたら今度は本当のごちそうを提供しますよ」
「ぜひそうしてもらいたいものだな。じゃあな」
そう言って荒くれオーク亭を出た。てか、やっぱここあの店主の実家かよ。
街に入った時にマチルダを預けていた門近くの馬小屋へ向かってマチルダと馬車を受け取って、アイチェルトへ向かう準備をしていると、集団がこちらの方へ向かって来た。
その集団は俺の前で立ち止まり、その中から一人の男が俺の前へと出てくる。
「それをこちらへ渡してもらおうか」
「聖銀に身を包んだ異端狩りが一体こんなただの旅人に何のようだ」
代表と思しきその男に警戒とやや侮蔑のこもった声で返答する。この集団は最も会いたくない連中の一つ混沌に対する尖兵であるキュモン教の実働部隊の異端討伐隊であった。
こいつらは四六時中、混沌を滅ぼす事だけを考えている連中だ。こういった世の中では混沌を救世主と崇め混沌側に自ら依する人類の裏切り者も数多い。そういった奴らを焼き討ちしたり、それらに関与した人物を拷問によって情報を吐かせたりと兎に角こいつらが関わることにはろくな事がない。
そいつらがリトを指差しそれ呼ばわりで引き渡せとは癪に障る発言をしてくれる。
「随分な言いようだな?まあ、それをこちらへ差し出すなら今回は貴様は見逃してやろう」
「それをすんなりと信用するとでも?いきなり現れて依頼主をそれ呼ばわりする奴に引き渡すわけないだろ」
「普通、我々をみれば素直に要求を聞き入れ、全ての出来事を忘れようとするものだが。貴様は中々強情なようだな」
ため息をついて男はやれやれと言った感じでこちらを見てくる。その目は聞き分けの無い人間が手間をかけさせるなと言ってるようだ。
そんな中リトは俺の袖の端を掴みこっちを縋るような目で見る。
「安心しろ。例え相手が誰であろうとも依頼を受けたからには必ず遂行する」
「それに義理立てする必要は全くないぞ。何せそれは混沌に属する人類の敵なのだからな」
「何か勘違いしてないか?リトはただ瘴気に当たって記憶が混乱してるだけで混沌側の勢力じゃない」
俺がそういうと男は薄気味悪い大笑いを上げる。
「勘違いしてるだと?勘違いしているのは貴様の方だ。それは人間ではない。人類の皮を被った唾棄すべきアンデットだ。さあ、わかっただろ。これ以上手間をかけさせるな」
「リトがアンデットだと?おいおい何の冗談だ。アンデットが言葉を喋るだって?それにもし言葉を喋るアンデットが居たとしても街に入れないだろうが」
「いいや、間違いなくアンデットだ。それと貴様が接触したときからずっと監視してたから間違いない。こちらも時間がないこれ以上抵抗するのなら実力行使で奪わせて貰おう」
男がそういうと他の連中がこちらを囲むように臨戦態勢を取る。
「来るなら来いよ。さっきも言ったが俺は何であろうとも受けた依頼は必ずこなす。お前らがその障害となるんだったらぶち破るだけだ」
「最後通牒はしたからな。後悔するなよ!」
今目の前で話していた男がそういうなり、いつ持ったのか剣を振り上げていた。慌ててリトを抱えて後ろへ身を引き躱す。剣先が鼻先ギリギリのところを通り抜け下から風が吹き抜ける。
休む間もなく男は剣を振り上げた動作から流れるように剣を横へと滑らし斬りつけてくる。上半身を仰け反らせて躱すが、男の猛攻が止まりそうにない。更に後ろから他の連中が襲いかかってくる気配がする。
リトを落とさぬよう抱えて居る腕に一層の力を入れると、攻撃のすきを縫ってマチルダに近いところに居る異端狩り共の一人をタックルして吹き飛ばし、リトを馬車へと放り込み自身もマチルダへ飛び乗って手綱を握る。
「その程度で逃げ切れると思っているのか?」
「マチルダに乗った時点でここは俺の勝ちなんだよ!マチルダ!」
マチルダに一声かけると足を振り上げて来た道を勇猛に引き返す。逃げるが勝ちだ。
「リト、しっかり捕まっとけよ!」
「は、はい!」
討伐隊の連中は弓へと持ち替えてこちらを追撃するが、マチルダの速さについて行けず矢は全て明後日の方向へと飛んでいった。
奴らは見る見るうちに見えなくなるが、馬に乗り換えてすぐにこちらを追撃してくるだろう。
「このまま強行軍でアイチェルトまで向かう!マチルダの速さなら1日も経たずにつける。ついたらそのままボワフォルティヒに突っ込むから覚悟しといてくれ」
景色が目まぐるしく変わる。アイチェルトからエイケスタッドまで合計2日半かかった道を凄まじい速さでどんどんと引き返していく。
それにしてもゴブリンのおっさんが言ってるように面倒事になったな。それにリトがアンデットだって?信じられない話だ。
そんな事を考えている間にもう2日前に旅立ったアイチェルトが見えてくる。
「あれ?エイケスタッドに行ったんじゃなかったのか?何でまたアイチェルトに」
アイチェルトの付近まで来るとあのサボりぐせのある衛兵が珍しく巡回をしており、声をかけてきた。
一瞬のうちにエイケスタッドからアイチェルトまでくれば、1日くらいの余裕はあるだろう。ここで衛兵と多少話をしたところで大丈夫だと判断して衛兵に今までの事を簡単に話してやることにした。
「いや、エイケスタッドには行ったんだが依頼の関係でまた戻ってきたところだ」
「そうなのか?つくづくアイチェルトに縁がある奴だな。あ、そう言えばお前がアイチェルトに囚われる事になった冒険者がついさっきアイチェルトに戻ってきてたぞ」
「ってことはボワフォルティヒの調査が終わったのか?」
「いや、どうもボワフォルティヒの遺跡までついたところで追い返されたらしい。詳しくは知らないがずっとその事で冒険者はみな愚痴ってたからな。今頃、ゴブリン亭でやけ酒でもしてるだろうから気になるなら話でも聞いてみるといい」
衛兵はそれだけ言うと仕事の途中だからと言って巡回へと戻っていった。奴にしては珍しく仕事熱心だ。さてと、切迫詰まってる状況だがそもそもボワフォルティヒに行こうとしてたんだ。理由はどうであれそこを探索して戻ってきてる冒険者が居るのは都合がいい。しかも、そのうちの一人は俺の知りあいなのが幸いだ。
そう思いながらゴブリン亭について扉を開けると、中は酒に酔っ払った冒険者の喧騒に包まれていた。
その中に見覚えのある顔が見つかり近づいっていって思いっきりぶん殴る。
「みゃぁぁああ!いきなり何をするとですか!」
「この顔に見覚えはないか?お前にいいようにおだてられてノコノコと辺境までやって来たこの顔に」
こいつは一回ぶん殴るって決めてたからな。一連の厄介事はそもそもこいつのせいでアイチェルトに来ることになったことから始まってるわけだし。
「あ、え、ポッポの兄貴?あれぇえぇっと……すいませんした」
「謝罪の言葉は大丈夫だ。その変わりお前でも出来る償いをたっぷりとして貰おうか」
「えっとお手柔らかに……?」
「モズ、お前相当酔ってるだろ?まあ、安心しろそんなお前でも出来る簡単な償いだ。今すぐ俺たちをボワフォルティヒの遺跡まで案内しろ」
「アイアイサー!!!」
そう言ってモズはその場に倒れて寝てしまった。くそっ!こいつ時間がないってのに酔いつぶれて寝やがって!
「あれ?ポッポの兄貴どうしたんすかこんなところで」
「どうしたってボワフォルティヒに案内してくれるんだろ?時間がないのに酔いつぶれやがって」
酔いつぶれたモズを馬車まで運び出し、夜風に当てて目を覚まさせたが何も覚えてないらしい。さっきの事を説明してこいつに案内させる。
「そう言えばそんな事言ったような?じゃあそれなら案内しますね。でも、行っても無駄だと思うっすよ?協会の魔術師が占拠しやがりましたからね」
「それでいいから案内しろ」
「へいへい了解しましたー!兄貴がそれでいいならどこでも案内しますよ!あれ?そこに居る可愛いお嬢ちゃんはなんすか?」
「依頼人だよ。お前に関係ないだろ?お前のせいで時間が無いんだとっとと森に行くぞ」
リトに色目を使ってるモズを蹴飛ばし、ボワフォルティヒに突っ込む。
既に日は落ち夜となったボワフォルティヒは元々が鬱蒼とした森のせいもあって、自分の手の届く範囲しか見えないような状況になっている。
そして、混沌に侵された森なせいでこちらを監視するような視線を感じたり、薄気味悪い鳴き声が聞こえて来たりして気が休まらない。
だが、そんな中でも飄々として案内するモズの胆力には驚かされる。ただバカなだけかも知れんが。
「ポッポさん、どうして僕の事を助けてくれるんですか?」
「そりゃ依頼だからな。金もたんまり貰っちまったわけだし」
「ほんとにそれだけですか?」
その問いに沈黙で返した。確かにそれ以外の理由もなくはないが、別に言う必要もないと思ったからだ。
「兄貴、見えて来ましたよ」
モズの言葉で視線を前へと戻す。すると目の前に城塞ともただの屋敷とも言い難い、ボロボロに崩れた建造物が見えてきた。その周囲に人の気配を感じる。おそらく件の魔術師だろう。
「止まれ!ここに何の用だ。ん?よく見ればさっきの冒険者ではないか。ここには立ち入るなと!もし、これ以上進むようであれば命の保証は出来んぞ」
建造物のすぐ近くまで来ると、魔術師がこちらに気づき警告をしてくる。
「と言われてもこっちも仕事何でな。そこを通して貰わないと困るんだがな」
「兄貴、兄貴!ちょっと周りを見てくれ」
「一体どうしたんだ……」
振り向いて後ろの方を見ると、軍勢の気配がする。その軍勢は既にこちらを囲い込んでいるようだ。そして、その中からエイケスタッドで見た顔が現れる。
「討伐隊!?あいつらもうここまで来やがったのかいくら何でも早すぎるだろ!?」
「追い詰めたぞ。しかも、大罪の魔術師の研究所まで案内してくれるとは気前がいいな」
「兄貴、兄貴!異端狩りっすよ!こんな事になるなんて聞いてないっすよ!」
「チッ!キュモン教の実働部隊か!こやつらが来る前に終わらせたかったが……」
異端討伐隊が現れた事による反応は三者三様だった。しかし、こいつらリトを狙ってるだけじゃなくてここも探してたとは一体どういう事だ?
魔術師は何か知ってるようだが、俺達だけが状況からのけものになっている。
「どうしてこうも早くキュモン教が……そうか、その小娘のせいか!」
「クックックッ……それを追っていたら今回の仕事が一堂に会するとはな」
「えぇい!?一体どういう事だ!説明しろ説明をお前らわけを知ってるんだろ!」
そう言うと魔術師は苦い顔をして言葉を噤むだけだったが、討伐隊の隊長は機嫌がいいようで、不敵に嗤い続けている。
「どうやら、そこの協会の使者は話したがらないようだが無理もないだろ。どうせお前らはここで死ぬのだ。私からの最後の餞別としてそれについて教えてやろう」
そして、ひとしきり嗤い終わるとようやく説明しはじめた。
「それは太古にここを根城にしてい大罪の魔術師と言われる魔術師の娘だ。大罪の魔術師は最初はただの優秀は魔術師だったらしいが、ある日を堺に死靈術の研究をしはじめ混沌の力を利用し、最後にはこの地をこんな光が届かない森に変えてしまった。そして、その全ての原因がそれなのだ。その男は死んだ娘を生き返らせる為にこれだけの悲劇を巻き起こした。我々、キュモン教が先鋒に立ち、この地の混沌を食い止めたが、男が生き返らせたはずの娘は見つけられなかった。つまり、それは我々の教会がやり残した仕事であり、大罪の魔術師の忘れのものと言うわけだ」
隊長の口から発せられた説明はあまりにも驚愕な事実だった。俺はとっさにリトの方を見るが表情を読み取れない。もしかしたら俺と同じ表情をしているのかも知れない。
「さて、これで十分だろ?では、死んでもらおう!」
それと同時に討伐隊の連中が剣を抜き、臨戦態勢となる。こちらもモズが剣を抜き警戒をしている。また魔術師も危機を感じたのか、こちらとの距離を取るように後ろへジリジリと下がる。
だがその時だった。地面から響く地鳴りのようなゴォォオオオと言った怨嗟の音が響く。それは聞きそう言えばここはボワフォルティヒだったなと思い出した。
「くっそ!魔獣共の群れか!どうやらお前らを始末する前にこっちを対象せねばならないらしい!」
魔獣の群れがどこからともなくやってきて、討伐隊の隊員を襲い始めると辺りは混戦と様相を呈する。既に俺達の前にも魔獣が牙を向いて襲ってきているが、モズがそれを対処している。
俺はこの混乱に乗じてリトの腕を掴み、廃墟となった研究所へとかけていった。
「何でかは知らないが、この中までは魔獣共も入って来ないらしい」
外では戦いの喧騒が響いている。あの数の魔獣だ。いくら討伐隊と言えどきついかも知れない。
「一体……一体どうするつもりですか?」
「まだ真相はわからないからな。あいつが言ってたことがホントかどうかもわからんし、それに記憶を取り戻したいんだろ?」
魂が抜けたように地べたに座り込んでしまったリトに対してそう返事をし、嵐でかき回したように物が散乱してる辺りを探索し始める。
するとふいに一冊の日記が目に留まり、中を読み始めるとリトの父である魔術師の日記らしく、リトが死んでから今までの事が事細かく書かれていた。
その中でリトに関する事実を知ってしまったが、とてもリトに教えられるようなものじゃなかった。端的に言えば日記の最後の言葉が全てを表していた。
曰く、失敗作と。
「いいんです……いいんですよもう全部」
「じゃあ、これからどうするんだよ?」
この言葉が長い長い俺の因縁とも関わる物語の始まりだった。
拙作、運び屋ポッポをお読み頂きありがとうございます。
本作は初投稿作品で所謂処女作というものですが、この作品はこれで完結するというより設定の中の一部を切り取ったパイロットフィルム的正確を帯びた作品になります。
なので、構想としては1冊12万文字と仮定して大体10冊程度になる話を想定しており、その中から序盤の部分を短く切り取ってまとめたので、何とも煮え切らない中途半端な形になってないか心残りです。
また、この作品の元は昔、中学の頃に考えていたストーリーに世界観を持ってきたという性質上、ストーリーと世界観の齟齬を取り除くのに大変苦労しました。が、ある程度投稿出来るという妥協点に到達出来たものの、まだまだ齟齬も多く描写なども満足のいくレベルまで書ききれてないので、近く加筆を伴わぬ推敲を行います。その後くらいには加筆を加えた7万文字くらいの序章を別で上げたいと思います。
しかし、随分とこれを書き上げるのに疲れたので息抜き作品をしばらくは上げたいです。
では最後に本作品をお読み頂き大変ありがとうございます。次回も機会があればよろしくお願いします。