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猿人生活②


…結局、その日俺は何も食べることができなかった。


仕方ないから、せめて今夜はぐっすりと寝て英気を養おう。

そう思うも、時折聞こえてくる野生動物の遠吠えやら絶叫やらが気になってなかなか寝付けない。しかも地面の草が背中に当たってチクチクするし。フルチンだから寒いし。

…あったかい布団が恋しいなぁ。

みんな何で眠れてんのか不思議なくらいだ。うねうねとそこらへんを這いずってる虫とか気になんないのだろうか。





「きっきき。」

(一睡もできんかった…。)


朝になった。

いそいそとどこかへ動き出す仲間に気がついて、自分も急いで起き上がる。

あっぶね。本格的に寝入ってたら置き去りにされてたやつじゃん、これ。


仲間たちの考えることは、相変わらずよくわからない。

ある程度統率はとれてるみたいだけど自由行動も多いし。

今だってまだ眠ってるお猿も結構いる。


うーん…これって俺はついてくべきなんだろうか。

それとも、残るべき?


起き上がったまま、マゴマゴと迷っていると、ひとりのお猿と目があった。

他の猿より心なしか身体がでかい。リーダー…ではないっぽいな。仮にこいつをイケゴリと名付けよう。

イケゴリは明らかに俺の存在を視界に捉えると、わざわざこっちに来て、「お前はこっちだ、ノロマが!」と移動集団のなかに引き込んだ。



「うっきっき!」



イケゴリが何か言ってる。でも、相変わらず俺には分からん。

これ、どうするのが正解なんだろう。


なんかよく分からんまま適当に頷いてると、太い枝を持たされた。

嫌な予感がプンプンする。

…まさか、これから狩りに行くとか言わないよな?






で、そのまさかだった。



「うっぎぃぃいぃいいいいいいいい!!!!」

「キシャァアア!!」


今まさに生死をかけたバトルロイヤルが幕を開けている。


優勝賞品は、大型動物の死体(大部分が既に食い荒らされている)!そして、今回のファイターはお猿VS中型肉食動物!

レディー、ふぁいっ!


とまぁ、初っ端からなかなかハードな戦いである。

一体なんの動物だろう。

ハイエナを豊富とさせるようなサイズだが、やけに鋭い犬歯を持っている。喉を噛まれれば一発で御陀仏だ。


対する俺たちは、奇声をあげながら棒を振り回すことで応戦していた。

…もっとマシな戦い方はないの?

ほら、火の使用って猿人から始まったんだろ確か。誰かはやく、火をつけられる人(猿人)連れてこいって!

え、おれ?

ムリに決まってんじゃん。こちとら、ライター世代だよ?

火打ち石とか経験ねーから。



「うっきぃいいいいい!!!」

「キシャァアア!!!」


どちらも一歩も引かない睨み合いが続く。

ちなみに、俺も一緒に奇声をあげてる。死ぬほど恥ずいし、怖い。正直ちびりそうだ。

今すぐ逃げ出したい。


臆病風に吹かれてると、突如イケゴリが死体の骨を掴んで、後方に走り出した。周りのお猿たちも、彼を守るように囲みながら走り出す。走っていないのは俺だけだ。


え。ちょ、そういうこと?

まともに闘うつもりなのだとばかり思ってたけど、俺の方がお猿以下だったらしい。お猿は存外賢かった。

野生で生き抜く術をちゃんと心得ている。



「きっき!」

(ま、待ってよー!)




走って走って、つんのめりそうになりながらひたすら走る。

そのまま走り続けて、俺らはなんとか元の住処まで戻ってこられた。

つ、つっかれた…。


空腹状態で走り続けた挙句、緊張が解けたのもあって、俺はどさりと地面に倒れこんだ。

こんなに真剣に走ったのは、小学生の時以来である。


「うきき!」


イケゴリが何か言っている。その手には、動物の死骸。

赤いどろりとした生臭い肉に、白い骨が見え隠れしてる様は酷くグロテスクだった。


うぇ、キモチワルイ。


思わず目を背けた。

いや、いやいや。

いくら何でも、うん。まだそれはちょっと早いっていうか。

せめて血抜きとか、火を通してからにしてもらえませんかね…。



「グゥ〜〜!」



戸惑っていると、腹の虫が盛大に嘶いた。

昨日から何も食べていないこの業突く張りの腹は、たいそうご立腹あそばせらしい。「何を贅沢なこと言ってんだバカヤロウ!それとも、お前が肉になりてぇのかあぁん!?」とばかりに怒鳴りちらしている。完全に、前世でいうヤンキーのテンションだ。

しくしく。俺はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ、息子よ。



「グゥ〜〜〜!」


御託はいいからハヨ飯!!



…どうやら、本当に限界らしい。

徐々に大きくなっていく空腹に、頭の動きまで鈍くなっている。

あぁっと、これが飢餓状態ってやつ?目の前がぐるぐるするz

すごくつらい。

こんな経験、はじめてだ。




「グゥ〜〜〜!」



なにか。なにか食べるもの。



…そうだ。

ほかの連中は、なに食べてるんだ?この中型動物は此処にいる皆が食べるにしちゃ小さすぎる。たぶん、肉を食べてない連中もいるはずなのだ。そいつらが食べてるものを奪えば。


ってなに考えてるんだ。

盗みなんて、そんな。普通に考えてやっちゃ駄目だろ。




「グゥゥ〜〜〜!!」




周りを見る。

だれか、ひと欠片でもいい。食べ物を持ってる猿がいないだろうか。

右、左。

立ち上がって必死に辺りを見回す。


けど、いるはずがなかった。

自分でも薄々分かってる。ここは旧石器時代なのだ。前世の、俺のいた時代じゃない。スーパーマーケットがあるわけでも、24時間営業のコンビニがあるわけでもない。


自分が食べるものは、自分で取ってくるしかない。



「グゥ〜〜〜!!!」



依然と唸り続ける腹を押さえたまま、地面を睨みつける。まばらに生えた草は、俺たちが踏んづけたせいで散り散りになっていた。



…食べるものないんだよなぁ、あれしか。


ちらり。もう一度、肉を見る。赤い液体が滴って、どう見ても食べ物には見えない。でも、あれは食べ物なのだ。前世のときと同じ、ひとつのいのち。




…そういえば。

前世の時は肉や魚食べるのに、美味しいとは思えど感謝をしたことはなかったかもしれない。

まぁ、うん。

ぜんぶ今頃だけど。





「…。」



ちょっと、だけなら。

仮にも今の俺はこの旧石器時代を生きるお猿さまなのだ。

生で食べても大丈夫、と信じるほかない。


それに、しのごの言ってる場合でもない。

俺にはこれ以外の食い物はないのだから。

腹を括るしか、ない。



「…きき。」

(…いただきます。)



キモチワルイと目を背けた肉。

それは、よく見れば手があって足もあった。目玉だってある。そりゃそうか。だって、これも俺らと同じ。ほんの数分前まで生きてたわけだし。





…。




…いただきm「うぎ!キシャァアアアアア!!!」




「うきっ!?うききぃききききぃいいい!」

(ちょっとー!今すっごい良いとこだったんだけど!?)



なんかデジャヴ感のある展開!

そろりと肉へ伸ばした手は、よりによってイケゴリ本人の手によって、あっさりと叩かれた。

へ?なんで?

つい、隣を見る。



「うっき〜♪」



足を頬張りながら、御満悦の様子である。

続いて、左を見る。



「うっきっき〜♪」



手を齧りながら、こちらも御満悦のようである。

続いて、後ろを見る。



「…うき。」



なんとも悲しそうな目と合った。

うん。分かるよ。俺たちだって、頑張ったのにな。


『世の中なんてそんなもんですよ〜ケケケ』っていう球体の嘲笑が今にも聞こえてきそうである。俺は脱力した。

そっかぁ…俺、お猿カーストの下位層だったのかぁ。どおりで腹も空くはずだよ。



「きき。」

(ねぇねぇ。)


どうにか仲間に分けてもらおうと、一番近くにいた比較的温厚そうなお猿の肩を突く。が、ガン無視だった。ひどい。

その隣のお猿に至っては一発で殴られた。ひどい。

ちなみに狩りに行ってすらない女子供も、肉を食ってた。もしかしたら、ここの雌たちは強い雄が独占状態なのかもしれない。ライオンのハーレム的な?


…えぇ、まじんこかぁ。なにこの超展開。理不尽すぎ。

俺、こういう展開はちょっと予想してなかったわぁ。

あ〜ぁ。母ちゃんとか、なにか食べもの恵んでくれねーかな。ほら、可愛い可愛い息子たんがお腹空かせてまちゅよ〜?



せめてと、一抹の望みを託して辺りを見渡す。

そして俺は今度こそ、絶望した。





「いっい!」


(やっべ。どれが母ちゃんかわっかんねー!)




馬山鹿次郎、享年16歳。

モンキー軍団の一員を名乗るには、まだ早すぎたようである。




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