猿人生活①
「馬山 鹿次郎。たった今、貴方は死にました。」
やっぱ、そうだったのか…。
突然現れた謎の球体にそう告げられても、驚きはしなかった。むしろ腑に落ちたという感情の方が強い。
なにしろ、最後の記憶が目の前まで迫った大型トラックなのだ。
多分、あのまま引かれてしまったんだろう。
夜中にコンビニに行こうなんて、思わなきゃ良かった…。
今頃ながら、しみじみとした切なさがこみ上げてきて、思わず拳をぎゅっと握る。
…もっと、生きたかったなあ。
でも、そんなしみったらしい悲しみも、次の言葉で直ぐに吹っ飛んだ。人間ってつくづく現金な生き物である。
「ということで、貴方を転生させてあげましょう。」
「え、マジっすか!あざーっす!!」
「さすが馬山 鹿次郎。その名に恥じないオツムで、私も嬉しいです。」
神さまが何かさらりと黒いことを言ってたけど、俺は全然気にしちゃいなかった。
それより、転生ってワードの方で頭がいっぱいだった。
ほら、ラノベとかアニメでよくある展開じゃん?
異世界転生して、勇者になってとか、内政チートとか、ハーレムとかハーレムとかハーレムとか…!
つまりまぁ、この時の俺は、完全に脳みそがアッパラパーのお馬鹿さんだったわけである。うん。
ほんと、思い込みって怖いよね。
「あ、あの!もちろん、その転生先って剣と魔法の世界っすよね?」
「あーはい。そうですよ。」
「よっしゃ!」
「じゃ、早速転生してもらいますね。行ってらっしゃーい。」
ひどく気だるそうな球体の声と共に、俺の身体も徐々に溶けてゆく。
恐怖はなかった。
だって、異世界転生だぞ。普通は、多少なりともワクワクしちまうだろ。ま、直ぐに間違いだったって気づくんだけどさ。
「うっっきぃいいいいいいいいいい!!」
(なんで、猿に生まれてんだよぉおおおおおおお!!」
…馬山鹿次郎、16歳。前世、日本人男子高生だった俺は、どうやら。【猿人】に退化したみたいです。
…
…
…ってなんでやねんオイ!!
聞いてた話と違うじゃねーか!
これのどこが剣と魔法の世界だ。
剣と魔法の世界(※ただし外見は猿)なのか、そうなのか?お猿のジョー●大冒険!とかそういう系なのか?それはそれで全力で拒否案件したい!
まぁ、とにかく。
重要なのは俺が騙されたという圧倒的事実だ。あの性悪の神さまもどきに!
『別に騙してませんよー。そうですねぇ、あと5000万年後に魔法を扱う新型生命体が生まれるはずです』
頭の中で、急に懐かしい声が響く。
間違いない。
あの、俺を転生してやるとのたまった、球体野郎の声だ。
「うっきぃ!うきぃ!」
(フッザケンナ!んな生きてられる訳ねぇだろ!)
『ですねぇ。20年も生きられたら大往生です。野生動物に襲われないように気をつけてください。』
なぁにが気をつけてください、だ!
俺をこんな酷い目に合わせやがって!
心の中で最大限に罵っていると、呆れた様子で球体は言った。
『あなたねぇ、当たり前ですよ。この転生は地獄も兼ねてるですから。蛆虫に転生させなかっただけでも、咽び泣いて感謝しやがれっつーことです。』
じ、地獄?
なんで俺がそんな目にあわなきゃいけないんだよ…。
『だって、悪いこといっぱいしたじゃないですか。CO2は出すし牛や豚は食べるし嘘はつくし。おまけに、最期なんてトラックに撥ねられて死亡ですよ?運転手に謝れクソゴミ屑野郎。』
球体の言ってることは、どう考えても暴論だった。
だっておかしいだろ。そんなこと言ったら、日本人どころか地球の全員地獄行きじゃんか。
あと、最後の部分!トラックに轢かれるなんて、どう考えても轢いた方が悪いから!!
『もちろん、あの運転手も地獄行きですよ。日本人も白人も黒人もみんな地獄行きです。
良かったですね、貴方は一人じゃない!』
HaHaHaHa。
球体野郎の笑い声が100,000,000Hzくらいの特大莫大大音量で脳内に響き渡る。
なにこいつ、めちゃくちゃうるせぇ…
『それにぶっちゃけますとね!貴方ひとりの命と、4人の家族を養ってた運転手、圧倒的に貴方の方が価値ゴミですから。
無駄にCO2を出しまくる害悪ですから。
ぷぷ。自意識過剰おつw 人生終了おつかれさまでしたぁ、お帰りはそちらになりまぁーすっ!』
いや。
いやいやいやいや。
確かに俺も不注意だったけど、やっぱ轢いた方が何倍も悪いだろ。
それが道徳だろそれが平等だろ。
こんなのおかしい、絶対おかしいって。
『もう、うっさいなぁ。神さまだからって、公平な裁きとか期待しないでもらえます?逆に考えてみてください。
私、神ぞ?偉いんぞ?
貴方達が生まれたのはぜーんぶ私のおかげなんですぞ?崇め奉って感謝しやがれ。
ただし、加護その他ご利益一切あげませんけど♡』
……
『ちなみに貴方が地獄に落ちたのはこれで107回目です。次に失敗すると、魂が永久に焼かれ続けるので気をつけてください。じゃ!』
…
…
「うっきゃああああああああああ!!!」
(ちくしょーーーーーーー!!!)
と、まぁ何やかんやあったわけですわ。
今となっちゃ、笑い話だけどね☆
あっはははは!
あーっはははは!
あーっはっはっはっはっはっはっはっh「うきぃ!!!」
珍しくセンチメンタルになってると、母ちゃん(と思わしき雌猿)から拳骨を食らった。え、なにこれ。超痛いんですけど。え。
そういえば、猿人の握力ってゴリラ並みだったっけ。
え。俺の頭、大丈夫なん?これ以上脳みそ無くなったらヤバイよ。話終わっちゃうよ。
「うきぃ!うきぃい!」
母ちゃんが何か叫んでる。すごく必死に叫んでいる。
でも…ごめん。
何言ってるか全然わかんないよ。
いや、だって普通そうでしょ。なんか言語チート的なのあるかなーって思ってたんだけど、ないし。
前世の記憶が半端に残ってるせいで、全く理解できん。
てか普通に怖い。
完全に外見猿やん。デフォルメとか一切ないガチのやつですやん。
詰んだ。
周りをぐるりと見回す。
毛むくじゃらの黒い身体。曲がった背骨。奇妙に長い手足の指。飛び出た額と口元。
どこを見ても猿、猿、猿。猿一色だった。猿の惑星か、ここは。
ぶっちゃけキモすぎる。
本当にむりだ。
まず見分けが全然付かないし、話できないし、仲良くなれる要素が一つも見当たらない。これが世に言うクソゲーである。
「きっきっ!」
項垂れてると、別の猿の手が差し出された。
え…。
なに、案外いいやつじゃん。
内心キモいとか臭いとか思っててゴメンね…
って思いながら顔をあげたら、手の中にはウゴウゴと蠢く白いものが。
「いっっぃいいい!」
思わず、手を振り払って後退する。
お猿が差し出してきたのは、針金状の巨大な虫だった。
それをブチブチと頭から食べてるお猿さん。うん、普通に引くよね。つか、あれって食べられるんだ?
お猿さんは、急に拒否られて気分を害したらしく、キシャァアアと牙を剥きだしにして飛びかかってきた。
その拍子に乳房がぴとりと身体に触れる。こいつ雌だったのね。じゃぁ、これが噂のラッキースケベってやつ?全然これっぽっちも一ミクロンも嬉しくないし、むしろ譲るレベルだし、むしろ即ゲロるレベルの放送禁止区域なんだけど。
でも、これがラッキースケベ(旧石器時代Ver)なんだよね?
うんやっぱ全然嬉しくないわ。
「キシャァアア!!」
そうこうしているうちに、俺はがぶりと思い切り肩を噛まれた。
鋭い犬歯が容赦なく肉を抉る。
く、クソいてぇ!
痛みのあまり声も出ない。ただひたすら、芋虫みたくゴロゴロのたうち回ることしかできなかった。
何してんだよ、誰か助けろよ!
って思っても、誰も助けてくれるはずもない。
みんな、ションベンしてたり、虫食ってたり、土掘って口に入れてたりと全然こっちに意識を向けない。眼中にすら入ってない。完全独立フリーダムスタイルだった。
母さんに至っては、なんか交尾してるし。
え。
これ、俺がおかしいの?
野生の喧嘩ってこんなもん?
流血沙汰とか、いちいち気にしてらんねーよ!みたいな感じ?
「うきぃ…。」
(もうやだ、お家帰りたい…。)
ブルーな気持ちがますます濃くなってゆく。
さっきから傷は痛むわ、腹は空くわで散々だった。
あの虫、受け取ってれば良かったんだろうなぁ。
いや、でも普通に無理。流石に無理。
どう考えても、あれは食べらんないよ俺にはまだ。
せめて、もうちょっと優しいレベルの食べ物ってなかったんですかね…。魚とか…。
ぐぅぐぅと絶えず腹の虫が鳴って、今までに経験したことのない飢えがこの身を襲う。
そういえば、俺って今何歳なんだろ。
今まではどうやって生活してたわけ。母ちゃん、なんかくれないの?
そう、一抹の期待を込めて母を見るが、交尾が終わったのか母ちゃんの姿はもうなかった。
自由だなオイ。
それにしても、こりゃ本気でやばいぞ。転生して、意識覚醒1日目で死ぬとか。
リアルすぎて、全然笑えないじゃん。




