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身体が怠い。起きる時間だと分かっているがこのまま寝ていたい。そう、この不調には覚えがある。

最悪だ、とクリスは小さく唸った。本来ならとっくに国に帰っていたはずで、そうすれば何も問題なかったのだ。自ら首を突っ込んだこととはいえ、少しだけ後悔した。

まぁ、過ぎてしまったことは仕方ない、幸い今日は特に予定はないのでゆっくりさせてもらおう。

外に控えていた侍女に今日の朝食はこの部屋で取ると伝え、少しでも体調を整えるためにいつもの処置をする。そしてまたベッドに寝そべる。

一分の隙もない貴公子と謳われる自分のこんな姿、誰にも見せられないなと自嘲した。侍女が朝食を持ってくるまではこのままで……

「よぉ、大丈夫か?」


 うとうととしているとジークがノックもなしに部屋に入ってきた。事情を聞いてやって来たのだろう。この男が純粋に心配しにやって来たとは思えない。

うんざりしつつ、返事をすることも起き上がることもせず無視をする。具合が悪いのだから構うものか。

ベッドが沈み、腰掛けられたのが分かった。それでも反応せずにいると頭を撫でられたので乱暴に振り払う。

「やめろ」


 ジークのいる方に顔を向けると、案の定心配な色は一切ない、楽しげな笑みを浮かべていた。舌打ちしたいのをなんとか堪える。

「酷い顔だな」


 喉を鳴らして笑うジークから顔を背け拒否すると、体を揺すられた。

「なんだよ、せっかく来てやったのに。こっち向け」

「帰れ」

「やだね。せっかくお前の弱ってる姿、見る機会に巡り合えたんだ。見せろ」


 覗き込もうと身を乗り出してきたジークを押しやるように上体を起こすと、大きくため息を吐いた。このまま押し問答しても良い結果は得られない。

あのままの体勢でいたら何をされていたか、体重を掛けるくらいの嫌がらせは絶対やる!不愉快さが増すだけなのだ。

調子の悪い人間をちっとも気遣わないし、普段は一緒に戦う仲なのに弱みを見せると途端に標的にされるとか。しかもそれは愛情があるからだそうだ。

「寝てなくていいのか」

「もういい」


 休まらないのなら寝るだけ無駄だ。今はひっつかれるだけでも不快なのだ。

運び込まれてきた朝食は一人分には多い量で、視線で抗議するといい笑顔を向けられた。弱ってる自分を見ながら食事する気だったようだ。

どうやらここ連日の暇で悪くなった機嫌がまだ直ってないらしい。自分が蒔いた種だというのに……、今回はやたら構われて正直うざい。

「心配で心配で片時も離れたくないんだ」


 そんなにやけた顔で言われてもな。ジークの愛は重すぎる、クリスは腹の底からため息を吐いた。







 王宮にいても安静にしていられないので、気分転換に散歩に出ることにした。もちろんジークも付いてくる。同盟国であり、防衛は大国の兵士が担っているので、

他国でもこうして気軽に外出できるのだ。

「しんどくなったら言えよ。抱っこしてやるから」


 本当にどうしてこう具合の良くない人間をさらに不愉快にさせるのか。ここ数日遊べなかったジークは久々の外出に非常にご機嫌だった。

「どこ行くんだよ」


 クリスの迷いのない足取りに目的地があることを悟ったようだ。勝手について来たのだ、文句は言わせないと無言で一瞥、歩みは止めない。ジークは少し拗ねたような表情をしたが、大人しくついてきた。

「おい」


 目的地がどこかを悟ってジークが抗議の声をあげた。構わず孤児院の中へ入っていく。入り口の側にはフォンタント侯爵家の紋がある馬車が止まっていた。



「クリス様!」


 新たに訪れた客人に気付いた女の子が嬉しそうに駆けてくる。それに続くように他の子どもたちも駆けてくる。クリスはこの前調査の関係で訪れていたので、子どもたちとは面識があった。

「ねぇ、その人はだあれ?」


 クリスの後ろに控えるジークを興味津々と見つめる子どもたち。ジークは偉そうに腰に手を当てた。

「オレはクリスの主だ。王子様だぞ!」

「えー、クリス様の方がずっと王子様っぽいわ」


 着崩した格好と乱暴な仕草のジークに無邪気な女の子たちはとても素直に非難した。クリスにべったりの女の子たちが面白くないのだろう、男の子たちがすかさず抗議する。

「何言ってんだ!王子様は強くないといけないんだぞ!そんな女男、王子様なわけないよ!」


 子どもは本当に素直で言葉を飾るということを知らない。素直だからこそ、正直な言葉はクリスをやるせない気持ちにさせた。ジークは大笑いだ。

女の子と男の子で王子様論争が巻き起こる中、先に孤児院に訪れていたエリシアが歩み寄ってきた。

「やぁ、エリシア嬢」

「ごきげんよう、ジークベルト様」


 ジークが軽い挨拶だったのにもかかわらず丁寧な礼を取るエリシア。どうだとばかりに得意げなクリスに、呆れてジークは肩を竦めた。

「ごきげんよう、エリシア様。今日は時間が空いたのでこちらにお邪魔しました」

「ごきげんよう、クリスティ様。子どもたちも喜んでいますわ」

「今日は訪問される日でしたね」

「はい。もともと予定していましたので、……行かないと子どもたちに心配させると思いまして」


 クリスの問い掛けに緊張したエリシアは硬い声で答えた。疑われている身の上で大人しくしていないのをやましく思っているのだ。

「エリシア様が来るのを楽しみにしていますからね」


 クリスが気にしないよう優しく微笑めば、少し気を緩めたようでエリシアも微笑みを浮かべる。初めての笑顔にクリスは嬉しくなった。

「エリシア様とクリス様お似合いー」

「美男美女でねー」


 いつの間にか言い争いをやめていた女の子たちがうっとりと見つめている。

「エリシア様にはステュアート様がいるんだぞ!」


 またまた男の子たちが噛みついて、すかさず女の子たちもやり返す。

「別に結婚してほしいって言ってるわけじゃないもん。並んでると絵のように綺麗ねって言ってるだけだもん!」


 孤児院で働く大人たちは微笑ましそうに見ているが、事情を知っているクリスたちは苦笑いだ。エリシアと侍女の表情は暗い。

明日どういう結果になってもエリシアとステュアートの婚約が解消されるのは決まっている。こんなことになって良好な関係を築いていけるはずがないのだから。

知った時、この子たちがどう思うか。

この訪問が最後になるかもしれない。彼女はそう思ってここへ来たのだ。











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