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サミュエルの去って行く背中を見送る。大人しい印象だった王子は兄よりもしっかりしていた。いや、この国においてあの兄が異質なのか、クリスは軽く頭を振った。
「若さゆえの潔癖か……、青いな」
ジークの呟きに苦笑する。確かに世の中綺麗事だけで何もかも上手くいくことはない。
「眩しいよね」
早々に擦れてしまった自分たちとは正反対だ。いつまでもそのままではいられないだろうが、なるべく変わらないで欲しいと思う。
王家が過失を認めれば、あの王子が思うよりも厳しい環境に晒されることになるだろう。それでもその信念を曲げず耐え抜いて生きていけるのか。
「まぁ、何はともあれ証言してくれるようで良かった」
クリスの言葉にちらりと視線を寄こしただけで、何も言わずジークは歩き出した。その後を追う。
「晩餐でサミュエル殿下に何も仕掛けないから、私の頼みは退けられたのかと思ったよ」
「仕掛けただろ。あの王子はエリシア嬢が罰せられると思ったから追いかけてきたんだ」
「サミュエル殿下がエリシア嬢に好意を抱いてることに気付いてたのか?」
「いや。王家のために令嬢を見捨てるような人間なら、証言を頼むだけ無駄だろ。だから見極めようと思って、どちらとも取れる言い方をした」
そしてエリシアが罰せられると思ったサミュエルが追いかけてきたから証言してくれるよう頼んだ。王への牽制だけかと思いきや、さすが無駄嫌いの効率重視、クリスは思わず苦笑した。
頼もしくもあるが、不安もある。今更ジークの性格を変えることは無理だから、無駄な恨みを買わないように補填するのが今のところ自分の役割だ。
彼の妻になる者にはさらにその負担が大きいだろう。
護衛を下がらせ、部屋に二人きりになると、ソファに乱暴に腰を下ろしたジークはクリスを見据えた。
「お前、随分とエリシア嬢に肩入れしてないか?」
「報告書を読んだだろ。彼女は尊敬できる人物だ」
「ああ、これでもかと人となりが書いてあった」
「君のお眼鏡には適わなかった?」
「お妃にか?」
皮肉ればクリスがムッとする。だがこちらだって不愉快だった。今まで令嬢を勧めてくるようなことしてこなかったくせに、今回に限って何なんだ。
「誰もが見惚れる美貌、思慮深く常に冷静であろうとする姿勢、日々社交と勉強をこなす勤勉さ、これ以上素晴らしい令嬢を私は知らない。しかもあの胸だ」
「……お前巨乳好きだったのか」
まさかの事実にジークは目を丸くした。およそ性欲とは無縁そうな涼やかな見た目のクリスと、今までそういった話をしてこなかったのだ。
「ジークは違うのか?」
普通に不思議そうに聞かれ戸惑う。確かにあの令嬢は色気のある身体つきだが、まさかの巨乳好きを肯定……、長い付き合いだというのに知らなかった。
相当な衝撃だった。
「……まぁ、彼女が優れた女性だというのは認める」
心を落ち着けようと事実をとりあえず口にする。途端クリスの目が輝いて、そんなに気に入ったのかとドン引いて、慌てて釘を刺す。
「だが、それとこれとは別だ。オレの妃はオレが決める!」
「そんなことは分かってる。ただ彼女を候補にどうだと言っているだけだ」
たちまち拗ねた表情になったクリスに顔が引きつる。なんだこの惚れ込みようは……、本気なのか?
「そんなに気に入ったのならお前が娶ればいいだろ」
「彼女は王妃にこそ相応しい」
きっぱりと言い切ったクリスの目は本気そのもので、こりゃ重症だ、ジークは深いため息を吐いた。その様子を見てクリスが渋面になる。
「まったく、我儘め」
非常に納得がいかなかったが、これ以上この話を続けたくなくて、ジークはソファに凭れかかると天井を仰いで目をつぶった。