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結局その場で決断が下されることはなかった。両方の言い分が食い違っているのなら、どちらが正しいか証明する必要があるとして調べることになったのだ。
どちらかに偏らないよう、公平な立場である自分達がしたほうがいいだろうとジークが申し出た。もちろん大国の王太子に使い走りのようなことをさせるわけにはいかないのでクリスが主動する。
自国の恥をさらに晒したくないという気持ちもあり、この国としてはこれ以上係わって欲しくないのが本音だろうが、ジークは口を出したからには最後まで責任を持つと殊勝なことを言い、
しばらく滞在する旨を大国にさっさと伝えて強引に居座った。
しばしば貴族社会では物事をはっきり判じえない時、都合の良いように事を運ぼうとすることがある。より被害の少ない方を選び、より優位なほうを選ぶ。
あいまいに終わらせることもある。真実よりも事を荒立てないことの方が大事なのだ。
今回の場合自国の王太子が係わっているので、自国の恥にならぬよう王太子の言い分を通すのが一番都合がいい。
しかし大国が介入してきたことでそれができなくなったのだ。もちろんジークの目的はそれだった。真実をハッキリさせようというのだ。
実に楽しそうに「任せたぞ」と押し付けた主に溜息を吐きつつ、クリスも結構乗り気であった。あのまま終わらせるのは面白くない。
「ようこそお越しくださいました」
執事の迎えを受けたクリスは案内されて侯爵家に足を踏み入れた。応接間では昨日も顔を合わせた侯爵とその娘、エリシアがすでに待っていた。
「エルンスト・フォンタントと申します」
「クリスティ・カスティオーネと申します。お時間を頂きありがとうございます」
「こちらこそ、今回このような小事にわざわざ大国のお力をお貸しいただき光栄です」
クリスは娘と同い年である自分に対しても丁寧に接する侯爵に好印象を持った。
「我が主のお節介には困ったものです」
一応礼儀として首を突っ込んでしまった非礼を詫びておく。
「はは、お蔭でこちらとしては助かりました」
皮肉気に笑った侯爵はすぐに真顔に戻り、クリスに問いかける。
「大国側はどういった了見で?」
ジークが口出しをしたことで一旦危機から脱したものの、大国の都合でエリシアを罪と断じる危険性も残されている。本来他国の事情に軽々しく口を出すことはない。
何か目的があると勘ぐるのは当然だ。正義による口出しだと楽観視していない所も好感が持てた。
「大国は関係ありません。ただジークベルト様個人による干渉だとご了承ください」
「さすが大国、個人の勝手で采配を振るえるとは……」
大国は徹底した実力主義で、現場においてその場の責任者個人の独断で物事を決められる。戦場においていちいちお伺いを立てていては何も出来ないからだ。
それがそのまま政治にも活かされている。他国で失敗した場合、賠償金は国から払われるが、その時の責任はすべて本人に掛かるので、たちまち立場を失う。
被害側も大金を払われれば文句も言えず、武力で敵うはずもなく。他国ではとても真似できないやり方で、経済力と影響力があるからこそ可能なのだ。
「ではジークベルト様のお考えはお聞かせいただけるのでしょうか?」
「あいにく私も聞かされてないので、主の考えは分かりかねます」
「そうですか」
食い下がらずあっさり引き下がった侯爵だが本当は知りたくて堪らないだろう。隣に座る娘を窺う目は心配に溢れていた。
エリシアは背筋をぴんと伸ばし、しっかり前を向いている。一番不安で堪らないはずなのに、取り乱すことなく静かに佇んでいた。
目が合っても臆することなく見つめ返してくる。気高さを感じさせるエリシアに敬意を評してクリスは微笑んだ。
「それではお話を伺わせてください」
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「それでどうだったんだ?」
夕食後部屋に戻ったジークが服装を緩めながら問いかけてきた。
「まだまとまってないから言えない」
「オレは一日中暇だったんだぞ。しかもあの王子が押しかけてきて無駄なことをぺらぺらと……」
クリスは自業自得だと肩を竦めるとジークの愚痴を聞き流す。
「おい、クリス、オレを慰めようとは思わないのか!」
「子どもじゃあるまいし、成人した男を甘やかすわけないだろ」
「オレたちの仲に常識は当て嵌まらない」
「情けないことを偉そうに言うな。自分が蒔いた種なんだから我慢しろ」
「ふん、クリスだって口出ししたかったくせに」
「私の為だったとでも?」
「ああ、そうさ。だから感謝のしるしに今日の報告をしろ。もちろんお前の主観まみれで構わない」
図々しい上にふてぶてしいことこの上ない言い分に嫌味付き、何も言う気がおきずクリスは頭を下げた。
「それでは私はこれで失礼します」
「待て待て、まだいろ。寝るにはまだ早い」
「そちらは暇でも私はまだすることがあるんです。今日のことも整理しなければいけないし」
「ここですればいいだろ。大体オレがお前の主観の混ざった報告を聞いて、影響され公平性に欠くとでも?」
「悪用されそうで怖い」
きっぱり言い切るとわざとらしく目を逸らすジーク。二人だけの問題なら構わないが、他国のこととなると外交問題になる。軽く考えて良いことじゃない。
ジークは都合が良ければ公平性に欠ける内容でも優遇してしまえる力を持っている、さらに性質の悪いことに平気で弄ぶ性格なのだ。
気に入らない奴にはとことん容赦がない。ジークがこの国の王太子を気に入らないのは明らかで、だからクリスは余計に慎重であるべきだ。
公平さの欠いた内容のせいで相手が不必要に虐げられるなんてことになったら……、考えるだけでも不愉快だ。
自分のしたことにきちんと責任を持ちたい、だからいつまでも主の暇つぶしに付き合ってられないのだ。
まだ文句を言いたそうなジークを冷たく見やり、拗ねて黙り込んだのを確認してから、今度こそ今日の調査をまとめるため部屋を辞したのだった。