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「お待ちください!このような場でいきなり……」
「このような場だからこそだ!」
壇上にいる青年が声高に遮る。この国には二人の王子がいたが、確か王太子だったなとクリスは記憶をさらう。この国に来た時に王族とは顔を合わせていた。
名は確かステュアート・リュゲルフ、歳は自分たちより上の20歳。
ふわふわな明るい色の髪に柔和な顔立ち、物腰も柔らかな印象だったが今は高圧的だ。可愛らしい令嬢が寄り添っていた。
向かい合うのは理知的な壮年の紳士と華やかな美貌の令嬢の親子だと思われる二人。不安そうに寄り添う姿は憐れみを誘う。
「それはどういった……」
「今日の宴には大国の王太子が来ている。私の婚約者として、エリシアではなくアミリを紹介したいのだ。だからこうして混乱が起きないよう宴が始まる前に皆に承知してもらおうと」
「そんな、こんないきなり……」
「非常識なのはわかっている。だが、エリシアと婚約破棄しようと思った時に丁度大国の王太子が来た。これはもう運命としか思えない!きっと大国が後押ししてくれるのだろう」
運命という状況に酔いしれているステュアートにクリスは微妙な気持ちになった。甘い顔立ちの王太子は考えも甘い持ち主らしい。笑えるやら呆れるやら……
「大国はエリシアが殿下の婚約者だと知っています。いきなり違う女性を紹介されたら戸惑うでしょう」
紳士は怒りを押し殺して冷静にあろうとしてるのが見て取れる。父親として怒って当然だろう。その気持ちを全く汲む気のない青年は勝ち誇ったように笑った。
「大国は受け入れて下さる。正当な理由があるからね」
「それは一体なんでしょう」
勿体ぶって間を開けた後、表情を引き締めた王太子が会場中に響かすよう高らかに声を上げようとして、扉の開かれた大きな音に遮られた。
「何をしておる、ステュアート!」
慌てて駆けつけたのだろう王が王妃と第二王子を伴い現れ、周りの緊張感が高まった。
「大事な宴の前に騒動を起こすなど何を考えておるのだ。恥をさらす気か!」
「このままエリシアを王太子の婚約者と紹介する方が恥となるのです!」
「なんてことっ……」
王妃が倒れそうになるのを王が支えながら王太子を睨みつけた。
「女性を侮辱するなど……」
「聞いてください、父上。エリシアは身分を笠に着てアミリを虐めていたのです!」
「アミリとはそなたの側にいるその娘か?」
「そうです、シュレッセン男爵令嬢のアミリです!」
ステュアートがアミリを抱き寄せ答える。二人の仲は明らかで、婚約者でない女性と堂々と寄り添う自国の王太子の姿に皆が眉をひそめる。
「なぜ侯爵令嬢のエリシアがその娘を虐めるのだ?」
「もちろん嫉妬です!私たちの仲に嫉妬して、王妃になりたいばかりに、その座をおびやかすアミリが邪魔だったのです!!」
これまた堂々と不届きな発言をする様に何人もが眩暈を起こす。婚約者がありながら別の女性と親密になるなど不義理以外の何者でもない。
「その娘と懇意にすることでエリシアを裏切っているという罪の意識はないのか!」
「そ、それはっ……」
さすがにそこまで馬鹿ではなかったかと少し安堵したのも束の間、「しかし」とステュアートは言い募った。
「決して最初から裏切ったのではありません。ただの友人として交流していたところに、勘違いしたエリシアがアミリを虐め出したのです!それを庇っているうちに……」
「いじめとはどのようなものだったのだ」
王が耳を傾けたことでこちらに分があると感じたステュアートが捲し立てる。
「身分が低いことをバカにしたり、水を掛けたり、突き飛ばしたりと様々なことです。アミリの痛ましい姿はそれはもう可哀想で……」
「エリシアよ、真か?」
王がステュアートの言い分を遮って、ずっと黙り込んでいたエリシアに問いかける。皆の視線が一斉に集まった。
「……いいえ」
呆然としてまだ立ち直れていない様で、何とか絞り出したのだろう彼女の声は掠れていた。
この国の王太子の婚約者であるエリシアは豊かに波打つ赤い髪が人目を惹くとても美しい令嬢だった。
こうして晒し者にされても、父親に支えられてはいるが自分の足でしっかり立っている。何とか立ち直り、気丈に振舞おうとする姿勢が見られた。
「いいえ、私はしておりません」
言い直した声はしっかりしていた。
「エリシア、悪足掻きは止めてくれ」
「ステュアート、今はエリシアの話を聞いている」
「父上っ」
視線で黙らせた王が再びエリシアに視線を向けた。続けよという意向を汲み、エリシアは口を開く。
「私がしたことは婚約者でない男性と親しくしてはいけない、婚約者のいる男性と親しくしてはいけないと申し上げただけです」
「水を掛けたり、突き飛ばしたりはしていないと申すのか」
「はい、お話しただけです」
「嘘です!!父上、私は水に濡れたり、ドレスが汚れたアミリの姿を見ているのですから!」
ステュアートの強い主張に、王は否定も窘めることもできず言い澱む。王太子が見たというのなら、無視するわけにはいかない。
「陛下……」
エリシアの父親も声を掛けたのはいいが、言葉が続かないようだった。下手をしたら王太子を侮辱する言葉になりかねないからだ。
このままではエリシア達の分が悪いという空気の中に愉快そうな声が響いた。




