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「では、エリシア嬢の無実は証明されたということでよろしいですね」
悲しみに染まる空気を払うようにジークの声が響き渡る。途端にその場は緊張に包まれた。まだ終わりではないのだ。
「ああ、過失は王家にある」
王の返答に満足そうに微笑みながら頷いたジークはふと首を傾げる。
「ちなみにエリシア嬢にはどういった償いをなさるおつもりですか?結婚相手は見つかるでしょうか?このままでは修道女になるしかないのでは?ああ、そうでしょう。
かわいそうに、何の罪もないのに俗世を離れて暮らさざるを得ないとは」
「そんなっ」
サミュエルが悲痛な叫びを上げた。
「エリシア様と結婚したからと言って、王家はその家に何も含むことはありません!」
本心だろう、王とて咎めることはしないだろう。しかしそう単純なことではない。何もなかったことにはできないのだ。ふとした時に潜んでいたわだかまりが関係を拗らすことも否定できない。
いくら声高に宣言したとしても誰もその言葉を真には受けない。拒絶されれば疎まれてると疑い、優遇されれば償いかと疑われる。当事者も周りもどうしてもその考えが消えることはない。
貴族たちの気まずそうな空気を察し、現実の厳しさを思い知ったサミュエルは唇を噛みしめ俯いた。
そんな苦々しい雰囲気をものともせず、またジークが口を開く。
「確か女性の方が色の認識に優れていると気付いたエリシア嬢の発案で染色を女性にもやらせたところ、細かい色分けができ、商品の色の種類を増やすことができたとか。
そして夫に先立たれたりと、働く必要のある女性たちの働く場として助けになっていると聞きました。双方の利益に繋がる素晴らしい提案ですね。
この先もこの国に貢献できただろうに……。ますます発展すれば我が国としても大変喜ばしかったのですが、本当に残念ですよ」
容赦なく責め立てるジークに、無表情を貫きつつクリスは呆れる。相手を追い詰める時は実に生き生きしているのだ、この男は。
大国の圧力と芝居染みた大袈裟な嘆きに周りの表情は唯々苦々しい。
「ステュアートを王太子から外す」
王の宣言に今までの比ではないほどのどよめきが起こる。我が子を切り捨てる、苦渋の決断に王は大きな溜息をこぼした。
ジークは満足そうに目を細めると、またしばらく王にこの場を任せることにした。それを受け、王は言葉を続ける。
「代わりにサミュエル、お前が王太子だ」
「そんなっ……、あんまりです!」
アミリが溜まらず前へ出てくる。しかし王は口出しを許さない。衛兵たちにこの場から連れ出すよう命じた。そして追おうとしたステュアートを呼び止める。
「お前はまだここにいろ」
俯いてしまったステュアートから目を逸らし、エリシアを見つめる。
「エリシア嬢、サミュエルの妃になってはくれぬか?」
「父上っ」
サミュエルの悲鳴に近い呼び掛けにエリシアの返事が遮られる。
「なんだ、サミュエル」
「どうして兄上が外されるのですか!僕が王太子なんて無理です!!しかもエリシア様と結婚なんてっ」
「そなた、覚悟の上ではなかったのか」
「だって、そんなっ」
王の責めに狼狽えたサミュエルは事態の大きさに真っ青になっている。まさか兄が立場を追われるとは想像していなかったのだろう。
「僕はただ非は認めるべきだと、それだけで……、こんなことっ」
「償いとは決して軽くはない。いかなる場合も想定しておかねばならぬのだ。今回の場合、ステュアートは思い込みと、一方の言葉のみを重用した思慮に欠ける行いをした。
将来この国を担うには値せぬ行ないだ。どちらが国のためになるかわかるであろう」
軽挙な行いをした替えのいる王子と王家の一員になれば将来大きな利益をもたらしてくれるだろう令嬢。王の窘めに落ち込むサミュエルの姿は頼りない。
サミュエルの覚悟が足りなかったことに王は落胆のため息を吐いた。愛情と現実の厳しさの狭間で揺れる、誰の心も重く、澱んでいる。
「発言を、お許しいただけますか?」
躊躇いがちに発せられた声のした方に向くと、エリシアと目が合った。王が頷いて促すとエリシアは頭を下げて感謝を表した。
「大変光栄なお話ではありますが、私には過分な処遇かと存じます」
「断ると?」
「今回のこと、私にも非はあります。重責に応えようとする余り、ステュアート様との関係を疎かにしていた私が、私だけが何の咎も受けず、その立場に居座ることはできません。
それに……、私はサミュエル様より年が上です。他に相応しい方が……」
「いいえ、いいえ!貴女よりも妃に相応しい方はいません!!僕は決して貴女との結婚が嫌なわけではっ……」
勢い余った告白にサミュエル自身が狼狽える。頬を染め、「あ、いや、えっと、あの」と言葉を詰まらせるその様子に誰もがサミュエルの想いを知った。
「あの、僕こそこんな年下で……、だから貴方には相応しくないと」
政略結婚において女性は年下が好まれるのが一般的なので、エリシアが気にするのは当然だった。しかしサミュエルの年頃には年上の美人に憧れを抱いてもおかしくない。
実際に4歳差はそんなに大きくはないし、年上の王妃という例もあるのだ。
周りが照れくさく、居合わせていることを気まずく感じるような、何とも言えない温い空気の中、周りの視線の先にいるエリシアは戸惑っているようだった。
何も言わないエリシアにサミュエルは不安そうにしている。どちらもいつまでも口を開かない、この行き詰ったような状況に王が口を挟もうとしたが、その前にステュアートが口を開いた。
「父上、王太子の座を降りること、お受けします」
「兄上っ……」
壇上にいる弟と、見上げる自分。改めて自分の犯した罪と、それによって負われた立場を痛感し、ステュアートは泣きそうな弟に笑いかける。
「私の咎だ。お前が気に病むことではない。お前ならエリシア嬢と信頼関係を築けるだろう。彼女に好意を持っているのなら」
ステュアートはエリシアに向くと「弟を頼む」と頭を下げた。返事をしかねるエリシアに王も言葉を重ねる。
「どうにもサミュエルだけでは心許ない。そなたが支えてくれ。どうか共にこの国を頼む」
王からの再度の求めに、さすがに断ることは難しい。応じることに不安は拭えないもののエリシアは頷いた。
「謹んでお受けします」
周りからもほっとした気配が伝わって、この場の空気が緩む。素早く駆けつけたサミュエルがエリシアの前に跪いて手を握った。
「よろしくお願いします、エリシア様」
「どうぞ、エリシアと」
はにかんで微笑んだサミュエルにエリシアも微笑む。その場の誰もが微笑み、自然と拍手を送った。