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夕食までボードゲームをし、明日に備えて早めに寝たかったのに、部屋にまで付いてくるというしつこさを見せたジークには参ってしまった。
それでもいつもどおりの時間には引き上げてくれたので、寝不足にならずに済んだのだが、それが優しさだったのかは定かではない。
むしろ集中力に欠いて負けてしまったゲームの、後日に課せられる罰の方がクリスは憂鬱である。
さっさとその場で済ませず、勿体ぶって相手の不安を煽るという長期的な楽しみ方だ。「じっくり考えておく」と言ったジークは実に楽しそうだった。
ここ数年のジークはクリスに対していじわるなことが多い。
こんな嫌な目に合って、どうして自分は側にいられるのか。一緒に悪戯をして楽しかった記憶が強く、仲間意識が強いのかもしれない。
意地悪と言ってもからかうに近く、嫌われているわけではないようだし、今更このくらい馴れてしまった。まぁ、どのみち側にいられるのはあと少しだし、我慢できないこともない。
クリスは気にしないことにした。
身支度を整え、エリシアから分けてもらったお茶を入れて飲む。昨日はおかげでどれだけマシだったか。
今日は大事な日だからなるべく体調を整えておきたい。
「良い朝だな!」
ノックをせず入ってきたジークに引き締めていた気が緩む。毎回毎回この男は大人しく待っていられないのか。
「腹が減った、飯にしようぜ!」
さっさと居座ったジークに合わせて朝食が次々運ばれてくる。クリスはついつい眉を顰めた。
「ここで食べる気か」
「お前の体調を気遣ってやってるんだろ。感謝しろ」
いちいち恩着せがましいことを言うが、こういう性格なのだ。本気で感謝されたいわけではない。
「今日の舞台にお前も必要だからな」
悪戯するなら一緒が楽しい。昔笑顔でそう言われたのを思い出す。何でも共有してきた親しい友人。残りわずかの時間を大切にしたい。
クリスは苦笑すると、おどけるように「有難き幸せ」と臣下としてのお辞儀をしてみせた。
お昼を過ぎ、ほとんどの人が仕事を終える頃、貴族たちが続々と王宮に集まって来ていた。皆一様に不安そうである。
それぞれが親しい者たちで今日の結末を予想し合っている。大半の者がエリシアの無実を望むものの、無理だろうと嘆息した。
フォンタント公爵とエリシアがやって来ると一様に口を閉ざし、辺りは張り詰めた静けさになった。皆の視線を一斉に浴びても二人は怯むことなく、最前列の中央へと進んで行った。
クリスとジークは数日前の宴の時(結局流れたが)に控えていた部屋で呼ばれるのを待っていた。ジークだけは楽しそうに窓の景色を見ている。数日前はあんなに暇そうに眺めていたのに。
散々クリスの主観的意見を聞きたがったジークは、今日どうするのか教えてくれていない。そういう男だと分かっているが、未熟ながらクリスは諦めの境地には至っていない。
今もどう決着をつけるつもりなのか、もどかしい想いをしている。長年の付き合いだからステュアートとエリシアのどちらに好意的かはわかるが、あのジークである。
単純にどちらが正しかった、だけの話で終わらせるわけがない。そんなお人好しではないし、それだけならここまで大がかりに手を出さなかっただろう。
あの日ステュアートの証言の矛盾を付いて、エリシアを罪に問えないと、貴族の世界ではよくある、曖昧なままにするという決着に持って行けたはずだ。
わざわざこのような場を設けて、何を見せ付けようとするのか。たいてい厄介な結末にしてしまうのだ、ジークは。
言い知れぬ不安に、きっと取り越し苦労だとクリスは何度も頭の中で繰り返した。
呼ばれて行くと大広間にはすでに王族も集まっていた。ステュアートの隣には当然のようにアミリもいる。二人は国王夫妻と弟の苦々しい表情には全く気付いていないようだ。
「お待たせしました」
当然ジークもクリスを伴い王族の隣に行く。壇上から貴族たちを見下ろした。
「ではさっそく始めましょう。クリス」
前に進み出るとクリスは報告書を読み上げた。
「皆様もご存知の今回の騒動、双方の言い分が食い違っていましたので、真実を突き止めるため調べさせていただきました。
最初に、アミリ嬢がエリシア様に侮辱されたとされる日、場所は王宮の南の庭園、時間は昼の2の時より少し前です」
ゆっくりと告げながら周りを見回す。やはりフォンタント親子の姿が目に付く。貴族たちは二人から距離を取っており、孤立したように空間ができていた。
「場所と時間は遭遇されたステュアート殿下に確認を取っており、執務の合間に気分転換に南の庭園へ赴いたところ、泣いているアミリ嬢に会ったそうです」
「その通りだ」
後ろからステュアートの自信に溢れる相槌が打たれる。無視するわけにはいかないので、少し振り返り会釈しておいた。
「その同じ時間、エリシア様は街の視察に出掛けていました。その時間だとアミリ嬢には会えません」
「なっ……」
一同が騒然とする。一際大きな声を上げたのはステュアートだった。振り返って様子を見ると口を大きく開け、目を見開いている。分かりやすい驚愕の表情だ。
隣のアミリは硬い表情で目を見開いている。その少し怖い表情をステュアート以外が見ていた。
「何かの間違いではないのか?時間がずれているとか……」
「エリシア様は昼の少し前に王宮を辞しております。門番から確認を取りました。王宮に勉強に来られる際は大体このような時間だそうで、いつも通りということです。
ご自宅で昼食を召し上がった後、街へ出かけられました。昼の2の時の鐘の音を市場で一緒に聞いたと多くの民が証言しています。間違いありません」
しっかりと裏の取れた否定に怯みかけたステュアートがすぐさま反論する。
「昼前に会ったのではないか?アミリはあまりに悲しくて、長いこと庭園から動けずにいたということは?」
確認するようにアミリを窺うが、俯いていてその顔は見えない。それを疑われて悲しんでいると捉えたようだ。
「ああ、可哀想に」
頭は回るくせに客観的視点の欠如とは王になる身として如何なものか。クリスはため息を何とか飲み込んだ。
「アミリ嬢が王宮にやって来たのは昼の1の時を半分過ぎた頃です。門番から確認を取っています。そのときの様子は普通だったそうです」
声に何も含まないよう淡々と告げる。悲しみに暮れながら一度帰り、もう一度泣きに来るなどおかしい話で、誰もそんなことを思い至らないとは思うが、
一応その時の様子を付け加えて、否定しておく。さらなる反論を封じるよう報告を続けた。
「その他お茶を掛けられたり、突き飛ばされたとされる日、いずれもステュアート様と遭遇してましたので、おかげで日時がはっきりしています。
その日その時、エリシア様が犯人ではないという確固たる証拠が得られています。
アミリ嬢がお茶を掛けられたとされる日は、王宮の中庭にて令嬢たちだけを集めた王妃様主催の定例のお茶会がありました。
エリシア様は輪の中心におられ、常に誰かといる状態。抜け出されたりもなさいませんでした。出席者多数からの証言です。そして――」
そこで一度言葉を切り、クリスはステュアートを見据えた。何故こちらを見るのかと、ステュアートはただ困惑している。勝ち誇りそうになる表情を抑えて、
クリスは再び前を向いた。
「アミリ嬢が突き飛ばされたとされる日、昼の3の時を半分過ぎたとされるその時間、エリシア様は孤児院を訪問されていました。その時サミュエル殿下と居合わせたそうです」
その証言は広間に更なるどよめきを起こしたのだった。