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子どもたちは遠慮がない。思いっきり遊んでもらえる相手と分かるや大勢で群がった。それを軽くあしらうジークと違い、クリスは早々離脱する。もともと体力がないのだ。

加えて今日は体調が良くないので余計に疲れやすい。姿勢を保っていられず、壁に凭れるように立っているとエリシアが歩み寄ってきた。

「クリスティ様、お茶をどうぞ」

「ああ、ありがとうございます」


 お茶を受け取り、口に含むと覚えのある味で驚いた。思わずエリシアを凝視してしまう。

クリスの窺う視線を受け、エリシアは少し困ったように微笑んだ。

「貧血のように見えましたので……」


 出過ぎたことを恥じらうように、目を伏せるエリシアに他意はなさそうだ。心を落ち着かせるためにクリスはそっと息を吐いた。

「ありがとうございます」


 こういう時にいつも飲むこのお茶を今回用意できていなかったので正直助かった。しばらく味わう。

「ごちそうさまでした」


 空になったカップをエリシアの侍女が受け取り、片づけに行く。子どもたちはまだジークとじゃれ合っていた。

「エリシア様は大国に来られる気はありませんか?」


 唐突の問い掛けにエリシアの瞳が不安げに揺れる。意味は理解しているはずだ。エリシアはこの先この国で結婚はできないだろう。落ち度がないにしても王家とはわだかまりが残る。

そんな相手をどの貴族も受け入れることはなく、修道院に入るしか道はない。

「このまま俗世から離れるのは勿体ない」


 心の底から惜しむクリスの声音にエリシアは目を逸らした。

「大国へ行っても私は何の役にも立たないでしょう」

「そんなことはありません。貴女なら大国の王妃になれる」

「いいえっ」


 エリシアは強く言い切った後、小さな声でもう一度「いいえ」と否定する。

「この小さな国だからこそ何とかやっていけるのです。小さい頃からこの国の王妃になるために学んできたから。想いも……、私の故郷だから」


 確かに大国に必要なことをこれから覚えるのは大変だろう。それでも貴女には王妃の器がある、そう反論しようとしたクリスを遮るようにエリシアが言葉を続ける。

「私はステュアート様と信頼関係を築くことはできませんでした」 


 エリシアがジークへ視線を移す。

「ジークベルト様とも築くことはできないでしょう。貴女がいるのですから」


 今度こそクリスは確信した。エリシアは気付いているのだ、自分が女だということを。

クリスが言葉に詰まっている間、エリシアは何も言わなかった。目線は相変わらず遊んでる子どもたちに向いている。

彼女がこれ以上何も言う気がないのだと分かって、クリスは力を抜いた。 

「聞かないのですか」

「関係がないのに他家の事情に軽々しく踏み入る訳にはいきません」


 道理ではあるが実際弁えない者は多い。正しくあろうとする彼女の姿勢はやはり好ましい。彼女なら言い触らさないだろうと気になることを聞くことにした。

「どうして気づいたのですか?」

「最初からなんとなく……、女性のようだと」


 成長するにつれて男女の体格の差は大きくなっていく。もはやクリスは男としては細身の小柄だ。力の差は歴然で、もう女のようだとからかわれるだけでは済まなくなる。

特に女性は同性に敏感だ。王太子妃の座を狙う令嬢たちに気付かれるのも時間の問題だろう。ジークの側を離れる時が、もうそこまで来ているのだ。

「今日の貴女の様子にそうだろうと確信しました。私も同じようになるので」


 何のお茶かすぐに気付いたのも確信を強める要因だったのだろう。女性なら誰もが知っている。

月のものになるとクリスはいつも貧血になり、頭痛に悩まされ、顔色が悪く、動くのが億劫になる。

初めてなった時は自分が女だと思い知った時であり、性別を偽っていたショックと、月のものの煩わしさに何故自分は男ではないのかと、呪いたいほど最悪な気分になったものだ。



クリスはカスティオーネ公爵家のただ一人の子どもである。夫人は体が弱く、もう子どもは望めないと言われた夫婦はクリスを溺愛した。将来は婿を取って家を継がせよう。

しかし王家には歳の近い王子がいる。王と親しい公爵の子となればそのうち引き合わせることになるだろう。

妻に似て綺麗な娘だ、嫁に望まれるに違いない、という公爵の親馬鹿思考からクリスは男として育てられた。何ともくだらな過ぎて誰にも言いたくない。

クリス自身今更女だと明かして、ジークとの友情を失くしたくない、その想いから未だ男の振りをしている。

髪が長いのは切ると両親が泣くからだ。男と偽らせるくせに、ばれる様なことをさせる、まったく勝手な人たちだ。それでも恨めない愛すべき人たちだ。




 クリスが物思いに耽っている間エリシアは口を閉ざしていた。訊かれたこと以外口にしない、その姿勢は言ったとおり本当に干渉しないのだと表していた。

最初こそ焦ったものの、他人にばれたというのに、クリスは今不思議と落ち着いている。

しばらくの間二人は目の前の子どもたちが遊んでいる穏やかな光景を微笑ましく眺めていた。





「まったく、やってくれたな」


 帰り道、先を歩くジークが振り返らないまま話し掛けてきた。声には非難が籠もっている。散々子どもたちと楽しそうに遊んでいたくせに、きっちり怨み事は訴えるらしい。

「報告書だけじゃいまいち伝わらないんだと思ってね」


 直接二人に会話させようと思ったのだが、結局思ったほど会話はなかった。エリシアの気持ちは確かめられたが……。

「あの人材を失くすのは惜しすぎる!」


 無理に二人をくっつけようとは思わない。想い合えるに越したことはないのだから。だけど彼女を活かす方法をクリスはそれ以外思いつかないのだ。

「それが本音か」


 振り返ったジークは呆れているような、安堵しているようなよくわからない表情をしていた。

「確かに惜しいな」

「だから!彼女を大国にっ……」

「そうだな。考えておく」


 ようやくこちらの要望に前向きな応えをもらえてクリスはほっとした。これで彼女が不遇を強いられることはないだろう。

「さぁ、後は部屋でゆっくり過ごすぞ」

「ああ」


 明日のことを考えて彼の機嫌を損なうのは得策ではない、クリスは素直に従う。それを察してか、ジークの機嫌がさらに上がったのがわかった。

そして就寝の時間までうんざりするほどジークの我侭に付き合わされることになったのだった。


 

 







 

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