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誤字報告をいただきましたので訂正しました。






緑の大地広がる風景はひどく長閑だ。クリスは部屋から見える景色に心を和ませる。お国柄だろう、自国とは大違いだとしみじみ思った。


普段勤める王宮では訓練している兵達の勇ましい掛け声がそこかしこにと響いていて騒がしい。訪れる他国の貴人は皆、さすが軍事大国だと口にする。

だが今クリスがいるのは隣接する小国である。この国は自国と違い、争いとは無縁の雰囲気だ。繊維業を主にしており周辺諸国で扱っている布製品は大体この国のものである。

大国を囲むそれぞれの小国は何某かの特産品を持っているので交易で成り立っている。

大国は一番広い土地を持ってはいるが、平地が少ないので農業には向いていない。その代わり鉱山を持っているので金属製品の製造が盛んである。

共通貨幣の製造も担っており、武器の製造にも力を入れているため大きな影響力を持つ。それが大国たる所以である。

生活に必要なものを周辺諸国からもらう代わりに軍事力で守っている。お互い持ちつ持たれつの関係ではあるが、経済力と軍事力を持っている大国のほうが立場は上である。

いつでも征服できるのにそれをしないのは、単に大国が今の関係に満足しているから、だけなのだと周辺諸国は理解しているので、侵略される心配はしていない。

侵略はないが、大国に従っているというところはある。ただ頭が上がらないだけで、虐げられるようなこともなく、損のない今の関係に満足しているので、友好関係が続いているのだ。


「暇だ」


 大国の王太子であり、クリスの主であるジークがぼやく。文より武に優れているジークにはこの長閑な国は合わないのかもしれない。

今回訪れたのは視察のため。大国は軍事大国だと言われるだけあって、行動派が多い。出向かせるより出向く方が好きなのだ。なので定期的に視察を行っている。

今回この国を任されたのはジークで、お供としてクリスも同行した。無事視察は終了し、今日の宴に出席すれば帰れる。準備は万端だ。

だらしなくソファに凭れるジークにクリスは顔を顰める。

「服が乱れる」


 二人は幼馴染なので上下関係はあるが気安い仲だ。クリスと違ってジークは身だしなみにあまりこだわらない。伸ばしてる髪も櫛を使わず無造作に一つに結ぶだけ。

「これからたくさんの令嬢たちにも会うのに、だらしない格好だと嫌われるぞ」

「オレのありのままを受け入れられないなら話にならんな」


 鼻で笑うジークにますます渋面になる。

「正式な場で正装は礼儀だ。それくらいの敬意も払わないなんて、それこそ結婚相手として話にならないよ」


 相手が大国であろうと、向こうだって選ぶ権利はあるのだ。めんどくさそうに上体を起こしたジークに心の中で溜息を吐いた。すっかり傍若無人に育ってしまったものだ。


 大国の跡継ぎであるジークは18になるというのに未だに婚約者がいない。

釣り合う家柄に年頃の令嬢がいないわけではない。それこそこの国に限らず隣国でも繋がりを強めたい王族たちが喜んで王女を差し出す準備はできている。

それでも未だに婚約していないのは本人が誰も受け入れないからだ。親が勝手に決めてしまうことが多い上流社会で、実力主義の大国では当人の希望を尊重してくれる。

一見甘やかして見えるそれは、実は結婚相手を選ぶことさえ素質を問われるという厳しいものであった。跡継ぎは必ずしも長子である必要はない。相応しいものが継ぐのだ。

それが大国のあり方を変えない方法であり、周辺諸国が安心して大国に身を任せられる理由である。

武芸に秀でていて誰からも次期王と認められているジークでさえ、愚を犯せば王太子の座を下ろされる。お妃選びに慎重なのはわからないでもないのだが……

「いい加減真剣に見つける努力をしろよ」


 相応しい女性を選ぼうとすれば会って見極める必要がある。それなのにジークは会おうとしないのだ。痺れを切らした官吏たちが見繕って来るようになったが、それさえも無視である。

そんな攻防で相当数の令嬢たちが跳ね除けられている。

「お前が女装して婚約者になってくれれば、しばらくは黙らせられるんだぞ」

「やめろ」

「大丈夫だ、実は女だったって言ったって誰も疑わない」

「冗談じゃない!!」


 性に対して繊細な年頃に女装が似合うなんて言われて喜ぶ男がいるだろうか。ただでさえクリスは女みたいだとからかわれて不愉快な思いを沢山しているというのに……

しかもジークは明らかに楽しんでいる!

「まったく、もう少し真面目に考えろ!」

「これが今のところ最善の策なんだがなぁ…」


 腕を組んで渋面を作り不快を表すもジークはどこ吹く風。しかしクリスにとっては非常に繊細な問題なのだ。



 クリスの家である公爵家はこの国の貴族の中枢に位置しており、政治でもそれなりの発言権を持っている。

歳の近いクリスは幼い頃より王族であるジークと係わってきた。令嬢であれば真っ先に妃として候補に挙がっていただろうと惜しむ声もある。

サラサラの長い髪に繊細な顔立ちはそこらの令嬢より綺麗なのだ。しかし現実にはクリスは一人っ子であり、姉妹はいない。

 

 さらに厄介なのがジークの性格で、好き嫌いが激しいのだ。気に入った者は傍に置き、嫌いな者は遠ざける。気に入る者の方が圧倒的に少ないので、ジークの周りは常に人手不足だった。

妃選びが難航することは必然で、一番のお気に入りのクリスに姉妹がいればと嘆く者が多かった。ジークとクリスがそういう仲ではないかと揶揄する者もいたので、クリスとしては複雑である。


 幼い頃からずっと一緒にいた。勉強も遊びもいたずらも、楽しい思い出はいっぱいだ。

女のように髪を伸ばしていることをからかわれたりして、黙らせるためにジークも髪を伸ばしたりと助けられたこともある。

例え大人たちの思惑あってのことであっても、ジークと共にあれたことは幸せだったと思っている。

恩も情もあるジークをクリスは傍で支え助けたい。だが自分は公爵家の跡取り。ずっと傍にはいられない。

だから妃には素晴らしい、相応しい女性が現れるのを願っている。大切な友人だから……



 クリスは固く組んでいた腕を解いた。

にわかに騒がしくなった廊下に二人は顔を見合わせる。

「何かあったのか?」


 答えを求め、いい加減待ち疲れたジークが立ち上がり扉へ向かう。普通なら部下に様子を見てくるよう命じるはずの主が率先して動くのを、クリスは呆れながらも後に続いた。

今回の会場である大広間がざわついている。王族や主賓が来るまで楽しいおしゃべり、という雰囲気とは違う様子にジークは迷わず扉に手を掛けた。

開いた途端響き渡った言い争う声に二人は視線を交わし合う。盗み聞きすることを決め、目立たぬようにそっと滑り込んだ。







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