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9 夢で見る悪魔

 


「――というのが事の詳細です。あの後、大講堂の空気はとても殺伐としていました」


「ご苦労だったな、リュカット。その場に残るのは苦痛であっただろう」


「いえ、とんでもないことでございます。お嬢様に……シェリアーク家に害をなそうとする者を探るのも、あなたに課せられた僕の役目ですから。オルフェ様」


「ふむ。……して、リュカット。お前の目と耳は今回の一件をどう捕らえた」


「…………」


「正直に言え。許す」


「お嬢様の挑発はひどかったです。他人を苛立たせる天才かと思いました」


「『私を勇者にしたくなければ陰湿な手を使わず、首席を奪ってみろ』……そのようなことを言ったのだったな?」


「いえ、もっと強烈な皮肉が込められた言葉選びでしたよ。どこであんな言い回しを覚えてくるのでしょうか?」


「分からない。私の知る中で、ライラほど予想外の行動を取る者はいないからな。ここで涙の一つでも流して折れてくれれば楽だったのだが、そう切り返してくるか」


「なぜオルフェ様が嬉しそうなのか分かりかねますが……正直に申し上げてお嬢様よりも、あの教師の言動の方が論外でした。品性の欠片もない。表だって声に出せなくとも、お嬢様に同情した者も少なからずいたのではないでしょうか」


「そうか。人選を間違えたな。もう少し賢い男をけしかけるべきだったよ。こともあろうに母上を引き合いに出すとは……」


「…………」


「ん? なんだその顔は」


「いえ、オルフェ様は、本当はお嬢様のことがお嫌いなのではないかと……」


「そんなはずがないだろう。愛しているがゆえ、ライラの夢は砕かねばならない」


「勇者は危険な役目ですからね」


「そうだ。可愛い妹に旅はさせたくない」


「……しかしオルフェ様が苦心したにもかかわらず、お嬢様の立場は危険なものになってしまいました。分別のない者に闇討ちされる可能性だってあります。敵を作りすぎました」


「そうだな。どうしたものか」


「やはり、退学にすべきでは? それで全て解決です」


「そうしたいのは山々だが、ここでライラを退かせるわけにはいかない。ライラが実質の首席のまま学院を去ってしまえば、今年の卒業の儀にケチがつく」


「ああ、確かに……お嬢様の挑発によって、いつになくやる気になっている生徒もいると聞きます。魔王復活が遠い時代にもかかわらず、これほど学院が活気づくものかと、古参の教師が感心していましたよ」


「さすがにこのタイミングでライラを退場させるのは野暮というもの。ここは、誰かがライラを負かすのを期待するしかないだろうな。過激な行動に出る者には気をつけねばならん。難しいところだな……だが、何よりもライラの安全が第一だ」


「はい。やはり、僕がお嬢様の選択授業に同行します。正直お嬢様より弱い僕では護衛として役に立たないでしょうが、誰もいないよりはマシだと思いますので」


「それではリュカットが医術師の単位が取れなくなるだろう。ライラに付き合って留年することはない。護衛ならば、他の者に頼めばいい」


「はぁ……しかし学院内に入れるのは生徒と学院の関係者だけでは?」


「問題ない。心当たりがある。必修単位の件も対処してやらねばな。私が交渉している間だけ、気をつけて見てやってくれ。情報収集と報告を怠るな」


「かしこまりました。オルフェ様の仰せのままに」


 ◇◆◇◆


 夢と幻想の世界であいつが嗤う。

 久しぶりに姿を現したのに、挨拶の一つもなかった。無礼な奴だ。


 私はこいつの顔が嫌いだ。

 見る者の血を凍らせるような絶対零度の美貌。どこか兄上様に似ている気がして反吐が出る。


『馬鹿なのは知っていたけれど、ここまでとは思わなかった。ライラ、きみは本当に勇者になる気があるのか?』


 あるに決まってるだろ。

 あれだけ侮辱されて、黙っている方が馬鹿だ。


『そう。気持ちいいくらいの馬鹿だね。なら、その怒りをバネにもっと頑張ってもらおうか』


 あいつが指を鳴らした瞬間、泥の中から無数の鬼人オーガが姿を現した。斧や槌などの凶器を手に、意思のない赤い目で私を見下ろす。


 私の手には頼りない剣が一振りだけ。心が折れた時点で砕けてしまうガラスのような剣だ。心を強く持たねば、ここではあっという間に戦う術を失くしてしまう。


 それでいて、心を折るような状況を作るのがこいつだ。

 悪魔め、相変わらず容赦ない。この数相手じゃ勝てるわけがないだろうが。どうせ倒しても倒しても無限に沸いてくるんだろ?


 ようするに、こいつは私を嬲りたいだけ。

 今夜は随分と機嫌が悪い。

 私が聖剣から遠ざかるような間抜けなことをしでかしたから、怒っているのか。

 ちょっとだけ、ざまぁみろと思ってしまう。


 ……いや、もしかしたら。

 ふとよぎった考えに、私は笑った。

 そうか、そうか。こいつだって私と同じだ。

 誰だって、自分の母親を侮辱されたら腹を立てるに決まっている。


『この状況で笑えるなんて、ずいぶん余裕だな。なんだか不愉快なことを考えているようだし、今日は朝まで殺し合ってもらうことにしたよ。ライラには、もっともっと強くなってほしいから』


 いいだろう。やってやろうじゃないか。私は誰よりも強くなる。そして――。


『ああ、ライラ。そうだよ。俺を殺せるくらい、強くなってくれ。そして――』


 私が殺気を込めて剣の柄を握りしめると、鬼人たちが一斉に凶器を振り下ろしてきた。紙一重で避け、反撃を開始する。


「魔王もろともお前を殺しに行くぞ、エイプリル!」






 ……今朝の寝起きも最悪だった。というか疲れた。眠った気がしない。

 私は学院の廊下を進みながら、不貞腐れる。


 いやいや、夢の疲れを現実に持ち越してどうする。気を入れ直していこう!


 ほんのちょっぴり弾むような足取りになる。

 周囲から白い目で見られているが、もはやどうでもいい。


 私は夢の中でも現実世界でも、首の皮一枚で生還を果たしたのだ!


 兄上様が、王国史の授業での一件を不問にしてくれた。つまり、学院を退学にならずに済んだ。

 今朝、恐る恐る謝罪したら、いつになく甘い顔をして兄上様は言った。


『必修単位のことも、何とかしてやれるかもしれない。だから大人しく待っていなさい』


 え、何とかできちゃうんだ。金や利権をばら撒くんだろうか?

 我が家のことながら、ちょっとどうかと思う。あまり道に外れた方法は使ってほしくないのだが。

 でも、まぁ、卒業の儀を受けられる可能性が一パーセントでもあるのなら、私は学院に通う。今はそれ以外に聖剣を手に入れる機会がないのだ。


 贅沢は言えない。もう取り返しのつかないくらい私の悪評が広まってしまった今、コネだ不正だと批判されてもどうってことないしな。

 先に不当な圧力をかけてきたのは教師側だし、まぁ、いいや。


 私は開き直った。

 ありがとう、兄上様! 私はこれからも頑張る!


『ああ、ライラ、今は一人になるのは危険だ。なるべくお友達と一緒にいなさい。隙を見せないように』


 でもね、兄上様。その命令は聞けない。

 だって私にはお友達がいない……。


「ライラ、おはよう!」


 背中に元気よく声をかけられ、私はおずおずと振り返る。

 今朝も太陽のように明るい少年が、私を見てにっこりと笑った。


「……お……おはよう」


 照れ隠しにムスッとしながら答えると、ルルタはぱぁっと顔を輝かせた。周囲の生徒からもどよめきが起こる。

 あ、挨拶くらいで大げさだ! いいだろう別に!


 ルルタには昨日、図書室で失態を見られた。それでいて私が泣き止むまで、優しい距離感で慰めてくれた。それがどれだけ嬉しかったか……。

 だからというわけではないが、なんかもう、無視できない。

 思い出しただけで顔が熱くなる。


「ビッチ」

「平民相手でもお構いなしなのね」

「あいつを首席にさせておくな。引きずり下ろせ」


 殺気混じりの異様な視線を感じ、全身から熱が引いた。

 今までだって疎まれていたが、こうも明確な敵意を向けられるとは。


「今日から実技演習が始まるんだよな? 多分俺、ライラと同じ授業をたくさん取ってるぜ。よろしくな!」


 ルルタにだって陰口は聞こえただろう。しかし彼は平静を保ったまま、にこにこしていた。


「……私と一緒にいない方がいい。お前まで迫害されるぞ」


 小さな声で告げると、ルルタも囁くように返した。


「いやだ。ライラを一人にしておけない。危ないだろ?」


 うぅ、なんてカッコいいセリフを。

 私はふにゃっとなりそうな頬を引き締め、心を鬼にして言った。


「一人の方が身軽でいいんだ。もしも私のせいでお前がどうにかなったら、その、気分が悪いだろ」


「はは、あんまり俺を見くびるなよ。そこらへんの奴らにどうにかされるほど、弱くねぇって」


 それは、まぁ、そうだと思うが。

 でもルルタは貴族の陰湿さを知らない。誰もが正面から来るとは限らないんだぞ。


「それに、もし危ない目に遭って怪我しても大丈夫だ。慈悲深い女神サマがついてるしなー」


「……心にもない呼び方しないでくれる? 超ウザーい」


 今気づいたが、ルルタの後ろにユシィが立っていた。

 私を一瞥してから、つん、と顔を背ける。

 今、目が合った女子二人の間に火花が散った。それにはさすがに気づかなかったのか、ルルタが楽しそうに笑っている。


「この場合どうすれば……お嬢様の安全が第一……しかし、あいつは別の意味で危険……」


 一方、少し離れた場所にいたリュカットが、私たちを見て頭を抱えていた。




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