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7 裏切りの女勇者

※胸糞注意

 

 大講堂に今年の新入生がほぼ全員集まっていた。

 必修科目の一つ、王国史の授業を受けるためだ。


 五百人くらいいるだろうか。楽しそうに語り合い、あるいは真剣に教本に目を落としている。

 しかし、例年の割合でいえば、この内の半数は卒業できずに学院を去る。


 そう思うとあれだ、しょぎょーむじょー。ツバサ君がラジオで言ってた。


 学費が払えなくなったり、家の都合で結婚することになったり、そもそも授業についていけなくて諦めたり、理由は人それぞれだ。

 最もくだらない理由は、いじめによって退学に追い込まれたというものだ。

 本当にルルタは大丈夫だろうか。

 私が心配するのはおかしな話だが、目立ち過ぎると反感を買う。


 後方の席に座っているはずのルルタやツバサくんをこっそり見ようと振り向くと、私の従者が苛立った様子で席を探していた。私を見つけ、渋々と言った表情で近づいてくる。


「隣に座るか?」


「……お言葉に甘えさせていただきます」


 リュカットは居心地悪そうに隣に腰を下ろした。


 大講堂というだけあって広いのだが、それゆえに後ろの席だと授業が聞きにくいし、板書も見づらい。前の席は例によって貴族に独占されるので、こういう大人数の授業は平民たちが割りを食う。

 その点、貴族の従者ならば主とともに前の方に座ることを許される。従者は貴族にとって空気みたいなものなのだ。目に入らない。


 そもそも、席なんて好きなところに座らせてやればいいのにな。

 私は背がちょっぴり低めだから前の席でありがたいが、これだけ大勢が集まると絶対揉め事が起こるぞ。


「あらいやだ、爵位も持たない家のあなたが、わたくしの前に座るというの?」


「も、申し訳ございません! そんなつもりは――」


 出たー。席順にこだわって揉める奴ら。


「さっさと退きなさいよ」

「目障りだわ」

「鈍くさいわね」


 すぐ後ろで伯爵家の令嬢(名前は忘れた)が取り巻きたちと一緒に、下級貴族の少年に絡んでいた。正面から口々に嘲笑され、少年は情けないほど狼狽している。


 周りには上級貴族の子息もいたが、女子を嗜める気はないようだ。絡まれているのがユシィのような美女だったら、絶対に声をかけるくせにな。まぁ、群れてる女子に気後れする気持ちは分かるが。


「……そのくらいにしておけ」


 仕方なく私が一声かけると、伯爵令嬢が不快そうに眉を吊り上げた。ついでにリュカットも小さく舌打ちをした。これは黙って見過ごせないだろう。私だってこんなことに首を突っ込みたくないんだぞ。


「これ以上騒がしくするな。席は空いたようだ。早く座れ」


 私に矛先が向いた瞬間に、少年はダッシュで逃げ出していた。

 その俊敏さ、実技演習で活かせよ。


 伯爵令嬢はじっと私を見つめ、ふん、と顔を背けた。そして別の席に向かった。私の近くは嫌だと言わんばかりの態度である。

 大公家の者に声をかけられ、シカトとはいい度胸だ。しかし咎めるつもりはない。面倒だ。


「売女の末裔が」


 去り際に聞こえた罵りにも、私は耐えた。

 腹の中は瞬間的に沸騰したが、爆発はしない。


 性悪女め、顔は覚えたぞ。いつかぎったぎたにしてやるからな。


 思ったことを口にしないのは、兄上様との約束の一つ。我慢我慢。

 私に対して一瞬勝ち誇った顔をして、伯爵令嬢とその取り巻きが遠ざかっていく。


 しばらくして、リュカットを含む周囲の男性陣が一斉にため息を吐いた。それくらい一触即発の雰囲気になっていたようだ。


「もう少し穏便に仲裁できないものですか?」


 それができたら苦労しない。大体、最初から私を見下している相手に下手に出られるか。余計舐められるだけだ。


 私は非難めいた視線を無視して、教本に目を通した。さ、予習予習。

 教本の冒頭に書いてあるのは忌まわしき魔王についてだった。むむ。


 魔境ガランドリネには、全てを飲み込み破壊する“虚無の大穴”がある。

 千年前、そこから初めて吐き出された生命体が魔王である。


 あらゆる生命を殺し、遥か天地を穢す世界の破壊者。

 魔王の誕生により一度この世界は滅びかけた。

 しかし、最果ての地から生まれた勇者ポーラスタが最古の聖剣を振りかざし、七色の一撃で魔王を倒した。

 魔王は絶命する寸前に虚無の大穴に己を封印し、難を逃れる。決着はつかなかったのだ。


 大穴が塞がった反動か、魔境ガランドリネには魔物が溢れるようになった。それらは魔王を慕って配下に下り、人類を憎んで牙を剥いた。


 それから魔王軍と人類の長い長い戦いが始まった。


 現在、魔王は約百年周期で復活し、数年活動して休眠する、あるいはその時代の勇者に敗れてセルフ再封印……を繰り返している。

 魔王が復活中の魔王軍はそれはもう手がつけられず、各国で殺戮の宴となり、世界滅亡の危機になる。


 魔王不在時はまだマシだ。

 魔王子たちは仲が悪く、軍として統率がとれない。内輪もめで忙しいらしいな。

 時折アポロ戦線のような悲惨な戦いは起こるものの、着々と力を蓄えている人類が滅びることはない。


 我々は日々進化している。魔法も精霊術も千年前とは比べ物にならないくらい発展しているのだ。

 あと二、三回魔王と戦えば、完全勝利も夢じゃない。そういう学者もいるし、私もそう思う。


 だけど私は、どうしてもこの手で魔王を倒さなければならない。

 魔王復活まで約五十年(・・・)の猶予がある今の時代、本気で魔王討伐を計画している人類は私くらいかもしれないな。





 しばらくすると鐘が鳴り、王国史の授業が始まった。

 初老の教師が教壇に立ち、新入生たちを見渡す。簡単に自己紹介をし、授業要綱を説明した。これはどの授業でも同じだな。


「我々が歴史を学ぶのは、過ちを繰り返さないためだ。魔王が誕生して千年、勇者を筆頭にした幾多の戦いがあった。それを紐解き、大いに学び、次の時代へ希望をつなぐ。諸君ら若人たちにより良い未来を創造してもらいたい。私の話がその糧となれば幸いである」


 この道何十年のベテランだろう教師の渋い声に、私は心の中でうんうんと頷く。良いことを言うじゃないか。


「しかしこの中には、愚かにも過ちを繰り返そうとする者がいる。我がアウリオン王国が必死に拭い去ろうとした汚名が、再び勇者として名乗りを上げようとする。非常に遺憾だ。悪しき芽は早めに取り除かねばならぬ」


 怪しくなってきた雲行きに、私は眉間に皺を寄せた。


「ライラ・シェリアーク。立ちなさい」


 大講堂に広がるざわめき。

 私は静かに立ち上がると、教師がにやりと目を細める。人を傷つけることに悦びを感じる下種そのものだった。


「歳で大きな声が出なくなってきたものでな。入学試験で首席を取ったきみに、代わりに読み上げてほしい。教本の三十五ページ、二百五十年前のアウリオン王国最大の不幸について。大講堂の隅々にまで聞こえるように、大きな声で頼むよ」


 ざわめきはどよめきとなって、稲妻のように周囲に走った。

 あまりに露骨な嫌がらせ。それを教師が行うのだから、ほとんどの生徒は面食らっただろう。


 私は小さく息を吐き、素直に教本を音読した。

 屈辱を悟られぬように、努めて平坦な声で。


「……アウリオン王国における三人目の勇者、ベガトリアス・シェリアークは女性であった。それまでの七百年、どの国の聖剣も女性を己の主には選ばなかった」


 そもそも勇者になろうと名乗りを上げる女性自体が少なかったのだろう。女性は守られるもので、戦うのは男の仕事。どの国でもそういう考えが一般的で、聖剣に女性が触れる機会すらなかった。


 だから、ベガトリアスは世界初の女勇者であった。

 それも魔王が復活している混沌の時代だ。人々は聖剣アルデバランの導きにすがり、彼女を勇者と認めたのだ。


 王家を守護する三つの家の令嬢であり、苛烈なまでの剣の才を持つベガトリアス。

 彼女は誰よりも強く、高く、熱い存在となった。


「ベガトリアスは人々の期待と熱狂を背負い国を旅立ち、仲間とともに魔境ガランドリネを進んだ。しかし誰一人王国に帰還することはなかった」


 ああ、アウリオンの勇者は魔王に敗北したか。

 人々は大いに嘆き、気高き戦乙女の死を悼んだ。


「翌年、クネパス王国の勇者カルキノスが魔王と戦い、見事封印に追いやった。かの勇者は帰還時に、アウリオン王国を訪れ、聖剣アルデバランを返還した。そしてベガトリアスについて語った」


 くすくすと、笑い声が聞こえ始めた。

 見なくともわかる。先ほど揉めた伯爵令嬢たちが、私を嘲っているのだ。


「“ベガトリアスは我々人類を裏切った。かの少女は魔王の傍らで魔性の赤子を抱いていた。そして薄らと不気味に微笑んで言ったのだ。『生き残るには、この道しかない』と”」


 ベガトリアスは魔王に屈し、世界に災いの種を増やした。

 魔王子を産んだのだ。




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