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18 龍の婚約者候補

 



「はぁ……」


「もう限界。ルルタうざーい。帰ってきてからため息、何十回目? 陰気すぎ」


「これが落ち込まずにいられるか。ライラ……婚約者がいたなんてな。ショックすぎる」


「婚約者候補、でしょ? まだ正式な婚約は結んでないって言ってたじゃない。大体、貴族のお嬢様なんだから、もう相手が決まっていてもおかしくないわ。気づかないあんたが馬鹿なのよ」


「なんでそんなにキツいこと言うんだよ、ユシィ。ちょっとは優しく――」


「はぁ? 馬鹿みたいな明るさだけが長所だった奴から良いところがなくなったのに、どうして優しくしなきゃいけないの?」


「……お前、本当になんでそんなにイライラしてるんだ? 俺並みにライラのことでショック受けてないか?」


「そんなわけないでしょ。ちょっと裏切られたような気分になったけど……それよりちょうどいい機会だし、諦めたら? どうせあんたの身分じゃ、ライラちゃんとは釣り合わないんだし」


「それは嫌だ。俺はライラが欲しい。ライラにふさわしい男になって見せる」


「…………」


「なぁ、ユシィ。俺の自惚れだったら殴ってくれ。ライラってさ、結構俺のこと好きだよな? 気のせいか?」


「はぁ、思いっきりぶん殴ってやりたいところだけど……残念。脈は、なくはない」


「だよな! よし、くよくよするのはやめだ! 明日からもガンガン行こう!」


「調子に乗らないで。あんたの考えなしの行動はハタ迷惑よ。もっとライラちゃんの立場も考えてあげないと……平民と違って、貴族のお嬢様は自由恋愛なんてできないんだからね。そう思うと、ちょっとだけ可哀想だわ」


「お、おう……なんかあれだな。ユシィ、ライラとちょっと仲良くなっ――」


「うるさい。あの子に嫌われたくないなら、わたしの言うことを聞きなさい。いい? とにかくあの子の邪魔はしちゃダメ。一緒にいてデメリットになると判断されたら、即切り捨てられるわよ」


「何でユシィにそんなこと分かるんだよ」


「わたしも同じだから。彼女には、目的のためなら大事な感情も捨てる覚悟がある」


「ユシィ……」


「あの子は、わたしよりずっと不器用そうだけどね。もっと上手く立ち回れば、あんなに周りに嫌われずに生きられるのに」


「ライラは誇り高い女なんだよ。自分に厳しくてストイックで努力家で……だからあんなに強くなれたんだろうな」


「まぁ、湖で助けてもらったときは不覚にもときめいちゃったけど」


「すごい反応速度だったよな。格好良すぎた」


「でも、おかしくない? 貴族のお嬢様が初めて魔物に襲われて、あんなに動けるもの? わたしたちの初陣なんて、ひどいものだったのに」


「初めてじゃないんだろうな。俺たち並みに戦闘経験がある。でなきゃ、俺が負けるかよ」


「まさか。でも、確かにそうでもないといろいろおかしいわよね。……あの子、一体何者?」


「ミステリアスなところも魅力的だよな! それでいてめちゃくちゃ可愛いなんて反則だぜ……はぁ、付き合いたい」


「ウザーい」


 ◇◆◇◆


「久しぶりだね、ライラ。ふふ、全然変わってないや」


 少し幼い印象のある美少年が、私を見てくすりと笑った。その視線は頭頂部と足元を行き来している。ようするにあれだ、身長が変わっていないことを馬鹿にしているのだろう。

 相変わらずムカつく。


 屋敷に帰って早々、兄上様の仕事部屋を訪れるとキュロンがソファに寝そべっていた。

 ヒト型を取っているだけマシだが、兄上様のいる部屋でよくこんな寛げるものだ。リュカットがあからさまに顔をしかめているぞ。さっそく嫌われたな。


 キュロン・カノープス。

 一応、婚約者候補の一人。そうでなくとも私にとっては幼なじみに当たる人物だ。


 ……違う、人じゃなかった。


 不思議な質感の白銀の長髪。虹彩の中に星を散りばめたかのような神秘的な金の瞳。血管の一つも浮かんでいない青白い肌。

 よくよく見れば、人間じゃないのはすぐ分かる。


「もうちょっと嬉しそうな顔してよ。せっかく会いに来たんだからさ!」


 キュロンはソファーから身軽な動作で起き上がると、無邪気を装ったあざとさで私に抱きつこうと飛びついてきた。


「甘い」


 私は突進を交わして腕をひねり上げ、キュロンの首筋を指先ですっと撫でた。実はここ、キュロンの逆鱗がある場所だ。


「きゅっ!」


 間抜けな声が漏れた。

 美少年が一瞬で小さな生物に早変わり。


「な……これが、本物の龍……ですか?」


 リュカットが目を見開く。興味があるようだから、よく見えるように胴体を掴んで差し出してやった。


 白銀のタテガミと金属的な光沢をもつ二本の角、艶やかな白い鱗に覆われた細長い体。一応小さな腕はあるが、脚はなく、尻尾が怒りを表すかのようにぶんぶん揺れている。


「もう! いきなり何するの! 変身が解けちゃったじゃないか! 今日はかなり頑張って仕上げたのに!」


 つぶらな金色の瞳は涙でうるうるしていた。なかなか可愛らしい顔だが、騙されない。これは嘘泣きだ。


「ヒト型で抱きつかれたくなかったからな」


「ひどい!」


 私の手からするりと逃げだし、キュロンは宙に浮いた。そのまま泳ぐかのような動きで天井の隅に移動する。拗ねたようだ。


 キュロンは龍天族。天界に住む龍の一族だ。


 純血の龍の寿命は千年近く、天界で天使族と縄張り争いをするような気性の荒さを持つ。

 キュロンは人間の血が混ざっているせいか、だいぶ大人しいけどな。逆鱗を触れられても、くすぐったいだけらしいし。

 まだ五十歳にも満たない幼龍なので子どもっぽくて人懐っこいのだ。


 本来は人間界に住むような生き物ではないのだが、特殊な事情でアウリオン王国に住み着いている。


 ライラのバカ―、と泣き真似をしながら構ってオーラを飛ばしてくるキュロンをガン無視し、私は仕事中の兄上様に遠慮がちに声をかける。


「兄上様、あの、キュロンに私の護衛をさせるという話は本当ですか?」


「……ああ。お前の学院での立場は危うい。嫌がらせを受けているだろう? 心配だ。キュロンならそばに居ても問題あるまい」


 キュロンは特別に王立学院に入学させてもらいながら、ろくに単位も取らず、かれこれ三年近く居座っている。実に不真面目な生徒だ。


 それでも誰にも怒られない。

 ツバサくんと同じような扱いを受けていると言えば分かりやすいだろうか。人気はツバサくんの足元にも及ばないがな。


 キュロンならば、確かに護衛にはぴったりだろう。

 立場的にも、能力的にも。


「別に、嫌がらせと言っても陰口を言われたり、睨まれたり、その程度です。なんだかんだ言いつつも、直接的な行動に出てシェリアーク家を敵に回すような馬鹿はいません。その……特別演習のときはキュロンについてきてほしいのですが、それ以外のときに護衛は不要です」


 ユリウス先生はキュロンがいないと演習はさせないと言った。だからそのときだけは来てもらわねばならない。

 しかしそれ以外の時間まで、一緒にいるのはちょっとな……。


 キュロンの存在を知ったルルタとユシィの反応が怖かった。

 自分勝手極まりないのは百も承知だが、私の精神衛生上、あまりキュロンと一緒にいるところを見られたくない。


「なんでさー、ボクと常に一緒にいられるんだよ? 嬉しいでしょ?」


「うるさい。カバ焼きにするぞ」


「きゅっ」


「ライラ。思ったことをすぐ口にするな。約束しただろう」


「……ごめんなさい」


 兄上様はため息を吐き、書類から顔を上げた。優しげな微笑みを浮かべながらも、瞳の奥は冷え切っていた。


「ライラの身の安全が守られないのなら、安心して学院へ送り出すことはできない。それに最近は、七つ目の約束事に抵触するような行動が目につくそうだが……」


「う……っ」


 私は後ろで素知らぬ顔をしているリュカットを睨みつけた。

 余計なことを報告しやがったな。


 いや、こいつを恨むのは筋違いだ。

 兄上様の言いつけを破っているのは事実。

 ルルタやツバサくんと一緒にいる時間が増え、淑女にあるまじき類の噂も流れ始めている。嫁入り前の妹を持つ兄上様が気を揉むのも無理はない。


「…………」


 ここでキュロンを私の護衛につけるということは、私の婚約者はこいつで決まりなのだろうか?

 それとも、キュロンが兄上様にとって動かしやすい存在だから、都合よく利用しているだけなのか。


 兄上様の瞳から真意を読み取ることは不可能だった。


「……分かりました。極力一緒にいるようにします」


 今は、むやみに逆らわない方が得策だ。

 近頃兄上様には輪をかけて面倒をかけている。龍の一匹連れ歩くだけで兄上様が安心してくださるのなら従おう。


「やったー! ライラがデレたー!」


 キュロンは喜びのまま、私の首に巻きついた。掴んで防ごうとしたが、フェイントを混ぜて突破しやがった。

 ここは幼い頃からのこいつの定位置だ。重力を制御しているので、ものすごく軽い。


 この姿なら、まぁ、いいか。

 全く婚約者っぽくないし。




ミ●リュウ的な龍だと思っていただければ……。

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