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17 葛藤と戦闘

 


 私は言葉を詰まらせた。

 ルルタの言動が迷惑かどうかだと?


 もしも、もしもルルタが本当に私に好意を持っていてくれるのなら。

 死ぬほど嬉しいと思う自分がいる。

 今まで出会った異性の中で、ルルタが一番格好いい。いや、他者と比べてどうこうなんて失礼か。


 認める。私は、ルルタのことを憎からず想っている。

 生まれて初めて異性として意識した相手だ。

 そばにいて言葉を交わしたい。もっと彼のことを知りたい。触れてみたい。一日中彼のことを考えていられたら、どれだけ幸せだろう。


 しかし私がその幸せに浸ることは許されない。

 夜が来るたびに、自分のなすべきことを思い知らされる。


 私は勇者になりたい。魔王を倒さなくてはならない。

 夢のためにあらゆるものを犠牲にしてきた。これからも、勇者になるために人生の全てを費やすつもりでいる。


 夢と恋、両方を叶えられるはずがない。

 勇者になる夢も、平民であるルルタと結ばれる恋も、全てを懸けて取り組んでも叶うかどうか分からないくらい困難だ。

 大体、中途半端なことをすればすぐさま兄上様に動きを封じられる。


 そして今の時点で、私の中で夢と恋を天秤にかければ、犠牲になるのは恋の方だ。

 最初から答えは決まっている。勇者になる道の障害になるのなら、この気持ちだってばっさり捨てなければならない。

 ルルタを想うことで夢が破れてしまえば、死ぬほど後悔する。


 だから、ルルタが私に見せる言動は嬉しいけれど、つらくもある。

 応えたいと願いながらも、絶対に応えられない。

 自分でもどうすればいいのか分からなかった。


 迷惑だと断言して、ユシィにルルタを遠ざけてもらう?

 それが最善なのは分かる。今ならまだ、ダメージは少ない。

 だけど、手放すのにだって勇気が要るんだ。


 私は、学院で自分の立場を改めて思い知らされた。勇者を目指すことでどれだけ周りを不快にさせ、疎まれ、蔑まれるのか。

 分かっていたし、覚悟はしていた。それでもこんなに苦しいのだ。


 平気なふりをして毎朝学院に通えるのは、心のどこかでルルタに会えることを期待しているから。

 彼が笑いかけてくれれば、他の全員に睨まれても耐えられる。強気でいられる。


 そんな、実は結構ギリギリの状態の私がルルタとの関係を完全に断って、大丈夫だろうか。

 大丈夫じゃない気がする。

 ルルタと縁を切れば、ツバサくんとだって話しづらくなるだろうし……。


 なんてことだ。私、最低じゃないか?

 私はルルタを密かに心の支えにしながらも、振り向く気がない嫌な奴だ。

 一番嫌いなタイプの女だ。


 だんまりを決め込んでいる私に、ユシィが何かを察したように苦々しい表情を見せた。


「ライラちゃん、あなたは……」


 俯いていたのが功を奏した。

 ユシィの足元、背後の水面が僅かに揺らいだのが見え、私は反射的に剣を抜いた。


「っ!?」


 水しぶきを上げて立ち上がった(・・・・・)のは、巨大なワニ――アンガ―クロコダイルという魔物だ。私の倍以上の身長、体重は十倍くらいありそうだ。


 咄嗟にユシィの腕を引き、代わりに前に出る。ユシィを頭から丸呑みしようとしていたワニの鼻っ柱を叩いた。外皮は硬く、傷一つつかない。しかし攻撃の反動を利用し、魔力で筋力強化をしてからユシィを引っ張って後退する。


「ちょ、痛!」


 ユシィをぶるんと振り回す格好になった。死にたくないなら我慢しろ。上半身がなくなるよりもマシだろうが。


 ワニが怯んだのは一瞬。すぐさま追撃しようと、太い後ろ脚で跳躍、一直線に飛びついてきた。


風爆ウインドボム!】


 考える間もなく、短縮詠唱で魔法を放つ。狙いはワニの大口。喉の奥の真っ暗闇に、風の爆弾を放り込んでやった。

 術式と魔力を盛る時間がなかったので、威力はそんなに高くない。しかし、外皮と違って口の中は柔らかく弱い。血とともにワニの歯がいくつか弾け飛ぶ。


 吹き飛んだワニはぎろりと私を睨むと、水の中に消えていった。

 助かったな。追撃されていたら分が悪かった。

 裸足で踏ん張りが弱い。というか、水底で何か踏んだ。痛い。


「び、びっくりしたわ……何あれ」


「ぼうっとしている場合じゃない。さっさとこの場から去るぞ。あの魔物は陸上でも素早いし、血の匂いで他の魔物も引き寄せられてくるかもしれない」


「……落ち着いてるわね。あなた、魔物と戦うのは初めてじゃないの?」


「落ち着いてなんかない。心臓がバクバク言ってる」


 夢の世界で身につけた動きが、現実でも発揮できた。それには満足。

 しかし、改めて思い知った。夢の世界でならば怪我をしても死ぬことはない。いや、たとえ死んでもまた次の夜に再戦できる。

 現実はやり直しがきかない。あと少し反応が遅れていたら、目の前でユシィが死んでいた。


 ……怖かった。冷や汗が止まらない。


 急いで湖畔に上がると、ルルタとリュカットが血相を変えてやってきた。


「大丈夫か!?」


「怪我は……お嬢様、その足」


 リュカットが目敏く地面に垂れた血液に気づいた。


「ちょっと切っただけだ。とりあえず急いで逃げるぞ」


「待って!」


 ユシィが胸の前で手を組み、目を閉じた。


【天上の光よ、我が願いのままに】


 白い光が瞬いたかと思うと、痛みが消えた。足の裏を確認するが、傷はどこにも見当たらなかった。違和感もない。

 すごいな。治癒というよりも、時間を巻戻したみたいだ。


 天使族が愛弟子であるユシィに与えた力――“寵愛の祈り(フェイバー)”。


 普通、魔法や精霊による医療術では魔力を大幅に消費する。それに加え、傷や病気の状態によって、術式の種類を事細かく変えなくてはならない。ゆえに優れた医術師は魔力に加えて、膨大な知識を必要とする。


 しかし、この“寵愛の祈り”は違う。

 ユシィの意志さえあれば、どんな怪我でも難病でもあっという間に治ってしまう。

 実際に治療しているのは天使族だからな。愛弟子の願いを聞き入れて叶えてやっているというわけだ。


 ただし、制限はある。

 一つは病気の中には治せないものがあること。『ジューンの呪い』がそれだった。天使族にも治せないから『呪い』と呼ばれていたのだ。

 もう一つ、悪人は治療できない。ユシィがどれだけ助けたいと願っても、天使族が悪だと判断した場合は叶えてくれない。


 それを利用し、大昔は天使の愛弟子による裁判があったらしいな。被告人に傷をつけ、“寵愛の祈り”によって完治すれば無罪、治らなければ即有罪。


 しかし人間の裁判で天使族の判断を仰ぐのはそもそもおかしい。人間の作った法律は考慮されてない。

 大体、愛弟子が本気で祈らなければ誰もかれも有罪になってしまう。美男美女が無罪になることが続き、不細工ほど有罪になることが増え、この裁判方法は公平性に欠けると廃止になったそうだ。美しいは正義……馬鹿か。


「…………」


 傷が治って良かった。ワニに襲われた時以上に、私は冷や汗をかいていた。

 悪事に手を染めているわけではないが、ほら、私は悪魔に憑依されているからな。呪われているようなものだし、悪魔の関係者として天使族に嫌われている可能性もあった。


 正直、勝手に治療しないでほしかった。だが、ここは礼を言った方がいいだろう。


「あ、ありがとう……」


「やめて。わたしの方こそ助けてくれて、その……ありがとう。助かったわ」


 女子二人の間に何とも言えない空気が流れた。なんだろう、むず痒い。

 気まずさを振り払うべく、私たちは急いでその場を離れた。






 私たちは猛省した。

 魔物の住む大森林にいるにもかかわらず、油断しすぎていた。

 恋バナ (尋問風味)などしている場合ではなかった!

 そんなもの、どこでもできるじゃないか!


 ルルタは水中の魔物の気配に気づけなかったことをしきりに謝っていたし、リュカットは巨大な魔物を目の当たりにして具合が悪くなったようだ。無理もない。私も時間が経つにつれて、手が震えてきた。


 今日はこれ以上の探索を諦め、引き上げることにした。

 思ったより早く帰ってきた私たちの様子を見て、ユリウス先生とグィンが説明を求めた。


「へぇ、アンガークロコダイルがいたの? おかしいな。その湖じゃなくて、もっと南の大河に生息しているはずだけど」


「南の方で何かあって、移住したのかもしれんな。どうしますかな、ユリウス先生。昨年の地図があてにならないのなら、この演習を続けさせるのは危険では……」


 心配するグィンに対し、ユリウス先生は何も思っていないような顔で首を傾げた。


「どうする? やめる? 僕はどちらでも構わない。水辺だと分が悪いかもしれないけど、アンガークロコダイルはきみたちが倒せない魔物じゃないし」


 生徒に判断を委ねるなんて、この教師は本当にどうかしているな。

 確かに、ちゃんと身構えて戦闘に入れば勝てたと思う。不意打ちを受けて動揺し、逃げの一手を選んでしまった。情けない。


「ちなみにやめた場合、単位はどうなりますか?」


「あげるわけがない。そこまで甘くないよ」


 ユリウス先生は言う。


「魔物一匹との遭遇で足踏みするような人間が、勇者になれるはずがない。オルフェウスに逆らってまで我を通そうとするライラになら、面白いから協力してあげようと思ったけど、その程度の覚悟なら卒業を諦める方が身のためだよ」


「……その通りです。今日は不覚を取りましたが、次は討ち取って見せます。なので、演習を続けさせてください」


 視界の端でリュカットが「えー」と、げんなりしている。悪いな。

 ルルタとユシィは異論がないようだ。さすがというか、肝が据わっているな。


「いいよ、分かった。でも、このまま続けさせるのはさすがに問題になりそうだから……次の演習は彼を連れてこないと認めない。いいね?」


「彼?」


 誰だ。突然何を言い出すんだ。

 少し意外そうな表情で、ユリウス先生は瞬きをした。


「聞いてないの? オルフェウスがきみの護衛をさせるって言っていたよ。龍天族のキュロン・カノープス。きみの婚約者じゃなかった?」


 その瞬間、場の空気が凍りついた。



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