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16 殺伐女子トーク


 

 道中、あまりにも平和なので、徐々に私の緊張も解けていった。


 退屈はしない。ルルタが食べられる植物や、森で方角を見失ったときの対処法を教えてくれた。

 学院で習う類の勉強は文字の読み書きのせいで苦手としているようだが、元々頭は良いみたいだ。地図を見て目的地と現在地を割り出し、すいすい進んでいく。

 ……頼もしい。


 リュカットは支援魔法の練習をして疲れたらしい。ユシィも口数が減って足取りも重くなっている。いつの間にか私とルルタが二人で並んで前を歩いていた。時折後ろを振り返って気にしつつも、右隣に意識が傾いていく。

 親しくしてはダメだと頭では分かっているのに、近くにいるのが嬉しくて、体が命令を聞かない。


「ライラは普段、家で何してるんだ?」


「いろいろだ。剣や魔法の特訓、座学の授業の予習と復習もする。学年総合一位を維持しないと、学院にいられない。兄上様とそう約束しているからな。……あと、竪琴もたまに練習している」


「すげーな。めちゃくちゃ忙しいじゃねぇか」


「楽になった方だ。昔はマナーやダンス、語学の家庭教師も来ていた」


 一応、貴族の令嬢としての基礎は身についたと判断され、それらは卒業した。

 実践できるかどうかは知らん。

 兄上様との約束事のため、仕方なくパーティーに出席することはあるが、じっと動かず黙っているからな。何をしても目立つから、何もしない。それでも「何しに来たんだ」と詰られるのだが、結局これが一番角が立たないと学んだ。


「そんなんじゃ体壊さないか? 遊んだりはしねぇの?」


「遊ぶ……もちろん休憩することはあるぞ。長時間集中を保つのは難しい」


 私の場合は睡眠中もエイプリルのクソ野郎のせいで戦闘訓練になるからな。起きている間にたまに気を休めないと、頭がおかしくなる。

 ルルタは肩をすくめて頬を掻いた。


「……ごめんな。俺、お貴族様ってもっと楽してると思ってた。優雅にお茶したり、美味いもん食ったり、家に商人を呼んで好きなもの買ったりさ」


「多分、遊んでばっかりのクズはごく一部だぞ」


 ほとんどの貴族は領地経営や稼業に精を出したり、魔法や精霊の研究に明け暮れたり、国の治安を守るために頑張っている……と思う。

 義務や重責を課せられているから、ストレスがヤバいんだぞ。大抵の中年の貴族男性はハゲているか胃痛持ち。兄上様の将来が心配だ。

 そんなわけで、息抜きにぱぁっと贅沢な時間を過ごしているわけだ。それが平民には嫌味に感じられるだろうか。


 もちろん犯罪めいたことをやってる輩もいるし、仕事を誰かに押し付けて利益だけ横取りする外道もいる。

 そいつらのイメージが先行して、貴族全体が馬鹿に思われるのは心外だ。


「へぇ……やっぱり、そういう貴族もいるのか?」


 ルルタが声を潜めたので、私も釣られて小声で答えた。


「ああ。私もよく知らないが、王家の後継者争いが激しかった頃はひどかったらしいぞ。賄賂合戦やら、暗殺騒動やら」


 病弱だが、アウリオン王家の由緒正しき血を持つ聡明な第一王子。

 遥か南の国から嫁いできた側室から生まれ、武術に優れた第二王子。

 どちらが次期国王にふさわしいか、数年前まで王城の勢力争いは凄まじいものだったという。


 何を隠そう、その争いに終止符を打ったとされるのがオルフェウス・シェリアーク――私の兄上様なのである。

 第一王子が患っていた原因不明の不治の病『ジューンの呪い』の治療法を確立させ、完治させてしまったのだ。


 余命いくばくもないからという理由で王位継承を危ぶまれていた第一王子は、今や健康そのもの。アポロ戦線終結を待って婚礼式を挙げた。そのうち世継ぎも生まれるだろう。国王陛下からも正式な後継者として指名され、国を二分していた争いはひとまず終わりを告げたのだ。


 兄上様は本当に偉大な人だ。あの若さで“大賢医”の称号を与えられても、誰も異を唱えなかった。

 我が国の王子だけではない。兄上様は世界の中の人々を恐ろしい病から救った。この功績はアウリオンの歴史と医学の歴史、両方に永遠に刻み込まれるだろう。


 また、ベガトリアスの裏切りで傷ついたシェリアークの名を、再び誇らしいものに変えてくれた。

 ……私さえ勇者を目指さず大人しくしていれば、このままシェリアーク家の名誉は回復するのだろう。

 そう思うと、心苦しくてたまらない。


「待った。……悪い。この植物、触ると毒粉が出るやつに似てたから。こっちにもあるんだな」


「っ」


 しょんぼりしつつ、無意識に邪魔な枝を手で払い除けようとしたら、ルルタが私の肩を抱いて素早く自分の方へ引き寄せた。

 力強い腕、逞しい胸板、耳元で聞こえるルルタの声。

 いきなり密着に心臓が飛び跳ねる。体温が急激に上がって、眩暈が……。


「全く、油断も隙もない。前も言いましたが、お嬢様に気安く触らないで下さい。身の程知らずが」


 リュカットがルルタを無理矢理引き離す。


「今のは、仕方ねぇだろ。なぁ、ライラ……て、大丈夫か? 顔が真っ赤だぜ」


 大丈夫ではない。

 あわあわと口は動くが、言葉が出てこない。

 そんな私を見て、ルルタまでなぜか頬を染めた。いつにも増して目がキラキラしている。


 リュカットが舌打ちをして、私を遮るように前に立つ。


「勘違いしないで下さい。別に、あなたを意識して恥らっているわけではありません。お嬢様は男との接触に免疫がないんです。これだけ異端でも、一応大貴族のご令嬢ですから」


 いちいち私を貶さないと話せないのか、お前は!

 私の代わりに弁明してくれたことには感謝する。だから、「言葉選びがツンデレのテンプレートっぽくて気持ち悪い」とは言わないでおく。


「……どーでもいい。わたし、疲れたわ。この近くに湖があるのよね? 休憩しましょ」


 ユシィのため息交じりの言葉で、なんとかその場は収まった。






 湖は広く、見通しも良かった。

 地図に書き込みはないし、魔物が生息している気配もない。とりあえず安全だと判断していいだろう。


 私はユシィと一緒に湖畔にやってきた。

 歩いて疲れたから足を冷やしたいと言うので、その付き添いだ。私もまぁ、今はルルタの顔が見られないので異論はなかった。

 ショートブーツを躊躇いなく脱いで、湖の浅瀬に足を踏み入れるユシィ。生き返るー、とだらしない声を上げる。


 私も真似したい……足を冷やせば、顔の熱も引くと思うし。


 ちらりと遠くにいるリュカットとルルタを確認し、ブーツを脱ぐ。人前で素足を晒すのははしたないことだが、この距離なら見えないだろう。ユシィに見られても、まぁ、どうでもいい。


 冷たい水に足を入れると、全身から力が抜けていくような心地がした。確かに、生き返る。気持ちがいい。


 しばらく無言でいたのだが、ふいにユシィが私を振り返った。挑むような、試すような、冷たい目つきで。


「……ねぇ、ルルタのこと、どう思ってるの?」


「っ」


 思わぬ問いかけに、背筋がぞくりと冷えた。

 突拍子がない……わけでもないか。ユシィとはいつか、ルルタの話をすることになるかもしれないと思っていた。


「バレバレだと思うから言っちゃうけど、ルルタはあなたのことをとても気に入ってる。目の前にいたら、構わずにはいられないくらいね。誰にでも懐く男じゃないのよ? ……最近はいつも、あなたの話ばかり」


 これは、嫉妬なのか?

 ユシィのアメジストのような瞳が、暗い光を携えている。

 しかし、そこに浮かぶのは私への敵意というよりも、むしろ――。


「ルルタのこと、迷惑なら言って。今ならまだ止められると思うわ。自分の行動がどれだけあなたの迷惑になっているか根気よく伝えれば、諦めるかは分からないけど、強引に迫るようなことはしないでしょうから」


 ルルタのことを、あるいは私のことを、単純に心配しているように見える。

 急にどうした。思考が追いつかない。

 ユシィはどの立場から何を言いたいんだ?


「どうして、そんなことを聞く。お前の方こそ、ルルタのこと、どう思ってるんだ?」


 好きなんじゃないのか?

 当たり前だ。ルルタのような男がそばにいたら、好きにならずにいられるはずがない。

 私は、そう思う……。


 胸が締め付けられるように痛み、私はユシィの目を見ていられなかった。

 こんな弱腰、私らしくない。


「なぁに、わたしがルルタのことを好きだと思ってるの? あり得ないわ。わたし、彼氏いるから」


「…………は?」


 驚きのあまり切ない痛みがどこかに飛んで行った。

 彼氏。それは、あれだろう。恋人のことだよな?

 高級サロンで男を侍らしていたユシィの姿を思い出し、私は大いに混乱した。さすがにあいつらのことじゃないよな?

 おかしいぞ。恋人がいるのに、なんで……?


「ルルタはそこそこ良い男だと思うけど、彼には遠く及ばないわ。眼中にない。私とってルルタは、恋人の親友っていうポジションだもの」


「は、はぁ……ちょっと待て。よく分からない。その彼氏はどこの誰だ」


 出来の悪い子どもを見るように、ユシィは嘲りの笑みを浮かべた。


「アポロ村で一緒に育った、一つ上の幼なじみよ。彼は村に残してきた。でも、心はいつも一緒。世界一格好良い自慢の彼氏よ」


 ……私はなぜ魔物の住む森で惚気を聞かされているんだろうな。

 しかも私を目の仇にしていた女に。


「一つずつ整理させてくれ。お前は、か……彼氏がいるのに、どうして学院で男漁りをしてるんだ?」


「秘密。話すと長くなるし、ていうか、話す筋合いないし」


 そこは言わないのか! 一番気になるポイントだろうが!

 耐えろ私。ここで大声を出したら、リュカットとルルタが来てしまう。


「私を目が合う度に睨んでいたのは……ルルタのことが原因じゃないのか?」


「それはそうね。幼なじみが盛大に自爆しようとしてれば、誰だって止めるでしょう。あなたに付きまとうことで、どれだけ目立って周りの顰蹙を買っているか。フォローするのが面倒なのよね。……その原因となっているあなたを憎く思うのは、仕方のないことだと思わない?」


 思わねぇよ。とんだ八つ当たりじゃねぇか。


「まぁ単純に、わたしが貴族と自分の引き立て役にならない女が嫌いっていうのもあるけど。どれだけお金かけてるのよ、その髪と肌の艶。フリルとかリボンとか、女の子らしい可愛いものが似合う顔立ちもムカつく」


 これは……遠まわしに容姿を誉められていると解釈していいか?

 全然嬉しくない。


 というか、貴族が嫌いという情報の方が気になるぞ。ユシィが色目を使っていた男たちは、ほとんど貴族の子息だったと思うが。

 謎だ。さっぱり分からん。


「でも、ライラちゃんは全く貴族らしくないし、色気という点では絶対に勝つ自信があるし、だから、そこまで敵視する必要がないと気づいたのよね。近づいて利用した方がメリットありそうだわ」


「……ぺらぺらと、よく喋るじゃないか。何様だ、お前は」


 呆れた。私もよく恥知らずと罵られるが、ユシィも負けていないと思うぞ。


「わたしはわたしよ。とにかく、あなたに協力してあげてもいいと思ったの。話を戻すわよ」


 避け続けていた刃が、再び自分に向けられた。私は息を飲む。


「ルルタのこと、どう思っているの? 迷惑? それとも、あなたも――」





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