14 出発の朝
「わたしね、上級貴族が集まるパーティーに行ってみたいの。あなたくらいの身分のご令嬢なら、常に招待の一つや二つあるのでしょう? 同伴させてもらえないかしら。もちろん、わたしは自分でドレスやアクセサリーを用意できるほど裕福ではないから、あなたが恥をかかない程度のものを融通していただくことになるけれど」
「なっ……」
リュカットが顔をしかめながらも、そっと目を逸らした。
なんて図々しいお願いだろう。しかし彼女の上目遣いは妖艶で魅力的だった。男なら一発で頷いてしまうに違いない。あいにく、私には効かないが。
「なんのために?」
「女の子なら、誰でも憧れるものでしょう? 煌びやかな天上のごとき舞踏会で、王子様とダンスを踊るの。一夜限りでもいいからお姫様になる夢が見たいのよ。まぁ、花の庭園で優雅なティーパーティーでもいいけどね」
夢を見過ぎだと思うけどな。夜会も舞踏会もお茶会も、気にすることが多すぎて疲れるだけだ。とても楽しむ余裕なんて生まれない。
「あなたには理解できないかもしれないわね。最初から、女の子の夢を全部叶えているあなたには」
挑発的な声音に、ややムカッとしながらも頭の中で勘定をする。
ドレスやアクセサリーくらいならどうにかなる。ただ、パーティーの招待はユシィが期待するほどはない。自分でいうのもアレだが、私は社交界でも問題児だからな。呼んでくれる家が少ないのだ。ちなみにフォーマルハウト家からはここ数年声がかかってない。
しかも、平民の娘を連れて行くとなるとかなり厳しい。主催者のメンツをつぶすことにもなりかねない。
こればかりは兄上様に聞いてみないとな……いや、待てよ。
「それは、シェリアーク家主催のパーティーでもいいのか? 夏まで待ってもらうことになるが」
「構わないわ。学院では出会えないような、とびきり上等な殿方が集まるのなら」
普通の貴族のパーティーなら「平民の娘を呼ぶなんて」と非難されそうなものだが、医術全般の大家であるシェリアーク家のゲストなら。うん。イケる。
天使の愛弟子のユシィを招いても、そこまで違和感はないだろう。
我が家のパーティーで男漁りをするのは勘弁してほしいがな。しっかりと見張っておかなくては。
「では、そういうことで。時期が決まったら改めて招待状を渡す。特別演習の間、よろしく頼むぞ」
「はーい。ライラ様も、ちゃんと約束守って下さいね」
「敬語も敬称も要らない。私の前で猫を被る必要はない」
私のことを良く思っていないことは知っている。ツバサくんの故郷に「目は口ほどに物を言う」という格言があるらしいが、まさにそれだ。
ユシィはふっと鼻で笑うと、
「言質はとったわ。不敬だ生意気だって、後から騒がないでね? ライラちゃん」
と幼い子どもに語りかけるように言い放った。
不愉快。
サロンを後にすると、リュカットに勝手な約束をするなとネチネチ叱られた。
しかしそれよりも、ユリウス先生の特別演習について兄上様にお礼を言いに行ったときの方が堪えた。
「ユリウス……故意か偶然か、いつも的確に私の一番嫌がることをしてくる男だ」
やっぱり二人は仲が悪いみたいだな。
おかしいと思ったんだ。兄上様が危険のある場所に私を向かわせるような演習を許すはずがない。
特別演習はユリウス先生が勝手に決めたことのようだ。
「ライラ、危険なことは絶対にしないように。あとルルタ・アルシャインと親しくなりすぎないこと。いいな?」
その冷え冷えと声音に、私はこくこくと頷く。
怖かった。
虹の日は、王立学院の休日だ。
自主学習や鍛錬をしに来る生徒もいるらしいが、ごく少数。早朝の正門に人気はなかった。
私はまだ少し眠そうなリュカットとともに、他の者を待った。
万が一ユリウス先生を待たせてしまうと大変だから、少し早めに来たのだ。決して特別演習を楽しみにしていたわけじゃないぞ。
ツバサくんにだけこっそり特別演習のことを話した。彼も行きたがっていたが、「多分オレは足手まといだから今回は止めておくよ。平気そうだったらまた誘って」とのことだ。
確かに、どれくらい魔物が生息しているのか分からない。気を引き締めなければ。
動きやすい私服の上に外套をはおり、腰にはいつも素振りしている短めの剣を差す。腰のポーチには魔石とスクロール、あと役に立ちそうな薬品を入れてきた。
リュカットには救急セットと万が一のための着替え、あと五人分の携帯食料を持たせている。
思えば、私やルルタは単位のため、ユシィはパーティーの招待状のためにこの演習に参加するが、リュカットには何の旨味もないな。
実地訓練はかけがえのない経験にはなるだろうが、今のリュカットには経験を吸収するだけの土台がない。少し申し訳なくなってきた。
「貴重な休日に荷物持ちをさせて悪かったな」
「……従者に休日などありませんから。お嬢様が屋敷で大人しくしてくださるのなら、今日は授業の予習や復習ができたのですが、仕方ありません」
不機嫌さを隠しもしない。ふてぶてしい従者だ。
リュカットの実際の主は兄上様だ。私にボーナスや休日を与える権限はないが、知識ならば少し分けてやれる。せっかくの機会なのでこいつにも有意義な時間を過ごしてもらいたい……というエゴが私を突き動かした。
「よし、じゃあ、お前に支援魔法を教えてやる。演習の間、私にかけて練習しろ」
「……は?」
「医療術は失敗すると危険だが、支援魔法なら失敗しても効果が表れないだけで済む。戦闘中にかけられると調子が狂うが、移動中なら大丈夫だろう。お前にも任せられる」
私は羊皮紙に三つほど魔法陣を描き、リュカットに簡単に説明した。
筋力強化の熱強魔法、スピードアップの風脚の魔法、盾に使える小結界。
「全部、お前の魔力属性を変換する術式を組み込んであるから、属性が違っても使える。これを頭に焼き付けて、魔力を巡らせろ」
「そんな、急に言われましても……というか、魔物と戦闘をする予定なんですか? 聞いてません」
「戦闘になってもおかしくない。いざというときのため、練習をしておけ。覚えて損のない魔法ばかりだぞ」
リュカットは渋々ながらも魔法陣を受け取り、術式を理解しようと指でなぞり始めた。分からないところは聞け、と言っても素直に聞いてこないだろうな。
「おー、早いな。おはよう、ライラ……と、リュカットだったか? 今日はよろしくな!」
寮暮らしだというルルタとユシィは、連れ立ってやってきた。二人ともやはり今日は私服である。
私たちと似たような服装だが、堂に入っている。
ルルタは頭に赤いバンダナを巻き、丈の長い黒い外套とごついブーツが特徴的な装いだ。腰に剣はあるが、それとは別に細長い布袋を肩に担いでいる。噂の槍だろうな、きっと。
「…………」
いつもと違う雰囲気にちょっぴりドキドキした。いかにも冒険者という感じで、その、格好いい。
朝日は空にあるはずなのに、どうしてこんなに地上が眩しいんだろう。
一方ユシィは白を基調とした丈の短いワンピースに、ショートブーツだ。淡い桃色の髪を一つにまとめているが、正直、森林を歩くのに適した格好ではない。肩に弓と矢筒を背負っているだけで、他の荷物は全部ルルタが持っているようだ。
「ライラは森の中を歩いたことはあるか? つーか、王都の外に出たことあるのか?」
馬鹿にするな。シェリアーク家の別荘が国内にいくつあると思っている。
……と言っても、正直あまり旅行したことはない。箱入りのお嬢様だと思われるだろうか。
「少しはある。魔物のいない森なら散歩したこともあるぞ」
「そっか。俺らは自然に囲まれて育ったからな。頼りにしてくれていいぜ!」
「……本当に困ったら言う」
嬉しそうに頷くルルタから目を逸らすと、嘲笑を浮かべるユシィと目が合った。
「散歩、ね。良いご身分の人は羨ましいわねー」
全く羨んでいなさそうな言い方に、引っ掛かりを覚える。
こいつ、上流階級の集まりに行きたがっている割に、貴族のことを馬鹿にしている節があるな。
朝の爽やかさをぶち壊すように女子二人で睨み合っていると、門の陰からゆらりと人影が現れた。
「おはよう。……今日のパーティーはこれで全員かな? じゃあ行こうか。あっちに転移魔法陣を用意したから」
今日も場の空気を顧みず、ユリウス先生が現れると同時にサクサクと進行した。
正直に言おう。助かる。