恋仲
ハローご機嫌いかがうるわっしゅー?
突然だけど、出張って疲れるわよね。そんな私は今、勤務先の会社のオランダ支社にやってきているの。半年後に控えた大きなイベントの打ち合わせのためにね。
「次の打ち合わせはオランダ支社の重役と今夜の午後九時から……。はあ、今日はまだまだ休めそうにないわね…………」
現在は昼下がり。ついさっきオランダ支社の現場主任との打ち合わせを終えた私は、極度の疲労と空腹感に襲われていた。
「近くにご飯屋さんはないかしら。……あら?」
支社からそう遠くない、とある公園沿いの道に現れた、日本語。
『和食』
看板の名前は……フォントのクセが強すぎて読めないわね。ちょうどいいわ。日本を離れて早三日、そろそろ日本食が恋しくなってきたところよ。
「お邪魔しまーす」
「……あ、日本人の方ですね。いらっしゃいませ」
私を出迎えたのは、いかにも「清楚」って感じの見た目の女の子。私以外に、客は一人もいないようだ。
「ここはあなたのお店なの?」
「そうですね。私とレイラの……恋人の二人でやっています」
「そう」
「なににしますか?」
「そうね……。『焼き魚定食』を頂戴」
「かしこまりました」
カウンター席に座った私が壁に貼ってあるお品書きを見て注文すると、女の子はせっせと魚を焼き始めた。
しばらくして出てきたのは、大根おろしの添えられた焼き魚と、納豆と、少量のだし巻き玉子、柴漬、わかめの味噌汁にほかほかのご飯。
「……この魚は?」
「日本でいうところのニシンの仲間です」
「そうなのね」
箸で魚をほぐして、真っ白なご飯と一緒に一口。懐かしい温もりが口内で広がり、香りの乗った湯気が鼻から抜けていく。
ああ、これこそ日本、おふくろの味。
……おふくろ?
「……って、作ったのはまだうら若い女の子よ!?」
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないわ。あまりにも美味しくて、ロクに感じたこともないのに、ついおふくろの味だなんて考えちゃって」
「……おふくろ、ですか…………」
その言葉を聞いた女の子が、急に表情を暗くしてしまった。
「ど、どうかしたの?」
「いえ……。私、お母さm……母に対してあまりいい思い出がないんです。少しだけ、束縛が激しくて…………。恋人と一緒にこの国に来たのも、母から逃げるためで………………」
「……そう、だったの」
「す、すみません。突然変な話をしてしまって」
「わ、私こそ、傷口をえぐっちゃったみたいで、悪かったわね」
「ただーいまー。……あれ、お客さん?」
「……レイラ、お帰りなさい」
「……恋人って、その、お…………女の子ぉぉぉっ!?」
そう、これは幕開けだった。
世界の百合っぷるを……ゆりりトランを巡る、新しい旅への。