燐火に響く
閲覧ありがとうございます。
ハローご機嫌いかがうるわっしゅー?
突然だけど、このレポートを読んでくれているみんなに聞くわ。この世には、女の子が女の子に接客するご飯屋さんがあるって、知ってる? 私はそんなお店を「ゆりりトラン」と呼んでいるわ。
あ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は、藻雲めぐり。「ゆりりトラン」巡りが趣味な、ごくごくフツーのキャリアウーマンよ。
「お昼いってきまーす」
いつものように会社を出発すると、強力な日差しが私を突き抜けてくる。
こんな暑い日は、落ち着いた雰囲気のカフェでお昼を過ごしたいものね。
◆
そんな私がやってきたのは、会社から電車で約三分のところ。オフィス街の路地裏で、ひっそりと軒を構えるブックカフェ「燐日」。扉を開けた途端、エアコンでほどよく冷やされた空気が私を癒してくれる。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「ええ。カウンター席がいいわ」
「かしこまりました。こちらのお席へどうぞ」
「ありがとう」
店員の女の子が、私を案内してくれる。
席につき、小洒落た冊子タイプのメニューを開いて、昼食を品定めする。
「この『店長の気晴らしパンケーキ』をもらえるかしら?」
「かしこまりました。燐、気晴らしパンケーキひとつ」
「大丈夫、聞こえてる」
「本当に?」
「本当に」
「……そう。ならいいんだけど。……あ、パンケーキが来る間、あちらの本棚から自由に取って読んでお待ちください」
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
パンケーキ作りを始めた店長の女の子を尻目に、私は本棚へと向かった。
適当に文庫本を一冊手に取り、席に戻って読んでいると、バターとメープルシロップの香りが私の嗅覚を優しく刺激した。
「お待たせしました。『店長の気晴らしパンケーキ』です」
目的のパンケーキがやって来たのを確認すると、私は本を傍に置いてフォークとナイフを構えた。
「いただきます」
ナイフで一口分の大きさに切ってバターとメープルシロップを絡めて……ぱくり。トロッとしたシロップとしっとりと焼き上げられたパンケーキが、見事に調和している。まさに、パーフェクトハーモニー。
だけど調和しているのは、このパンケーキとシロップだけじゃない。
「ちょっと燐。お客さん一人しかいないからってキッチンで本を読むのはやめなさいよ」
「……響」
「な、なによ」
「古代ローマの作家、エストロントは自身の著書で『自分の時間は、タスクより尊し』と言っている。どんな時でも、自分が自分らしくあれる時間は大切なものなんだ。まあ、今の引用部分は翻訳家によって少しずつ解釈が変わってくるのだけど。今言ったのは、安栗トーシローの訳し方で……」
「……そーじゃないわよ」
「……?」
「もうちょっと、こっちを……見なさいよ……って…………」
「…………」
店員と店長、この二人。この百合っぷるの痴話喧嘩も、またこのお店の魅力なのだ。
「ごちそうさま。お会計お願い」
「あ、はい」
ああ、今日も良い百合タイムを過ごせた。
午後からの仕事も、これで頑張れそうだ。