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【3】

『森』そこは人が暮らす事の出来ない未開の土地。

人は長い時間を掛けて森を切り開くことで自分達の活動領域を広げていった。しかし、ある一定の領域から先に人の領土を広げることは叶わなかった。


土地に漂う濃い魔素がそこに住む動物や植物に影響を与え、大きな力を持つようになると推測されている。その真偽は定かではないが、それら力持つ者達が魔獣と呼ばれ、ある一定以上の人の侵攻を許さなかったのは事実だ。


そうした人と森との戦いの歴史から、森の脅威を遠くに退けることが出来た土地が栄えたのは自然の流れであったのだろう。しかし、人の土地で作物が育ちにくくなっている昨今では、それが仇となってしまっていた。

人の土地を乾き上がらせた日の光にも森は負けず、自然の恵みを齎し続けている。人は危険な森に入り、そこにある植物の恵みを得る事で日々を暮らすことが出来ていた。冒険者と呼ばれる者達は植物のみならず魔獣でさえも狩って生活しているのだが、それはごく一部の人間の事だ。


そんな一部の人間が8人と彼らをサポートして暮らしていた女性が1人、山裾に残る森に分け入り進んでおり、今は焚火を囲み夕食を取っている最中であった。



「森に入って今日で2日か。あと3日もすればオカドの村だな」

レイスを退治し真夜中に帰ってきた男トム。早朝にハンスに叩き起こされ、事の成り行きを聞き、大した準備もせずに今回エマ達に同行することになった、ある意味一番可愛そうなおっさんである。

だが、物理攻撃が効きにくいレイスでさえも一刀に処し、その日の内に帰ってくる事の出来る実力を持つ彼にとっては、準備する時間が無かったなど些細な問題でしかない。武器となる得物さえあれば後は現地調達出来ると思っていたし、実際に出来ている。

そんな彼が今までの行程を思い返していた。


「ここいらでちょうど半分だ。意外と早かったな」

トムは言葉にこそ出していないが、事務系の仕事ばかりしていたエマがここまでついて来られていることに感心していた。

エマは自分に向けられた視線や話し方からそんなトムの心情を読み取る。


「いざという時の為に鍛えておけって言ったのは皆さんですからね。最低限の事は自分で出来ますよ」

「エマちゃんは私の訓練にも音を上げない自慢の妹だぞ。甘く見てもらっちゃ困る」

まるで自分の事のように誇らしく胸を張る妹馬鹿な姉であった。


「ほ~、キアラについていけるっていうのか…」

トムは改めてエマの評価を上方修正する。

年頃の女性として日に日に大人びていくエマに対して少し距離を置いている所があったトムであるが、そういえば昔から活発な子であったなと懐かしい気持ちになった。


「おい、トム。そんな事よりももっと褒める所があるだろう?」

手に持つ木製の食器をフォークで指し示し、トムに分かるようにして見せたのはオスカーだ。

エマの成長に気づき、それがどんなに些細な物であっても反応する。なんとも気の利くおっさんである。

昨日の晩など、着の身着のまま寝ようとしていたキアラを諫め、自分と一緒に肌のお手入れをさせたという、気が利くというより女子力が高いおっさんである。


「おぉ、そうだな、エマ。昨日も美味かったが、今日の料理もとても美味い!!なんで食堂の料理をエマが作っていないのだと、そう思う位に美味いぞ!!」


「人に言われて褒めるから未だに独身なんだよ」とか隅の方から聞こえてきた気がするが、トムは気にしない。余計な事を言いくさったノアのケツに蹴りを入れるのは後でもよかろうと考え、それよりもこちらの方が大事と、今食べている料理についてエマに聞いた。


「スカイフィッシュの鱗がこんなにパリパリで美味いとは知らなかったぞ。今まで鱗を一生懸命剥ぎ取っていたのは一体何だったんだ」

そう言って、手元にある焼き魚の身にフォークを入れる。パリパリという音を立て鱗が崩れ落ちた。その先にある身は真っ白でふかふかとしており、すっとフォークが入っていく。


鱗と身と、それらをまとめて口に入れる。

香ばしく楽しい食感である鱗と、白身魚独特の甘さが詰まったような柔らかな身の組み合わせが素晴らしい。

幸せだ。ここに幸せがある。トムは飲み込むのが惜しいかのように大切に噛みしめて味わった。


「もう、トムさんは大げさです。取れたての新鮮な食材を用意してもらっているんですから、美味しいのは当たり前ですよ」

「いや、そうは言うがな…」

トムは納得がいかないと顔全体で表現し、更なる説明を求めた。


「そうですね…魚を焼くときはひっくり返さず皮の方から焼くのがコツなのです。魚の身が持つ水分で蒸し上げる感覚で焼いていくのですよ。普通の火だと火力の調整が難しいので、トムさんの魔法には助けられました」


ふむと、トムは少し前にエマにお願いされた魔法の事を思い出した。

フライパンの下に弱い炎を一定時間出し続けるというものであり、もっと強火で焼いた方がめんどくさくなくて良いのではないかと思ったが、自分の知らぬ分野(料理)の事である。下手な口を出さなくて正解だったようだ。


「そんなに美味いのか。これは楽しみだ」

「おぅ、ハンス。あ?もう交代の時間かよ」

暗がりからぬっと現れ、まだ食事を終えていないトムをじっとりとした目で見つめるだけのハンス。その態度に「今すぐ食べるからちょっと待て」と慌しく掻きこむ。

キアラは既に食べ終えていて腹ごなしにと軽く準備運動をしているし、オスカーは食べ終えた食器の後片付けの最中だ。

ケツを蹴られる恐怖を感じ取ったのか、ノアは既にこの場にはいない。


「お疲れ様です、ハンスさん。何か変わった事はありましたか?」

「おう、エマちゃん。何も問題はなしだ」

そう言って手に持っていた大人の腕程の大きさの魚をエマに渡す。

その口は鋭利なナイフを並べたかのような鋭い歯がびっしりと生えており、これに噛みつかれたら無事では済まないと見ただけで分かる。


魔素の多い空中を泳ぎ、素早い動きで人の攻撃を躱す魔獣、ブルーヘッドスカイフィッシュ。その固い鱗は射かけられた矢でさえもはじき返し、傷を負わせることが出来ないとまで言われているそれも、彼らにとっては美味しい夕食の素材でしかない。


「さて、じゃ、見張りに行ってきますかね」

美味しい料理を食べ終え、そう言ってその場を立ち去ろうとしたトムにハンスから掛けられた言葉は「火を出してから行け」という何とも力の抜けるものであった。



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