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【1】

地面がゆらゆらと揺れている。それは、容赦なく照り付ける太陽に地表が悲鳴を上げているかのようだった。

その村‐インシュピット‐に点在する畑では働く人の姿を見ることはできない。長く続く日照りは、村民から農業への意欲を奪うには十分すぎる程であった。

しかし、人は食べなくては生きてはいけない。


その日の糧を得る為、照り付ける太陽から逃れるようにしてその男はある建物の扉を開いた。日に曝されないというだけで随分と涼しく感じる。


「ふぃ~」

男は安堵に息を吐き出し、いつもの様に彼女の座るカウンターへ足を向けた。


「よぉ、エマちゃん。今日も暑いねぇ。何か涼しくなるような仕事はないかねぇ?」

「こんにちは、トムさん」

エマと呼ばれた少女は男に会釈をかえした。


「涼しくなる依頼ですか。そうですね…森にレイスが出たとの報告がありました。こちらなんてどうでしょう?」

「お化けで涼しくなるって、俺はそんな年でもねぇよ。ま、いいか。じゃ、それ行ってくるわ」

報酬などの詳しい話を聞く前に承諾したトムに苦笑いをしながら説明をし直したエマは、彼からギルドカードを受け取り、依頼受注の処理をする。


「それで、あの話は受けては下さいませんでしょうか?」

処理の終わったカードをトムに返しながらエマは問いかけた。内心ではダメだろうなと思いながら。


「ああ、王国軍が義勇軍に冒険者を募っているとかいうヤツか。条件が悪いし、何より今は自分達の事で手いっぱいだわ」

分かっていた返答にエマは「はい」とだけ返す。変に気遣われないように、内心の落ち込みが顔に出ないように気を付け「怪我しないように頑張ってくださいね」と、トムを冒険者ギルドより送り出す。


後ろ手に手を振りながら出て行く彼の背中を見つめ、完全にその姿が見えなくなってからエマはため息をついた。


冒険者ギルドの最大派閥であったクラン『テミスの天秤』が王国に反旗を翻してから、国から冒険者ギルドに対する風当たりが強い。

そんな中で、王国よりテミスの天秤打倒の為に冒険者を寄こすようにとの依頼がきたのだ。依頼というよりも命令に近い。

自分達の消耗を最小限に抑え、あわよくば冒険者同士で事を治めようとしているのが見え見えな王国の姿勢に、当の冒険者たちの集まりは非常に悪い。

それが影響してなのか、討伐軍は好ましい戦果を挙げられず、無駄に時間ばかりが過ぎていた。


ギルドはギルドで自分達に王国に敵対する意思が無いと示したいが為に、何としてでも冒険者を集めるぞという、受付嬢としては胃の痛い状態である。上司から詰められるのはもう嫌だ。

インシュピット村の立地も悪い。今回テミスの天秤が占領した北方地域に接しているこの村の動向は、悪い意味で注目されているらしい。山一つ越えた向こうとはいえ、これまで仲良くやってきた隣村が敵になりましたと言われても現実味が無いにも関わらず、だ。

各方面から様々なプレッシャーを受けて、この3ヶ月でうちのギルドマスターの頭の焼き畑は順調に進んでいる。なんとかこちらに飛び火して来ない事を祈るばかりだが、目に見えない所で銅貨1枚分ぐらいの領土が侵略されていてもおかしくない。

急に芽生えてきた謎の恐怖感にエマはそっと自分の長い銀髪に手櫛を入れた。大丈夫、ハゲてないハゲてない。


「それよりも…ね」

エマはその隣村‐オカド‐に住む友人の事を想う。

学校で出会い友達になり、卒業後エマが村に帰って来るのに何故か一緒についてきた友人。暫くこの辺の地域をぶらぶらとしていたと思ったら、急にオカドの特産品が気に入ったと言い出し、ここ数年その隣村で暮らしていた。

リオーネス公が討たれたと聞いた時、すぐに友人へ安否を尋ねる手紙を出したのだ。しかし、手紙は届けられず自分の手元に返ってきてしまった。

元リオーネス領に通じる道が王国軍によって全て閉鎖されてしまっていたのだ。インシュピットとオカドを結ぶ唯一の山道も例外ではない。

王国軍はリオーネス領への物流の全てを止めた。手紙の一つぐらい許してくれてもいいのにと思いはしたが、例外は無かったようだ。融通が利かない。

これが他の土地であったなら、いくらでも抜け道はあるのだろう。もちろん、インシュピットにも王国軍に見つからないようにオカドへ行く方法はある。問題はその方法なのだが…


そこまで考えたところでギルドの扉が開かれた。お客さんだ。

エマはすぐに気持ちを切り替えて接客モードに移る。だが、その頭の片隅では既に今後の行動について計画が練り上げられていた。


★★★


「お姉ちゃん、私、オカドに行くわ」

「は?」


その日の晩、エマと姉のキアラはギルドに隣接する食堂で夕食を取っていた。

食糧事情が好ましくないインシュピット村では、冒険者ギルドが一括して他の農村から食料を買い付けており、このように毎晩村民に対して料理が振る舞われている。

苦肉の策なのかもしれないが、ギルドでは依頼の報酬がこうした食事であったり日用品であったりした。様々な物が分け与えられ、皆が皆を支え合っている。

今のところはそれが功を奏し、何とかこの村はやっていけている。村民が少ない田舎の村だからこそ出来た芸当なのかもしれない。


そんなもう慣れた光景の中での一幕。

エマの突然の発言にキアラは口からパタパタとスープを溢しながら唖然とした表情でその妹の顔を見ている。


「もう、お姉ちゃんってば汚いよ」

甲斐甲斐しく零れ落ちたスープをふき取り、何食わぬ顔で食事を再開するエマの様子をしばらく眺めているうちにようやく再起動したキアラ。


「エマちゃん、お姉ちゃんちょっと良く聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれるかな?」

「え?お姉ちゃん汚い」

「いや、そっちじゃなくて…オカドに行くとかいう方の」

「そのままの意味だよ。ライリーが心配だから様子を見に行くの」

「…ちょっと待って、分かってって言ってるの?」

「分かってるよ。山道は閉鎖されて通れないけど、麓の森をぐるっと回り込むように進めばオカドに出る。ちょっと危険だけれど、行けないことは無いでしょ」


そこまでのエマの発言を聞いてキアラはこめかみに指を置いた。


「そうじゃない、いや、そうなんだけど、ほら…ライリーが心配なのはお姉ちゃんも分かるよ。あんた達仲良かったもんね。でも、様子を見に行くだけなら別の人に頼むとかあるじゃない」

「森を抜けられるような人に払える報酬とか私持ってないもん。事のついでにお願い出来るかもって義勇軍募集にかこつけて何とかしようとしたけど、誰も受けてくれないし。もう、自分でやるしか」

「おぉう…」


キアラは最近エマが妙に義勇軍募集に積極的なのは知っていた。大方ギルマスに詰められているからだろうと思い、いつか奴の命を絶たねばなるまいと思っていたのだが。しかし、それだけが理由ではなかったらしい。


「いや、でも、森はエマちゃんが考えてえている以上に危ない。行かせるわけにはいかない」

「そこでお姉ちゃんにお願いがあります」


妹からのお願い。これは駄目だ。駄目だと分かっているが、お願いという言葉が持つ魔力に姉として抗えない自信がキアラにはあった。彼女は妹が大好き過ぎたのだ。

更に追い打ちをかけるようにエマは一枚の紙きれを取り出し、テーブルの上に置いた。


【なんでもいうこときくけん】


幼き頃、キアラがエマの誕生日プレゼントに送った品だった。今日という日までエマが大事に持っていたのをキアラは知っている。それが可愛くて仕方なく、キアラは妹愛を加速させていったのだが。

そんな【なんでもいうこときくけん】が今使われようとしている。


「お姉ちゃん、私をオカドまで連れて行ってください」

「いや、なら私が一人で…」

「いえ、自分の目でライリーの無事を確かめたいのです」


義勇兵勧誘が上手く行かない日々でエマは色々と限界に来ていたらしい。

思い悩み、心配を積み重ねに重ねて心労が行き着くところまで行ってしまったのだろう。長年の付き合いからエマという妹を知り尽くしているキアラは、彼女がもう何を言おうと聞き入れないのだと早々に悟った。


「…森では私の言うと通りにする事。決してはぐれない事。いい、わかった?」

「お姉ちゃん、ありがとう」


ニッコリと微笑むエマに姉ながらドキリとするキアラ。

一方はニコニコと、もう一方はドキドキと見つめ合い、何とも言えない空気を醸し出し始めた二人に話しかける者がいた。


「おいおい、エマちゃんオカドに行くのかよ」


そこに立っていたのは黒髪に白髪が混じり始めた中年の男性。農民と兼業している冒険者見習いとでもいうべき他の村民とは違う、インシュピットで生粋の冒険者として活動している男、ハンスであった。


「あ、ハンスさん…」

「いや、悪いと思ったんだけど、聞こえてしまったからよ。国からの勧誘は断ったが、エマちゃんが困っているというのなら話は別だ。キアラがいくら強かろうが、護衛は多い方が良いだろう。俺も行く」

「いえ、しかし、ハンスさんの様な冒険者の方にお支払い出来る報酬は…」

「気にするな。お前らの両親からお願いされてるんだ。それに、報酬なら返せないぐらいもう貰ってるよ」


エマは随分と前に亡くなってしまった両親を思い出す。

ハンスはその両親と伴に魔物退治や遺跡探索をした仲間であった。そんな彼が手伝ってくれるという。目頭が熱くなった。


「おいおい、一人で格好つけるなよ、ハンス」

「ちっ、ノア、いい所なんだから邪魔するなよ」


さらにそこに声を掛ける者が現れた。ハンス同様、エマとキアラの両親に「二人を頼む」とお願いされた者達。

一人、また一人とそんな彼らが集まってくる。

キアラは育ての親ともいうべき彼らに「おう、付いて来るっていうのならこき使ってやるからな」と悪態をつき、エマは泣いているような笑っているような、よく分からない顔になっている。

それをガハハと笑うおっさん達。


彼らの旅立ちはこうして流れるように決まったのだった。


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