【14】
乱雑に積み上げられた書類がその部屋の机の上を占領している。
机のみならず、部屋全体から雑然とした雰囲気を感じるその場所は、ギルドマスタールーム。
この様子からも前任者がどの様に仕事をしていたのか窺い知ることが出来た。
「お待たせしてすまない」
エマ達3人がソファーに座って待っている所に入ってきたのは、本部から来たというトゥストーと名乗る男。その様子を見るに、前ギルドマスターとのお話は終わったらしい。
「長引きそうだったからね。向こうは一端ステフくんに任せて、こちらを優先させていただくことにした」
まだ終わっていなかった。ステフとは、彼の後ろに付き従っていた黒い服を着た女性の事だろう。やはりトゥストーの秘書なのだろうか。
それから机の方に歩み寄ったトゥストーは「これは酷い」とぼやきつつ、簡単に机の上の惨劇を片付ける。
といっても、散らばった書類を一纏めにして端に寄せる程度であったが。
そして、そのまま席に腰を落ち着けた。
「確認ですが、この告発文を送ってくれたエマさんは貴方のこと…でよろしかったかな?」
「はい、私に間違いありません」
「ふむ。いやいや、お疲れさまでした。こういう事件の一つ一つが冒険者ギルドの信頼を失わせていきますのでね。貴方の勇気ある行動にギルド本部から心よりの感謝を」
「こちらこそ、対応して頂きありがとうございます」
その言葉に一つ頷いた後、トゥストーはエマから視線をずらし、リュカの方を向く。
「対応が遅くなってすまなかったね。このご時世だからだろうか…似たような事があちこちで起きていてね。色々と後手に回ってしまっている」
「いいさ、終わった事よ」
「そう言ってもらえると助かる。さて、今回の件についての報酬の話に移ろうか。少ないと思うかもしれないが、規定にある通り銀貨30枚が告発に対するギルドからの報酬となる」
「不満はございません。ただ、お金ではなく、食料で頂くことは出来ますでしょうか?」
「もちろんいいが、大丈夫かね。そこまで多いというわけではないが、3人で食べるにしては少し量が多くなってしまうが。腐らない銀貨で受け取らない理由を聞いても?」
「はい、私達はオカド村からやってまいりました。退ける事には成功しましたが、村は天秤軍の攻撃で物資が、特に食料が不足しております」
「それで、食料で…ということかね。しかし、村一つを食わせるには少なすぎる量であるが」
「今は銀貨を頂いても使い道がありませんから」
「なら、食料で用意しよう。そちらはステフくんに手配してもらうとして。一つ、聞き逃せない話があったね」
両の手を組み、考えるそぶりを見せたトゥストーに、エマは手間が省けたと心の内で喜んだ。
「テミスの天秤を退けた、という話でしょうか」
「そう、それだ。それと、オカド村から来たとも言っていたね」
「はい」
「山道を使ってかい?それとも、他にオカドからここまで来る方法が他にも?」
「山道を通ってまいりました」
「それはつまり、関を通ってきたという事か。天秤を退けたというのは本当の話…として聞いた方が良いようだね」
「オカド村の村長が認めた文書もございます」
エマはライリーに目配せし、彼女がその懐に持っていた一通の封筒を受け取り、トゥストーに渡した。
「ふむ。どうやら本物のようだね」
「はい。つきましては、トゥストー様にお願いがございます」
「聞こうか」
「オカド村がテミスの天秤を退けた事、ギルドを通じて大々的に発表して頂きたく存じます」
「なるほど、それが貴方の狙いということかね」
エマは、そのトゥストーの言葉に首肯して返した。
暫くの沈黙に、トゥストーが考えを巡らせているのが分かる。
「…悪くない手だ。リオーネス公が堕ちて以来、天秤からはその領土の一部でさえ奪還出来ていない。それを成し遂げたとなれば、これは非常に大きな功績だ。今、冒険者ギルドの立場は危ういものだからね。国に対して良いアピールになる。これは断る手は無い。しかし、エマさん、貴方の本当の狙いは…」
じっと視線を向けてきたトゥストーにエマは笑顔だけを返した。
「ふぅ。なかなかどうして頭の回るお嬢さんだ。いいでしょう。さっそく公表させてもらいます」
「ありがとうございます」
エマとトゥストーはがっちりと握手を交わす。
エマはその笑顔を深め、そんな彼女をトゥストーは複雑そうな顔で見つめるのであった。
次回、説明回