【13】
「おい、エマの野郎が戻ってきたってのは本当か!!?」
インシュピットの冒険者ギルドに野太い声が響き渡る。
「マ、マスター…」
その声に委縮してしまったのか、受付で持ち込まれた品々を鑑定していた女性はその手を止め、声のした方を向いた。
「あら、森で狩った魔獣の素材を持ち込むのに何か不都合がありましたか?」
委縮する受付嬢が座るカウンターの向こう側、そこにいたエマが自分を睨み付けてくるギルマスに物怖じせずに口を開く。
「俺はどの面下げて戻ってきたって言ってるんだよ。みんなが助け合っていかなきゃならねぇこんな時に自分勝手に出て行きやがって。それも、稼ぎ頭を8人も引き抜いてだ。それで、戻って来たら素材を買い取ってくださいなんて自分勝手が過ぎると呆れているのだ」
「自分勝手、大いに結構です。私は事前に申し上げておりました。国の法にもギルドの規約にも何ら違反する所はありません」
「お前だけが出て行くならまだいい。だがな、8人だぞ。この村を支えていた奴らが8人も同時にいなくなったんだ。俺たちがどれだけ迷惑したのか分かってるのか」
「冒険者の行動を縛る規則もなかったはずですが」
「規則だとか、そういうことじゃねぇんだよ。エマ、分かっていないのかもしれないがな、お前の心象は最悪だ。即刻この場を立ち去るか、叩き出されるか選べ」
それを聞いて、エマは姉を連れてこなくて正解だったとしみじみと思っていた。こんな台詞を聞いてしまったら、即この男の顔面は陥没していただろう。
「気に入らない相手だからと買取を拒否したり、立ち入りを拒むことが出来る規則があるとは知りませんでした」
「マスター権限ってものがある。お前にここにいられると業務の邪魔になる。出て行け」
はぁ、と溜息をつき、言葉を返そうとしたが、その前にエマの身体を遮る者がいた。
「さて、そこの男。私はオカド村のライリーという。この村にも居た事はあるが、初顔合わせだな。それはどうでもいいが…お前はつまり、こう言いたいのだな。オカド村の事などはどうでもよかった、と。それはエマ殿たちに助けられ感謝する我らオカドの民を侮辱する発言であると分かってのものか」
「オカドを助けた、ねぇ。それは結果論ってやつだろうが。助けられなかったかもしれないじゃねぇか。だが、俺たちが割を喰うってことは確実に分かり切っていたことだ。分かっていて俺たちに悪意を向けてきた女を受け入れられるなんて、どこの聖人君子様だよ。俺はギルドマスターとしてそういう自分勝手を許すわけにはいかねぇ」
更に何か言おうと身を乗り出したライリーを抑え、今度はエマが前に出る。
「随分と正義感に溢れた発言をいたしますね。私の知っているマスターではないかのようです」
「あぁ?更に俺を馬鹿にしようっていうのか」
ギルマスからのプレッシャーが増す。だが、そんなものエマにとってはそよ風でしかない。自分にその敵意が向けられたことは無いが、稀に良く横から感じた姉の殺意はこんなものじゃなかった。
「マスター。さて、ギルドマスターは自分勝手を許すわけにはいかないと申されましたが、皆で集めた食料や他の村から買い求める為のお金を自分勝手にも己の懐に入れるのは、許される事なのでしょうか」
「お前、何を言って…」
「備蓄用として蓄えていた保存食。最初はその在庫をくすねる程度でしたが、最近は堂々とお金を抜き取っていますね。有事の際の蓄えである宝石や魔核、随分と質の悪いものにすり替わっているじゃありませんか」
何も言わないギルマスの様子を一瞥する。
何か、反論があるなら言ってみろと、その視線で挑発した。
「…証拠があるっていうのか。俺が横領したっていう証拠がよ」
「まず、今の話を聞いて金庫を確認しに行かないというのがおかしな点ではありますが、それはいいでしょう…今更です。マスターの言う通り、こんなご時世です。何か売買するにしてもそれが出来るほど余裕のある者は限られます。特に、こんな田舎ですとね。出入りの商人に聞いてみたら分かりますよ。ギルド名義以外で取引をした者がいないのか、と。せめて間に誰か挟むとか考えなかったのでしょうか…この村に来た商人とやり取りがあったのはギルドと、マスター、貴方だけです」
「個人的に狩った魔獣の素材を売ったんだよ」
「みんなが助け合っていかなくてはならないとは誰の言葉でしたでしょうか。マスターなのに?そんな事を一人やっていたとは、おかしな話ですね。私には自分勝手と言っておきながら」
「エマ、お前、何が目的だ…」
「目的も何も、まさかまだ貴方がここのマスターだった事が驚きなだけで、これはいわば意味の無いやり取りです。いえ、聞いている人がこんなにもいる中で横領の事を暴けたのですから、これはこれで意味はあったのでしょうか」
その場にいた受付嬢や他の冒険者たちがこのやり取りにざわついている。
皆、村のお金がギルマスの懐に入っていたという告発に沸々と怒りが沸いてきていた。
「商人が付けていた帳簿の写しと、保存食や金庫内の棚卸結果、貴方の行動を監視していた者からの証言をまとめてギルド本部に報告済みです。ギルド職員は見つけた不正を報告する義務がありますので」
「お前、それはいつの話だ?」
「この村を出る前の事です」
カランカラン。
ギルド内の張り詰めた空気を無視して、入口に取り付けられたベルが呑気な音を立てて入室者の存在を皆に知らせた。
そこから入ってきた男は周囲をぐるりと見渡すと、フムと、顎に手を当てる。状況の把握に努めているようだ。
彼の後ろで静かに扉を閉めた女性は男の秘書か何かだろうか。黒い服にひらひらとエプロンのようなものを付けている。
「私は本部よりインシュピットのギルドにて行われている不正の調査に来たトゥストーだ。さて、どうやら要件は伝わっているようだね。手間が省けたよ。さて、そこの君。話を聞きたいのだが、よろしいかね」
そう指されたギルマスはガクリとその場に膝と着く。
リュカは「もう少し早く来てくれていたらこんな茶番に時間取られなくて済んだのによ」と悪態を付いたが、エマに宥められる。
ラリーは「え?不正を黙っててやるから食べ物を寄こせって要求するんじゃなかったんですか!?」と、この展開について行けず混乱していた。