【12】
全身を覆うフルプレートアーマーが鈍く日の光を反射している。ファイスカバーから覗く眼光は鋭く、眼前の道を地竜に乗り走り寄って来る者達に向けられていた。
その道はかつてリオーネス侯爵が治め、今はテミスの天秤という国賊に奪われた地に続く道。
すなわち、彼の方角から来る者は、自分達の敵。
2名の番が互いの槍を打ち付け合い、その道を通す意思が無い事をその姿勢で示す。
それを受け、エマとリュカ、そしてライリーが地竜を止めた。
「何者であるか。この道はストゥルス様の命により通る事まかり成らん。即刻、来た道を引き返せ」
その男の声を受け、3人は地竜より降り頭を垂れる。そして、長い銀髪を垂らしたままの姿勢でエマは言う。
「私たちはオカドの村からやってまいりました。村はテミスの天秤により攻められておりましたが、私共はそれを退ける事が来ました。しかしながら、村は物資に窮しております。この先にあるインシュピットの村は私が生まれ育った地。そこに助けを求る為、ここを通らせて頂きたいのです」
「ならぬ。先も述べた通り何人たりとも通してはならぬと大臣閣下の命である」
「そ…」
「それは違うなぁ、スタヴくん」
反論しようとエマが顔を上げ、口を開こうとしたその時、彼らの後ろから一人の男がぬっと出てきた。
どこか眠そうな瞳に、手入れのされていない無精髭。そこここが跳ね上がっている淡いブラウンの髪の毛の印象も相まってか、男からは飄々とした雰囲気が垂れ流されている。
しかし、一見ズボラなだけの男の出現に番の2人はその姿勢を正した。
「僕たちが大臣から受けたのは“テミスの天秤の支配地への物流の全てを止める事”だよ」
「はっ!!クランクラム隊長、失礼いたしました」
「まぁまぁ、気にしないで。真面目なのはスタヴくんの良い所だけど、あまり固くなりすぎないようにね」
「はっ!!」
「そこのお美しいお嬢さん。部下が失礼をしたね」
「いえ、なにもそのような事はございませんでした」
「そう…ほら、君たち、お嬢さんも気にしないと言ってくれているよ。良かったね」
「「はっ!!」」
「それで、お嬢さんたちは…そうだ、お名前を窺っても?」
「これは失礼いたしました。私はエマ。こちらは冒険者のリュカとオカド村のライリーでございます。道中の護衛をお願いしております」
「エマさんにリュカさん、ライリーさんね、了解了解。僕はクランクラム。一応ここを任されているよ。そう固くならなくていいからね」
「お心遣い感謝いたします」
そうして頭を下げ直すエマに「固いなぁ」と苦笑いを浮かべるクランクラムと直立不動を貫いたままの番の二人。
「こっちから人が来るのは珍しいからね。話を聞かせて貰っていたのだけど、何?ここを通りたいって?」
「はい。インシュピットに物資を融通して頂けないかお願いに行こうかと」
「あそこ、そんな余裕があったかなぁ」
「伝手もありますので」
「まぁ、ここを通った後の事は君たちの仕事だから気にしても仕方ないんだけどね」
「それでは、ここを通していただけると?」
「通る事は出来るよ。オカド方面から来る人間を通すなって命令は受けてないしね」
「それでは…」
「でも駄目」
「え?なんで!?」
途中まで良い流れだと感じていたからだろう。ただ黙して2人の話を聞いていたライリーがとっさに声を上げ、そして、あわあわとその口に手を当てる。
そんなライリーの様子を見て、クランクラムはその顔に笑みを浮かべた。
「さて、何でだろうね」
「私達が天秤からの間者であるかもしれないと。そうお考えなのでしょうか」
「それもある。けど、それだけじゃない」
「生憎、俺たちはこういう遠回しな言い方は苦手でしてね。はっきり言って欲しい。スパイじゃないって証明すればいいのか?」
「リュカさんはせっかちさんなのかな。ま、スパイだとか、そうじゃないとかは別にいいんだ。ただね、僕たちは軍人だよ。こう見えても命令は絶対順守さ。守るものはきっちり守らなくてはならない」
「…」
3人は黙る。クランクラムが何を言いたいのか、その真意が測れないでいた。
その様子が面白いのか、クランクラムの笑顔は益々深まっていき、今にも声を出して笑い転げてしまいそうであった。
それを見たライリーの視線は、じっとりとした軽蔑を含むものに変わる。
「おっと、竜人のお嬢さん、そんな怖い顔をして睨まないでおくれ。悪かった、悪かったから」
「睨んでなどおりませんが」
「睨んでるよ。まぁ、これだけ美しい人に睨まれるというのも中々、こう、ゾクゾクくるものがあるよね。変態貴族連中がそういう趣味に走るのも分かるなぁ」
「…」
「おっと、これ以上は本当に危ないかな。あのね、君たち。ここを通ってインシュピットで協力を得られたと仮定しよう。それで、だ。帰りもこの道を通るのだろう?どうするの?通さないよ、僕たちは」
「通しては頂けないのですか?」
「絶対にダメ」
「融通が利かねぇな」
「それが僕たちのお仕事だからね」
「…クランクラム様」
「何かな、エマさん」
「なぜ今その事を私共に教えて頂けたのでしょうか?」
「なに、困るんじゃないかなって思ってね。お美しいお二人の悲しむ顔は見たくないから、さ」
「俺は無視かよ」とぼそりと呟いたリュカに対する無視は続く。
「善意で教えて頂けた、と?」
「気付いた事を教えるなとは命令されてないからね」
「そこまでヒントを頂けたのでしたら、さすがに分かりました」
「何を分かったと?」
「帰りに私たちがここを通る方法。あるのでしたら、それをお教え頂きたい」
「いいよー、いいよー。教えてあげちゃおう。君たち、義勇兵になっちゃいなさい」
「義勇兵?」
「あ、国がギルド通して集めているヤツね」
「おい、俺たちは国に協力する気なんか…」
「おっと、それ以上は良くない。僕たちはこれでも軍人だよ。許せるものと許してはいけないものがある」
「…ちっ」
「義勇兵になったらここを通していただけると?」
「そう!!義勇兵には協力するようにって命令にあるしね。そもそもだよ?天秤をどうにかしようっていう義勇兵を関所が通さないってありえないでしょ?どうやって攻めに行くのさ」
一呼吸を置き、エマは頷いた。
「分かりました。私が義勇兵になりましょう」
「おい、エマ」
「リュカさん、気にしないでください。これが最善です」
「そうか、そうか、なってくれるかー。じゃ、これ書類ね。ここにサインちょーだい」
いつの間にか手にしていた羊皮紙とペンをエマに渡すクランクラム。
そんな彼にリュカも手を差し出した。
「…おい、俺にも寄こせ。なってやろうじゃねえか、義勇兵」
「リュカさん…」
「いいね、いいね。強い人は大歓迎だよー」
「で、では私も!!」
「ライリーさんはまだ駄目」
「どうしてですか!!?」
「…順番がね、あるんだよ。上に細かいこと気にする奴がいてね。インシュピットとオカドの人が同時に義勇兵になって関所を通ったら困ちゃうよ。君たちが」
「それはどういう…」
「君たちはこれから義勇兵としてオカド村を襲う天秤軍をやっつける。そんで、無理やり徴兵された民を受け入れるんだ。義勇兵にはある程度の自己判断が許されているからね。責任もあるけど。敵軍の首は皆刎ねてしまえとか言っちゃうお偉いさんも、これには口を出せない」
ジッと彼を見つめるしかない3人にウィンクをして、クランクラムは話を続けた。
「今、君たちはインシュピットに行くんじゃない。オカドに向かうんだ。書類上では行ったのか来たのかは分からないから、そこは安心したまえ。ライリーさん、君はインシュピットから帰ってきた時にでも義勇兵になったら良いよ。気が変わっていなかったら、ね」
「クランクラム様、貴方はどこまでご存知なのですか?」
「君たちが天秤のスパイじゃないって位は知っているつもりさ。ま、僕が出来るのはこれぐらいだから、これ以上の期待はしないでくれよ。あぁ、そうだ、義勇兵になると有事の際に召集が掛かる事もあるからね。ギルドの受付嬢さんに今更教える事じゃなかったかもだけどさ」
「元、受付嬢ですが」
「そうなの?書類上ではまだ受付嬢みたいだよ」
「それは良い話を聞きました。ギルマスが仕事をサボっているという証拠ですね」
「あーあ、怖い怖い」
「クランクラム様、これから大変になりますが、頑張ってください」
「ん?まぁ、これぐらいは大変な内に入らないさ。エマさん達こそ頑張ってね」
そうして4人は笑い合う。
フェイスカバーに隠れて見難い番の2人の顔はいつも通りの無表情であったが、その眼差しは優しいものであった。